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7.魔女の怒りと予期せぬ来訪者
しおりを挟む「勇者様が生き返ったか、だって?」
開店前の仕込みをしていたドルシラに訊いてみると、彼女は素っ頓狂な声音を出してスティーナを見た。
「アンタ、どっからその情報仕入れてきたんだい」
「え……?」
「ティナちゃん、それは出来たてホヤホヤのネタだよ」
開店前だが、もう中に入ってテーブルに座っていた常連客達が、二人の話に割り込んできた。
「神殿で働いてる俺の友人の情報なんだけどな、最近神託が下りたんだと。『サブルフェード帝国の教会にて勇者が“復活”する』ってな!」
「…………!」
「なぁ、それが本当なら、すごいめでたい話だよな!」
「あぁ、ホントだよ。一年半前、勇者様が極悪魔女に殺されちまって。それを好機とばかしに、魔界の魔王率いる魔物達の攻撃が激しくなってさ。神殿と帝国の騎士や魔道士達が必死に応戦したんだけど、やっぱり勇者様がいないから足止め程度にしかならなくてなぁ」
「そうそう。今の魔道士団団長様がいなかったら、この帝国はやられて魔王に支配されていたかもなぁ。ホント英雄様々だよ」
「魔道士団団長……?」
スティーナの呟きに、常連客の一人が反応する。
「あぁそっか、ティナちゃんは記憶を失ってるから分からないよな。齢二十四にして、このサブルフェード帝国の魔道士団を率いるトップさ。名前は『イグナート・エレシュム』様だ。それに、脱獄した極悪魔女を処刑した英雄でもあるんだぜ?」
「イグナート……」
(そっか、ちゃんと出世出来たんだね……。良かった……)
「団長様も、勇者様に負けず劣らず凄いお人でさ。魔力を感じ取る事が出来て、その能力で強い魔力を持つ者を探し出して魔道士団に引き入れているんだと。そのお蔭で今も魔物達に対抗出来ているってわけだ」
「へぇ……」
「通常は勇者様が亡くなった場合や、高齢で戦えなくなって勇者の任を降りた時、それから産まれてくる赤ん坊に神託が下りて『この子は勇者だー』ってなるんだけど、今回は“復活”なんだな。今まであまり無かったよな?」
「あぁ。けど“復活”って事は、ラルス様が生き返るって事だ! 俺、ラルス様好きなんだよなぁ。一回だけ会った事あるんだけど、誰に対しても気さくに接してくれてさ」
「赤子に神託が下りたら、そこから勇者として育てるから年月が掛かっちまうけど、ラルス様だと即戦力だし、また前のように団長様と組めば魔王を倒すのも夢じゃなくなりそうだ!」
常連客達は、明るい話題にワイワイと盛り上がっている。
(良かった、ラルス生き返るんだ……。本当に良かった……)
スティーナが人知れず、ふわりと微笑んだその時だった。
ガシャーーーンッ!!
突然ガラスの割れる音が響き、バァンッ! と乱暴に扉が開け放たれた。
そして、間も置かず四人の男達がゾロゾロと中に入ってくる。その手には、木の棒や鉄の棒、ナイフが握られていた。
先程の大きな音は、男の一人が窓を思い切り強く叩いて割ったのだ。
「なっ、何だいアンタ達はっ!? そん物騒なもん持って何する気だいっ!?」
「あっ! おかみさん、後ろの二人見ろよ! アイツら昨日追い出したヤツらだぜ!?」
「ふん、覚えててくれて嬉しいよ。おかみ、感謝しろよ。新しい客を連れてきてやったぜ?」
昨日追い出したガラの悪い二人組は、意地汚くニヤニヤしながら鉄の棒を肩に乗せた。
他の二人は二人組の仲間なのだろう。いかにもチンピラな格好だ。
「でも、今日でここは閉店だ。何せ店が無くなるんだからよぉッ!」
「オレ達に恥をかかせた罰だぜ! やっちまえ、お前らッ!」
「ひゃっほーッ!」
そう叫ぶと、男達は大きな音を立てながら食堂のものを破壊し始めた。
テーブルを叩き割ったり、備品を壊したり、やりたい放題だ。
「や……止めとくれッ!!」
突然の出来事に呆然としていたドルシラは、ハッと我に返ると男達に飛び掛かっていく。
「おかみさん駄目だ、危ないっ!!」
「邪魔すんじゃねぇよッ!!」
男の一人に木の棒で殴られたドルシラは、勢いでふっ飛ばされる。
その彼女の身体を、スティーナと常連客達で何とか受け止めた。
「おかみさん、大丈夫ですかっ」
「う、うぅ……」
腕に怪我を負ってしまったが、命に別状は無いようだ。
男達が凶器を持っている為、常連客達も迂闊に手が出せないでいた。
「ギャハハハッ! 近付く奴は怪我するぜぇッ!?」
その間も、男達は笑いながら破壊行動を楽しんでいる。
(……許せない……。おかみさんを、この食堂をこんなにして……)
スティーナの心の底から、沸々と大きな怒りが込み上げてくる。
(許さないっっ!!)
瞬間、風がブァッと巻き起こり、四つの小さな竜巻が現れた。
その竜巻は男達を次々と包み込み武器ごと拘束すると、カマイタチを発生させ、彼らに攻撃を開始する。
「ギャアァァッッ!? い、痛い痛い痛いぃーーッッ!!」
男達の皮膚が次々と切り裂かれていく。鋭利な刃物で全身を切っているようなものなので、かなりの苦痛な筈だ。
ただ、致命傷にならない程度には加減している。
長く続いていた阿鼻叫喚が、やがて止まった。
全員、激しい痛みの為に正気を保てず気を失ってしまったのだ。中には泡を吹いている者もいる。
(あなた達の顔なんて二度と見たくない。衛兵の所まで飛んで行きなさい!!)
スティーナの命令に従うように、四つの竜巻は男達を捕らえたまま、扉から外へと飛び出していった。
そして、静寂が食堂を包み込む。
ドルシラと常連客達がポカンとしている間、スティーナは彼女が怪我をした箇所に手を当て、気付かれないようにそっと回復魔法をかけた。
「おかみさん、大丈夫ですか? 怪我は無いようで良かったです」
「え? あ、あぁ……。そうだね、殴られた所もいつの間にか痛みが無くなってるし……。しかし、さっきのは何だったんだい……?」
ドルシラと常連客達は、まだ夢うつつの状態のようだ。
「きっと、風が私達に味方してくれたんですよ」
「え? あ、あぁ、そうだね……。魔法みたいだったけど、ここに魔道士なんていないしね……」
「…………!」
魔法、と聞いてスティーナは常連客が言った事を思い出し、サーッと血の気が引く。
“イグナートは魔力を感じ取る事が出来る”、という事を。
今の風魔法は演唱無しで使ってしまった上、食堂に危害が及ばないように細かな調整を加えたから、かなり魔力を消費してしまった。
つまり、強い魔力を使ってしまった、という事だ。
そして、人に流れている魔力は皆同じではない。人それぞれ、魔力の色が違うのだ。
(彼はきっと、私の魔力の色を知っている。でも大丈夫よね? このトーテの町から帝都まではかなりの距離があるんだもの。それに、『許さない』って言われたけど、彼は私を死んだと思っている。だから感じ取る事も、勘付かれる事も無いはず――)
その時、バァンッ! と再び乱暴に扉が開けられる音がして、中にいる全員がビクリと肩を跳ね上げ入り口の方を向く。
そこには、扉に手を付き、ゼェゼェと荒い息を吐きながらこちらを睨み付けている、帝国魔道士団団長の姿があった――
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