極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

文字の大きさ
10 / 42

10.帝国魔道士団団長室にて 1

しおりを挟む

 スティーナがいそいそと旅の支度を整えている頃。

 皆が寝静まった時刻、サブルフェード帝国の皇城を、魔道士団団長であるイグナート・エレシュムが足音を気にせずに大股で歩いていた。表情は相変わらず険しい。
 団長室の前に到着すると、ノックもせず扉を乱暴に開ける。

「遅いお帰りだねぇ、イグナート。突然立ち上がって『移動ロール』を奪って出ていくもんだから何事かと思ったよ~」

 のんびりとした口調で出迎えてくれたのは、魔道士団副団長のバルトロマ・カントルだ。
 イグナートより四つ年上の二十八歳で、淡いピンク色の髪を三つ編みにし、肩に垂れ下げている優男だ。
 ソファにゆったりと座っていたバルトロマは、読んでいた書物をパタンと閉じた。

 イグナートは一直線に自分の椅子まで来ると、すぐさまドカッと腰を下ろし、天井を仰ぐ。
 手を上に翳し、ジッと見ていたかと思うと――


「何だあの反応は……可愛過ぎだろうがッ! 髪型と眼鏡!! 天使かよ畜生ッッ!!」


 ガァンッ! と執務机に強く額をぶつけたイグナートに、バルトロマはヤバいものを見る目を向けた。

「どうしたイグナート~? 多忙過ぎてついに頭がおかしくなったか~?」
「いや……今の衝撃で煩悩を消した。問題ない」

 何事も無かったかのように頭を起こしたイグナートは、眉間に皺を寄せ深く息を吐いた。

「煩悩……? まぁ深くは聞かないでおくけど、今までどこに行ってたのさ? 今日の予定全部ほっぽり出してさ~。尻拭い大変だったんだからねぇ?」
「悪かった。トーテの町にちょっとな」

 バルトロマは首を傾げ、自分の脳からその町の情報を探り出す。

「トーテ、トーテねぇ……ってトーテ!? ここからすごい距離のある町じゃん! だから『移動ロール』持ってったのか~。そんなに遠い場所だし、かなり魔力使ったでしょ?」
「あぁ。時間短縮でも魔力使ったから、行きで殆ど消費しちまった。だから帰りはのんびり戻って来た」


 『移動ロール』とは、行きたい場所を頭にハッキリと思い浮かべ、魔力を使ってそこに飛ぶ事が出来る便利な巻物だ。
 イグナートの場合は、それに加えて強い魔力を感じた場所にも飛ぶ事が出来る。
 ただ、細かく場所を指定した場合や、移動距離が長い場合、移動時間を短くしたい場合は大きく魔力を消費してしまう。


「そこまで急いで何しに行ったのさ? 強い魔力でも感じた~?」
「あぁ」
「やっぱりそうなんだ~。ホント仕事熱心だねぇ。で、強い魔力を持つ子は見つかったかい?」
「いや、魔力を一切感じなかった」

 バルトロマは同情の瞳をイグナートに向けると、彼の肩をポンポン叩いた。

「折角苦労して行ったのに残念だったね~。勘違いは誰でもあるから気にしないで~」
「ちゃんと聞いてなかったのか? もう一回言うぞ。魔力を感じなかった」
「? だから一切感じなかったんでしょ? ならそれは一般人――」

 そこまで言って、バルトロマはある事実に気付き言葉を呑み込む。

「“一切”……? いや、それはあり得ないでしょ? 人は魔道士じゃなくても、僅かでも魔力は流れているんだ。血液の流れと同じ、“生”に必要な要素なんだよ。それが一切無いって事は、死んでるか、或いは――」
「意図的に流れを止めた、か」

 言葉尻に続いたイグナートの言葉に、バルトロマはブラウン色の瞳を見開き、盛大に首を左右に振った。

「そんな事出来るはずがない! 魔力の流れを止めれば、下手すれば即昇天だ! 上級の魔道士でもそんな事――」
「それを出来るヤツがいる。俺の知る限りではアイツしかいない」
「…………っ! 『スティーナ・ウェントル』……? まさか、彼女に会えたのかっ!?」
「あぁ。アイツの魔力を感じたから、俺は急いでトーテの町に行ったんだ。髪型を変えて顔半分が隠れるくらいの眼鏡をしていて、最初は半信半疑だったが……。魔力の流れを止めた事と肌触りで確信した。アイツはスティーナだ。……生きてた。ちゃんと動いてたんだ……」


 執務机の上に両肘を突き、手の甲に額を乗せ俯くイグナートの表情は見えなかったが、肩が小刻みに震えているのが心情を語っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...