極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

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8.魔女は生きた心地がしない

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 予期せぬ人物の登場に、食堂にいた全員が固まっている。
 アクア色の長い髪を後ろで結び、最高級の魔道士の服を身に纏い、神秘的なパープルの瞳でこちらを見ている美丈夫――


 英雄であり、帝国魔道士団団長『イグナート・エレシュム』が、そこにいた。


「突然だが失礼する」

 イグナートは肩を上下させ、荒い息をそのままにズカズカとこちらに踏み込んでくる。
 スティーナは慌ててサッとドルシラの後ろに隠れた。

(まさか……まさか本当に来るなんて……。しかも早過ぎる! イグナートは移動魔法は使えないはず……一体どうやって来たの? うぅ、今すぐ走って逃げたい……っ)

 ダラダラと、背中の冷や汗が止まってくれない。

「て、帝国の魔道士団団長様に、ご挨拶申し上げます……。ど、どうしてこのような場所へ……?」

 一足先に我に返ったドルシラが代表して挨拶をする。

「挨拶はいいから答えろ。さっき、ここで誰か魔法使ったよな? ソイツはどこにいる!?」
「ま、魔法ですか? アタシどもの中には、魔法を使える者なんておりませんが……」
「嘘を言うな。じゃあこの状況はどう説明するんだ!?」

 イグナートはバッと後ろを振り返り、食堂の惨状をビシッと指差す。

「そ、それはチンピラどもが武器を持って暴れまして、このような状態に……」
「……そうなのか? そのチンピラどもはどこに行った?」
「その、偶然現れた竜巻に切り刻まれて、そのままチンピラどもを連れてどこかに飛んで行きました……」
「はぁっ!? チンピラどもが暴れて、偶然竜巻が現れてお前らを助けるわけねぇだろっ! それが魔法だ!」
「え、えぇ……?」
「……あぁ、そうだったな……。お前らはあまり魔法を見る機会が無いから、分からんのも無理ねぇか……」

 イグナートは長い溜め息をつくと、ガシガシと頭を掻いた。

「……取り乱して悪かった。チンピラどもに関しては、器物損壊罪としてこの町の衛兵に捕まえるよう指示しておく。この食堂の修理代や壊れた備品代もそのチンピラどもに請求しておく」
「あ、ありがとうございます」
「で、魔法使ったヤツだが……」

 イグナートは、食堂にいる者達全員の顔を見回す。
 落胆したように軽く首を振って息を吐いたその時、彼は食堂の主であろう女の後ろに小さくなって隠れている女性を見つけ、瞠目した。

「……おい、そこの娘」
「…………っ」

 ビクリとスティーナの肩が跳ねる。

「お前、ちょっと顔を見せてくれないか」

 位の高い者の命令を無視するわけにはいかない。
 スティーナは、おずおずとドルシラの後ろから顔を覗かせた。


「…………っ!」


 スティーナの容姿と銀色の髪を見て、イグナートが再び目を瞠る。

「……お前、俺の所に来てくれ」
「…………っ」

 震えているスティーナを見かねて、ドルシラが口を挟んだ。

「も、申し訳ございません、団長様。この娘、ティナもここにいる者達と同じ魔力を持っておりません。ですのでどうかご容赦を――」
「ティナ……? ティナというのか、その娘は?」
「はい、そうですが……」

 イグナートが、切れ長の鋭い眼差しでスティーナの顔を凝視している。

「……魔力があるかどうかは、俺がこれから判断する。ティナと言ったな、すぐ終わるからこっちに来い」
「団長様――」
「…………おかみさん、私の為にありがとう。いってきます」

 ドルシラをこれ以上困らせたくなかったスティーナは、彼女にしか聞こえない声で礼を言うと、イグナートの所へゆっくりと進む。
 その間、何とか対策を考えていた。


(今出来る事といったら、『あれ』しかない。初めてだけど……きっと出来る。やるだけやってみよう)


 イグナートが、自分の下へ来たスティーナをじっと見つめている。

「……少し顔を触るぞ。直接魔力の有無を確認する」

(今だ……っ)

 スティーナは自分の中に流れる魔力に意識を全集中し、その流れを一時的に止めた。
 イグナートの掌が彼女の頬に触れ、何を思ったのか指を動かし、そのまま首筋へと下がっていく。
 擽ったさにピクリと身震いし集中が途切れそうになったが、何とか耐えた。

(早く……! 長い間魔力を止めてると気を失っちゃうから……!)

「…………」

 漸くイグナートの指が首から離れ、スティーナはホッと息をついた。


「……魔力が、全く無い……」


 彼のぽつりと呟いた言葉に、成功したと彼女は二度目の安堵の息を吐く。
 イグナートの魔力確認は、それの流れの強さで判断すると思ったが、予想通りだった。

「そうでしょう? だから、魔法を使った者はここにいないんですよ。団長様にはご足労をお掛けして申し訳無かったですが……」

 ドルシラがスティーナに向かって手招きしていたので、急いで彼女の所へと戻る。
 呆然とした表情で自分の掌を見つめていたイグナートはスティーナに目を移し、再び彼女を穴の開くほど見つめてきた。
 スティーナはその食い入るような視線から逃れる為に、ドルシラの後ろに身を隠す。


「……衛兵に伝えてくる」


 イグナートは一言そう言うと、食堂から出て行った。


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