極悪魔女は英雄から逃亡する 〜勇者を求め逃げ続ける魔女と、彼女を溺愛し追い続ける英雄の、誤解から始まる攻防〜

望月 或

文字の大きさ
18 / 42

18.魔女はすり抜ける

しおりを挟む


「…………っ!?」


 その時、イグナートは禍々しく強い魔力がこちらに近付いてくるのを感じ取った。

「……悪い、スティーナ。話は後だ。今から一切声を出さないでくれ。遮断魔法を掛ける」
「え……? あっ――」

 早口で説明すると、イグナートはスティーナを引き寄せ、自分の胸の中に閉じ込める。
 魔法を複数に掛ける場合、それを使う者に密着するほど、効力が落ちないのだ。

「『水よ、彼の者達を包み込み一切の気配を遮断せよ』」

 刹那、イグナート達の身体が半透明な膜に覆われる。
 これは、完全に気配を消す水属性の魔法だ。魔力を僅かしか使わないので、イグナートのように魔力を感じ取れる者でも感知される心配がない。

(嫌な予感がする……。恐らく、気付かれたらヤバいヤツだ。緑ドラゴンは……完全に気配を消してるな。頼むからそのままでいろよ)

 そして、程なくしてその男が突然姿を現した。
 『移動ロール』を使ったのだろう、手に巻物を持っている。

 その男を見て、イグナートは危うく声を出しそうになった。スティーナの身体もビクリと波立つ。


(ま、魔族ッ!?)


 細身だが二メートルは優に超え、長い白髪を持ち肌が黒い。白目の部分は黒く染まり、瞳は血のような鮮やかな赤い色だ。頭の両端に、羊のような大きなツノが生えている。


(嘘だろ、魔族が人間界に来た……!? 魔族にとって、人間界の空気は毒な筈だ。吸ってしまうと身体が蝕まれ、酷く苦しみやがては死に至ると聞く……。それなのにここに来ただと……? 毒に耐性がある魔族か!?)


「ふむ……。私の魔力が途切れたのを感じて来てみれば、見事にバラバラにされてますね。簡単に剥がれないように強い魔力を注いだのですが……。それ以上の強い力をぶつけられたんでしょう。そこら辺の獣には出来る筈無いですし、人間ども……魔道士の仕業ですね」

 男が独り言を呟き始めた。言葉が聞き取れるので、魔界と人間界は共通の言語を使っているのだろう。

「呪詛の札に私の魔力を込めて、この帝国に住み着くドラゴン達に貼る。成功すれば、ドラゴン達を洗脳して私が出向く事なく帝国の人間どもを攻撃出来たのですが、こんな簡単に破けてしまうようなら実践はまだ不可能ですね。試したのが一匹で良かった。費用も掛かりますし。……やれやれ、また改善に時間が掛かりますね。これでも結構頑張った力作だったんですがねぇ」


(一人なのにベラベラとよく喋るヤツだな……。お喋り好きな性格か? まぁそのお蔭で、ブラックドラゴンの町への襲撃はヤツの仕業って事が分かったが……)


「――あぁ、やはり人間どもの世界は酷く臭いし苦しいし、長くはいられない。この厄介な毒さえ無ければ、我等魔族が人間どもの世界を征服するのは赤子の手をひねるように簡単なのに。全く忌々しいですねぇ」
「…………!」

 イグナートはその言葉に激しい怒りを覚えたが、グッと我慢する。

「勇者がいるこの帝国を最初に征服出来れば、残った国はすぐに堕とせるんですよ。だから毒の効かない魔物達で制圧しようとしたのに、思いの外帝国の人間どもがしぶといときた。なので時間を掛けて今回の力作を作ったのに上手く行かないとは……。全く嫌になりますよ。勇者不在の今が好機なのに悔しいですねぇ。――まぁ良いでしょう。次の作戦に移りましょうか」

 男は呟きを終えると、再び『移動ロール』を使ってその場から消え去った。

「……完全にいなくなった、か? あれが魔族……実物は初めて見たな。にしても、誰もいないのをいい事に好き勝手言ってくれやがって。独り言大き過ぎだろあの魔族。何やら企んでる感じだったし、念の為バルトに伝えるか」

 イグナートは深く息を吐き、遮断魔法を解除する。

「……スティーナ? 大丈夫か――」

 自分の腕の中でやけに大人しいスティーナに疑問を感じ、イグナートは彼女に目を向けると言葉を呑み込む。


 彼女の表情が、今まで見た事も無い怒りと憎しみの入り混じったものになっていたのだ。


「……思い……出した。――全部」


 ポツリと呟くと、スティーナは油断していたイグナートの腕からスルリとすり抜け、スッと立ち上がる。

「しまっ――」
「……ありがとう、イグナート。あいつに見つかっていたら、私達確実に殺されてた」
「……あいつ……? お前、ヤツを知ってるのか!?」

 イグナートの問い掛けに、スティーナは彼の方に振り返ると、ふわりと微笑んだ。


「イグナート。私、必ずあなたとラルスを会わせるから。だから、それまではあなたから逃げさせて? お願い――」
「ラルスに会わせるって、お前まさか――」
「…………」


 スティーナは、ただ黙って笑みをたたえる。
 その儚げな微笑みに見惚れ、イグナートの言葉と動きが止まった。

「……エルド、いい子だったわ。もう大丈夫よ」
『……ん~? あ、おはようスティ。いつの間にかボク寝ちゃってたよ』
「ふふ、おはよう。起きてすぐに悪いけど、大きくなって私を乗せてくれる?」
『うん、いいよ~!』

 エルドの身体がみるみる大きくなる。スティーナがその背中に飛び乗ったところで、イグナートがハッと我を取り戻した。

「スティーナ、待て……ッ!!」
「ブラックドラゴンの件は、あなたが解決した事にしてね。……ごめんなさい」

 イグナートの呼び掛けにスティーナは悲しげに微笑みを浮かべると、翼をはためかせたエルドと共に飛び立ってしまった。


「スティーナァッッ!!」


 イグナートの絶叫が、大空に虚しくこだました――


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
ファンタジー
※『私を襲ったのは、人ならざるものでした。〜溺れるほどの愛に、身を任せようと思います〜』連載中です!🌱モフモフ出てきます🌱 ※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...