リング上のエンターテイナー

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23話☆三浦桜vs高山美優

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悶々とした気持ちのまま時間は過ぎ、桜の試合が近づいていた。試合するリングが決まり、セコンドの役目があるのでそこに向かう。今回は高山美優のセコンドだ。

試合前の彼女はすごく落ち着いていた。アップはほとんどしないのか、汗ばんでいるようにも見えない。
ゆっくりと軽く体を動かし、前の試合を見ることもない。少しすると椅子に座り姿勢を正して目を瞑った。

完全に自分の世界に入っている。話しかけられる雰囲気ではなかった。高山美優はこうやって試合前の時間を過ごしているんだ。

ゴングの音が響く。前の試合が終わった。その音を聞いた高山美優が、ゆっくりと目を開けた。さっきは見向きもしなかったリング上に、今度は全神経を向けている。

「いってらっしゃい。頑張ってね」
「ありがとうございます」

高山美優はリングから目を離さずに応え、ロープをくぐってリングに入っていった。多分私の声にも無意識に応えているだけだったのかも。もう彼女の試合は始まっているんだ。

凄まじい集中力。反対側のコーナーにいる桜に集中しているのがわかる。まるで狩りをする前の動物のように。
桜もそれを感じてるようだけど、自分の体を動かして試合が始まるのを待っている。

一瞬桜と目があった気がする。さっき言い合いになってしまって、その後話す時間がなかった。でも桜はちゃんと高山美優と対峙してる。全力で戦うことには変わりない。でも、それなら結果は見えてるなんて言わないでよ。

握手を交わして離れたところでゴングが鳴った。
手四つで組む。長身の高山美優とは身長差があって桜が不利だ。桜があっという間にロープ際に押し込まれる。

実力差は歴然としていた。それが嫌というほどわかる試合だった。

桜は防戦一方だった。桜が何を仕掛けても高山美優は対処する。逆にどんな状態からでも技を繰り出す高山美優に、桜の体力はどんどん奪われていった。
特にボディスラムだ。何度か鋭いローキックを放った桜に対し高山美優は組み合う展開に持ち込んだ。近い間合いで蹴りを打たせず、体格差を活かして何度もボディスラムで叩きつける。
重心を下げて持ち上げられないようにすると上から押しつぶされる。そのまま寝技にもつれ込んで、優位なポジションを取った高山美優がSTFを決めた。

ロープまで這おうとする桜をさらにきつく締め上げたところで桜がタップした。

試合終了のゴング。技から解放された後も桜はその場でうな垂れている。
圧倒的な実力差だった。こんなに簡単に桜を抑えて関節技に持ち込むなんて。

桜だって仕掛けていた。でも綺麗に入ったのは一つもなかった。得意の関節技も狙ったそばからかわされる。何とか食らいついても振りほどかれたりロープブレイクされて、ダメージを与えられるほどのものはなかった。

勝ち名乗りを受けた高山美優は起き上がっていた桜と握手を交わしてこっちに戻ってきた。多少息は弾んでいたけど、それだけだ。技によるダメージはほとんどなく軽くトレーニングした後みたいだった。

「高山さんお疲れ様。すごかったよ」
「ありがとうございます」

いろいろ凄すぎてなんて声をかけたらいいかわからなかった。それでも高山美優は軽く微笑んで応えてくれる。

全てのスキルが突出している。技だけじゃない。技に入るまでの動きや間合い、タイミング。それに技の受け方も。桜が全く技を出せてなかったわけじゃない。でも高山美優のダメージは最小限だ。クリーンヒットは許さず、関節技の逃げ方も上手かった。

スキが無い。バランスがいい。自由自在に戦っているみたいだった。ゲームのキャラクターを思い通りに操作できているみたいに。

「ねぇ、高山さん!」

私が預かっていたジャージを渡すと高山美優はそのままリングに背を向けて会場の出入口に向かっていった。その背中を見て何か言わずにはいられなかった。
振り返った彼女は私の方を真っすぐ見返してくる。

「私、高山さんと戦えるの、楽しみにしてるから」

何て言ったらいいのかわからず言葉を選びながら、でもはっきりと言った。宣戦布告したかったわけじゃない。でも今の試合を間近で見て気持ちが奮い立ったのは確かだ。どうしても試合に対する思いを伝えたかった。

「光栄です。こちらこそ楽しみにしています」

そう応えるとモデルのように踵を返して歩いていった。ふわりと舞った長い髪の陰で、高山美優が微かに笑ったように見えた。
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