【R18】恋情

貴水

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10.いじめ

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――聖徳学院高等部、生徒会長室。

 しとしとと降り続く雨の中、傘を刺した生徒達が校門を出て、家路へと帰って行く。その様子をぼんやりと誠は部屋の窓から見ていた。


『誠さん。貴方のせいではない事はわかっているのよ。でもね。貴方の身代わりで京介は死んだのよ。辛いの。苦しいのよ!』

『どうして京介なの! どうして!』


 幸恵の言葉を誠は思い出していた。

 何故、京介だったのだろうか? もしかしてここに立っていたのは京介だったかもしれない。

 そんな思いが脳裏をよぎった。


 

『同じ年頃のあなたの顔を見るのが辛いの……』


 そう言って泣き崩れる幸恵の姿が鮮明に思い出された。

 子供を亡くした母親の気持ちは母親自身しかわからないだろう。気持ちはわかる……が、7歳の誠にとってあまりにきつく、重い、一生心に刻み込まれる言葉となった。

 誠は被害者に過ぎないにもかかわらず、幸恵の拠り所のない気持ちの捌け口となったのだ。

「兄ちゃん」と、目を閉じれば京介の屈託なく笑った顔が思い出されてならなかった。






「会長?」

 ふと、背後で声がした。

 振り返って見ると、生徒会書記の橘 美鈴たちばな みすずが立っていた。

「すみません。ノックしたのですが返事がなかったものですから勝手に入らせていただきました」

「……ああ。気付かなかったよ」

 そう言うと、いつもの凛とした誠の顔に戻っていた。

「会長、昨日1年生の教室でちょっとした騒動があったようです」

「騒動?」

 少し怪訝な顔になる。

「はい。詳しいことはわかりませんが、女生徒が更衣室に閉じ込められたとか……」

「それはどういう事?」

「わかりません。故意なのかどうか……。風紀委員が、ただ今調査中です」

「……分かり次第報告を」

「わかりました」





 * * 





――昨日朝、学校に来てみると上靴がなかった。

 不思議に思ったが誰かが間違えて持って行ってしまったのだろうと気にも留めなかった。

 しかし教室に入ると、いつものクラスの雰囲気とは違った空気がピリピリと伝わってきた。

 ヒソヒソと私の顔を見ては何かを話している。それも1人ではなく女生徒全員だ。

 おまけに毎朝私に声をかけてくるなつきまでも教室にはいない。 

 何かがおかしい――。京子はすぐに感じた。


「あなた! 誠様に告白したんですって! 痴がましいにも程があるわ!」

 怒声を張り上げたのは、クラス一成金と評判の 相田   愛あいだめぐみ だった。

「え?」

 突然の事で京子は頭が回らなかった。

「頭悪いわね! 身の程をわきまえなさいって言ってるのよ!」

 何故? 突然、話したこともない人から罵られるのだろう?

「ちょっと! 聞いてるの? 答えなさいよ!」

「そうよ! そうよ!」

「そうよ! 聞いてるの!」

 愛の取巻き連中までもが数人集まってきて京子を責めた。

「1人に寄ってたかって大勢はないんじゃないの」

 突如、間に入ってきたのはなつきだった。

「なによ!なつきも腹が立たないの?」

「別に……」

「この子はね! 私達だって分不相応だって思っている誠様に声をかけた挙句告白までしたのよ!」

「……知ってる」

 京子は悟った。

(ああ、みんな誠様が好きなんだ……)

 


 でも……。

 それなのに声も掛けられないの?

 分不相応だから?

 好きなのに?

 何故?


「好きなら好きって言っちゃダメなの!」

 突然京子は大声を張り上げた。

「はあー?開き直るつもり!?」

「好きだから……苦しいから……私……」

 ポロリと一筋、京子の目から涙が零れ落ちた。気持ちが昂る。

「……でも、時期が悪かった。……もうすぐ誠様のご両親の一周忌で、皆が気を遣っている。本当に好きなら相手の事を考えないと……」

「……そうね。そうなのよ。全く、なつきちゃんの言うとおりだわ……」

 ポロポロと涙が溢れ落ちた。思わず手で押さえる。

「ごめん。もっと早く誠様の環境のこと教えるべきだった……」

 そう言ってなつきは京子を抱きしめた。

 ポロリポロリと涙が零れた。


 ああ。なんて私は愚かなんだろう!

 誠様が辛いときに……。

 自分の気持ちしか考えられない愚か者……。

――これ以後、京子に対する女生徒たちの怒りは収まることを知らずに膨張する一方だった。



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