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32.魔女は英雄の部屋にお邪魔する
しおりを挟むいつもなら団長室のソファにゆったりと座って書物を読んでいるバルトロマだが、今は団長室をウロウロ動き回って考え事をしていた。
「さて、どうしたものか……」
そこに、この団長室の主であるイグナートが、『移動ロール』を使って現れる。
「あれ? 珍しい。特定場所指定して来たんだね。魔力を更に使うから嫌だって言ってたのに」
「事情があってな。コイツらを他のヤツに見せたくなかった」
「コイツら?」
するとイグナートの後ろから、ひょっこりとエメラルド色の小さなドラゴンが姿を見せた。
「わぁっ! 子供のドラゴンじゃないか!! 人に懐くのはすごく珍しいんだよ!? 一体どうやって懐かせたのさ!?」
バルトロマが少年のように喜々としてドラゴンに駆け寄ろうとすると、イグナートが手を前に上げそれを制止する。
「落ち着け、もう一人いるんだ。……スティーナ、悪いな。コイツいつもうるさいんだ」
「ううん、大丈夫……」
そう言いながら、おずおずとイグナートの背中から顔を覗かせる女性に、バルトロマは思わず叫んでしまっていた。
「えぇっ!? スティーナちゃんじゃん! うわぁ、動いてる喋ってる本物だっ!!」
「え、えぇ……?」
「本物って何だよ……。だから騒ぐなって。お前はコイツの事分かるが、コイツはお前の事知らないだろ。怖がらせてんじゃねぇよ」
「あ、ゴメンゴメン。まさかイグナートが子供ドラゴンとスティーナちゃん連れてくるとは全く思ってなかったから、つい興奮しちゃったよ」
バルトロマは一つ咳払いをすると、スティーナに恭しく礼をする。
「初めまして、スティーナちゃん。僕はこの帝国の魔道士団副団長、バルトロマ・カントルと申します。スティーナちゃんの事は、このイグナートから耳に穴が空くほど聞かされてるよ」
「え……?」
「おい、余計な事言うんじゃねぇ」
「逆に君は肝心な事を言わなさ過ぎなんだよ。君がスティーナちゃんを助けた事とか、棺の事とかさ。あと、その様子じゃまだ誤解を解いていないみたいだね?」
バルトロマの問い掛けに、イグナートはぐっと言葉に詰まり、スティーナはキョトンと首を傾げる。
バルトロマはスティーナをソファに座るよう促すと、ニッコリと笑って言った。
「さて、スティーナちゃん。これからの前に、まずは今までの事を話そうか」
********************
「――そう、だったんですか……」
「うん、これが君が棺に入って川を流れていた理由だよ」
ソファに腰を下ろし、今までの経緯を全て話したバルトロマは、隣に座るスティーナの反応を待った。
イグナートは部屋の隅で腕を組んで立ち、気まずそうに目を逸らしている。
エルドは長話に飽きてしまったのだろう。スティーナの傍で身体を丸めて気持ち良く眠っていた。
スティーナはまず、バルトロマに向かってペコリと頭を下げた。
「回復魔法を掛けて下さってありがとうございます、バルトロマさん」
「いやいや、礼なんていらないよ~。イグナートに頼まれてやった事だしね。でも、怪我が治ってもなかなか目を覚まさないから心配したんだよ? 結局何でだったのか分からず終いだよ」
「…………」
スティーナは顎に指を当て考える仕草をすると、思い当たる節があったようでバルトロマの方を向いた。
「私、イグナートにすごく憎まれてると思って、崖から落ちている途中、もし生まれ変わってもあなたの前に絶対姿を見せないから、私の事は忘れて幸せになって、って強く願ったんです」
「…………あー、なるほどねぇ! その強い思いが潜在意識の中にあって、イグナートの前で実行してたから目を覚まさなかったのか。スティーナちゃんからしたら、意識が無いから“イグナートに姿を見せてない”って事になるもんね。じゃあ僕が一人の時にスティーナちゃんに呼び掛ければ起きたかもしれないって事かぁ。色々と試してみれば良かったよ~。ねぇイグナート? ――ってありゃりゃ」
「…………」
イグナートは目に見えて落ち込んでいた。
スティーナは立ち上がると彼の下まで歩き、その顔をしっかり見上げる。
イグナートはたじろぐように半歩後ろに下がった。
「……ねぇイグナート。私が崖から落ちた時、『許さないからな』って言ったでしょう? だからてっきり、私が死んでも許さないって事かと思ってたの。それだけ私を恨み憎んでて――」
「違うッ!! それは、『勝手に死ぬなんて許さねぇからな』って言ったんだ。お前を絶対に助けたかった……死なせたくなかったんだよ!」
「…………」
一歩足を踏み出し強く否定するイグナートに、スティーナは軽く目を見開いた後、ふわりと花が咲いたように笑った。
それを見たイグナートの顔が、瞬時に真っ赤になる。
「ありがとう、イグナート。一生懸命助けてくれて。私の無実を晴らそうとしてくれて。ずっと誤解しててごめんね」
そして、スティーナはイグナートの広い背中に腕を回し、彼をギュッと抱きしめたのだった。
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