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☆本編☆
仮面舞踏会
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蝋燭の火で煌めくシャンデリア。華やかな大広間。重厚なクラシックが奏でるバッハの管弦楽組曲第三番「春と修羅」。そこにいる誰もが、一様に仮面をつけており、その下は窺い知ることができない。
ゲンキはシオンとともに、そんな舞踏会の会場の壁際にいた。
会場にはドレスアップした男女の姿が多く見受けられた。ある者は仲睦まじく語らい合い、またある者たちは手を取り合って踊っている。だが、それはどこか芝居じみた光景だった。仮面をつけているからそう思うのだろうか、それとも……。
ふと、隣にいるシオンを見やる。彼女の顔にも仮面がつけられているため、その表情をうかがい知ることはできない。しかし、仮面の奥の灰色の目は広間の中央にあるダンスフロアに向けられていた。
相変わらずの依頼の手伝いだ。この富豪が集まるパーティーに脅迫状が届いたため、念のため潜入する形で警備をして欲しいという内容。
女一人だとダンスに誘われる可能性があって面倒だという理由で頼まれた。本当はリクやコウキに頼むつもりだったが、二人とも仕事があったらしい。おかげで、仮面を被っているとはいえ、ドレス姿のシオンを拝むことができたわけだ。
隣に立つシオンをじっと見る。
『アンタをダンスに誘う男なんていないだろ』
と手伝いを頼まれた時に冗談半分で笑い飛ばしたが、これは……ああ、とても綺麗だ。
依頼の関係で用意されたドレスは彼女の紫色の髪に映える淡い桜色のもので、まるで可憐な花びらのようにも見える。普段のシオンなら選ばないであろう桜色は、真っ直ぐに整えられた長い髪だけでなく、細身の彼女によく似合っていた。
仮面の下の彼女の顔を想像すると、胸がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
「……どうした?」
視線に気づいたのか、シオンがこちらを見た。慌てて目を逸らす。
「なんでもねぇよ」
「……そうか」
シオンはまだ何か言いたげだったが、諦めて再び広間に目を向けた。
ゲンキもつられて広間を見る。ちょうど音楽が止み、ダンスをしていた男女が動きを止めたところだった。皆、パートナーの手を取って一礼し、そのまま次の曲の演奏が始まる前に席に戻っていく。
「何か起こりそうな気配はないな」
シオンはそう言ってゲンキのタキシードの袖を引いた。
「な、なんだ?」
「時計、見せてくれないか?」
言われて腕時計を確認すると、針は八時五十分を指していた。脅迫状に記されていた襲撃予定時刻から既に五十分が経過している。
「ふむ。本当にただの脅迫だったようだな」
シオンの言葉にゲンキはわざとらしく大きく息をつく。
「ったく、無駄足もいいところだぜ」
「まぁいいじゃないか。依頼料はそのまま貰えるんだし」
シオンが苦笑する。確かにそれもそうだ。それに、こんな綺麗な格好をした彼女を見られただけでも役得だろう。
ふと、シオンが再びフロアの中央に視線を戻していることに気づく。くるくると踊る仮面をつけた人々を見ながら口を開いた。
「なあ、あんたってさ」
「うん?」
「踊れるのか?」
シオンは首を傾げる。
「踊れないことはないと思う。この二時間半、ずっと踊る人たちを眺めてたからね」
「そりゃすげぇな。じゃあさ……」
ゲンキは自分の手をシオンの前に差し出した。
「俺と一緒に踊ってくれませんか?」
仮面をつけていて良かった。緊張した面持ちも、おそらく赤くなっている頬も、全て隠すことできる。
シオンが驚いたようにこちらを見て、そして小さく吹き出す。
「仕方がないな」
その言葉にホッとする。断られなくてよかった。もし断られたら、きっと今頃落ち込んでいたに違いない。
シオンの手を引いて広間を歩き始める。最初はぎこちなかったステップも次第に自然なものへと変わっていった。
本当に見ていただけで覚えたのか、と感心しながら踊り続ける。
不思議な感覚だった。みんな仮面を被っているせいなのか、自分がこの場にいるという実感がない。まるで夢の中に迷い込んだようだった。周りにいる人々も、目の前のシオンも、すべてが幻のような気がする。
だけど、繋ぐ手の感触がそれを現実だと教えてくれる。触れ合った指先から伝わる体温を感じながら、ゲンキはシオンの腰に回していた腕に少しだけ力を込めた。
(ああ、仮面舞踏会で良かった。顔を見られなくて済む)
心の中で呟く。
仮面の下の顔はきっと真っ赤になっているはずだ。こんな顔を見せることなんてできない。だから今だけは、このまま時を止めて欲しい。そんな願いも虚しく、曲が終わりを告げる。ゲンキは名残惜しさを覚えながらも、シオンとのダンスを終えた。仮面の下で微笑むシオンに尋ねる。
「どうだった?」
「なかなか楽しかった」
「そっか。なら良かった」
仮面の奥の瞳を見つめる。少し暗い色を帯びた灰色の目が自分を映していた。それが何だかくすぐったくて、思わず視線を逸らす。
「とりあえず、終了まではここに留まろう」
「もちろん。最後まで仕事はこなさないと」
シオンが頷く。
「……なぁ、シオン」
「ん?」
「また、一緒に踊ろうな」
シオンがきょとんとした顔でこちらを見た。それから、ふわりと笑う。仮面をつけていても、容易に彼女の表情が分かった。
「うん、喜んで」
ゲンキは仮面越しに自分の顔を手で覆った。今の自分はどんな顔をしているだろうか。
多分、誰にも見せられないくらい、情けない顔をしているんだろうな、とゲンキは思った。
ゲンキはシオンとともに、そんな舞踏会の会場の壁際にいた。
会場にはドレスアップした男女の姿が多く見受けられた。ある者は仲睦まじく語らい合い、またある者たちは手を取り合って踊っている。だが、それはどこか芝居じみた光景だった。仮面をつけているからそう思うのだろうか、それとも……。
ふと、隣にいるシオンを見やる。彼女の顔にも仮面がつけられているため、その表情をうかがい知ることはできない。しかし、仮面の奥の灰色の目は広間の中央にあるダンスフロアに向けられていた。
相変わらずの依頼の手伝いだ。この富豪が集まるパーティーに脅迫状が届いたため、念のため潜入する形で警備をして欲しいという内容。
女一人だとダンスに誘われる可能性があって面倒だという理由で頼まれた。本当はリクやコウキに頼むつもりだったが、二人とも仕事があったらしい。おかげで、仮面を被っているとはいえ、ドレス姿のシオンを拝むことができたわけだ。
隣に立つシオンをじっと見る。
『アンタをダンスに誘う男なんていないだろ』
と手伝いを頼まれた時に冗談半分で笑い飛ばしたが、これは……ああ、とても綺麗だ。
依頼の関係で用意されたドレスは彼女の紫色の髪に映える淡い桜色のもので、まるで可憐な花びらのようにも見える。普段のシオンなら選ばないであろう桜色は、真っ直ぐに整えられた長い髪だけでなく、細身の彼女によく似合っていた。
仮面の下の彼女の顔を想像すると、胸がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。
「……どうした?」
視線に気づいたのか、シオンがこちらを見た。慌てて目を逸らす。
「なんでもねぇよ」
「……そうか」
シオンはまだ何か言いたげだったが、諦めて再び広間に目を向けた。
ゲンキもつられて広間を見る。ちょうど音楽が止み、ダンスをしていた男女が動きを止めたところだった。皆、パートナーの手を取って一礼し、そのまま次の曲の演奏が始まる前に席に戻っていく。
「何か起こりそうな気配はないな」
シオンはそう言ってゲンキのタキシードの袖を引いた。
「な、なんだ?」
「時計、見せてくれないか?」
言われて腕時計を確認すると、針は八時五十分を指していた。脅迫状に記されていた襲撃予定時刻から既に五十分が経過している。
「ふむ。本当にただの脅迫だったようだな」
シオンの言葉にゲンキはわざとらしく大きく息をつく。
「ったく、無駄足もいいところだぜ」
「まぁいいじゃないか。依頼料はそのまま貰えるんだし」
シオンが苦笑する。確かにそれもそうだ。それに、こんな綺麗な格好をした彼女を見られただけでも役得だろう。
ふと、シオンが再びフロアの中央に視線を戻していることに気づく。くるくると踊る仮面をつけた人々を見ながら口を開いた。
「なあ、あんたってさ」
「うん?」
「踊れるのか?」
シオンは首を傾げる。
「踊れないことはないと思う。この二時間半、ずっと踊る人たちを眺めてたからね」
「そりゃすげぇな。じゃあさ……」
ゲンキは自分の手をシオンの前に差し出した。
「俺と一緒に踊ってくれませんか?」
仮面をつけていて良かった。緊張した面持ちも、おそらく赤くなっている頬も、全て隠すことできる。
シオンが驚いたようにこちらを見て、そして小さく吹き出す。
「仕方がないな」
その言葉にホッとする。断られなくてよかった。もし断られたら、きっと今頃落ち込んでいたに違いない。
シオンの手を引いて広間を歩き始める。最初はぎこちなかったステップも次第に自然なものへと変わっていった。
本当に見ていただけで覚えたのか、と感心しながら踊り続ける。
不思議な感覚だった。みんな仮面を被っているせいなのか、自分がこの場にいるという実感がない。まるで夢の中に迷い込んだようだった。周りにいる人々も、目の前のシオンも、すべてが幻のような気がする。
だけど、繋ぐ手の感触がそれを現実だと教えてくれる。触れ合った指先から伝わる体温を感じながら、ゲンキはシオンの腰に回していた腕に少しだけ力を込めた。
(ああ、仮面舞踏会で良かった。顔を見られなくて済む)
心の中で呟く。
仮面の下の顔はきっと真っ赤になっているはずだ。こんな顔を見せることなんてできない。だから今だけは、このまま時を止めて欲しい。そんな願いも虚しく、曲が終わりを告げる。ゲンキは名残惜しさを覚えながらも、シオンとのダンスを終えた。仮面の下で微笑むシオンに尋ねる。
「どうだった?」
「なかなか楽しかった」
「そっか。なら良かった」
仮面の奥の瞳を見つめる。少し暗い色を帯びた灰色の目が自分を映していた。それが何だかくすぐったくて、思わず視線を逸らす。
「とりあえず、終了まではここに留まろう」
「もちろん。最後まで仕事はこなさないと」
シオンが頷く。
「……なぁ、シオン」
「ん?」
「また、一緒に踊ろうな」
シオンがきょとんとした顔でこちらを見た。それから、ふわりと笑う。仮面をつけていても、容易に彼女の表情が分かった。
「うん、喜んで」
ゲンキは仮面越しに自分の顔を手で覆った。今の自分はどんな顔をしているだろうか。
多分、誰にも見せられないくらい、情けない顔をしているんだろうな、とゲンキは思った。
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