極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

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11.帝国魔道士団団長室にて 2

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「……そうか……良かった。生きてて、本当に……。君は生存を信じて、この半年ずっと捜し続けてたもんな……って、肌触り? 君、彼女のどこを触ったの?」

 最後の聞き捨てならない言葉にバルトロマがツッコむと、イグナートは瞼を伏せたまま口を掌で覆った。
 その時の事を思い出し、緩んでしまった頬を抑えるように。

「いや、勿論許可は得たぞ。魔力確認の為に頬と首に触れたんだが、一年間毎日そこを触っていた俺には分かる。あの滑らかな肌はアイツに違いない……!」
「ドヤッ! って感じで言われても、変態だね、としか返せないよ……。しかも君、魔力確認は相手の指に触れただけでも出来るでしょうが……。いきなり顔を触られて彼女ビックリしてたでしょ?」
「……反応が可愛過ぎてヤバかった……。思わず抱きしめそうになって危なかった……」
「あぁ、だから煩悩……。スティーナちゃん可哀想……。こんな変態に好かれちゃって」
「変態じゃない」

 ブスッと否定するイグナートを無視して、バルトロマはここにはいないスティーナに憐れみの目を向ける。

「けどホンット良かったねぇ、見つかって。ちゃんと生きてて、しかも起きててさ。スティーナちゃんを入れていた棺がここから盗み出された時は、君怒り狂ってこの帝国を滅ぼさんとする血相だったもんねぇ」
「チッ……。今も許しちゃいねぇからな」
「それはここだけの話にしとこうねぇ」

 バルトロマは激しく舌打ちをするイグナートに苦笑し、ふと天井を見上げた。

「もう一年半も経ったのか……。君が血相変えて血だらけの彼女を抱えてきたのは。いつも冷静な君が必死の形相で飛び込んできたのが強烈過ぎて、昨日の事のように思い出せるよ」
「回復魔法を使えて、更に医療の知識があるヤツはお前しかいないからな」
「ふふ、僕を頼りにしてくれて嬉しいなぁ」


 イグナートはスティーナが海に落ちる瞬間、その周囲をゼリー状にして落下の衝撃を和らげたのだ。
 そして呼吸の出来る大きな泡を作り出し、彼女をそこに入れて騒動が収まるまで海中に隠していた。

 イグナートは、水の魔法の巧者で上級者だ。
 彼女の落ちる先が海――水だったのが幸いだった。


「命に別条は無い怪我だったけど、完全に治った後も全然起きなくて焦ったよね。息は普通にしてるから、本当にただ眠ってるだけだったもんねぇ。まるで、起きるのを拒絶しているみたいに……」
「…………」
「彼女を隠す為に、気味悪がって誰も触らないように黒く塗った棺に入れて。君は団長室で寝泊まりしてるからここに置いて。毎日、生きているか触って確かめて。度々話し掛けてもいたよねぇ」
「……話し掛けてたら目を覚ますかと思ったんだよ」


 棺には念の為に魔法で細工がしてあり、水の光の反射を利用して、万が一誰かが開けても中は空っぽのように見せかけてあったのだ。
 イグナートは毎日彼女の頬や首筋に触れて呼吸を確認する他に、綺麗好きの彼女の為に水の浄化魔法を掛けるのも忘れなかった。
 彼女の栄養面が心配だったが、特殊な状態だったようで、何も食べなくても身体的には問題なかったのが幸いだった。


「……今だから聞くけどさ、君、彼女の頬や額にキスしてなかった? あの時は若気の至りと思って見て見ぬ振りしてたけど」
「何だよ、見られてたのかよ……。昔、ガキの頃読んだ絵本に、ずっと眠ってるお姫さんにそれしたら目覚めたって話があったんだよ。試しにやってみる価値はあるかと思ってさ……」
「いやいや、それは絵本の作り話だし、彼女に許可無くキスは駄目だと思うよ……。後で彼女に謝りなよ……?」
「…………。あぁ……」


 実は絵本の内容を半分信じ、毎日していたとは言えないイグナートだった……。


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