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19.新しい任務
しおりを挟むノーラと元料理長がいなくなって、私は平穏な日々を過ごしていた。
リシィからは何の音沙汰もない。こちらから無理矢理干渉するのは悪いし、彼女が私に接触してくるまで様子を見る事にした。
もしかしたら、ユーディアさんにもう会えない事実から、今も立ち直れていないのかもしれないから……。
ユークも、たまにフラリとどこかへ行ったりはしているけれど、基本私の頭の上で寛いでいる。
メイド達の間では私のその姿が当たり前になったようで、最初は話す度にユークを見て笑っていたのに、今では普通に会話をしていた。
そんなある日、ウラン様へお茶を出しに彼の部屋に行くと、彼は執務椅子に座り、顎に手を添え考え事をしているようだった。
「どうされたのですか? ウラン様」
「……あぁ、リシィ。お茶を持って来てくれたんだね、ありがとう。いや、“とある方”への食糧配達の役目が回ってきたんだけどね。私は明日からまた出張しなくてはならないから、この屋敷の誰に代わりを頼もうか悩んでいたところだったんだ」
「食糧配達のお役目……ですか?」
私は執務机にお茶をコトリと置きながら尋ねる。
「うん。場所はヴィトン領近くの深き森の最奥に建っている、今はもう使われていない神殿なんだが……。深き森の入口までは馬車で行けるんだが、神殿までは森の中を歩かなくてはいけないんだ。幸いそこは神殿の加護が残っているのか、魔物は一切出ない。しかし日中でも森の中は薄暗く結構歩くから、体力があり夜目も利く者でないと厳しくてね……」
「へぇ……。そこに“とある方”がいらっしゃるんですね。その方はどなたなんですか?」
「あぁ、それは……すまない、国に関わる機密事項になるから、爵位を持つ領主以外にはその方の素性は口外出来ないんだ」
(……そう言われると、無性に気になってくるのが人間の“性”よね……)
「私、体力あるし夜目も利きますよ。私が行きましょうか?」
「え……君がかい? ――いや、いくら道中魔物が出ないと言っても、女性一人じゃ危ない。やはり男性を――」
「このお屋敷の男性って、お年を召されている執事さんと料理長と庭師さんくらいしかいないじゃないですか。他の熟練のメイド達は自分の仕事を持っていますけれど、まだ経験の浅い私の仕事は彼女達の補助や加勢ですし、私が数日抜けても問題ありません。それに、私にはこの『幸運のウサギ』がついているので大丈夫です!」
私の熱弁に、ウラン様は腕を組み暫く悩んだ後、息を吐いた。
「……そうだね、適任者は君しかいないか……。分かった、よろしく頼むよ。ならせめて護衛を――」
「魔物の心配がないのなら護衛は大丈夫です! お任せ下さい!」
「うーむ、君がそう言うのなら……。危ないと思ったらすぐに引き返すんだよ」
「はいっ!」
「ふふ、いい返事だ。食糧配達は二週間に一度でいいよ。その方の姿は伝えて大丈夫なので言うよ。――犬だ。黒色の大型犬」
「はい? 黒い犬……ですか?」
『とある方』『国に関わる機密事項』から、かなり位の高い人物だと想像していた私は、ウラン様の発言に拍子抜けした。
「うん。けど襲ったりはしてこないから安心して欲しい。鎖で繋げているし、食糧を全然食べてくれず、動けないほどかなり弱っているみたいだからね」
「……っ! そんな、どうして――」
「まぁ……色々と事情があってね……」
ウラン様はそこで目を伏せ、疲れたようにボソリと呟く。
「……あの方があんなに魔力を持っていなければ“駒”にならずに済み、王も戦争なんて馬鹿げた考えを止めてくれただろうか……」
「……? ウラン様?」
「――あ、あぁ。いや、何でもないよ。気にしないでくれ。じゃあ早速明日行ってくれるかな。食糧は用意しておくから。もし前の食糧が残っていたら、新しいものと交換して欲しい。ただ置いてくるだけでいいよ。後は何もしなくていいから。十分気を付けて行くんだよ」
「はい、畏まりました。行って参ります! ウラン様も出張お気を付けて。お帰りを心待ちにしています!」
「ははっ、ありがとう」
私は一礼すると、ウラン様の部屋を出る。
自分の部屋に戻ると、早速気になった事をユークに訊いてみた。
「ね、ユーク。知っていたらでいいから教えて欲しいんだけど、この国の王様はどこかと戦争しようとしてるの?」
「ん? あぁ。現王は最近即位した、まだ三十代の獣人でな。野心的で、領地拡大を目論んでいるらしい。他の国に戦争を仕掛けようとしていて、それをこの国の貴族達が必死に止めてるみたいだぜ」
ユークは意外にも素直に答えてくれた。
「そうだったんだ……。戦争で大きな被害を出して、人も沢山亡くして国を大きくしたって何になると言うのよ。そんなの、王のただの独りよがり、自己満足でしかないわ。誰も全然喜ばない」
「あぁ、そうだな。アンタの言う通りだ」
「その戦争の“駒”である、黒い犬ね……。きっとすごく強いのね。だから神殿に閉じ込めて、食糧を与えて死なせないようにしてるんだわ。来たるべき戦争の為に……。全然食べてないみたいだけどね」
「何だ? 助けたいのか? ソイツを」
ユークの問い掛けに、私は微かに首を左右に振る。
「いいえ。助ける為に逃がしたら、こっちが反逆罪で捕まってしまうわ。いずれこの身体に主体として戻るだろうリシィに迷惑は掛けられないし、私は言われた通りに食糧を置いてくるだけよ。そのついでにどんな犬なのか見てくるだけ」
「要は物珍しさからくる好奇心だな。ただの野次馬じゃねぇか」
「あははっ」
ユークのご尤もな指摘に、私は笑って誤魔化す。
「勿論ユークも付いてきてくれるわよね?」
「あ? ダリぃしメンドくせぇ。オレはアンタのお守り役じゃねぇよ」
「あら、いいの? 私がいない間、ずっとご飯食べられないわよ? それにここに残ると、メイド達が一斉に貴方をモフモフしに来るかも?」
「…………完全な脅しじゃねぇか、クソッ。行きゃいいんだろ、行きゃ」
目の間に皺を作り、苦々しい表情になるユークに、
「『働かざる者食うべからず』、よ」
と、私は勝ち誇った悪女のようにニヤリと笑みを浮かべたのだった。
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