私、自立します! 聖女様とお幸せに ―薄倖の沈黙娘は悪魔辺境伯に溺愛される―

望月 或

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44.刻は二度と戻らない

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「……僕はその日、よりによって国務で遠くに行ってて、娘の状況を確認することが出来なかった。本当に悔やまれるよ……」



 娘を連れ、王城から家出をしていた妻が、娘と一緒に一年ぶりに王城に帰ってきた。

 しかし、二人共様子がおかしかった。妻は酷く強張った顔で消沈していて、娘は可哀想なくらい真っ青な顔で怯えていた。何を聞いても、話の出来る状態ではなかった。
 そして、娘の声が出なくなっていることに気付いた。

 男を見ると声もなく泣きじゃくり、動悸と痙攣を起こした。
 父親の自分でも、少しでも姿が目に映ると怯え、泣きながら逃げ出した。


 そんな娘の状態を目の当たりにし、恐らく原因が入っているであろう『音声録音機』を聞くのが怖かった。
 妻が落ち着くのを待ち、事情を聞くと、腸だけでなく、全部の内臓がグツグツと煮えくり返った。

 すぐにでも隣国に抗議と訴えの文を送りたかったが、娘の心が深く傷付いている状態で、事情聴取や裁判でぶり返すのは愚の骨頂と思い、彼女の心の傷が完全に癒えてからにすることにした。
 

 娘は長い時間を掛け、少しずつ良くなっていった。ようやく自分からも逃げ出さなくなり、男でも普通に接することが出来るようになった。

 しかし声は未だに出ず、『幻惑魔法』で本来の姿とは違う、ポッチャリとした器量のあまり良くない姿に変えて生活し始めたのもその頃だった。



「……長い長い間、酷く苦しい思いをしてきたんだ、僕の娘は。大きなショックで声を失い、本当に……見るのも可哀想になるくらいに怯え、声もなく泣き続けて。フェブラーン子爵嬢の、嫉妬と独占欲の所為で」
「…………」


 目を伏せ俯くフレイシルを、セリュシオンは堪らず後ろから強く抱きしめた。
 六年もの間、苦しんできた彼女に何もしてやることが出来なかったやるせなく悔しい思いが、己の身体中を駆け回っている。

 会場にいる者達の反応は、苦々しい表情で下を向く者、加害者に対し憤る者、同情の念を寄せる者が多数で。
 女性陣に関しては、同性で気持ちが解かる分、涙を流す者もいた。


「……人は、どうして先に自分が同じことをされた時の気持ちを考えず、愚かな行動を取るんだろうね……。まぁ、自分が一番偉い……自分が一番可愛いと思っている人間は、そんなこと考えないか」


「………………」


 会場中の誰もが、無言でミリシャに非難と侮蔑の目を向けた。


「……え……ぅ……あぁ……。……止めて……止めて、そんな目で見ないでよ……。私は子爵の娘よ……。高貴なの……。そんな……そんなゴミを見るような目を……向けないで……。私はただ……ちょっと懲らしめようとしただけで……」


 降り注ぐ、冷たく凍える無数の視線にプライドがズタズタになり、ミリシャは耐え切れず金切り声で絶叫した。



「止めてぇッッ!! 私を……私を見ないでよおぉぉーーーッッ!!」



 死人のように顔を真っ青にし、涙を流し、ガタガタと震えながら、ミリシャはガクリと膝を突いた。
 俯いても、自分を責める視線がグサグサと容赦なく突き刺さってくるのを感じる。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 目を見開き涙をポタポタと垂らしながら、その謝罪の言葉を途切れることなくブツブツと呟き続ける。


「……謝って娘が苦しんだ時間がなかったことになるのなら、幾らでも謝って欲しいけどね……。残念ながらそんな奇跡は決して起きないんだよ。――ジュライト国王陛下、子爵嬢に厳重で的確な処罰をお願いしますよ。実行者達の刑の見直しもね。皆の前で被害者としての公表を許した娘の深い想いを汲んで頂きたい。僕達の友好が末永く続く為にも……ね」
「わ、分かりました! ――おい、この娘を牢へ連れて行け!! 刑が確定するまで絶対に出すな!!」
「はっ!」


 騎士達が、もう抵抗する気のない生気の抜けたミリシャを拘束し、会場から出て行った。



「――皆様! 暗い気持ちにさせてしまって申し訳ない! 折角の祝賀パーティーだ、気持ちを切り替えて存分に楽しんで欲しい!」



 ラセインは、突然パン!! と、両手を強く打った。
 会場中に大きく響いたその音に、参加客は皆ハッとした顔をし、ゾロゾロとその場から離れ、何事もなかったかのように立食したり雑談を始めた。


「ジュライト国王陛下もお戻り下さい。妻が到着したら、改めてご挨拶に伺いますので」
「あ……はい、分かりました。ではまた後ほど……」
「えぇ、また」


 国王は夢から覚めたような表情で目をパチパチとさせ、向こうへと戻って行った。


(このオヤジ、何か魔法を使ったのか? オレ達の存在感を薄くさせる魔法……とか?)


「……主様。フレイシルさんのお母様――オクトバル王妃陛下は、デッセルバ邸に行かれたのですよね。あの者達はきっと、『オーガステッド辺境伯に彼女が攫われた、懇願しても彼女を返してくれない』とか、自分達の都合の良いように理由を変えて泣きついていると思いますよ。王妃陛下が到着された時、最悪の場合一波乱あるかもしれません」


 セリュシオンの傍にいたカイが、コソリと彼に耳打ちした。 
 セリュシオンはそれに、小さく息を吐く。


「……まぁ、だろうな。けど、あの人なら大丈夫だ――」
「さて、取り敢えず一件落着したところで……君は一体誰だい? さっきから僕の娘に馴れ馴れしくベタベタ触って……。どこかで聞いたことのある声なんだけど、思い出せないんだよね」


 ラセインが、セリュシオンをギラリと睨みつける。
 セリュシオンは、真っ直ぐな視線を彼に向けた。


「あぁ、オレは――」
「フレイシルッ! ごめんねーーーっっ!!」


 不意に女性の声が頭上から聞こえ、その場にいた全員が上を見ると、突然長い銀髪で華やかなドレス姿の、美しい女性がパッと現れた。
 その女性は華麗に床に着地すると、突然の出来事にキョトンとしているフレイシルに手を伸ばしギュッと抱きしめる。


「……クロエ……さん?」


 それは、フレイシルの母であるクロエだった。


「親切に、見知らぬ私達に心配の声を掛けてくれたから、この人なら大丈夫だと思ったのに……あんなロクでもない人デナシだったなんて!! その家族や使用人達もそう! 沢山辛い思いをさせて、本当に……本当にごめんねフレイシル……!!」


 フレイシルは予期せぬ母の登場に目をパチクリさせていたが、懐かしい母の温もりに徐々に実感が湧いてくる。
 クロエを抱きしめ返すと、フレイシルは目を潤ませ、やがて声もなく泣き出した。


「イーシス……。いきなり『転移魔法』で現われるのはよしてくれと何度も言ってるだろう? ビックリして心臓が止まりそうになるんだよ」
「だって、早くこの子に会いたかったんだもの。緊急時にしか使わないんだから許してよ。でね、この子を預けた人の身元を調べて迎えに行ったんだけど、『オーガステッド辺境伯に攫われた!』とか訳の分からないことを喚いてきて。あのシオン君がそんなことするはずないじゃない」


(……! クロエさん、オレがこの国の辺境伯だってことも調べたのか……?)


「あそこの家族全員シオン君を責めて怪しいことばっかり言ってるから、埒が明かなくてコッソリと『過去見』をしたのよ。そしたら、この子があそこに住んでいた時の境遇がかなり酷かったのよ!! 大切に、大事に接してって約束したのに……。海よりも大きな自責と悔しさと悲しみで涙が止まらなかったわ……。私もうブチ切れちゃって」
「……イーシス……。何を……したんだい?」


 ラセインが、恐る恐るクロエに伺う。


「使用人達も含め、全員裸になって、狂ったように踊りながら町内を一周させる“おまじない”を掛けたわ。流石に情けを掛けて、女性陣は下着姿にしたけど。公然猥褻罪で捕まってもそんなこと知ったこっちゃないわよ」


 フン、とソッポを向くクロエに、セリュシオンとカイの背筋がブルリと震え、


(デッセルバ家、完全に終わったな……)


 と、同時に思ったのだった……。




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