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41.やられっ放しじゃない
しおりを挟む「ちょっと、何生意気に避けてんのよっ!? まだあの人の周りをウロウロしていたのね! しかもまたあの人からキスをされて……本っ当に憎ったらしい小娘だこと!」
舌打ちをする勢いで言い放ったどこかの令嬢の言葉に、フレイシルは首を傾げて思った。
まだ? また? どういうことだろう……。前回の舞踏会が初対面じゃないの? 『あの人』って、シオンさんのことだよね? それ以前にシオンさんと一緒にいた時に会ったことがある……? となると、六年前の時だよね? 私は全然見覚えないんだけど……。
その答えは、どこかの令嬢の取巻きの一人が声を発して教えてくれた。
「ミリシャ様の方が、オーガステッド辺境伯にお似合いですわ」
「えぇ、こんな小娘なんてフェブラーン子爵令嬢の足元にも及びませんわよ」
「……っ!!」
『ミリシャ・フェブラーン』……!
六年前、ゴロツキの男達に私の暴行の依頼をした張本人……!!
フレイシルは、キッ! とミリシャを鋭い視線で見据えた。
その眼差しに、彼女と取巻きは一瞬怯む。
「な……何よ、平民の小娘が子爵の娘である私に向かって偉そうに……!! あんたがあの人の隣に立つなんて不相応なのよ!! 高貴なあの人に寄り添うのは、この貴族の私がピッタリなのよ!!」
吊り目を更に吊り上がらせ、ミリシャは金切り声で叫んだ。
フレイシルは少しだけ首を傾げると、ポケットから手帖とペンを取り出し、スラスラと書いてミリシャと取巻きに見せる。
「え、何? 『以前の舞踏会の時、休憩室で仲睦まじく密会していたボラード様はどうされたのですか? もしかして二股しようとされているのですか? 二股する人は「アバズレ」だと聞いたのですが、あなたはアバズレさんですか? 奇抜な【二つ名】で、王国中に広めたいほど素敵です』……!?」
それに、ザワッと取巻き達が顔を見合わせる。
「え……あのデッセルバ商会のボラード様と……?」
「あそこの商会、得意先や顧客からの信用を短期間で尽く失って、近い内に倒産するんじゃないかって噂されてるわよね……」
「将来性のない人とどうして……」
取巻き達がコソコソと囁やき言をし合う。
「な、な……何デタラメなこと言ってるのよ!! あんな落ちぶれたデッセルバ商会の息子を相手にするわけないじゃない!! ホンット生意気な小娘……っ! どうやら痛い目をみないと分からないみたいね!!」
ミリシャは憤怒の表情で片手を大きく振り上げ、フレイシルの頬に向かって振り下ろした。
フレイシルはそれを見て、テーブルの上に並んでいる水が入ったグラスをサッと手に取ると、ミリシャに向かってブッ掛けた。
「ギャッ!!」
それは思い切りミリシャの顔に掛かり、彼女は動きを止め蛙が踏み潰されたような声を出す。
フレイシルは続けさまに新しいグラスを掴むと、今度は彼女の頭からブッ掛けた。
「ヒェッ!!」
ミリシャが頭からビショ濡れになる。取巻き達はフレイシルの突然の行動に、唖然として眺めることしか出来なかった。
フレイシルはテーブルに空のグラスを置くと、手帖にサラサラと文字を書いてミリシャ達に見せた。
代表して、取巻きの一人が読み上げる。
「え……? 『今回飲み物を掛けられそうになった分と、前回の舞踏会の時、飲み物を頭から掛けられた分の“お返し”です。良かったですね、“水も滴るいい女”に……あら、全くなってないですね。ただの濡れた人ですね。あらあら、残念でした』、って……?」
「……はああぁっ!? フザけたこと抜かしてんじゃないわよっ!! それに前回の舞踏会って何よ!? あんたに会ったのは今日が初めて――」
「“初めて”? 嘘は良くねぇなぁ、フェブラーン子爵嬢サンよ?」
そこへバリトンの心地良く響く声がし、その場にいた全員が振り返ると、セリュシオンが感情のない表情でこちらに歩いてくるのを見た。後ろには眉根を微かに顰めているカイの姿もあった。
「シオン」
「悪ぃ、フレイシル。遅くなっちまった。あの王、無駄に話長くてキレそうになったわ。――床、すっげぇビショビショだな。飲みモン零したのか。お前に掛からなかったか?」
フレイシルは小さくコクリと頷く。
「そっか、良かった」
セリュシオンはフレイシルの傍に行くとその細腰を抱き寄せ、彼女の額と頬に唇を落とした。
まるで絵本に出てくる王子様のような振る舞いに、取巻き達は思わず感嘆の息を漏らし見惚れたが、ミリシャだけは顔を真っ赤にさせて身体を震わせていた。
「――カイ、給仕を呼んでここを綺麗にするように言ってくれ。あと乾いた布も持って来てくれるよう頼んでくれ」
「畏まりました」
カイは給仕を呼びに行き、程なくして綺麗な柔らかい布を給仕が持ってきた。
「その布はあの濡れてる令嬢へやってくれ」
セリュシオンの言葉に給仕は頷き、布を手渡されたミリシャは、頬を赤くさせながら彼を見返した。
「セリュシオン様……。私の為に?」
「着替えは後にしてくれ。取り敢えずその布で拭けば大丈夫だろ。ドレスにはあんま掛かってねぇし、ただの水だしな」
ミリシャはそれを、『離れずに自分ともっと一緒にいたい』と解釈した。
給仕が床を綺麗にして去っていくと、ミリシャは途端に瞳を潤ませ、シナシナとした仕草でセリュシオンを見上げる。
そして、わざとらしい猫撫で声で話し始めた。
「セリュシオン様、聞いて下さいまし? ご覧の通り、私はその娘に水を掛けられましたの。しかも二回もですよ!? 私、何にもしていませんのに……。余りに酷いと思いません? そんな乱暴な娘から早く離れて、私のもとへおいで下さいませ」
「……ふぅん。何にもしてないのに、ね……」
セリュシオンは口の両端を上げるミリシャを一瞥し、次にフレイシルを見る。
フレイシルは彼のボソリと言った呟きに、前回の舞踏会での出来事が脳裏に浮かんだ。
「…………っ」
同じ状況になっていることに怖くなり、セリュシオンの表情を見ることが出来ないフレイシルは、唇を噛み下を向いたのだった……。
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