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1話完結・単発シリーズ
アシュラくんは今日も綺麗
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西城アシュラは、視線に慣れている。
龍調査機関の廊下を歩けば、すれ違いざまに一瞬だけ動きを止める職員がいる。
街を歩けば、会話の途中であってもその姿を見て言葉を失う人がいる。
西城家近所の挨拶回りでは、何気ない声掛けがいつの間にか世間話に変わり、最後には決まって笑顔とため息が落ちていく。
「…………」
──ああ、またか。
そう思うことはあっても、不快ではない。
むしろ、相手が安心したような顔をするなら、それでいいと思っていた。
ただ──今日は少しだけ違った。
◇
西城家本邸の洗面所。
手を洗いながら顔を上げたとき、鏡の中にいる自分とふと目が合った。
白い髪。整った眉。穏やかに見える目元。
特別な表情はしていない。むしろ、いつも通りのはずだ。
「…………」
(……俺って)
(そんなに目立つ顔してるのかな)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
嫌味でも、自慢でもない。ただの疑問だ。
正直に言えば、アシュラは自分の顔をよく見てこなかった。
刀の構え、立ち姿、歩き方、所作。
気にしてきたのは、いつもそういう実用的なものばかりだった。
顔は、鏡に映るもの。
自分ではなく、他人が見るもの。
だからこそ、不思議になる。
(優しそう、とか。安心する、とか)
(……そんなに書いてある顔だろうか)
鏡の中の自分は、何も答えない。
少し首を傾げてみても、微笑んでみても、そこにいるのは変わらない“自分”だ。
思い返せば、褒め言葉はいつも外側から届く。
『西城さん、今日も素敵』
『いつも人当たりがいい』
『将来ご結婚されるとしたら、奥さんは幸せでしょうね』
その度に、アシュラは曖昧に笑って、否定も肯定もしなかった。
──でも。
(もしこれが、誰かを安心させる顔なら)
刀を持たない時間でも。
戦わない場所でも。
自分にできる役目があるということだ。
それは、悪くない。
「…………」
アシュラは水を止め、軽くタオルで手を拭いた。
水音が止むと、室内が一気に静かになる。
そこでもう一度、鏡を見てみる。
さっきより少しだけ、表情が柔らかいように見えた。
(……まあ、気にしすぎか)
そう結論付ける。自分が見られることには慣れている。
だからこそ、見る側でいる時間の方が落ち着く。
人の顔を見る。
立ち方を見る。
声の調子や、視線の癖を見る。
評価というほど大げさなものじゃない。
ただ、自然と目に入って、自然と心に残るだけ。
「…………」
アシュラはなんとなく、周りの人たちの顔をひとりずつ思い浮かべ始めた。
──まず、レイラ。
初めて会ったときから、眼帯をしていた。
正直に言えば、少し驚いた。
だけど、その理由を知りたいとは思わなかった。
必要なら話すだろうし、話さないなら、それでいい。
それよりも印象に残ったのは、不思議なほど可愛らしいということだった。
強がるわけでもなく、媚びるわけでもない。
ただそこにいるだけで、空気が柔らぐ。
(そんなこと本人に言えば、たぶん嫌がるだろうから……)
(胸の内にしまっておこう)
次に、リル。
いつも無愛想だが、顔立ちは整っていると思う。
細身で、すらりとしていて、骨格も綺麗だ。
どんな服でも似合いそうなのに──本人はあまり興味が無い。
それが、少し惜しいかも。
(まあ……最も、あいつ本人が気にしてないなら……)
(……それもまたあいつらしさだよな)
必要以上に飾らないところが、あの気難しそうな表情と……不思議と噛み合っている。
「…………」
──ラショウ。
血の繋がった妹だから、という理由を一度脇に置いても、やはり可愛いと思う。
周りから「兄に似ている」と言われることがあるらしい。
それを嫌がらず、少し照れたように受け止めるのが、また愛しい。
自分に似ていると言われて嬉しそうにする妹を見て、どうしてか、胸の奥が温かくなる。
そして、薊野さん──。
「…………」
率直に言って、かっこいい。
年上で、背が高くて、冷静で、判断が早い。
正直、頭が上がらないと思うことも多い。
(それに……)
これは口に出すことはしないが、スタイルがとてもいい。
自分にはわかる。あれは鍛えたことのある体だ。
その体の無駄の無さは、同じ男として素直に感心する。
最後。シエリ先生。
初めてお会いしたとき、西洋の人形みたいだ、と思った。
それくらい整いすぎているのに、決して作り物ではない。
雰囲気が只者じゃなくて、何を考えているのか、簡単には読めない。
それなのに。
(たまに俺にだけ甘い……気がする)
以前、笑顔で「キミはイケメンだな」と言われたことがある。
冗談だったのか、本気だったのか、今でも判断がつかない。
「…………」
こうして考えると──。
(俺は、自分よりも他人の顔の方が、よく覚えてるのかもしれないな)
誰かを見るとき、そこにはいつも理由がある。
安心させたい。
守りたい。
支えたい。
だから見る。
そう思えば、自分が見られる理由も少しだけ理解できる気がした。
アシュラは小さく息をついて、また目の前の鏡を見る。
鏡に映るのは、いつもと変わらない自分。
特別な表情もしていないし、気取ってもいない。
「…………」
それでも今回は、少しだけ距離を詰めて、じっと見つめてみる。
──冷静に、自己分析してみよう。
まず、目。
眉との距離は近い。
ぱっちりとした二重で、睫毛も長い方だと思う。
青い瞳が綺麗だとよく言われるけれど、正直、自分では判断がつかない。
だが──。
確かに、光の入り方次第では、鏡の中で少しだけキラキラして見える。
それを「綺麗」と言うのなら、そうなのかもしれない。
次に、鼻。
鼻筋はスッと通っている。
低すぎず、高すぎず。
形が綺麗で羨ましいと言われることもある。
高いというよりは、整っている、という表現の方が近い気がした。
続いて、口元。
歯並びは元々悪くない。
虫歯ができないように、日々それなりに気を使っている。
唇は薄すぎず、厚すぎず。
表情がキツく見えないよう、口角が下がりすぎないようにも意識している。
それと、体調。
(俺は調子を崩すと、すぐに唇が荒れる)
だから健康には気をつける。
見た目のためというより、それが周囲に与える印象にも関わるからだ。
最後に、髪。
白い髪。
これは間違いなく母似だ。柔らかくサラサラしているのも、きっとそう。
「…………」
思い返してみれば。
(……俺は全体的に母上に似ている)
──だから、「綺麗」と言われることが多いのかもしれない。
鏡の中の自分は、誰かを威圧するわけでも、特別に主張するわけでもない顔をしている。
ただ、綺麗にしている。
それだけだ。
「…………」
アシュラは「……ふっ」と口元を緩めた。
(……何を真面目に考えてんだか、俺)
小さく自嘲するように笑うと、鏡から視線を外して、その場を後にする。
考えたところで、やることは変わらない。
今日もまた、いつも通りに人と自分に向き合うだけ。
外に出れば、また誰かと目が合うだろう。
そのときは、いつも通りに微笑めばいい。
それが自分にできる、一番自然な在り方なのだから。
おしまい
龍調査機関の廊下を歩けば、すれ違いざまに一瞬だけ動きを止める職員がいる。
街を歩けば、会話の途中であってもその姿を見て言葉を失う人がいる。
西城家近所の挨拶回りでは、何気ない声掛けがいつの間にか世間話に変わり、最後には決まって笑顔とため息が落ちていく。
「…………」
──ああ、またか。
そう思うことはあっても、不快ではない。
むしろ、相手が安心したような顔をするなら、それでいいと思っていた。
ただ──今日は少しだけ違った。
◇
西城家本邸の洗面所。
手を洗いながら顔を上げたとき、鏡の中にいる自分とふと目が合った。
白い髪。整った眉。穏やかに見える目元。
特別な表情はしていない。むしろ、いつも通りのはずだ。
「…………」
(……俺って)
(そんなに目立つ顔してるのかな)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
嫌味でも、自慢でもない。ただの疑問だ。
正直に言えば、アシュラは自分の顔をよく見てこなかった。
刀の構え、立ち姿、歩き方、所作。
気にしてきたのは、いつもそういう実用的なものばかりだった。
顔は、鏡に映るもの。
自分ではなく、他人が見るもの。
だからこそ、不思議になる。
(優しそう、とか。安心する、とか)
(……そんなに書いてある顔だろうか)
鏡の中の自分は、何も答えない。
少し首を傾げてみても、微笑んでみても、そこにいるのは変わらない“自分”だ。
思い返せば、褒め言葉はいつも外側から届く。
『西城さん、今日も素敵』
『いつも人当たりがいい』
『将来ご結婚されるとしたら、奥さんは幸せでしょうね』
その度に、アシュラは曖昧に笑って、否定も肯定もしなかった。
──でも。
(もしこれが、誰かを安心させる顔なら)
刀を持たない時間でも。
戦わない場所でも。
自分にできる役目があるということだ。
それは、悪くない。
「…………」
アシュラは水を止め、軽くタオルで手を拭いた。
水音が止むと、室内が一気に静かになる。
そこでもう一度、鏡を見てみる。
さっきより少しだけ、表情が柔らかいように見えた。
(……まあ、気にしすぎか)
そう結論付ける。自分が見られることには慣れている。
だからこそ、見る側でいる時間の方が落ち着く。
人の顔を見る。
立ち方を見る。
声の調子や、視線の癖を見る。
評価というほど大げさなものじゃない。
ただ、自然と目に入って、自然と心に残るだけ。
「…………」
アシュラはなんとなく、周りの人たちの顔をひとりずつ思い浮かべ始めた。
──まず、レイラ。
初めて会ったときから、眼帯をしていた。
正直に言えば、少し驚いた。
だけど、その理由を知りたいとは思わなかった。
必要なら話すだろうし、話さないなら、それでいい。
それよりも印象に残ったのは、不思議なほど可愛らしいということだった。
強がるわけでもなく、媚びるわけでもない。
ただそこにいるだけで、空気が柔らぐ。
(そんなこと本人に言えば、たぶん嫌がるだろうから……)
(胸の内にしまっておこう)
次に、リル。
いつも無愛想だが、顔立ちは整っていると思う。
細身で、すらりとしていて、骨格も綺麗だ。
どんな服でも似合いそうなのに──本人はあまり興味が無い。
それが、少し惜しいかも。
(まあ……最も、あいつ本人が気にしてないなら……)
(……それもまたあいつらしさだよな)
必要以上に飾らないところが、あの気難しそうな表情と……不思議と噛み合っている。
「…………」
──ラショウ。
血の繋がった妹だから、という理由を一度脇に置いても、やはり可愛いと思う。
周りから「兄に似ている」と言われることがあるらしい。
それを嫌がらず、少し照れたように受け止めるのが、また愛しい。
自分に似ていると言われて嬉しそうにする妹を見て、どうしてか、胸の奥が温かくなる。
そして、薊野さん──。
「…………」
率直に言って、かっこいい。
年上で、背が高くて、冷静で、判断が早い。
正直、頭が上がらないと思うことも多い。
(それに……)
これは口に出すことはしないが、スタイルがとてもいい。
自分にはわかる。あれは鍛えたことのある体だ。
その体の無駄の無さは、同じ男として素直に感心する。
最後。シエリ先生。
初めてお会いしたとき、西洋の人形みたいだ、と思った。
それくらい整いすぎているのに、決して作り物ではない。
雰囲気が只者じゃなくて、何を考えているのか、簡単には読めない。
それなのに。
(たまに俺にだけ甘い……気がする)
以前、笑顔で「キミはイケメンだな」と言われたことがある。
冗談だったのか、本気だったのか、今でも判断がつかない。
「…………」
こうして考えると──。
(俺は、自分よりも他人の顔の方が、よく覚えてるのかもしれないな)
誰かを見るとき、そこにはいつも理由がある。
安心させたい。
守りたい。
支えたい。
だから見る。
そう思えば、自分が見られる理由も少しだけ理解できる気がした。
アシュラは小さく息をついて、また目の前の鏡を見る。
鏡に映るのは、いつもと変わらない自分。
特別な表情もしていないし、気取ってもいない。
「…………」
それでも今回は、少しだけ距離を詰めて、じっと見つめてみる。
──冷静に、自己分析してみよう。
まず、目。
眉との距離は近い。
ぱっちりとした二重で、睫毛も長い方だと思う。
青い瞳が綺麗だとよく言われるけれど、正直、自分では判断がつかない。
だが──。
確かに、光の入り方次第では、鏡の中で少しだけキラキラして見える。
それを「綺麗」と言うのなら、そうなのかもしれない。
次に、鼻。
鼻筋はスッと通っている。
低すぎず、高すぎず。
形が綺麗で羨ましいと言われることもある。
高いというよりは、整っている、という表現の方が近い気がした。
続いて、口元。
歯並びは元々悪くない。
虫歯ができないように、日々それなりに気を使っている。
唇は薄すぎず、厚すぎず。
表情がキツく見えないよう、口角が下がりすぎないようにも意識している。
それと、体調。
(俺は調子を崩すと、すぐに唇が荒れる)
だから健康には気をつける。
見た目のためというより、それが周囲に与える印象にも関わるからだ。
最後に、髪。
白い髪。
これは間違いなく母似だ。柔らかくサラサラしているのも、きっとそう。
「…………」
思い返してみれば。
(……俺は全体的に母上に似ている)
──だから、「綺麗」と言われることが多いのかもしれない。
鏡の中の自分は、誰かを威圧するわけでも、特別に主張するわけでもない顔をしている。
ただ、綺麗にしている。
それだけだ。
「…………」
アシュラは「……ふっ」と口元を緩めた。
(……何を真面目に考えてんだか、俺)
小さく自嘲するように笑うと、鏡から視線を外して、その場を後にする。
考えたところで、やることは変わらない。
今日もまた、いつも通りに人と自分に向き合うだけ。
外に出れば、また誰かと目が合うだろう。
そのときは、いつも通りに微笑めばいい。
それが自分にできる、一番自然な在り方なのだから。
おしまい
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