極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

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9.魔女の逃亡、そして旅の始まり

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「……いやぁ、ビックリしたなぁ! 突然団長様が現れた時は心臓飛び出るかと思ったぜ!」
「こんな帝都から離れた町まで来るなんて、仕事熱心だなぁ」
「ティナちゃんも災難だったなぁ。何で目をつけられちゃったんだろうね? 何にせよ、皆無事で良かったよ」

 イグナートがいなくなって緊張の糸が解れたのか、常連客達が一斉に話し始める。

「しかしあのチンピラめ! 俺達の食堂をこんなにしやがって……。堀の中で一生過ごしてろ!」
「困ったねぇ。これじゃあ、あちこち修理するまで食堂は休業だねぇ……」
「そんなぁ~! 俺達の憩いの場所がぁ~!」

 常連客達の嘆きが一斉にこだました。

「ま、古い建物だったし、この際に色々直すとするかね。費用は全部チンピラどもが払うし、遠慮無く隅々まで綺麗にしようじゃないか。ピカピカになって戻ってくるから、アンタ達も楽しみに待ってておくれ」
「さすが俺達のおかみさん、容赦無いっ。いつまでも待ってるぜ!」
「一言余計だよ。さて、アタシもこれをいい機会と考えて、少し休む事にするか。ティナも、この食堂が休業中の間は好きにしな。アンタ、ここで働き始めてから全然休んでないだろ。好きな事したり、気分転換に旅にでも行ったらどうだい?」
「おかみさん……」

(こんな大変な目に遭ったのに、私の事を気遣ってくれるなんて……)

「ありがとう、おかみさん。……大好き……」
「あーもう、分かったから今日はもう帰りな!」
「おかみさん、顔真っ赤~! また照れてる~!」
「うるさいよっ!!」

 この賑やかさが心地良い。
 早く修理が終わって営業再開するといいなと思いながら食堂を出ると、何と入り口横の壁にイグナートが寄り掛かり、腕を組んで立っていたのだ。

「…………っ!?」
「おい、お前。……ティナ……だったな」

 驚いて足を止めたスティーナに、イグナートが険しい顔つきで近付いてくる。


「俺の名は分かるか?」


 彼の問いに、スティーナは分からないといった感じでゆっくりと首を左右に振った。漸く収まってきた冷や汗が再び流れ始める。
 イグナートは何やらショックを受けたような表情を浮かべた。

「……さっきから喋ってないが、話せないのか?」
「…………話せます」
「ボソボソと喋るんだな。まるで『アイツ』みたいに……」
「…………」

(こ、これは……もしかしなくても疑われてる? 魔力が無いって分かったのに、何で――)


「その、頼みがあるんだが。眼鏡を……少し外してみて欲しい」
「…………っ!」


(ぜ、絶体絶命のピンチ――)


「あれ、アンタまだそこにいたのかい。……って団長様?」

(おかみさん、救世主……っ)

 スティーナはイグナートに頭を下げると、食堂から出てきたドルシラへと急いで駆け寄った。

「おかみさん、途中まで一緒に帰りましょう」
「へ? いいけど……。団長様はいいのかい? 何か用事が――」
「ないですっ」
「そ、そうかい?」

 イグナートは二人のやり取りを見て、何かを堪えるように唇を噛み締めると、クルリと踵を返して歩き出した。


「……また来る」


 そんな捨て台詞を残して。


(来なくていいっっ)


 スティーナは心の中で盛大にツッコんだ。



********************



「どうしよう……。疑われてるよね、絶対……。生きてたって気付かれちゃった?」


 その夜。
 スティーナはベッドの上でゴロゴロしながら悶々としていた。

「魔力を止めただけでは駄目だったの? 何がいけなかったんだろう……。このままだと、私がスティーナだってバレちゃう」

 勇者ラルスが復活すると分かった今、殺される理由は無い。
 それに、一度破ってしまったラルスとの約束。


 今度は……守りたい。


 でもイグナートはあの時、『許さない』と言った。死にゆく自分に対して。それだけ自分を憎んでいるのだ。
 そんな彼が、憎き相手が生きていると分かってしまったら、真っ先に殺そうとしてくるはず。

 どうにかして彼から逃げないと――


「……そうだ! ラルスを捜し出して、直接イグナートに会わせればいいんだ! そしたら二人でまた旅が出来るから、私への復讐心なんて忘れるはずだわ。それまで何とか逃げ切らなきゃ……!」


 スティーナは拳を握り締め、勢い良く立ち上がった。

「丁度今は長期のお休みを戴いてるし、ラルスを捜す旅に出られる。そうと決まったら早速準備しなきゃ。明日にでも旅立とう。善は急げよね」

 ベッドから飛び降り、スティーナは旅の支度を始める。


「待っててね、ラルス。あなたが会いに来ないなら、こっちから会いに行くから」


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