極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

文字の大きさ
15 / 42

15.棺を持ち出した犯人

しおりを挟む


 時間は少し遡って、スティーナがネークスの町に到着した頃。


 サブルフェード帝国皇城のきらびやかな廊下を、魔道士団団長と副団長が並んで歩いている。
 魔道士団上位であり、長身痩躯で美形の部類に入る二人が揃う姿は、皇城で働く女達の陶酔の的になっていた。

 そんな二人の表情は、副団長がニコニコと微笑みを浮かべているのに対し、団長はブスッと不機嫌丸出しの正反対なものだった。


「ふふっ、イグナート。いい加減その仏頂面仕舞ったら? もう四日もその顔じゃん~。振られたのは可哀想だけど~」
「うるせぇ。振られてねぇ」
「トーテの町に行ったら、スティーナちゃん旅に出た後だったもんねぇ。その時の君の慌てっぷりったら……ふふっ」
「うるせぇ。思い出すな」
「彼女がすごく懇意にしている……ドルシラさんだっけ? その人も彼女の行き先が分からないなんて絶対嘘だよね~。そこまで君に行き先を知られたくなかったんだねぇ。逃げられたと知った時の、君の落ち込みぶりったら……ふふふっ」
「……それ以上言うとぶっ倒すぞ」


 イグナートが切れ長の瞳でギロリとバルトロマを睨みつけると、彼は「怖い怖い」と言いながらもニヤけている。
 表情をあまり見せないイグナートが、焦ったり落ち込んだりと顔付きが次々に変わる様を楽しんでいるようだ。

「君が魔力を追えるってスティーナちゃん分かってるんだろ? だから居場所を知られない為に魔法を使わないようにしてるんだと思うけど、道中は魔物も出るし、危なくなったら流石に魔法を使うと思うよ。その時にスティーナちゃんの居場所が分かるからさ、気長に待とうよ」
「アイツがそこら辺の魔物にやられる訳ねぇのは分かってるが……。くそ、早く誤解を解きてぇのに……」
「あっ、そうそう! 魔物と言えば、ネークスの町にブラックドラゴンが現れて討伐要請が届いたんだって」

 バルトロマの言葉に、イグナートは軽く目を瞠った。

「それは本当の話か? ドラゴンは知能が人並に高く、無駄な争いは好まない。自分の縄張りから滅多に出なくて、今まで人間を襲う事はしなかった筈だ。一体何があったんだ?」
「う~ん……。僕も詳しくは分からないけど、もう一匹ドラゴンがいて、そのドラゴンがブラックドラゴンの襲撃を防いでるんだってさ。討伐隊も忙しいから、まだ問題無いだろうって判断して後々にしてるみたいだよ」


 討伐隊は、魔道士団と騎士団からそれぞれ編成された、町や村に現れた魔物を退治する専門の部隊だ。
 サブルフェード帝国全土に派遣する為即時対応が難しく、緊急性の低いものは後回しになる事が多い。
 危険な魔物は、団長や副団長クラスの者が討伐に向かう。


「ドラゴンは他の魔物よりかなり強力で驚異的な力を持っている。その判断間違ってないか? いくら同じドラゴンが防いでるとは言え、下手すりゃ町が一つ滅ぶぞ?」
「だよねぇ。しかもネークスの町って、トーテの町の隣に位置するんだよ。もしかしたらスティーナちゃんがそこに向かったかもしれない――」
「おいバルト。お前『移動ロール』持ち歩いてただろ。貸せ。今すぐ寄越せ」
「ちょっと待って落ち着けって! スティーナちゃんがそこにいると決まった訳じゃ――」


「あらぁ~? そこにいらっしゃるのはぁ、イグナート様とバルトロマ様ではありませんかぁ~?」


 イグナートとバルトロマが『移動ロール』の取り合いをしている時、かなり間が抜けた口調の声が耳に聞こえてきた。
 バルトロマはその声に瞬時に姿勢を正す。


「帝国第一皇女、ペラギア・ドム・サブルフェード様にご挨拶申し上げます」


 バルトロマが先に挨拶をし、敬礼をする。それに対し、イグナートはただ軽く頭を下げただけだった。

(イグナート~! いくら皇女様を心底嫌っているとは言え、挨拶はちゃんとしなよ~! 最低限の礼をしたのは偉いけどっ)

 イグナートは真顔だったが、不機嫌オーラが隠し切れていない。バルトロマは内心ハラハラしながらペラギアに向き直った。

 レッドブラウン色のウェーブの入った髪に、少しふくよかな体型の彼女は現在十九歳だ。
 勝気そうな吊り目の瞳は、イグナートを熱い眼差しで見つめている。
 後ろに二人の侍女を引き連れた彼女は、満面の笑みで再び口を開いた。

「こんな所でお会いできるなんて嬉しいですわぁ~。やっぱりワタクシ達はぁ、運命の糸で結ばれているのかしらぁ~? ねぇイグナート様ぁ~?」

 異様に間が伸びた猫撫で声は、かなり不愉快だ。
 バルトロマがそう思っているのだから、イグナートはそれ以上だろう。
 彼は額をピクリと動かしただけで、何も言わなかった。

「あらぁ~? どうして何も仰ってくれませんの~? もしかしてぇ、まだ棺を捨てた事を怒ってらっしゃるのかしらぁ~? あ~んな小汚くて薄気味悪い棺なんてぇ、イグナート様のお隣に似合いませんわぁ~。ワタクシみたいな可憐な女性でありませんと~。ねぇアナタ達ぃ~?」
「はい、ペラギア様の仰る通りでございます」
「ペラギア様ほど可憐なお方は他にはおりません」

(うわーっ皇女様! その事をぶり返すなよ!! しかも全く反省してないし!!)

 侍女達が激しく同意しているのを得意満面にしているペラギアに、バルトロマも激しくツッコミを入れた。


 そう、棺を魔道士団団長室から持ち出したのは、この帝国の第一皇女、ペラギアなのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...