魔王国の宰相

佐伯アルト

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Ⅱ 魔王国の改革

8節 ダッキの魔王城生活 ②

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 翌朝、エイジはフワフワモフモフの抱き枕のおかげで快眠であった。当のフワフワモフモフは、あまり眠れていない様子であったが。

 そして、彼はある失念をしていた。目の前のフワフワモフモフを早く堪能したいがために、そのことで頭がいっぱいになっていたのだ。というのも、朝になれば当然彼女達が来て、そして当然このフワモフの存在に気がつくわけだ。

「ご主人様、おはようござい__え⁉︎」

 敬愛する主の布団に見知らぬ女が居れば、それはさぞかし驚くことだろう。

「この女性は、一体……?」
「ああ、コイツは__」
「ご主人様の愛人! ダッキでございます!」

 何か説明しようとする前に、トンデモナイ爆弾を投下しやがった。

「あ、愛人⁉︎」
「オイオイ……」

 少ししおらしくなったかと思えば、すぐこれだ。そんなダッキの頭を、拳骨で軽く小突く。

「コイツは、昨日獣人族の村で出逢ったヤツでな、コイツの分のベッドが無かったから仕方なく、仕方な~く一緒に寝たんだ」
「ご主人様ひっど~い! わたくしを捨てるのですか⁉︎ あんなことやこんなことまでしておきながら! グスッ……」

 迫真の演技()だ。しかし、白々しさを感じられるのは、エイジが事情を知っているからこそ。メイド達はどちらを信じればいいのか迷っている様子。エイジとしては、メイドとして迷いなく主人を信じて欲しかったが、悲しくなる。

「オレ、信用ないなぁ……」
「そ、そんなことはありませんよ!」

 今度はエイジが落ち込んだフリをすると、必死に取り繕うように言い訳して宥めるメイド達であった。


 さて。今朝の件でエイジは確信したが、このままダッキとの関係を有耶無耶にしておくと、彼女のトラブルメーカー気質から、いずれ問題が起こることは間違いない。特に、生真面目なシルヴァと相性は悪そうだ。

 メイドたちが朝の仕事を終えて、エイジの部屋で二人きり。そこで問い詰める。

「じゃあそろそろ、オマエとオレはどんな関係か定めようじゃないか。オマエにとってのオレ、オレにとってのオマエは、なんだ?」
「わたくしにとって貴方は、ご主人様、つまり飼い主ですわ!」

「飼い主だと? てことは、お前はオレにとってはペットってことかよ……」
「その通りですわ!」

 帰りの馬車で、熱心に愛玩動物について聞いていたかと思えば。その立場は使えるぞ、みたいに企んでいたに違いない。

「なら、それはそれで良い。ペットになるということは、オレに完全服従するということだ。少しくらい手を噛むことなら許してやるが、裏切ったら容赦無く始末するからな」
「だいじょぶですよ。まさか、裏切ったりなんてしません! 昔のことで懲りましたから」

「ホントかぁ?」
「信じてくださいよぉ~」

 こんな態度を信用などできようはずもないが……今のところ、ダッキが裏切る理由が無い。享楽だとしても、流石に魔王城だとリスクが大き過ぎるとして躊躇うだろう。

「はぁ、いいだろう。では、ついてこい」


 不思議がるダッキを引っ張って行った先は、統括部の執務室だ。

「おい、ダッキよ。このオレのペットになるということは、お前もオレの部下であり、魔王国の一員だ。つまり勤労の義務がある。という訳で、ここで働け」
「はいぃ⁉︎」

 まさか、自分が仕事をする羽目になるとは全く思ってなかったのだろう。ダッキは驚愕のあまり目を見開き、耳がピンッ! 尻尾がボフッ! となった。

「え、わたくしも働かなくてはいけないのですか⁉︎」
「ああ、当然だ。なんでもする、って言ったよな」

「うくっ……ですけども! ペットは仕事をしないと思いますわ!」
「うっ……チッ。昨日言ったじゃねぇかよ、オレの秘書になるって」

 言質を取り合った言い争い。それを、仕事前の準備している自分達の前で臆面もなくやるものだから、統括部の者たちは反応に困る。

「わたくしが、そんなフクザツでタイヘンそうなお仕事、できると思っておりますの⁉︎」

「お前が話した昔話。宮仕えを経験したのち、政権に取り入っては謀略を巡らせ、国を裏から支配したそうじゃないか。それだけのことができるなら、この程度の仕事は容易いことのはず。それに先ほどはバカやってたが、それはオフモードで気が抜けていただけと推測する。オレはな、お前から知的な感じがした。その点に関しちゃ、信頼しているのさ」

 責めるような口調で、その実褒められたダッキは、顔を薄く染めて照れたようにニヤける。そして、総務の者たちは取り敢えず無視することにしたらしい。しかして、ポッと出のこの女狐が秘書、即ち自分達より上の立場になる可能性があると思うと、居ても立っても居られないらしく、さりげなく聞き耳を立てている。

「えっ、そうですかぁ⁉︎ エヘヘ~。まあ、そこまで頼られちゃあ仕方ないですねぇ。やりましょう!」

__思ったが、こいつ案外チョロいのでは?__

 しかし、巻き込まれる総務の者たちは、いい顔をしなかった。召使い程度にしておけよ、と反感抱いている様子を隠そうともしていない者も多い。

「という訳で、シルヴァ、こいつの教育を頼んだぞ」
「えぇ⁉︎ 私が、ですか?」

 まさか自分に押し付けられるだなんて、予想だにしていなかったと見える。加えて、思った以上にめんどくさい奴の相手。相性悪い気もしていただけに、敬遠したい様子を見せているが。

「頼む! キミだけが頼りなんだ!」
「私、だけ……そ、そこまで言うのでしたら。全く、仕方のない方ですね」

 満更でもない顔。おや、チョロいのはダッキだけではないようだ。

「では、仕事を始めようか。ダッキを放置するのはまだ怖いし、君らも扱いには困るだろう。暫く私もここに残る。が、昨日ちょっと揉め事があってな。疲れたんで午後からは休ませてもらうわ」
「承知いたしました。貴方様のご苦労は、我々存じております。ごゆっくり、お寛ぎくださいませ」

 シルヴァは深々とお辞儀をする。それに合わせて数名の部下達も礼をすると、各々仕事に取り掛かり始めた。

「じゃあ、ダッキ、お前はここに座れ。仕事を教える」

 勤怠を取り終わったエイジが指したのは、なんと自分の椅子。そのことに、シルヴァは非常に驚いた様子で固まる。その隙に、いい机にありつけたことが嬉しいように、ダッキはルンルンと座る。そんな我が物顔が気に食わないのか、シルヴァは酷く顔を歪めている。

「そんな顔をしていると、老けますわよ」
「私はげん__いえ、通常の生物ではありませんし、老化とは無縁です」
「くだらねえことしてねえで仕事始めやがれ」

 いつの間にやらスイッチオン、甘さのなくなったエイジは威圧するような視線でダッキを見下しつつ、頭に拳骨を落とす。そのまま横目遣いでシルヴァを見ると、自分もお叱りの対象だと思ったのだろう、非常に畏れ慌てた様子で仕事に取り掛かった。

「でもわたくし、魔族語読めな__って、ええ⁉︎ なんでかしりませんが、読めますわぁ‼︎」

 相当ビックリしたのだろう、ダッキは叫ぶ。その声に驚いた統括部の面々もついそっちを見てしまうが、そこには強めのデコピンされているダッキしか映らなかった。

「いちいち声がデカい。で、読めたら内容も分かるだろ。さて、何をやっていると思う?」
「これって……報告書ですの?」

「ああ。資材がどれほどあるのか、調査をしたらどのようなものが見つかったか。どのような研究をしたか、どれほどの人員がいるのか……それらを取り纏めたものだ。他には、これから取り掛かる仕事についての意見を乞うものもある。秘書の仕事はそれらを分類、宰相たるオレが処理するべき案件か取捨選択することだ。そうでもないものは、総務の者が処理する。その中でも、重要な案件は報告してほしいがな」

「そういうことですのね~。う~ん、でもわたくし、魔王国の現状についてとか、よく知りませんわ」
「そうか、そういえばそこからか……よし、では現状を掻い摘んで話そう」

 仕事を進める手を止めて、エイジは説明を始める。最近になって部署が分かれたこと、紙が手に入ったこと、魔王国の全体像は全然分からないということなど。

「やけにごちゃごちゃしているかと思ったら、そういうことでしたのね~……ああ、タイヘンな時に来ちゃいましたわ~。もう少し後なら楽だったかもしれませんのに」
「文句を言っても始まらん。さあ、やるぞ」

 これがどのような書類で、どう対応すればいいのか。そういったことを、幾つかの別例を交えながら教えていく。

「要は、露払いというか、ご主人様が動きやすいような補佐が中心ですのね」
「要領は掴めてきたか?」

「なんとなくですが、ええ」
「それは上々。ああ、そうだ。ここでは、ご主人様とかダーリンとか呼ぶのはやめてもらおうか。エイジ様、宰相閣下、というように呼ぶこと」
「は~い、わかりましたわ、エイジさまぁ」

 軽薄な声音で返事をすると、そこから様子を一変。真面目な顔つきになって、書類を吟味し始めようとした、ところで__

「エイジ様、本当にこの女狐を秘書にするとお考えなのですか」

 遂にダッキの態度が許せなくなったのか、シルヴァがエイジに食ってかかる。エイジはそれにデジャブを覚えた。

__なるほど、自分が転移した時のベリアルは、きっとこんな気持ちだったのだろうな__

「今までの説明を難なく理解しているし、地頭は悪くないんだろう。今はおちゃらけたりと不真面目な態度が目立つが、試用期間中だ。態度を改めないようなら諦めるが、暫くは様子を見たい」
「それに、わたくしの方が色気もあって、秘書に向いていると思うのですわ。特に、胸や足には自信がありますの。殿方は、こういうのが好きですものね~」
「なんですって……⁉︎」

 はぁ……とエイジは溜息を吐く。ダッキの煽り癖もそうだが、シルヴァもいちいち真面目に取り合っては憤ってしまうのも考えものだ。

「ダッキ、オレは秘書に色気なんぞ求めていない」
「ぅゅ……」

「シルヴァも、コイツの下らない冗談をまともに受け取るな。キリがない」
「はい……」

 やや怒気の籠った低い声で叱責された二名は、揃ってしゅんと項垂れる。

「それと。オレが秘書にエロさを求めないわけだが……扇情的な格好をされていては、ムラムラして集中が乱れ、仕事どころではなくなるからだ」

 突然、真面目な口調のままエイジが変なことを言い出すものだから、秘書二人は吃驚して固まってしまう。叱ったことで落ち込ませたのが悪かったかな、と思っての行動だったのだが。やはり自分にこういうセンスはないのかなと悲しくなる。

「まあともかく、オレが必要としているのは、能力ってわけだ」
「……へえ、そうだったんですの。つまりぃ、性欲が無いとわけではないということですのね……ということは! 実はわたくしの誘惑を我慢していたというわけですわね⁉︎」

 ダッキは嬉しげだ。どうやら調子を取り戻したらしい。……ところで、もう一人は落ち込んだままだが。

「……私には、魅力が無いのでしょうか……」

 秘書には女としての魅力を求めていない、つまり、今秘書である自分にはそういったものが欠けているのでは、と不安になっている様子。

「まさか。シルヴァは綺麗じゃないか。確かに色気は求めちゃいないが、美人が嫌とは言っていない。むしろ、好ましいくらいだ。目の保養になるし、何より男っていうのは、美人の目の前だとカッコつけたくなるし、やる気が出るものなのさ」

 シルヴァは真正面から褒められて、恥ずかしくて嬉しくて、どうしたらいいか分からなくなったかのように真っ赤になったまま固まっていた。

「…………エイジ様、少々宜しいでしょうか」

 と、ここで、三人の世界に入ることが気不味いのか、おずおずとした様子で部下の一人が声をかける。

「ああ、構わない。何か相談かな?」

 だが、助かった。この空気感のままだと居た堪れない。はにかんでいる秘書を放置して、仕事の質問に答えていく。その対応が終わった頃には、秘書も落ち着きを取り戻した模様。

 とここで、コンコンと扉がノックされる。

「入れ!」

 声を張り、入室を許可する。すると、ゆっくり静かに扉が開かれて。

「エイジく~ん、来ちゃったぁ」

 現れたのは、モルガンだった。彼女は部屋に入ると、真っ直ぐエイジの下へ向かう。

「……あら? このヒトは誰かしらァ?」

 今にも抱きつきそうなほど近づいたところで、漸くダッキに気付いたようだ。不思議そうに彼女を見る。

「コイツは、ダッキ。昨日獣人の集落ヘ向かったんだが、そこで出会った幻獣だ」
「ふゥん……あ、ごめんなさい。ワタシは、魔王国の幹部、モルガンよ。よろしくね、ダッキちゃん」

 ダッキの方を向いて、斜めに体を傾けながらウインクをして挨拶する。そして……クルリと回ってエイジに抱きついた。

「……なんとなく分かるけど、なんで来たのか理由を聞こうじゃないか」
「ウフフ……もちろん、甘えに来たわァ。人事部のオシゴト、とっても大変なのォ。ご褒美ちょうだい?」

 頬ずりしながら、褒めて褒めてとおねだりする。

「はぁ、まったく。……確かに、最近の資料を見ていても分かったが、頑張っているみたいだしな。よしよし」

 彼女の押しに負けて、抱き締め返すと頭をナデナデ。しかし、それも数秒だけだ。彼女の肩に手を置くと、押し離した。

「もうおしまいなの?」
「また後でな。見ての通り、ここは職場だ。ここだと迷惑がかかる。キミは頭がいい、それが分からなくはないだろ?」
「は~い……約束よ?」

 念押しすると、モルガンは直ぐに諦めて退室した。物足りないように、ちょっとだけしょんぼりした様子で。

「ふぅ……さて」

 彼女がいなくなったことを確認すると、辺りを見回す。総務の部下達は、何も見ていない、何事もなかったかのように振る舞っていた。だが、問題はそこではない。モルガン襲来時に、いかにも騒ぎ立てそうな若干二名、つまり秘書達がいやに静かだったのだ。

 そこで恐る恐る視線を動かすと……ダッキは戦慄いていた。

「わかりました……わたくし、わかってしまいましたわ! 昨日添い寝した時のみならず、今まで散々さりげな~く誘惑していたのに靡かなかったワケが! つまり、彼女のせいですわね⁉︎ あのような方と深いカンケイになったのであれば、女性への耐性がついても不思議じゃありませんもの!」

 ショックによる硬直が解けると、予想通り、興奮して喚き立て始める。

「わたくし、ハッキリ言って勝てる気がしませんわ……自信はあったのですが、これほどの敗北感、挫折を味わったのは初めてですの……」

 かと思えば落ち込んでいるし。

「しかし! いつまでも凹んでいるわたくしではありません! 努力すれば、わたくしだってまだまだ伸び代はあるはずです! 負けませんわよー!」

 その次の瞬間には調子を取り戻し、対戦相手もいない場所で一方的に宣戦布告。兎に角、喧しく騒いでいた。

 一方__

「……」

 シルヴァはひたすら沈黙していた。

「シルヴァ?」
「なんでもありません。はい、なんでもありません」

 如何様な感情をも表に出すまいという仏頂面だ。

「なあ、オレはどうしたら良いと思う?」

 額に手を添えつつ、部下達に問いかけるも……返事は来なかった。

「……難儀」

 溜息を吐くと、マニュアルを取り出す。丸めたそれでダッキの頭を叩くと、今度こそはペースを乱されずに昼休憩までの間にみっちり仕事を教え込んだ。
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