極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

文字の大きさ
12 / 42

12.帝国魔道士団団長室にて 3

しおりを挟む


「まぁそんな事もあって、皇城中で噂になったねぇ。『魔道士団団長は、誰も入っていない不気味な棺にたいそうご熱心だ』って。その噂のお蔭で、棺が盗み出される想定外の事件が起きたんだけど~」
「チッ……。絶対に許さねぇ」
「はいはい、聞かなかった事にしようねぇ。でもさ、もしスティーナちゃんがここで目覚めてた場合、君はどうしてたの? 英雄が実は魔女を助けてたーって世間が知ったら非難の嵐だったよ」

 バルトロマがニコリとしてイグナートに問う。
 長年の付き合いで分かるが、正直に言わないと承知しないよ、の笑顔だ。

「……スティーナの無実を証明するまでアイツを匿ってた。今の俺の身分ならアイツを養える財力もあるし、ある程度自由に動ける。……あの頃の俺は、ただ“勇者の仲間”ってだけで何の地位も無かった。アイツが投獄された時、何度も上のヤツらに無実を訴えたけど、全く聞く耳も持たずに門前払いだったよ。そうこうしている内に、アイツが脱獄してしまった……」
「…………」
「アイツは俺に大きなチャンスをくれた。俺は卑怯にもそれを利用し、高い地位を得た。帝国の為に働き、そのお蔭で皇帝とも対話が出来るようになった。アイツの無実を主張する土台に漸く上がれたって訳だ。無実が確定したら、この団長の座をお前に返すよ、バルト。用が終われば地位なんていらないしな」

 バルトロマはイグナートを見返した。そのパープルの瞳は真剣な光を帯びている。
 ふ、と笑い、彼はわざとおちゃらけた調子で返した。

「え~? 僕も地位には固執してないし、今のままで十分だから熨斗付けて返すよ~。それに、君は帝国にかなり貢献してるし、皇帝が君を手放す事はしないと思うけど? とにかく、君の本気度は伝わったよ。けど、君はスティーナちゃんが無実だって証明出来る現場を見たのかい?」
「いや……。ファスの町外れの草原で俺は何かにふっ飛ばされて気を失っちまって……。気付いた時には、泣きじゃくるアイツを町の衛兵どもが取り囲んでいる状況だった。ラルスの姿はどこにも……。俺の意識が無い間に何かあったんだ。それが何なのかは分からないが、アイツは絶対にラルスを殺してない。俺の命に賭けて、それだけは言える」

 キッパリと言い切ったイグナートに、バルトロマも深く頷く。

「そうだね、僕もスティーナちゃんが殺したとは思ってないよ。だから共犯の罪を覚悟で彼女を治療して内緒にしてた訳だし。じゃあどうやって無実を証明しようか? 今の君なら、無理矢理皇帝を丸め込む事が出来そうだけど」
「いや、アイツの今後の為にも、帝国民全員が納得するやり方にしたい。つい最近、神託が下りたろ? 『勇者が復活する』って。だからラルスを捜して、ヤツにスティーナの無実を証明して貰う。俺も弁護に入れば確実に問題無いだろう」
「確かに、本人が証明するほど信憑性が高いものはないねぇ。勇者がどこの教会で復活するか分かればいいんだけど……。皇城に滞在する司祭とは知り合いだから、何か情報を持ってないか聞いてみるよ」

 バルトロマの提案に、イグナートはこの部屋に来て初めての笑顔を見せた。

「ありがとな、バルト。助かる」
「どういたしまして。……分かってたけど、君の世界はスティーナちゃん中心に回ってるんだねぇ。今のスティーナちゃんはどうする? 正体が周りにバレる前に匿う?」

 機嫌の良い顔付きだったのに、バルトロマが問いかけた途端、イグナートはどんよりと暗い表情に変わる。

「それが……もしかしたらアイツ、記憶喪失かもしれねぇ」
「え……えぇっ!? 何故さっ?」
「違う名を名乗ってたし、俺の名を聞いても分からないって首振るし、俺見ると震えるし隠れるし逃げるし」

 ピタリ、とバルトロマの動きが止まる。

「…………。それ、怖がってない? 明らかに」
「は? 何で怖がるんだよ」
「何か心当たりは無い? 一年半前、脱獄したスティーナちゃんを君が追って行った時、彼女とどういうやり取りをした?」

 イグナートは腕を組み暫く考えていたが、はたと顔を上げた。

「アイツ、俺にラルスを殺した自分が憎いよね、恨むよねって言って泣いてた……。違うって言えないまま、アイツは崖から飛び降りて……」
「……あ~~。恐らくそれだねぇ。自分を憎んでる相手に普通に接する事が出来る? 何かされるんじゃないかって怖くて震えるよね? される前に隠れるか逃げるだろうし。違う名前だったのも魔力の流れを止めたのも、自分の正体を隠す為じゃないかな?」
「……誤解だ……。俺はアイツをこれっぽっちも憎んじゃいねぇのに……」

 バルトロマの言い分に納得してしまったイグナートは、絶望の表情で執務机に突っ伏す。
 
「寧ろその正反対の大好き、だものねぇ? じゃ、早くその誤解を解かないとだね。でないと遠くに逃げてっちゃうかもしれないよ~? 折角見つけたのにねぇ?」
「バカ、縁起でもねぇ事言うんじゃねぇよ! ……明日また行って来る」
「いいけど、仕事はちゃんと終わらせてからにしておくれよ~? 尻拭いさせられるのは僕なんだからねぇ?」
「ぐ……。分かったよ……」


 そして翌日。
 仕事を瞬速で終わらせたイグナートがトーテの町に着いた時にはもう、スティーナは旅に出た後なのだった……。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名
恋愛
「危険です! 突然現れたそんな女など処刑して下さい!」 ある日突然、そんな怒号が飛び交う異世界に迷い込んでしまった橘莉子(たちばなりこ)。 竜王が統べるその世界では「迷い人」という、国に恩恵を与える異世界人がいたというが、莉子には全くそんな能力はなく平凡そのもの。 そのうえ莉子が現れたのは、竜王が初めて開いた「婚約者候補」を集めた夜会。しかも口に怪我をした治療として竜王にキスをされてしまい、一気に莉子は竜人女性の目の敵にされてしまう。 それでもひっそりと真面目に生きていこうと気を取り直すが、今度は竜王の子供を産む「運命の花嫁」に選ばれていた。 その「運命の花嫁」とはお腹に「竜王の子供の魂が宿る」というもので、なんと朝起きたらお腹から勝手に子供が話しかけてきた! 『ママ! 早く僕を産んでよ!』 「私に竜王様のお妃様は無理だよ!」 お腹に入ってしまった子供の魂は私をせっつくけど、「運命の花嫁」だとバレないように必死に隠さなきゃ命がない! それでも少しずつ「お腹にいる未来の息子」にほだされ、竜王とも心を通わせていくのだが、次々と嫌がらせや命の危険が襲ってきて――! これはちょっと不遇な育ちの平凡ヒロインが、知らなかった能力を開花させ竜王様に溺愛されるお話。 設定はゆるゆるです。他サイトでも重複投稿しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...