ゆるっとRAID CORE【ゆるこあ】

コヨタ

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短編・小話シリーズ

龍調査機関と競馬観戦①

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 ある週末。
 昼下がりの、龍調査機関・休憩ラウンジ。

 いくつも並べられた横長のソファに囲まれるように設置された大型モニターに流れるのは──競馬中継。
 テーブルにはコーヒーとポテチ、そしてなぜか賭け用のメモが散乱している。

「……うーん……むむむ……」

 そのテーブルの前、ソファの上で前屈みになっているセセラ。
 白衣を脱いでシャツの袖を捲りながら、真剣そのものの顔。

「よし……ソウテンウルフの単勝一点買いだ。調教タイムがいい、間違いねえ」

 隣ではシエリが紅茶を啜りつつ、呆れたように苦笑を見せる。

「セセラ……午前中までデータ解析してたのに、どうして馬のデータ分析にまで真剣なんだか」

「統計も確率も同じだ、先生」

「それを言い出すと、機関も競馬場になってしまうな」

 すると、「……薊野さん」と斜め向かいからセセラを呼ぶ声。
 その声の主──アシュラは腕を組みながらモニターを凝視していた。

「……あの騎手はよく好スタートを切るタイプです。直線で差すホワイトグロウルが来る可能性も十分にある」

 どこから仕入れたのか、データを完全に頭に入れている。

 兄の隣で妹・ラショウは感心して笑みを見せた。

「兄様、それ全部覚えてるの? もう専門家みたい……」

 そしてその横で、リルは無表情でポテチをもぐもぐ。

「オレ、ギンガノドリームに全部だ。名前がカッコいい」

 ポテチを食べながらの本命発表に「根拠それ?」と思わずツッコミを入れるセセラ。
 しかし、発走開始──そのギンガノドリームがスタートで爆発的な加速を見せた瞬間。

「いけぇぇぇぇ!!!」

 リル、テーブルに身を乗り出して絶叫。ポテチが宙を舞う。

 そしてレイラはというと、少し離れたソファに座り、ポカン。

「……なんでみんな、こんなに真剣なの?」

 その隣ではラルトが微笑ましく笑いながら答える。

「ねぇ、レイラちゃん。こういうのはね、“推し馬”を見つけるところから始まるんだよ~」

「推し馬……?」

「そう、『あの子が勝ってほしい』って思う気持ちがね、燃えるの」

「なるほど……」

 納得したようにレイラは一拍置いてから、画面の中で中団を走る黒い馬を指差した。

「……じゃあ、あの黒い……ナイトオブフレイムが勝ったらいいな」

「……!」

 その声に全員が一瞬手を止める。

 そしてゴール前、実況が叫ぶ──。

『さぁっ! 直線!! きたっ、ナイトオブフレイムっ、伸びてきたぁぁぁ!!』

「おおおおお!?!?!?!?」

 セセラ・シエリ・アシュラ・ラショウ・リル・ラルト、全員総立ち。
 レイラは小さく「がんばれ……!」と呟く。

 結果──クビの差でナイトオブフレイムが勝利。

「……勝ったっ……!!!」

 一瞬の静寂のあと──。

「「うおおおおおおおお!!!」」

 拍手と歓声が鳴り響く休憩ラウンジ。

 レイラは周りの熱意にポカンとしながらも、「……なんか、すごいね」と笑う。

「な? はぁ……はぁ……人生、時々こういうヒリつく瞬間がある方が楽しいんだよ……」

 そう言うセセラは息を切らしていた。

 龍の研究も、戦闘も、忘れた一瞬。
 ただの“人間たち”が、馬たちに夢を託して叫んでいた。


 ◇


 ひとしきり盛り上がったあと、次のレース情報が流れ始める。

『まもなく第10レース、凪裂谷なぎれつだに特別、距離1800メートル──』

 セセラは髪をかき上げながら「ふぅ」と息をつく。

「……はぁ……興奮した。先生、俺もう一戦やるわ」

「…………」

 シエリはタブレット端末を手に、冷静に画面を見つめたまま。

「悪いがセセラ。先程の熱狂を私はもう一度味わいたいとは思わないよ。理性と品性を失うのは研究者の仕事ではない」

「先生、そんなこと言っといて? ドキドキしてただろうよ?」

「……キミが横で叫んでいたせいだ」

 そのやり取りに薄く笑うリル。

「素直じゃねえなあ、シエリ先生」

「…………」

 その言葉に、シエリは目線をずらして僅かに口角を上げた。
 アシュラとラショウも微笑ましくその様子を眺めていた。

 一方、ソファに深く腰掛けていたラルトは、モニターのパドック中継映像を眺めてぽや~んとしている。

「う~ん……この子、かわいいねぇ。毛ヅヤがピカピカしてる。ムーンライトフィズっていうんだね」

 唐突なラルトの言葉に「ラルトさん、予想してるの?」とレイラ。

「ううん、“元気そうだから”ってだけだよ。でもなんとなくだけど、この子が一番走りたそう~って顔してるの」

「おいおい……」

 セセラは苦笑いしながら──。

「そんな直感で勝てるほど甘くねえぞ?」

 ……が。

 ゲートが開かれる音が鳴り響くと、ムーンライトフィズはロケットスタート。

「!?」

 実況が叫ぶ。

『ムーンライトフィズ絶好のスタートです! 飛び出したっ!!』

 一瞬で先頭に立ち、そのまま──。
 
『ムーンライトフィズッ! 離したままゴールインッ!!』

「……!!」

 逃げ切り勝ち。

 リルは口を開けたまま呆然。

「……マジかよ」

 セセラも思わず声が漏れる。

「いや、偶然だ……偶然だろ……」

「セセラ。統計上、偶然が二度続く確率はかなり低いぞ」

「先生、怖いこと言うなよ」

 そして次のレースでも、ラルトはパドックを見て「この子、耳の動きがかわいいから」とルナミントベルという名の馬を選ぶ。

 結果、また的中。

「……は?」

「ちょ……ラルトさん、連勝じゃねえか」

 セセラとリル、またも呆然。
 そしてアシュラはそれでも真剣な表情で──。

「……ラルトさん、天性の観察眼を持ってるな。馬の筋肉の張りと呼吸のリズム、テンションを無意識に読んでいるのかもしれない」

「兄様、それ分析しても意味ないと思う……」

 ラルトはそんな騒ぎをよそに、ストローでジュースをちゅーっと吸いながらにこにこ。

「えへへ、なんか当たっちゃうね~。この子たち、がんばってるからかなあ」

「素晴らしい、ラルト……。理論も経験も無く、ただ“見る”だけで結果を当てるとは。これが、本物の天才というやつか。相当な研究者だ」

「先生、それ認めるの早くないっスか」

「セセラ、キミが3連敗している時点で、統計はラルトに傾いている」

「……はい」

 そして本日最後のレース。今回もラルトは何気なく指を差す。

「この子。クロノカシスって子。ちょっと眠そうな顔してるけど、たぶんやる気出すタイプな気がする」

 そして──発走。

『クロノカシスきた! クロノカシスが物凄いあしーッ!!』

 ゴール直前、クロノカシスはまさかの追い込み勝ち。

「……!!!」

 競馬中継会場──もとい休憩ラウンジ内がまたどよめく中、ラルトは手を叩いて微笑んだ。

「やっぱりね~。クロノカシスくん、やる気スイッチ入ったみたい」

「……え……、えぇッ……!?」

 セセラ、ソファに崩れ落ちる。

「……俺、もう明日から龍の研究やめて馬見るわ」

 シエリは淡々と紅茶を口に運びながら「キミはまず“静観”を学ぶべきだ」と一言。

 弱々しいセセラと冷徹なシエリ。レイラはそんなふたりを見て、肩を揺らして笑った。

「……ねえ、これって龍よりも研究が難しいんじゃない?」

 こうして──龍調査機関の週末の午後は、なぜか“競馬の女神ラルト”誕生の日として語り継がれることになったのだった。


 ◇


 翌週末。またも昼下がりの龍調査機関。
 
 先週の興奮がまだ冷めやらぬ中、休憩ラウンジの大型モニターには再び競馬中継が流れていた。

 テーブルの上にはコーヒーの紙カップと通信端末、何枚もの記入済みのメモ用紙。

 そしてセセラがラルトの前に座り込み、なぜか両手を合わせて深々と頭を下げていた。

「頼むラルト……俺の金使っていいから、今日は実際にくれ……!」

「え、ええ~!?」

「先週あのあと、先生にドヤ顔されたんだ…… 『データよりも感性の時代かな』とか言われて……あれ、地味に効いたんだよ……!」

 そのセセラの情けない姿がいつものクールな仮面を完全に粉砕している。

 ソファの後ろから様子を眺めていたレイラは、目を丸くして呟いた。

「……薊野さん、研究以外でそんなに真剣になるの初めて見たかも」

 そしてセセラを情けなくした当の本人・シエリは今日も紅茶を持ちながら横目で見て、淡々と。

「セセラ……キミが本気を出す対象がズレていることを、もう少し自覚したほうがいい」

「先生! 今は静かにしてて! 運が逃げる!」

「……運は叫んでも来ないぞ」

「ぐぅうっ……!!」

 そう返され、セセラは涙目。
 ラルトは苦笑しながらセセラの通信端末を操作する。

「じゃあ……一応、私の勘で選ぶけど、責任は取れないよ~?」

「もちろん! お布施のつもりでいい!」

「う~ん……」

 パドックの映像に目を細めて、ラルトは画面をじっと見つめた。

「この子……ソラリスランナー。毛並みが綺麗だし、尻尾をふわふわ振ってる。ご機嫌そう~」

「おお、いいね。なんか勝ちそうだ」

「でも、ちょっと脚の動きが固いかも? ……う~ん、どうしよう」

「信じる! 直感でいい! 端末貸して!」

「……はぁい、負けちゃってもほんとに私知らないよ~?」

「いいって! ほら、俺もう入力した!」

 ──数分後。発走。
 ゲートが開かれると、ソラリスランナーは見事に出遅れた。

「……っ!?!?!?」

 一瞬で見開かれるセセラの目。

 実況は無慈悲に『ソラリスランナー大きく出遅れぇぇぇっ!!!』と叫んだ。

 その後ろでリルは腹を抱えて爆笑。

「あっはははははは!! 薊野さん、ドンマイ!!」

「黙れリル!! 今から追い上げんだよ!!!」

 結局、追い上げも叶わず──惨敗。

「ひやぁあああああ……!!」

 汚い悲鳴を上げるセセラの横で、ラルトは申し訳無さそうに首を傾げた。

「ごめんね……やっぱり『元気そう』だけじゃダメだったかも」

「いや……いいんだよ……科学でも勘でも、敗北は経験の糧になる……」

 笑いを堪えながらレイラは「それ、完全に自分を慰めてるだけだよね」と無邪気にとどめを刺す。

 だが、ラルトはすぐに立ち直ったようにぱちんと手を叩いた。

「よ~し! 次はこの子、ネモフィラスカイ! 耳がよく動いてるし、足取りも軽そう!」

「任せた! ラルトの勘、もう一度信じる!」

 レースが始まる。
 今度はネモフィラスカイが好スタートを切り、二番手につけた。

『外からネモフィラスカイ! ここで一気に先頭へ! これは強い!!』

「いけぇぇぇぇ!!」

 セセラ、完全に立ち上がって叫ぶ。
 それを見ながらシエリはため息をついて紅茶をテーブルに置いた。

「……機関の品位が地に落ちる音が聞こえるぞ」

「先生黙ってて!! 品位なんて俺がいる時点でェよ!!」

 そしてゴール前、後続を突き放してネモフィラスカイが1着。

 セセラは拳を突き上げた。

「やったぁぁぁぁぁ!! ラルト! やっぱ天才!! 愛してる!!」

「えへへ……うまくいってよかった~」

 レイラはやや引きながら「さっきまで涙目だったのに……」と呆れ顔。

 その後も数レース、ラルトの勘は絶好調と大外れを交互に繰り返す。

「う~ん、やっぱりお金が絡むと緊張しちゃうなあ」

「それがいいスパイスなの!」

 セセラはテーブルに突っ伏しながら通信端末を握りしめている。
 途中、リルがからかうようにセセラの肩を叩いた。

「薊野さん、次はオレが選んでやろうか? バクエンナイトって名前、絶対勝つだろ」

「出た、名前のカッコよさだけで決めるヤツ。そんな簡単な話があるわけねえだろ」

「言うねぇ」

 日が傾き、最後のレースが始まる。

「これで最後か……」

「そうだねえ」

 ゆるく返答するラルトへ、セセラは真剣な眼差しを向けた。

「頼む……この一戦、すべてを賭ける……!」

「う、うん。わかった~……」

 困惑しながらもラルトは静かに画面を見つめる。

「……アメジストブレイズ……かな。落ち着いてるけど、目がすごく澄んでる。こういう子って、最後まで粘るんだよね」

「信じる!!!」

 スタート。
 序盤、アメジストブレイズは中団をキープ。

 しかし最終コーナー、外からスルスルと抜け出す。実況の声が一気に高まった。

『アメジストブレイズ、伸びるっ!! 馬群をかわしていった!!!』

 レイラは「あっ……いった!!」と声を上げ、リルも「マジで勝つぞこれ!?」と身を乗り出す。

『ゴールインッ!! アメジストブレイズ、見事な走りを見せましたぁッ!!!』

 レース終了。

「っしゃぁぁぁぁぁあ!!!」

 満面の笑みで雄叫びを上げるセセラ。
 そしてすぐに肩で息をしながらテーブルに突っ伏した。

「はぁ……はぁ……」

「よかったねえ、私も緊張した~」

「最終収支、プラス1万8千円……」

 通信端末を眺めながら呟くセセラを見て、ラルトはホッとしたような笑顔。

「緊張しすぎてお腹痛くなっちゃったよ~」 

 シエリも一息つきながら、そっと紅茶を置くと──。

「……まぁ、利益が出ただけマシだな。セセラ、次は株でも始めてみるか?」

「もうイヤです……競馬で十分です……」

 その返しに、レイラとリルのふたりが吹き出した。



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