最愛の番に殺された獣王妃

望月 或

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2.突然のとんでもない要求




「ひえぇっ!?」


 いきなりな彼の行動に、私は貴族令嬢らしからぬ間抜けな声を上げてしまった。


「リシーファ……私は貴女に会える日をずっとずっと夢見てきました。あぁ……想像通りとても可愛らしく、狂おしい程の匂いだ……。こんなに飛び出るほど胸が高鳴ったのは初めてです。もう貴女にしか目に入りません……。リシーファ、どうか私と結婚して下さいますか? 今すぐに」
「へっ……へぇっ!? いやあのそのっ!?」


 慌てふためく私に構わず、彼は私の身体を離さないままとんでもない話を進めようとしている。
 私は助けを求め、彼の後ろにいる護衛さん達に視線を向けた。
 護衛さん達は彼の様子に口と目を真ん丸く開け、酷く間抜けな表情をしていた。
 けれど視線が交わった瞬間、全員からバッと目を逸らされてしまう。


 暴走する彼を止められる者は、悲しいかなここにはいないようだ……。


「――陛下。恐れ入りますが、そのお話は屋敷の中で致しましょう。ここは外ですし、人目がありますので……。ひとまず娘を離して頂けますでしょうか」


 その時、父が静かに発した窮地を脱する一言で、彼はハッと我に返ったようだった。


「あ……申し訳ありません。血眼で探していた私の“番”に出会えた事で、気持ちが高揚してしまいました。ではお言葉に甘えてお邪魔させて頂きます」


 彼は焦った様子で父に謝ると、一息ついて私の身体をそっと離し――たかと思ったらすぐに肩を抱いてきた。
 文句も言えず拒否も出来ず反応に困り、頭一つ分上の彼の顔を恐る恐る見上げると、彼は私に向かって優しく微笑んでいた。


「さぁ、いきましょうかリシーファ。足元に気を付けて下さいね。転んでも私が支えますから大丈夫ですけれど」


(いやいやその前に離してよっ!? 緊張で足が竦んで本当に転んじゃうからっ!)


 私の心の叫びも空しく、ピンと伸ばした尻尾をブンブンと振り回す彼に肩を抱かれながら、私は屋敷の中へと入っていったのだった……。



*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。



 我が家の応接間へ彼と護衛さん達を案内し、父は年季の入ったソファに彼を座らせた。


「リシーファは私の隣に」


 彼が微笑みながら私に向かって手招きをする。


(え……。でもそこは……お客様用の上座席……)


 両親の方をチラリと見ると、二人は何とも言えない顔で小さく頷いたので、私も何とも言えない表情で彼の横に少し離れて座った。


「ふふ、恥ずかしがり屋なんですね。あぁ……本当に可愛い……。もっと近くに寄って下さい」


 彼がそう言ったと同時に肩を抱き寄せられ、私は彼の身体にピッタリとくっつくように座る形となってしまった。


(いやいや近過ぎだからっ!)


 けれど、相手が天下無敵の国王陛下なので振り解くわけにもいかず――
 自分に向けられる護衛さん達の好奇な視線に耐えながら、私は彼のすぐ横に座り続ける羽目となってしまったのだった……。


「陛下、今お茶をお持ち致します――」
「いえ、お構いなく。男爵と男爵夫人もお掛け下さい」


 彼の言葉に、父と母は向かいのソファにおずおずと腰を下ろす。
 すると、徐ろに彼は口を開き話を切り出した。


「――今回、このコーネリア男爵領を視察させて頂きましたが、率直な感想として、素晴らしい所です。治安も良く領民の表情も明るく、皆、貴公達の事を心から慕っていました。良き領主を務めていると思います」
「あ、ありがとうございます……」
「ただ一点、問題があります。納税の滞納が徐々に長くなっている事実です」


 父と母は、彼の指摘に申し訳なさそうに両目を伏せた。
 確かに、国に税を納める為にあれこれ工面して何とか支払ってはいるけれど、ここ最近はそれも厳しくなり、滞納が酷くなっている。

 ……きっと、視察は二の次で、その指摘が本題だったのだろう。

 それなら税を取り締まる徴税官をここに差し向けても良かったと思うけれど、国王陛下自らこんな辺鄙へんぴな場所に赴くなんて……。


「その理由は、領民達から聞いて分かりました。貴公達の人の良さと優しさは大事ですが、自分達の事、領民の事を第一に考えて頂きたい」
「……はい、至極ご尤もで御座います……」
「恐らく貴公は近々爵位を返上するであろうと推測し、その真意を確認する為にこちらに伺ったのですが、合っていますか?」
「……っ!」


 私と父母は両目を見開き、一斉に彼を見る。


「……はい、仰る通りで御座います。そこまで分かってらっしゃるとは……。流石ですとしか返す言葉が見つかりません……」
「貴族で税の滞納が続く事は、理由が何であれ許されない行為です。私は貴公の申し出を承諾するつもりだったのですが、ここに来て考えが変わりました」
「え……?」


 父がキョトンとして彼を見ると、彼は不意に私の方を向き、ニコリと微笑んだ。


「男爵領を立て直す資金を貸しましょう。無担保、無利息で。返済は立て直った時で構いません」
「「「えっ!?」」」


 彼のとんでもなく好条件な提案に、私達親子三人は同時に素っ頓狂な叫びを上げてしまった。


「勿論、条件があります。彼女――リシーファが私の妻になる事です」
「っ!?」


 ……先程から彼は、私をジッと見つめている。
 その月のような黄金色の瞳の中に囚われたかのような錯覚に陥り、私は彼から目を逸らす事が出来なかった。


「あなた……」


 母が不安気に父へ目を向けると、父は瞼を閉じて俯き、小さくかぶりを振った。


「……恐れ入ります、国王陛下。わたくしどもは、娘には“自由”でいて欲しいのです。娘は、愚かなわたくしどもの所為で、ずっと窮屈な思いをさせてきました。文句も言わず屋敷の家事をし、笑顔でわたくしどもを励まして……。せめて、結婚の相手は政略ではなく、娘が選んだ人にしてあげたいのです。ですので、そのお話はなかった事に――」
「ちょっと待って、お父様っ!」


 父が彼の提案を断ろうとしているのを見て、私は思わず大声を出して遮っていた。


(こんなうちにとって都合の良過ぎる条件、みすみす逃すものですかっ!)


「私、その結婚のお話を受けるわ!」
「っ!? リシーファ、何を言うんだ! お前は私達の事は気にしなくていいんだ。お前はお前の好きな道を選んで――」
「今、その好きな道を選んでいるの! 本で読んだのだけど、獣人は“番”を一番大切にするらしいの。だから、国王陛下もきっと私を大切にして下さると思うわ」
「そんなのは当たり前です。貴女を一生一番大切にすると誓いますよ」


 私の言葉に彼は嬉しそうに微笑むと、私の手を静かに取りその甲に唇を落とした。
 突然な彼の行動に顔が熱くなり口をパクパクさせながら、私は何とか次の言い草を考える。


「だっ、だから心配しないで、お父様。女は殿方に愛される方が幸せになれるのよ。お母様だって、お父様に愛されて幸せでしょう? 大丈夫よ、何かあれば国王陛下が私を護って下さるから!」
「はい、それもお約束します。貴女を命に代えてもお護りします」


 彼を味方につけて必死に言い募る私に、父と母は随分と悩んだ後、ようやく頭を縦に振ったのだった。




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