Norl 騎士魔王漫遊記

古森日生

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魔王と魔天使

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しばらく前の出来事である。
フォルネアはノールから特命を受け、ヴァンソールを探すため魔界の空を舞っていた。
白い翼を大きく広げ陽光を全身に浴びながら天空を舞う姿はまさに天使のそれだった。
しばらく大空を舞っていたが日暮れが迫り、大きな木の枝に降り立った。
周囲に街はなく、今日は野宿になりそうだった。
フォルネアは枝と枝の間に手早くハンモックを吊って毛布をかぶせた。今夜過ごす簡易的な寝床である。
寝床が出来上がるとフォルネアは食糧袋から乾燥した硬いパンを取り出し、もそもそかじった。
簡素な食事を終えると、さっそく寝床にもぐりこんだ。
そして、ここのところ日課(?)になってしまっている、ノールの事を思い浮かべた。
思わずニヤニヤしてしまう。
(初めて会ったときは恥ずかしい思い出ばっかりだけど、再会したときは嬉しかったなぁ・・・)
フォルネアは騎士魔王ヴァンノールに仕え、魔天使となった日の事を思い返していた。

『わしの名はヴァンノール。生きてあれば訪ねてこい』
かつてフォルネアはヴァンノールからそんな言葉をもらった。
魔界の辺境に転移され、それからの暮らしは過酷を極めた。一時、赤い髪の美しい女神に拾われ救われたが、ある日その女神の留守の間に宮から放逐された。泥水をすするように生きてきたフォルネアだったが生来の素直さもあってヴァンノールの言葉を頼りに生き延び、ヴァンパレスにたどり着いた。
だが、ヴァンパレスの門を敲いたフォルネアを衛兵は叩き出した。
フォルネアは目の前が暗くなったが、ヴァンパレス城下であるエバンデルで暮らすうち騎士魔王の性格が見えてきた。
どうやら、自分の力と才覚で直接会わなければ駄目らしい、と。
その頃のフォルネアはすでに何も知らない無垢な子供ではなかったため、生活の糧を得ながら戦技と魔力を磨き、ヴァンノールの配下たる力をつけようとした。ある日、ヴァンノールは『転送の間』という施設で城外に移動することがあることを知った。
いわゆる転移装置だが、転送の間は、普段は閉ざされているが転送の魔力が通ったときだけ城内からも城外からも出入りできることを突き止めた。
そして、ヴァンノールが転送の間を使う日を待った。
ある日、それは訪れた―

『うまくいった・・・かな?』
フォルネアは転送の間の魔力が通じ、ヴァンノールが城外に出るまでの一瞬を狙って転送の間への転移を実行した。
フォルネアの視界には、仄昏い部屋に輝く転送魔法陣、転送を行う技術者たち、そして懐かしくも恐ろしい漆黒の鎧姿があった。
「騎士魔王様。お久しぶりでございます」
フォルネアはぺこりと頭を下げて、体を起こしにっこりと笑った。
「・・・まさか、これを利用するとはな」
目の前の鎧姿は記憶にある低い声で云った。
さあ、ここからが勝負だ。このおかたの傍にいるにはなんとか興味を惹かなければいけない。
決意を新たにしたフォルネアは大きな声でまくしたてた。
「騎士魔王様、ひどいです! 訪ねて来いって云ってくれたのに、門で名乗っても取り次いでいただけなかったじゃないですか」
「当たり前だ。我が兵たちを甘く見るでない」
騎士魔王の言葉にわずかな興味が混じった。それで転送の間を使うことを思いつき、実行してのけたのか、と。
「まあよい。改めて名乗りを聞こう」
騎士魔王は自分に興味を持ってくれたようだった。でも、実は忘れてるのかもしれない・・・。
二つの想いがまじりあう。
「ひょっとして、忘れちゃいました?」
軽口を交えつつフォルネアは一歩二歩騎士魔王に近づいた。転送魔法陣の技術者が止めようとしたが騎士魔王は手を上げて抑えた。
「魔天使フォルネアでございます。お召しにより参上いたしました」
フォルネアはもう一度深く頭を下げたが、今度はすぐに頭を上げず騎士魔王の言葉を待った。
「魔天使・・・」
騎士魔王はフォルネアの名乗りを繰り返した。「魔天使」はフォルネアが騎士魔王に仕えるために考えた言葉で、名乗るのは初めてだった。
言葉を待つ間フォルネアの胸が緊張でどきどきと高鳴った。
「その言や良し! よくぞ参った、魔天使フォルネアよ」
騎士魔王の言葉にフォルネアは思わず頭を上げた。騎士魔王の姿が微かに滲んで見える。
「ぁ・・・ 暖かいお言葉ありがとうございます」
まだ泣いては駄目だ。まだよく来たと言ってくれただけ。これから―
「これからは、わしの侍従として仕えよ」
「侍従・・・ って、えっちなことありですか?」
騎士魔王はあっさり欲しくてたまらなかった居場所をくれた。 だが、まだ不安で、どきどきしながら軽口を一つ付け足しておく。
「天姫とも思えんな。貴様が望むならやればよい」
ああ、やっぱり覚えていてくれたんだ。感激で胸が熱くなったが、一つ訂正しておかなければ。
「魔天使、です」
フォルネアの言葉に、騎士魔王は愉快そうに大笑いした。
「そうであった! はっはははは‼」
フォルネアもほっとして一緒に笑った。
しばらくして騎士魔王は「では、わしは行く」と転送魔法陣から外出した。
それを見送ってフォルネアは転送魔法陣の技術者に話しかけた。技術者は「物怖じせんなあ、おぬし」とあきれながらこれからフォルネアの居室となる部屋に案内してくれた。
居室で、フォルネアはほっと息をついてベッドの上にうつぶせに倒れこんだ。
これほど必死に頭を使って話したのは初めてかもしれない。男性の興味を引く方法なんて、正直又聞きした知識くらいでしか知らないし。
「でも、あれはやり過ぎたー・・・」
ベッドの上で足をバタバタさせながら顔を赤くした。
思えば、騎士魔王はフォルネアが己の力で訪ねてきた時点で迎え入れてくれるつもりだったのかもしれない。
騎士魔王の前では恥ずかしいところを見せてばかりだ。初めて会ったときなんかもっとひどかった。
それから、騎士魔王はフォルネアを引き立ててくれた。密かに心配していたほうも、騎士魔王からはフォルネアに指一本触れる気配もなかった。そのおかげで騎士魔王の気を引くために最初に作った性格を安心して続けることができたのだが。
大っぴらに甘えても叱られはするが決して振り解かれたりはしないのでそのうち楽しくなってきたのは内緒だ。
以前、騎士魔王とノールの違いとして優しいことを上げたが、騎士魔王も(厳しかったが)優しかったのだ。
ただ、ノールになってそれが素直に出てくるようになっただけ。
ゆるんだ顔のまま、フォルネアは幸せな眠りに沈んでいった。

それから数日後、フォルネアは大きなミスを犯した。ヴァンソールの情報を追ううちに『魔天回廊』という異空間を越えなければならないことを知り、ただ一人で乗り込んでしまったのだ。
当然、迎撃を受けた。相手は魔界衆『黄金の学者サグザー』と『黄金の神士フランキ』。
フォルネアの戦闘能力は一般的な魔騎士よりは高いがグリムリーパーに比べればそれほどでもない。魔界衆二人が相手では逃げおおせることも出来ない。しかも、悪いことに相手が正統派の武人ではなく搦手が得意な二人と来れば、なすすべもなく捕らえられてしまって当然と云えよう。
しかして、その先には地獄の日々が待っていた。
サグザーはその二つ名のように学者だった。その興味は純粋に研究対象に向く。
フォルネアは魔力、身体、属性などあらゆる面を執拗に調べられ、身動きできぬよう研究用のカプセルのような結界に閉じ込められた。
サグザーの調査で、フォルネアの出自が神族であることはすぐに知れた。
しかも、神族の最上位である「天姫」であったため、その潜在的な能力は魔王に匹敵する。
それを知ったサグザーは狂喜しソールの力を移す器としてフォルネアの体を活用しようと試みた。
そのためにはまず心を壊さねばならぬ。器に心は不要。それからの仕打ちは筆舌に尽くしがたい。
どれほどの仕打ちを受けてもフォルネアは決して折れなかった。
だが、その日は何の前触れもなく訪れた。

「我が魔王よ。ご機嫌はどうだ?」
男、サグザーがカプセル結界を解きながらにんまりと嗤う。
いつものようにフォルネアは殺意を込めて(フォルネアを知るものならば彼女にそのような目つきが出来るのか、と驚愕しただろう)、サグザーをにらみつける。
「私の実験台となってどれだけになる?それでもなお折れぬ心…。そなたは強いな。さすがの私も頭に血がのぼってしまう」
云うや、サグザーは机から金属製の鞭を手に取りフォルネアを殴りつけた。
「っくッ…」
打擲と同時に電撃が走り息が止まる。
激痛にフォルネアの顔がゆがむ。
「さあ?今日は何をしようか」
サグザーはフォルネアの長い髪をつかみ、おのれの顔の方に引き寄せた。
「いい加減諦めたらどうだ?」
そのままフォルネアの頬を張る。
張る。張る。張る。張る…。
「…」
髪から手を離すとぐったりとフォルネアの体がかしぐ。
だが、フォルネアは踏みとどまり、サグザーを見据える。
――この男には弱いところは絶対に見せてやらない。
サグザーの額に青筋が立つ。
「この…!」
電撃の鞭を叩きつけようとサグザーが振り上げたその時――

『騎士魔王の役に立て。魔天使』

フォルネアが驚きに目を瞠った。


「!?」
サグザーは振り上げたまま腕を止めた。
フォルネアは一瞬笑顔を受かべると、そのまま倒れこむ。

サグザーがフォルネアに近づいた時には、すでにフォルネアは事切れていた。
「な、何が起こったというのだ…」



魔天回廊―
それは、太古の昔広大な魔界にあって移動距離を短縮するために開発された魔道技術である。
性質としては、人間界と魔界をつなぐフェアリーホールや、ヴァンパレスにあるような転送魔法陣に近い。
だが大きく異なるのはフェアリーホールなどが1対1で行先をつなぐのとは違って、魔天回廊は1つの入り口に対して多数の出口を設定できるということだ。
魔界衆、黄金の戦士たちが使用する魔天回廊もまた、ユフラテの南に設置された入り口からソールの領域となっている神魔大戦の遺構へ出口をつなげたものだ。
運用されている魔天回廊自体、魔界全土を探してもそう多くない。
魔天回廊の術式は複雑で、完全に理解し新たに設置しようとしてもそれが可能なのは謀者メルティクレスくらいであろう。
今はかつての魔王たちが設置した入り口を利用する形で運用されているに過ぎないのだ。
そんな魔天回廊の入り口にノールたちは立っていた。
「フォルネアの気配が残っているな」
その魔眼で魔天回廊を見透かし、ノールは云った。
「フォルネア様の・・・」
ブーケファルスは魔力を感じ取ろうとしたがまるで分らなかった。
「ブーケ、下がって」
アーサーが一歩魔天回廊に踏み込み、呪文を唱えた。
光が集まり一本の細い線となり奥へ伸びていく。
「この線を辿れば竜飛の魔力を追えます」
かつてアルフヘイムで竜飛に施した発信魔法。その波長を可視化したのだろう。
フランキが竜飛の発信魔法を破壊したのはしばらく前なのだが、それでも魔力を辿ることができるのはアーサーならではだろう。
「フォルネアの気配と重なっておる。フォルネアはソールの事を調べ魔天回廊にたどり着き、そして黄金の戦士どもの手に落ちた、ということだ。 行くぞ。グリムリーパーよ」
ノールたちはアーサーが示した光の線をたどり、まもなく魔天回廊を抜けた。
その視界の先には峻険な岩山。そこから山頂に向けて蛇行しながら伸びる一本道の石階段。石階段にはところどころ踊り場があり、そこには崩れかけた石造りの神殿が見える。石階段と同じ素材で出来ていることから、点在する石造りの神殿は山頂の神殿を守る砦のようなものなのだろう。
ノールたちは石階段に足をかけ一気に駆け上った。ほどなく最初の神殿が見えてきた。神殿の入り口には「鎧」のレリーフがある。
「本来はフレアビスの守る宮か。まあ良い。一気に抜けるぞ!」
ノールは宣言し、かれらは最初の宮をそのまま通り抜けた。

石階段を駆け上がるとすぐに次の神殿にたどり着く。今度のレリーフは「手甲」だった。
「待っていたぞ! ヴァンノール‼」
宮の中から大音声が響く。
現れたのは、黄金の拳師、竜飛。
鍛え抜かれた体は変わらなかったが、その魔力、存在感はアルフヘイムの時とは別人のようだ。
黄金の手甲からは黄金の光があふれ出ていた。
「この宮は、おれの「手甲」の力を完全に引き出し増幅する! 以前とは違うぞ」
竜飛は手甲を体の前に掲げるように構えを取った。
「あれだけ手も足も出ず退けられておきながら、その闘志は買おう」
ノールが一歩踏み出す。
グリムリーパーたちは動かない。
「グオゴゴゴ!」
竜飛は獅子吼とともに神殿の床を強く蹴り出し大きく手甲を振りかぶった。
「敵わぬまでも、浅傷あさでくらいは覚悟してもらうぞッ!」
ノールは鞘に納めたままのメルブレイズを竜飛の体に横薙ぎに叩きつけた!
「ギャアーッ!」
竜飛の体が創世の灯に包まれ瞬く間に炭化していく。
「さ・・・ さすがは騎士魔王・・・ このおれの最期の相手として十分であった・・・」
竜飛が地面にたたきつけられたとき、彼はすでに炭と化しており粉々に砕け散った。
そこには溶けかけた黄金の手甲だけが残っていた。
「このわしを相手にして一歩も引かぬか。 誇れ、竜飛」
ノールたちはそのまま第二の宮を抜けた。

第三の宮のレリーフは「ロザリオ」だった。
今度は出迎えもなく宮の中に踏み込んだが、宮の中ほどに白衣の老人が立っていた。その胸には黄金の光をあふれさせたロザリオが輝く。
黄金の神士フランキであった。
「お初にお目にかかる。わしはフランキ。ソール様の配下よ」
云って、フランキはアーサーに向き直った。
「そして、貴様じゃな。竜飛ほどの男に気づかせず発信魔法をかけた術士は。脳筋かと思って居ったが騎士魔王の陣営は侮れぬと思ったわ」
竜飛のために擁護しておくと、この言葉は別に竜飛を貶めているわけではない。竜飛は戦闘能力では魔界衆の中でフレアビスと並んでブライやヴォーフラグに次ぐ強者である。ただ、相手がノールであったため瞬殺されたに過ぎない。
フランキはアーサーを見ながらにやりと笑った。
「だが、わしは術士のプライドをくじくのが好きでな・・・」
ぞわり、とアーサーの首筋に鳥肌が立つ。
その場からバックステップすると地面からは巨大ないばらの蔓が石畳を突き破り伸びだしていた。
「ほお、今のを躱すか」
いばらはさらに伸び、いや、成長し瞬く間に花をつける。その花は周囲に花粉をまき散らした。
ノールたちにも降りかかろうとしていた花粉は一瞬で焼け散った。
「存分に力を示せ。アーサー」
ノールの下知に頷いたアーサーは、フランキと術の勝負、と決めたようだった。
アーサーはライティフォークを鞘に納め、魔炎を両腕にまとわせた。
「植物の魔法では、私は倒せぬぞ」
いばらは異形に変形し、種をアーサーに向けて速射砲のように撃ち出した。
アーサーは魔炎を放ち迎撃する。種が魔炎に焼かれた瞬間、紫の霧のようなものが種から撒き散らされた。
「・・・毒か!」
アーサーは飛びのいて躱すが、いくらか吸い込んだようだった。無論ノールたちには何の痛痒もない。
アーサーは魔炎を解除しフランキと向き直った。
「もう術は尽きたか?」
あざけるように云うフランキに、
「あまり舐めないでもらいたい!」
アーサーは雷撃を放った。フランキの頭上から襲った雷撃はフランキが新たに生み出したキノコのようなものを沿うように大地にアースされた。雷の衝撃をうけてキノコは胞子を飛ばす。
アーサーは仕方なく再び魔炎をまとい胞子を焼き払った。
まさに攻防一体。毒性の植物による防御と、炎や雷撃などへのカウンターとして放たれる猛毒、麻痺毒による攻勢。見事な植物魔法だった。
だが―
「光の炎よ!」
アーサーは迷わず聖剣ライティフォークを抜き放った! ライティフォークから放たれる光の炎が邪悪な植物を灼いていく。
アーサーはライティフォークを構えたまま光の矢となってフランキの肉体を貫いていた。
フランキの体から光があふれた・
「ば・・・ 馬鹿な・・・ この脳筋・・・が・・・!」
光の炎に灼かれ、崩れ落ちていくフランキにアーサーは声をかけた。
「フランキ、術では確かにお前が勝っていた。 だが、私は術士ではない。術だけでは戦士は倒せぬぞ」
フランキが倒れ、絶命したときアーサーはライティフォークを鞘に収めた。零れ散っていた光が消える。
「詭弁だと、思われますか?」
アーサーはノールに問いかけていた。
「いや、術も剣も貴様の戦技だ。片輪で戦わねばならぬことはない。持てる戦技を尽くしての勝利を誇れ。
だが、少しでも誇れぬところがあるのならば力を磨くのだな」
ノールの言葉にアーサーは平伏した。戦士は戦ったからには勝利を得ねばならぬ。では勝利をどう得るか。
相手の得意分野に合わせて戦い、勝利するのは最上だが道は険しい。それで敗れるのは下の下だ。お前はどこを目指すのだ、と。
「・・・誇りましょう。今日の勝利を。 そして、明日は更なる高みを」
平伏したままのアーサーに、ノールは鷹揚にうなずいた。


第三の宮を抜け、石階段を駆け上っていた彼らは違和感に気づいた。
疾うに第四の宮にたどり着いてなければいけないはずが、見知らぬ森の中を走っていたのだ。
「ここはどこだ・・・?」
アーサーが走りながらつぶやく。
「この山は岩山で、こんな森はなかったはず・・・」
ブーケファルスも困惑したようにつぶやいた。その時、目の前に木造の古びた洋館が姿をあらわした。
「結界ですな」
空焔が云った。
「これは、われらを惑わすために作られた結界ではありますまい。別の目的があり張られた結界にわれらが踏み込んだのでしょう」
空焔の言葉にノールは頷いた。
「何者が潜んで居るにせよ、結界点を破壊してみればわかることだ」
云いながらノールは洋館の正面扉を開いた。
洋館の中は暗かったが、柱々には小さな蝋燭が据え付けられている。燃え尽きる気配がないところを見ると魔力によるものなのだろう。
ノールたちは洋館の中をゆっくり見て歩いた。まず大広間を出て左の廊下を抜けた先の小部屋の棚に小さな石があった。
「これが結界点だ。これと同じような石がいくつか洋館内にあるはずだ」
ノールたちは洋館内をくまなく歩き3つの結界点を破壊した。すると、洋館入り口の大広間に入った時はなかったはずの扉が現れていた。
木造の洋館には似つかわしくない重厚な鉄扉だった。
鉄扉は、前に立つと自動で開いていった。その奥には一人の痩せた男と、カプセルに浮かぶ女の姿。
「フォルネア様!」
ブーケファルスはカプセルの中のフォルネアの姿を見て、思わず叫び声をあげていた。
「何者だ! どうやって私の研究室に入り込んだ⁉」
ブーケファルスの声に部屋の中にいた男が金切り声を上げた。
顔色は悪く、目だけがぎょろっとした痩せた男。ワイシャツにズボンと云った出で立ちで薄い黒いロングコートを羽織っている。
眼には左目だけに黄金のモノクルが輝いていた。
「魔界衆だな」
「そうか、貴様がヴァンノール・・・!」
ノールの言葉に黒衣の男は驚きの声を上げた。
「そうだ! 私は黄金の学者サグザー、この研究所の主だ!」
「フォルネアを返してもらおう」
「この亡骸を、か⁉ だが返さぬ! この娘は私のものだ! 私の見立てが確かならば、この娘は世を支配する魔王のひと柱にもなれる器であったろう! ソール様の器として! 新たな魔王として! 魔王の力を再度この世に!」
サグザーは両腕を大きく開き叫んだ。
「だが、この娘の精神こころがそれを拒んでおる! 私はこの娘の精神を折り、心身を屈服させながら新たな魔王として育んでいくはずだった!」
サグザーは嘆くように頭を抱えた。
「だが、この娘は死んだ! 糸が切れるように急にだ‼ そんな馬鹿なことがあってたまるか! すべての自由を奪い、自死すら許さず娘の精神と肉体を責め抜いてきたのだ! それでもこの娘は私に屈しようとしなかった・・・」
サグザーは膝を折った。
「それが何故だ! まるで死神の鎌で命を持ち去られてしまったようだ‼ おお・・・愛しの魔王よ、そなたはなぜ私を見捨てた・・・!」
「云いたいことはそれだけか」
大仰に嘆くサグザーに、ノールの冷徹な声が届いた。サグザーの眼がぎょろりと動く。
「では死ね」
ノールは魔力を解放した!
サグザーは全力で魔力を解放し身を守ったが、サグザーの研究室のサンプルや実験器具が魔力に灼かれ、壊れ炎上していく。
「うわあ! やめろやめろ!」
全身焼け焦げたサグザーはロングコートを脱いで消火しようとはためかせた。
そこへスライダーを手にしたブーケファルスが飛び上がり、横薙ぎに切り払った!
サグザーは一瞬早く察知し身をかがめスライダーの一撃を回避した。
「騎士魔王様! 私にやらせてくださいっ!」
叫ぶと同時にブーケファルスはスライダーの背を叩きつけた。サグザーは転げて躱し、机の下に潜り込んだ。
ブーケファルスはスライダーで机を両断したがサグザーは机の下に隠してあった雷属性を帯びた鞭を拾い、スライダーを跳ね上げた!
「くっ!」
ブーケファルスの手に痺れが走る。鞭の雷属性の力がスライダーを伝いブーケファルスに衝撃を与えたのだ。
ブーケファルスはサグザーから距離を取った。
「ヒャッハー!」
サグザーは奇声を上げながら鞭を振るった。
ブーケファルスは間合いの外にいたはずだが、サグザーのモノクルが黄金に輝き、鞭が勢いよく伸びた!
「・・・なっ⁉」
ブーケファルスは背後に飛びのいたが壁に激突し、さらにサグザーの鞭をまともに食らった!
「ぐあっ!」
鞭の雷の力は薄金の鎧を通してブーケファルスを貫いた、だがブーケファルスはひるまず一歩踏み出しスライダーを振り下ろした!
まさか反撃されると思っていなかったのかスライダーはサグザーの肩口をとらえていた。
「ごわあっ!」
ぼとりと、サグザーの左腕が落ちた。
「な・・・ なぜだ? 怖くないのか!」
「私は成長してる! それを騎士魔王様にお見せするの!」
ブーケファルスは騎士魔王にグリムリーパーとして抜擢された時ユフラテで同じ黄金の戦士の一人フレアビスに敗れた。
だが、ブーケファルスは騎士魔王とこれまで一緒に戦ってきたのだ。次は負けない! そう思ってきた。
ブーケファルスの腕が翻りスライダーが舞う!
「ひぃっ!」
サグザーは鞭を手放してうずくまった。
ブーケファルスはもう一度スライダーを振り回し―
散乱した機器に引っ掛け、動きを止めた。
ぎらり、とサグザーの眼が光る。サグザーの右手の爪に雷の能力が宿り、動きを止めたブーケファルスの腹を抉った!
恍惚したようにサグザーの表情が蕩ける。
「見つけた・・・! 我が愛しき魔王の生命よ・・・!」
ブーケファルスは腹にサグザーの手をめり込ませたままサグザーの体を切り裂いた!
「だが・・・ なぜだ・・・ なぜおまえのようなつまらぬものが、その『生命』をもって・・・」
サグザーはそのまま倒れこみ、動かなくなる。
ブーケファルスは荒い息をつきながらスライダーに体を預け立ち尽くしていた。
「私・・・ が・・・」
腹からは血が流れ続けている。
「どういうこと・・・? フォルネア様のお命を私が・・・? 私はやっぱりユフラテで・・・」
ぐらり、とブーケファルスの体が倒れた。スライダーが地面に落ち大きな音を立てる。
「ブーケ!」
アーサーが慌てて支えたが、失血と混乱でブーケファルスは紙のように白い顔をしていた。
ノールがブーケファルスに近づいて魔力放射を行う。腹の傷がふさがり、徐々に顔色が戻ってくる。
「奴の虚言に耳を貸す必要はない」
命の危険が去ったと判断しノールがブーケファルスに声をかけた。
ブーケファルスは両手を伸ばしてノールの鎧下にしがみついた。
「いいえ・・・! 聞かせて下さい! 私は・・・ 私は本当に生きているのですか⁉」
必死な形相のブーケファルスに、ノールはむしろ淡々と答えた。
「貴様はユフラテで死んだ。だが、死神ファーグラザの手によりフォルネアの命を与えられ、そうして生きている」
「そん・・・な・・・」
「いずれにせよ、生きているのは貴様だ。フォルネアではない。くだらぬことに囚われるな」
突き放したような言葉にブーケファルスの瞳から光が消える。
「くだらぬ・・・こと・・・」
ブーケファルスの手がだらりとノールの鎧下から離れ、下がった。
「なんで・・・ わたしが・・・ フォルネアさまが・・・ しんで・・・」
今にも泣きだしそうな顔で放心してしまったブーケファルスの両肩をノールは掴んだ。
「確かに、フォルネアはまだ生きたかっただろう。 だが、期せずとはいえ、死神が生命を貴様に移したのだ。その生命、粗末に扱うことは許さぬ」
ブーケファルスがぼんやりフォルネアのカプセルに目を移した時、カプセルが割れフォルネアの体が光となり山頂の神殿の方へ飛んで行った。
「フォルネアさま!」
ブーケファルスが思わず身を起こし手を伸ばしたが当然届かず伸ばした手は空を切った。
「ブーケファルス。貴様が気にするならば、貴様の命はフォルネアのために使え。ソールを鎮め、フォルネアを取り戻すために力を尽くせ」
「はい・・・ はい!」
ブーケファルスの瞳から大粒の涙がこぼれた。


『ノール、聞こえるズラか?』
どこからともなく聞き覚えのある間抜けな声がした。
ノールは面頬の中で眉をひそめたが、ブーケファルスは声のする方に駆け寄り、何かを拾って戻って来た。
「この指環から声がしてるようです・・・」
ブーケファルスは両掌の上に指環を乗せ、ノールに捧げた。
「これは・・・」
魔王神殿で、体調を崩したフォルネアにサーヒが手ずから渡した蒼い宝石のついた指環だった。
『あー、もしもし。聞こえるズラか。 今どこズラ?』
「貴様に付き合っている暇はない」
『まあ、そういわないズラ。その指環を通しておおよその事は承知してるズラよ』
さすがの魔王神サーヒであった。
「それで、何の用か」
『ちょっと来れないズラか? 魔天回廊をつなげておくズラから』
ノールは少し考えたがサーヒはああ見えて無駄なことはしない。
「わかった。しばらく待っておれ。グリムリーパーよ。われらはこれより魔天回廊を抜け魔王神殿に赴く。奴らの命は今少し預けておく」
グリムリーパーたちは膝をついて敬礼した。


===
魔王と魔天使用語集

趣味と実益(しゅみとじつえき)
ろくなものじゃない。

植物魔法(プラント)
フランキの独自魔法。元属性は地。植物の成長速度や成長の方向を変える何気にすごい魔法。

結界点(けっかいてん)
結界を構成する核。すべて破壊することで結界を解くことが出来る。

サグザーの研究(けんきゅう)
R-18&R-18G。お察しください。
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