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19.帝国魔道士団団長室にて 4
しおりを挟む皆が寝静まった時刻、サブルフェード帝国の皇城を、魔道士団団長であるイグナート・エレシュムが足音を気にせずに大股で歩いていた。表情はやはり険しい。
団長室の前に到着すると、扉を乱暴に開ける。
「またまた遅いお帰りだねぇ、イグナート。『移動ロール』を奪うのはもう恒例になっちゃってるね。どうだった、スティーナちゃんに会えた?」
いつものようにのんびりとした口調で出迎えてくれたのは、魔道士団副団長のバルトロマ・カントルだ。
ソファにゆったりと座っていたバルトロマは、先日途中で閉じた書物の続きを読んでいた。
イグナートは一直線に自分の椅子まで来ると、すぐさまドカッと腰を下ろし、天井を仰ぐ。
手を上に翳し、ジッと見ていたかと思うと――
「俺の理性が怠け過ぎるッ! 働けよ一生懸命ッ! サボってんじゃねぇよッ!! ――くそっ、あの柔らかさが忘れられねぇ……。しかも何だよあの振り向いた時の顔ッ! 可愛過ぎだろうがッ!! 俺を殺す気かッッ!!」
ガァンッ!! と執務机に更に強く額をぶつけたイグナートに、バルトロマは非常にヤバいものを見る目を向けた。
「え、ちょっと君、スティーナちゃんに一体何したの……いや聞かなくても分かるか。どうせ我慢出来ずに欲望のまま抱きしめたりしたんだろ……。スティーナちゃんホント可哀想、こんな変態に好かれて……」
「変態じゃねぇ」
「で、結局誤解は解けたのかい?」
「いや……。話せないまま逃げられた」
何事も無かったかのようにむっくりと頭を起こしたイグナートは、眉間に皺を寄せ深く息を吐いた。
「はぁ……。本当に何しに行ったんだい君は……」
バルトロマは心底呆れた口調を出す。
「うるせぇ、色々あったんだよ。順を追って話す。まず、ブラックドラゴンが暴走した件、あれは魔族の仕業だった。その魔族本人が言ってたから間違いない。スティーナはその魔族を知ってる感じだったな……。あとブラックドラゴンの襲撃を防いでいたドラゴンは、二年前俺達が助けたドラゴンだった。スティーナによく懐いていた」
「……ん、んん~? 何やらとんでもない情報が交じってるね? もっと詳しくお願い」
イグナートが『色々』の部分を細かく説明すると、バルトロマは低く唸った。
「ブラックドラゴンの件は、後で討伐隊隊長に伝えておくよ。しかし魔族が人間界に現れるなんて……。しかもその魔族は闇の洗脳魔法を使えるのか……厄介だな……。その上、自分の魔力を込めた呪詛の札を使うなんてね。その魔族、なかなか頭が切れそうだ」
「どういう事だ?」
「うん。本来洗脳魔法は、まず自分の領域を作成して、その中で相手に掛けるんだ。自分の領域内でないと使えないんだよ。だけど呪詛の札を貼ると、その対象自体が自分の領域になるから、遠く離れていても洗脳出来るって訳だね」
「確かに厄介だな。けど、スティーナがそれを破ってくれたお蔭で『改善に時間が掛かる』とか言ってたから、暫くは大丈夫だと思うぜ。ただ、人間界の空気に少し耐性のあるヤツだったから、帝都に一瞬だけ潜り込んで、皇帝とか偉いヤツに洗脳魔法掛けられちまったら面倒だな……」
イグナートの懸念の言葉に、バルトロマはキョトンとして答える。
「あれ、前に教えなかったっけ? この帝都全体に、魔物や魔族を探知して入らせない半球形の結界が張ってあるんだ。もし帝都に一歩でも踏み込んだら即消滅さ。定期的に上位魔道士達が結界を張り直してるから、その点に関しては問題ないよ」
「んー……? 教えて貰ったような貰ってないような……」
「あぁ、あの時君は徹夜続きで意識が朦朧としていたもんね、しょうがないか。ちなみに『移動ロール』を使って、魔界から直接帝都内や皇城に入らせない措置もちゃんとしてるから大丈夫だよ。魔族側にはそんな技術は無い筈さ。人間の知識と技術ってすごいよねぇ」
「そんな時にこんな大事な事教えるなよ……。まぁいいや、ちなみにどうやって探知してるんだ? 今までに誤って人間を……って事は無いよな?」
「大丈夫さ。魔物や魔族は、その種族特有の証が身体に付いてるんだ。その証を持つ者だけに結界が発動する仕掛けになっているよ」
「それ聞いて安心したぜ」
イグナートは息をつくと天井を見上げた。
「そんな厄介なヤツ、こっちから魔界に出向いてぶっ倒せりゃいいんだろうけど、魔族と同じく、人間にとっても魔界の空気は毒なんだよな……。しかもこっちが帝都に結界を張ってるなら、向こうも魔都に同じものを張ってる可能性が高い」
「そうだね。毒に関しては、『“聖剣”を持つ勇者は魔界の毒を無効化出来る』という伝承があるよ。そして魔王の持つ“魔剣”も同等の効果があるらしい。けど今代の魔王はまだこの帝国には現れていない。帝都の結界を警戒しているのかも知れないね」
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