Norl 騎士魔王漫遊記

古森日生

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新たなる魔鎧

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ヴァンパレス、玉座の間。
巨大なヴァンの魔鎧まがいとリヴァイトールを背にした玉座にノールは座していた。
その視線の先には三人の魔族、グリムリーパーの姿があった。今日は、アーサーが竜飛に施した発信魔法(魔法自体はフランキに解除されてしまったが)の報告に訪れていたのだ
「騎士魔王様。黄金の戦士の根拠地がわかりました」
「うむ」
「魔天回廊を抜けた先、神魔大戦の遺構に身を潜めているようです」
「うむ。よくやった」
「いかがいたしましょう?」
「しばらく放っておけ。ヴァンの力は彼奴等が思っているほど容易いものではない。それよりも、やることがある」
ノールの言葉を待つように、グリムリーパーは片膝立てて敬礼し、頭を垂れた。
「貴様らの尽力もありわしの力は日々増大しておる。だが、黄金の戦士どもがソールの力に飲み込まれた後、それを鎮めるのにこの姿では心もとない。そこで、新たな魔鎧を作成する」
ノールは玉座の裏の魔鎧に目をやる。黄金の戦士たちが魔王ヴァンの力に飲み込まれる前提なのがソールの力を知るノールの冷徹な評価だった。
「騎士魔王様、発言をお許しいただけますか?」
敬礼したまま、ブーケファルスが声を上げた。
「申してみよ」
「ありがとうございます。その魔鎧の作成、どうか私たちにお申し付けください。
私たちは騎士魔王様のご厚情をもってグリムリーパーを拝命しておりますが、その実騎士魔王様に守られているに過ぎません。
どうか、私たちに騎士魔王様のお役に立つ機会をお与えください!」
ノールはブーケファルスの言葉を聞き少々考え込んだ。果断即決の騎士魔王としては珍しいことだった。
ブーケファルスの眼にうっすら涙が浮かぶ。やはり、騎士魔王様は私たちの力をお認め下さっていない・・・
だが―
「よいだろう。グリムリーパーよ」
ノールは長考ののち、そういった。ブーケファルスは思わず顔を上げてしまい、ノールと目が合って慌てて下を向いた。
「魔界一の防具職人デスタザールに会い、このヴァンノールの魔鎧を作らしめるのだ。素材、方法すべて貴様らに任せる。
必ずやこのわしに相応しき魔鎧を持ち帰れ」
『ははーっ!』
グリムリーパーたちは大任に身を震わせ平伏した。

「ブーケファルスよ。よくぞ云った」
玉座の間を出て、開口一番空焔はそういった。
「私は、少しでも騎士魔王様のお役に立ちたいのです」
強い決意をその瞳に宿し、ブーケファルスは前を向いた。
「騎士魔王様は、何かを隠して下さっています。おそらく、私が引け目を感じることを」
「我が君がそれを語らぬのも、汝の咎ではないからよ」
「でも・・・」
「汝には関係ない」
云い切られてブーケファルスは情けない顔をした。
「はい・・・」
「空焔殿」
雰囲気を変えるようにアーサーが横から空焔に語りかけた。
「空焔でよい。われらは同志じゃ」
「では、空焔。貴方は魔界の防具職人デスタザールをご存じか?」
空焔は頷いた。
「デスタザールは炎の魔神。魔王神サーヒ配下の魔神よ。我が君麾下の武具職人メルヒオール、水神アクアード麾下の装具職人アスファールと並び称される魔界最高の職人よ。魔王神殿の近くに工房を開いておると聞いておる」
「ではまず、デスタザールに会ってみましょう!」
ブーケファルスが意気込んで叫んだ。空焔とアーサーは頷き、行先は決まった。


魔王神殿のほど近く。良質の鉱石が採取できる山麓にデスタザールは工房を構えていた。
なぜか宝箱からブラジャーを見つけてブーケファルスが赤面した以外は一騎当千のグリムリーパーにはさしたる障害もなく、ほどなくデスタザールの工房にたどり着いていた。
工房と云っても土レンガ造りの建物は手狭で、中に入ってみるとわずかな生活スペース以外はすべて防具を作成する工房であった。
工房内には様々な兜、楯、鎧、具足があったが騎士魔王が身に着けるには不足で、なにより子どもの姿のノールには大きなものばかりであった。その工房の奥で一人の老人が槌を手に金属板を伸していた。
「あなたが、デスタザールか?」
老人は手を止めて顔を上げた。
「われらは騎士魔王ヴァンノール様に仕えるグリムリーパー」
アーサーの言葉に老人は破願した。
汚れた革の作業着を纏った老人は、長年槌を握ってきたせいか右腕が異常に筋肉質であった。
その顔つきはいかつく、長年火に炙られた肌は赤銅色で深いしわが刻まれている。
「ノール坊主の部下か。ノールの事は聞いておる。急に少年趣味に目覚めたらしいな?」
「騎士魔王様は、訳あって少年のお姿をとられている。言葉には気を付けられよ」
生真面目なアーサーの言葉に老人はにやりと笑った。
「これは失礼したの。わしはデスタザール。防具職人をやっておる」
「あなたが・・・」
顔を輝かせるブーケファルスとは対照的にアーサーは静かに一礼した。
「改めて挨拶させていただく。私は騎士魔王様麾下のグリムリーパーの一人、アーサー。
デスタザール、あなたに今の騎士魔王様がお使いになる魔鎧をお作り頂きたい」
アーサーの言葉に、デスタザールはようやく手にしていた槌を置いた。
「そいつは難しいな」
「とは、何故?」
「魔鎧を作るだけならたやすいことだが、ノール坊主が使うとなるとちと話が違う」
デスタザールは工房から出て居住スペースの方へ向かう。
台所の水瓶から碗で水を一杯汲むと一息に飲み干した。そして。三人に座れ、と促した。
「騎士魔王の武具と云えば、まず何を思い浮かべる」
三人が座ったのを確認し、デスタザールはゆっくり口を開いた。
「騎士魔王様の武器と云えば、リヴァイトールを置いてほかにない」
答えるアーサーにデスタザールは頷き、
「では、リヴァイトールは何からできておる」
と、問うた。
アーサーとブーケファルスは思い当たらず顔を見合わせた。
「ラー・デ・イル・・・」
空焔が答えた。
「そう、魔王の武具はラー・デ・イルから作られたものじゃ。アクアードの蒼き光剣も、サーヒの雷霆も同じ。
創造主様が自らの領域に立ち入ることを許した時に鍵としてお与えになるといわれる魔金属じゃ。
そして、騎士魔王ヴァンノールがなぜ五下僕筆頭と云われ、名だたる神々の中でも別格たり得るか。
それは、全身をラー・デ・イルで作られた武具で固めておるからじゃ」
「ラー・デ・イルを手に入れる方法はないのでしょうか?」
黙って聞いていたブーケファルスが悲壮な声をあげた。
「無い。ラー・デ・イルは必要に際し創造主様がお作りになられる。余分というものが存在しないのじゃ。
そこらの魔鉄鉱とはわけが違う」
「つまり、ヴァンの魔鎧を作り出すことは不可能、と?」
「ラー・デ・イルを使って作れ、と言われれば不可能じゃな。改めて問う。今回の魔鎧は何を防ぎ、どれほどの強度が必要なのだ?」
デスタザールの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「騎士魔王様は兄君、ヴァンソールの力を甦らせようと企む魔界衆なる連中を始末なされるおつもりだ。
その際、魔界衆がソールの力を放った場合、それを一撃耐えられる強度が必要になる」
「魔王の一撃に耐える強度、か。ならば、妖精鉱しかあるまいな」
考え込みながら、デスタザールは云った。
「妖精鋼? そんなもので?」
アーサーが疑問に思うのも無理はない。魔界には妖精鋼の武器など溢れている。
「妖精鉱、じゃ。妖精鉱は錬成の仕方により様々な属性を帯びる。単に鍛え妖精鋼とすれば数打ちにしかならんが、
錬成に高位の魔族の血を用いれば、強力な魔属性を帯びるのよ。無論ラー・デ・イルには比すべくもないが、魔王の力と云えど一撃ならば耐えられるだろう」
デスタザールの言葉にブーケファルスの瞳が輝く。
「なら・・・」 
「だが、魔王の力を受け止めるほどの妖精鉱を錬成するとなると、どれだけの魔族の血が必要か」
デスタザールは首を振った。

「本来、我が君はご自分の血で錬成をされるおつもりだったのであろうよ。我が君の血ならばさほどの量でなくとも錬成は可能だろうからの」
魔鎧作りを拝命したとき、珍しいことにノールは考え込んだのだ。どれほどの負担になるか想像がついたのだろう。
「魔王たらぬわれらの血を使うとなれば、おそらく総身の血を使わねば不可能だろう」
「でも、全身の血を使えばできるのでしょう?」
「・・・汝、何を考えておる?」
「方法が見つかったのです。これで騎士魔王様のご恩に報いることができる・・・!」
「だが、君が死に魔鎧が出来たとしても騎士魔王様はお怒りになるだろう」
明るい顔で云うブーケファルスに、アーサーは釘を刺すように云った。
「では、どうしろと! 私は騎士魔王様のお役に立ちたいの‼」
「ほ、心意気は買うが鎧一領と得難き忠臣、まるで釣り合っておらぬよ。汝は我が君が見込んだ騎士。己の価値を知れ」
「・・・」
空焔の言葉にブーケファルスは下を向いて黙り込んでしまった。
「いずれにせよ、妖精鉱は手に入れておくべきだろう。デスタザール、妖精鉱の良質な鉱床をご存じないか?」
ブーケファルスが静かなうちにアーサーが話を進めた。
「天水峡の南、妖精の城の東方に鉱床がある。あの辺りは妖精の力が強い。よい妖精鉱がとれるだろう」
デスタザールの言葉に空焔は頷いた。
「では、参ろう。だが誰も欠けずに戻るのだぞ」


天水峡、水神宮の私室で火神ムスペラードは物憂げに息を吐いた。
色とりどりの花々に囲まれ、水晶の宮で純白のローブを身に着け、窓枠に身を預けた姿は美しい女神にしか見えぬ。
ムスペラードの脳裏には、天水峡の橋の上で少年の姿になった騎士魔王にじゃれつく天使の娘の姿があった。
「フォルネ・・・」
ムスペラードの想いは、フォルネアがもっと幼かったころはこうであったろうと思える、体も羽も小さく弱かった天使の娘に移っていた。
「あれは・・・ フォルネだったわよね?」
美しい騎士魔王に気を取られてしまったが、あの天使の娘をおそらく自分は知っている。
もう一度物憂げに息を吐いて天水峡を見ると、騎士魔王の部下たちが橋を渡っていくのが見えた。
その中の一人、まだ若い女騎士にムスペラードの意識が留まる。
「?」
微かな違和感。あの騎士の中に、かの天使の娘の存在を感じるのだ。
「どういうことだろう・・・」
ムスペラードは彼女の意識を見透かし(ムスペラードほどになれば他者の思考を読むなどたやすいことだ)、思わず顔色を変えて立ち上がっていた。

「馬鹿な・・・ 水神アクアードの管理する妖精鉱脈にこれほどの炎の力が・・・⁉」
普段は冷静で飄々とした空焔にしては珍しく大きな声を上げていた。
「何か違和感が?」
ブーケファルスは空焔の驚きの意味を理解できず首をかしげた。
「天水峡は水神アクアードの領域。かの神の力は聖、水、雷。その中でも特に水の力に優れる。
その水神の領域にあって相反する火の力がここまで強まるということはあり得ぬのじゃ。それこそ・・・」
云いかけて空焔は口を噤んだ。
「いや、行こう」
彼らは鉱床の奥深くに立ち入った。
いくらか妖精鉱を見つけ採取したが、質が今一つでさらに奥に進んだ。
火の力はさらに増し、鉱床の最奥にたどり着くころには、マグマが滾るほどであった。
「暑いですね・・・」
ブーケファルスが胸元のボタンを外しつつ云った。ブーケファルスは全身が汗ばみ、顔を赤くしていた。
「確かに。これはさすがに」
アーサーもまた両腕の袖をまくり、滝のように流れる汗を拭きつつ答えた。
空焔だけは全身鎧にも関わらず涼しい顔をしている。
「暑くないんですか?」
「なに。心頭滅却すれば火もまた涼し、じゃ」
事実空焔と、アーサー、ブーケファルスの実力には天地の差がある。この高温に汗をかかぬほどの肉体を手にするのはどれほどの時間が必要なのか。
アーサーは気が遠くなる思いだった。
「ほ。あれを見よ」
空焔が指さした先に、ひときわ大きな妖精鉱が見えた。
「大きい・・・!」
ブーケファルスが喜んで妖精鉱に駆け寄ると、鉱床を揺るがすような大音声が響いた。
『妖精鉱を求めるものよ! うぬらにその資格があるか試してやろう!』
途端、天井が崩れた!
ブーケファルスは飛び退きスライダーを抜き放った。
崩れた天井から巨大な何かが舞い降りる。
それは真紅の鱗をもつ巨大な火竜だった。身の丈は10メートルほど、真紅の鱗に覆われた体に、大きくせり出した2本の角。
息をするたびにその口からは炎が噴き出る。手足は鋼のような筋肉に覆われ、長大な尾は刃物のような逆鱗がせり出している。
逆鱗はたてがみのように背まで伸びていた。
「火竜・・・!」
火竜は大きく息を吸い込み炎のブレスを吐き出した!
アーサーとブーケファルスは飛びのいて躱したが、彼らが立っていた地面は炎に溶かされマグマとなって流れた。
「なんて火力だ・・・!」
光の炎をはるかに上回る火力にアーサーは戦慄し、火竜に己の炎は通じまいとライティフォークを抜き放った。
「はあっ!」
ブーケファルスは体をかがめ火竜の足もとに迫りスライダーを横薙ぎにした!
ガキン!
だが、スライダーをもってしても火竜の鱗は貫けず硬い金属音とともにはじかれ、その衝撃によろめいた。
火竜は尾を叩きつけ、ブーケファルスは辛うじてスライダーの柄で受けたが弾き飛ばされ鉱床の壁に激突した。
「かはっ・・・」
一瞬息が止まる。火竜は息もつかせず鋼鉄をも切り裂く爪を振りかざしブーケファルスに迫る。
その瞬間、ブーケファルスと火竜の間に空焔が音もなく滑り込んだ。
空焔は愛刀を抜き放ち、火竜を薙ぎ払った!
スライダーをもはじき返した鱗はたやすく切り裂かれ、火竜の血がしぶいて妖精鉱にかかった。
火竜は大きな翼をはためかせ飛び上がり、再度炎のブレスを放った。
普通なら回避できるタイミングではなかったが空焔は身をひねり軽くかわすと火竜に迫る。
火竜は空焔を腕で薙ぎ払ったがそれもたやすくかわし火竜にさらに迫り、愛刀を振り下ろした。
火竜の血がしぶいた。
先ほどと同じように、火竜の血が妖精鉱に降りかかった。
妖精鉱が紅く輝く。
それを見て、空焔は火竜が笑ったような気がした。
火竜は翼をはためかせ、天井の穴から飛び去った。
「・・・退いてくれた?」
ブーケファルスがほっとしたように息をついた。
「怪我はないか?」
愛刀を鞘に納めつつ空焔がブーケファルスに尋ねた。
「ありがとう・・・ございます」
分かってはいたがあまりの力量差に複雑そうな顔をしながらブーケファルスは礼を云った。
「見てくれ、二人とも。妖精鉱が火竜の血を浴びて赤く輝いている・・・」
アーサーが驚きに声を上げた。
妖精鉱は火竜の血によって錬成されたように、炎の力をみなぎらせながら強く輝いていた。
「やはりか・・・ 感謝いたしますぞ」
空焔は火竜の去った穴を見上げ、つぶやいた。
「なにか?」
「何でもないわ。これだけの力があれば十分であろう。デスタザールのもとに戻るぞ」
空焔は妖精鉱を手に取ると、踵を返した。

三人が去ってすぐ。火竜が妖精鉱のあった最奥に戻って来た。
火竜の体が徐々に縮んでいき、なんと火神ムスペラードの姿になった。無論、かすり傷すらもうない。
「・・・ふう」
ブーケファルスの無謀を止めることができたことに安堵したのか、ムスペラードは満足げに微笑んだ。
「ふう、ではない」
背後からかけられた声にムスペラードはビクッと身を震わせた。
「に・・・兄さま・・・」
そう。そこに立っていたのは水神アクアードだった。ムスペラードの顔から冷や汗が流れた。
「なぜ、手を貸した?」
「ごめんなさい、兄さま。でも・・・放っておけなかったのです」
うつむき、謝る妹にアクアードは呆れたように笑った。
「放っておけなかった、か。 そこはお前のいい所でもあり、また弱点でもあるのだが・・・」
アクアードは妹を背後から抱きすくめ、顎に手をかけた。
「おしおきだな、ムスペル」
云うやアクアードは空いた手で妹の細い体を強く抱きしめた。
兄の体温を熱く感じ、ビクンと身を震わせたムスペラードは振り向き、兄の顔を見た。
そこには、嗜虐的な笑みを浮かべた兄の顔があった。その表情にぞくぞくしたムスペラードは思わず甘い声を漏らしていた。
「は・・ はあ・・・ぁ 兄さまぁ・・・♡」
いけない兄による妹へのおしおきはしばらく続くのだろう・・・


それはさておき。
グリムリーパーたちは、魔王神殿のほど近くデスタザールの工房に戻ってきていた。
デスタザールは工房の裏手で薪割りをしていた。
「どうやら、妖精鉱を手に入れたようじゃな」
デスタザールは手を振ってついてくるように促し、工房に入っていった。
三人は以前通された生活スペースのダイニングテーブルに妖精鉱を置いた。
妖精鉱は鉱床で見たまま強く赤く輝いていた。
「何じゃこれは・・・⁉ 妖精鉱のレベルではないぞ・・・ まるで、魔王の一神ひとりの血を含んだような・・・ 何があったのじゃ⁉」
妖精鉱を手に取り眺めながらデスタザールはただただ目を見開いていた。
「おぬしの見立て通りよ。 火神が力を分けて下さったのだ」
承前の事のように云う空焔に、アーサーとブーケファルスは驚きの視線を送り、デスタザールはますます妖精鉱に見入った。
「火神・・・ムスペラードか・・・ 水神の掌中の珠とも云われたあの幼子も、いつの間にかこれほどの魔王になっていたのか・・・‼」
デスタザールは妖精鉱から目を放し天を仰いだ。
「いささか、世を離れすぎたかも知れぬのう・・・」
デスタザールが知るムスペラードは、引っ込み思案な少女でしかなかった。その頃からアクアードは強大な力を有していたので、これほど違うのかと驚愕した覚えがある。遥か昔の話だ。
「どうですか? この妖精鉱ならば魔鎧はできるでしょうか?」
心配そうにブーケファルスが口を出した。
「うむ、これほどの力があれば申し分ない。早速制作にかかろうぞ」
デスタザールは妖精鉱を手に立ち上がった。

魔鎧の作成には数日かかるのでその間、三人は近くで待機することにした。
その間、ほとんど雑談することもなかったグリムリーパーたちは互いの話をした。
ブーケファルスは孤児で、幼いころは強大な魔力を制御できず同輩に怪我をさせてばかりで孤児院を転々としていたこと。
その頃、旅を続けていたハークとアーサーに会ったことがあったこと。本人は気づいていなかったこと。
アーサー(とは認識していなかったが)のおかげで魔力の制御ができるようになったこと。
そのおかげで騎士にあこがれ、ユフラテに居ついたこと。
ヴァンパレスのパレードで見た騎士魔王の堂々たる姿に深い尊敬を抱いたこと、再会してみたら姿がかわいくなっていて驚いたこと。
しかし、その精神は昔憧れたままでさらに深く尊敬したこと。

アーサーはかつて高位の魔貴族の家系に生まれたが、生まれつき体が弱かったこと。
魔力が発現したとき、家系の魔力とは違う『光』『闇』の複属性を発現してしまい光と闇の相克で体が常に消耗する状態だったので体が弱かったこと。
ハークによって光と闇の属性を抑え込まれ、代わりに『火』属性を発現したこと。
自分を助けてくれたハークを慕い、供をすることにしたこと。その頃にブーケファルス(当時はブーケと呼んでいたので気づかなかった)と出会っていたこと。
長じるにつれてアーサーの『火』属性には抑え込んだはずの『闇』が混じるようになり、『魔炎』となったこと。
それによって、ハークが『光』と『火』も同時発現できるようになるのではないかと試み、ハーク自身の力である『光の炎』を教え込んだこと。結局『光の炎』はものにならなかったため封印していたこと。
ハークからライティフォークを継承したことで、ライティフォークを通して『光の炎』を発現できるようになったこと。

空焔はかつて神魔大戦で名を上げるために刀技を磨いていたこと。
やがて『刀魔』と異名を轟かせるようになったこと。しかし、数千年戦ってもいつまでも終わらない戦争にいつしか嫌気がさしてきたこと。
多くの友、多くの仲間を失ったこと。やがて戦場を離れ隠遁し『刀聖』などと呼ばれることになったこと、それを苦々しく思っていること。神魔大戦末期、騎士魔王から幕下に入るよう要請され断ったこと。
そのあたりまで話したくらいで、デスタザールから魔鎧が出来たと知らせがあった。
三人は魔鎧一領を受け取り、ヴァンパレスに戻った。

「見事である」
ヴァンパレス、玉座の間。火神が錬成し、デスタザールが渾身の技術で作り上げた魔鎧。空焔が鎧櫃から魔鎧を取り出し捧げた折、ノールは感嘆した。
玉座の後ろに安置されたヴァンの魔鎧にはどうしても劣るが、かれらが手に入れられる最良のものを持ち帰ったことがわかるからだ。
グリムリーパーはノールの感嘆を労いと受け取り平伏した。
ノールが立ち上がり、空焔から魔鎧を受け取った。
魔鎧は分解され、たちまちノールにまとわれていく。
意匠としてはヴァンの魔鎧と同じようなものだった。色は漆黒。胸甲、胴鎧、腰鎧、小手、具足、そして面頬付きの兜。兜には魔獣のたてがみがついている。だが、明らかな違いがある。
「ムスペラードの力を感じるな」
「は・・・。 妖精鉱の錬成に火神が力をお貸しくだされたのです」
空焔の言葉に、ノールは頷いた。
「いずれあの娘にも、何か礼をせねばなるまい」
ノールは新たな魔鎧の面頬を下した。その愛らしい顔は完全に見えなくなった。
そこにいたのは姿こそ小さいが、まさに騎士魔王ヴァンノールの姿でありブーケファルスはその姿を見てひそかに感涙した。
「グリムリーパーよ」
ノールが声を張り上げ、三人は平伏する。
「どうやら、黄金の戦士どもはソールの力を甦らせられぬようだ。そろそろ始末する頃合いとなった。魔天回廊を抜けて彼奴等を討つ!
グリムリーパーよ! 我に続けい‼」
「ははーっ‼」
ノールの下命にグリムリーパーは平伏し、立ち上がった。


===
新たなる魔鎧用語集

ヴァンの魔鎧(まがい)
騎士魔王のもうひとつの象徴たる漆黒の鎧。この鎧あればこそ騎士魔王は無敗を誇る。

魔天回廊(まてんかいろう)
複数の世界の座標を魔力で繋げる転移魔法。回廊自体異空間であり、出口が無くなれば脱出できないため廃れた。

ラー・デ・イル
創造主の領域に立ち入るのに必要な魔金属。もちろん鉱物としても素晴らしく原作の最強武器でもある。

蒼き光剣(あおきこうけん)
アクアードの魔器。一見ただの筒にしか見えないが伸長自在の聖なる光の刃を生成する。

雷霆(らいてい)ポ・アー
サーヒの魔器。サーヒの能力「魔雷」を纏わせることで天災に等しい威力を生み出す。

錬成(れんせい)
魔金属に属性や追加効果を付与する過程。かつて神々も聖なるものを自ら殺し聖剣、聖槍を錬成したとされる。

おしおき
R-18。兄から妹へ一方的に与えられるが、妹が本当に欲しいものは決して与えられない。
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