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6.魔女は魔法を唱えた
しおりを挟む「…………っ!!」
バチッと勢い良く瞼を開けると、そこは見慣れた自分の家だった。
窓の外が明るく、鳥が囀っているので朝になったのだろう。
「ゆ、夢……? ううん、違う。また見られたんだ、私の記憶を……」
一度記憶の蓋が開いてしまったので、今も閉じずに開けっ放しになっているのだろうか。
(それとも、これのお蔭かな……)
手の中の巾着袋を見下ろすと、それを引き出しにそっと仕舞う。
スティーナの顔は涙と鼻水でベトベトに濡れていた。その不快感に慌ててティッシュを取って鼻をかむと、顔を洗いに洗面所へ向かう。
「勇者ラルスは、自分で自分を刺した……。私が殺したんじゃなかったけど、私の所為でそれを選ばなきゃいけなかったんだ……。大きなショックを受ける事で、暴走が止まったのかも……。ごめんなさい、ラルス……」
罪悪感と申し訳無さが心情を支配する。それを少しでも逃すように息を吐き、首を左右に振る。
顔を水で洗い、タオルで拭きながら朝食の準備を始めた。
「ラルスと私は顔見知り……ううん、仲間……だった気がする。私を憎んでいるイグナートも……。どうして魔力が暴走しちゃったんだろう。そう簡単に暴走は起きない筈なのに……」
お湯を沸かしている間にパンを焼き、そこにバターを乗せ、イチゴジャムをこれでもかとたっぷり塗る。
お湯が沸いたらお茶を淹れ、朝食を開始した。ジャムの甘酸っぱさがスティーナの満足感を満たしてくれる。
「ラルスは自分が生き返るって言ってた。それが本当なら、今はもう生き返ってるのかな? 食堂に行ったらおかみさんに訊いてみよう」
朝食を食べ終え綺麗に片付けたスティーナは、今度は出掛ける準備をし始める。
「あ……。そうだ、頭……。まだ腫れがひいてないみたい」
ぶつけた箇所を触ると、少し盛り上がっていてズキリと痛い。
昨日は考え事に耽ってしまい、薬を塗るのを忘れていたのだ。
「…………。ちょっと試してみようかな」
スティーナは頭に手を起き、両目を瞑る。
「念の為、ほんの少しの魔力で……。『彼の者に癒やしを与えよ』」
それを唱えた瞬間、淡いピンク色の光が手を包み込む。そして怪我の部分がじんわりと温かくなった後、痛みがスゥッと消えた。
腫れもひいて、怪我をする前の状態に戻っている。
「やっぱり……。私の中に二つの異なる魔力を感じてたから、もしかしてと思ったけど……。私が使えるのは回復魔法と風魔法ね」
魔法の系統は大きく分けて、火・水・土・風・光・闇・回復があり、基本的に魔法は魔道士一人につき一系統しか使えない。
それは生まれ持ったものなので、例えば火から水へと系統を変える事は出来ないのだ。
そして、自分がどの系統を持って生まれたのかは、瞳か髪の色に表れる事が多いので、そこで大体判断する事が出来る。
それは魔道士達の間では一般的な知識だが、普通の民間人はその事を知らない。
「珍しい色だな」と思うだけだろう。
スティーナのように二系統使える者は、瞳か髪の色がニ色になり易い。
二系統も使えるのは本当に稀な事で、しかも魔道士はこの帝国では希少なので、更に希少な存在という事になる。
彼女は昨日見た記憶のお蔭で、魔法の使い方を思い出していた。
「この魔力を買われてラルスと一緒にいたのかな。勇者は魔物の討伐もお仕事の一つだから、魔法が何種類も使える人が一緒にいた方が効率いいものね」
そして、この瞳の色と魔法が何種類も使える所為で、勇者を殺した『魔女』と呼ばれるようになったのだろう。
チクリと心が痛んだスティーナは、頭を振って思考を止めると、家を出て食堂へと向かった。
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