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第一章 森の魔女

第12話 シチューがいい

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 役所からの帰り道。空は綺麗な夕焼け色。家のある方向へとほうきを走らせる僕。冷たい風が僕の頬を撫でます。季節は春といえども、まだまだ肌寒いのです。それに、上空ともなると、地上とは感じる温度も違います。もう少し厚着しておく方がいいかもしれませんね。

「……師匠」

「なに?」

 僕の呼びかけに、頭の上の三角帽子が反応します。行きと同じく帰りも、師匠は三角帽子に変身して、僕の頭の上でのんびりしているのです。

「今回の依頼、どう思います?」

「どうって?」

「やっぱり、誰かが意図的に、湖の水に細工したんですかね? もしかして、町に恨みがあったから……。いや、それとも、特定の誰かに……」

「弟子君」

 僕の言葉を遮るように放たれたその声。怒っているのでもなく、ましてや悲しんでいるのでもなく。僕には、ただただ冷たく感じられました。

「何も知らない人が、憶測だけであれこれ言っちゃいけないよ。事実をちゃんと知って、それから話をすること。そうじゃないと……」

 そこまで言って、師匠は押し黙ってしまいました。三角帽子になっている師匠の表情は、全く分かりません。ですが、何となくこう思うのです。師匠は今、辛そうな表情を浮かべている、と。

「師匠、あの……」

「…………」

「えっと……」

 言葉が上手く出てきません。そもそも、今、この状況で発する言葉なんて、大した意味を持たないでしょう。師匠が考えていること。僕にはそれが全く分かっていないのですから。

「ねえ、弟子君」

「な、何でしょう?」

「今日の晩御飯、何?」

「……へ?」

 僕の口から、つい間抜けな声が出てしまいました。まさか、いきなりそんな突拍子もないことを聞かれるなんて、思ってもみなかったのです。

「できればさ」

「はい」

「シチューがいい」

「……朝も食べましたよね」

「お願い」

「……分かりました。じゃあ、早く帰りましょうか」

 僕は、ほうきのスピードを少し上げました。

 晩御飯以降、師匠は、いつもの調子を取り戻していました。とりあえず一安心。ですが、僕の心の中にできたしこりは残ったままでした。
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