最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

文字の大きさ
1 / 42

0.プロローグ




 ぽたり……ぽたりと、研ぎ澄まされた剣の切っ先から、雫が滴り落ちる音が聞こえる。
 それは、鮮やかな程に赤く――綺麗に磨き上げられた床に、幾つもの丸い染みを作っていっているのだろう。

 だろう、と言っているのは、私の方からはそれが見えないからだ。

 
 私の目の前には、腰まで伸びる真っ直ぐで艶やかな黒い髪と、満月のように美しい黄金色の瞳を持った美丈夫が立っている。
 頭にある黒色の二つの耳をピンと立て、お尻から生えた黒の尻尾の毛を逆立てながら。


 彼は、私が愛する“つがい”だ。彼は獣人なのだ。
 そんな彼が、憎しみを帯びた色の瞳で、私を冷酷に見下ろしている。

 ――こんな表情、私と出会ってから今まで一度も向けられた事なんてなかった。

 心の奥から湧き上がってきた恐怖が、私の身体を突き抜ける。


 不意に彼が冷たい顔つきのまま、私の左胸に突き刺さる己の愛剣に目を落とした。
 その柄を、右手で強く握り締めながら。

 私の急所を狙って貫いたはずの剣が、心臓部分から少しだけ外れているのは、この国の騎士団長と互角に戦える彼にしてはあり得ない事だった。

 ――きっと彼は、自分でも知らずに動揺したのだろう。


 何せ、『聖女』の声と姿をした私が、必死な思いで彼に「私は貴方の“番”だ」と懸命に訴えたのだから。


 そのお蔭で私は即死を免れたのだけれど、命の炎が消えるのがホンの少し先になっただけだ。



 ――分かってくれると思った。
 あんなにずっと一緒にいたのに。

 あんなに私の事を「愛している」と言ってくれていたのに……。


 姿や声が変わっても本質は変わらないのだから、彼なら『私』だって気付いてくれると信じていたのに――



 彼のすぐ後ろには、『私』の姿になった聖女が、怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
 手で隠しているけれど、その唇が耐え切れず三日月の形になり嘲笑っている事を私は知っている。


(……そう……。そう……なのね……。貴方は、今まで私の外見しか見ていなかったのね……。何が……何が“運命の番”よ……。貴方を信じた私が馬鹿だったわ……)


 己の心が、最愛の彼に裏切られた思いで、悲鳴を上げて泣いている。
 哀しみと失意と諦めの海にブクブクと沈みながら。


 その心を拾い上げて一緒に泣きたいけれど……もう――


 私の胸を貫いていた剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
 その鮮血で塗れた彼の愛剣をぼんやりと見つめながら、私の身体が糸の切れた操り人形のように床へと崩れ落ちた。


(あぁ……。ここで……私の人生は終わり……か……。誤解のまま愛する人に殺されて死ぬなんて……。本当に酷い一生だったわ……)



 ……あぁ……神様。

 もし……もしも生まれ変われるとしたら、今度はこの人に一切関わらないで、モフモフの動物達に囲まれながら、穏やかに過ごしたい……わ……



「……え……?」



 その時、朦朧とした頭に、彼の上ずった怪訝な声が入ってきた。


「な……なんで……? ――そ、そんな……。本当に……本当に貴女だったのですか……? り、リシー……」


 愛称を呼ばれ、不思議に思いながら顔を上げようとしたけれど、血が流れ過ぎて身体に全く力が入らない。
 強制的に瞼を閉じようとする瞳が最期に見たものは、不意に頭から前へ垂れてきた真っ直ぐの水色の髪で。


 それは、“私本来”の髪の色で――


(あ……わたし、元に――)



「リ……リシー……リシーファリシーファッ! ……り、リシー……。わ、私は……私は……な、なんてことを……。愛する妻を……この手で……? ――う……ぐぅ……うわああぁぁぁぁッッ!!!」



 彼の狂気と絶望が入り混じった慟哭をぼんやりと耳に聞きながら、私の思考はそこで止まり、その意識は永遠に閉ざされていったのだった――




感想 38

あなたにおすすめの小説

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

君は僕の番じゃないから

椎名さえら
恋愛
男女に番がいる、番同士は否応なしに惹かれ合う世界。 「君は僕の番じゃないから」 エリーゼは隣人のアーヴィンが子供の頃から好きだったが エリーゼは彼の番ではなかったため、フラれてしまった。 すると 「君こそ俺の番だ!」と突然接近してくる イケメンが登場してーーー!? ___________________________ 動機。 暗い話を書くと反動で明るい話が書きたくなります なので明るい話になります← 深く考えて読む話ではありません ※マーク編:3話+エピローグ ※超絶短編です ※さくっと読めるはず ※番の設定はゆるゆるです ※世界観としては割と近代チック ※ルーカス編思ったより明るくなかったごめんなさい ※マーク編は明るいです

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

【完結】ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。