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02 バラの精霊
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僕はドナルド。ブリーズ侯爵家の庭師一家の末っ子だ。
僕は八回目の誕生日にバラの精霊と契約した。
父さんは庭師の頭だ。木の精霊と契約している。樹木ではなく木だそうだ。
そして僕のこと・・・バラの精霊と契約したことね。を侯爵様に報告するとバラ園をつくると決まったんだ。
父さんと叔父さんは指定された場所を見て二人で計画を立てた。叔父さんは土の精霊。従兄はたい肥の精霊と契約しているから、バラに適した土が出来上がった。
そしてバラの苗木を植えていったんだが、僕の精霊が場所を決めた。
精霊が指定した場所に花の精霊を持っている兄さんが手際よく植えていった。
そして母さんの通り雨の精霊が近くに来た通り雨をこちらに呼んでくれたりした。
それをして貰うと水やりが楽なんだ。
僕たちは家族で協力してバラ園を作っていった。
その作業を、よく見に来る人がいた。ここの二番目のお嬢様だ。割りとお小さい時から庭をうろうろしていたからお顔だけは昔から知っている。名前はエミリー様だ。それにこのお嬢様と僕は誕生日が一緒なのだ。ちょっと嬉しいけど、だからってどうってことないよね。
このこちらがよく知っているエミリー様だけど、なんでも変な精霊と契約したと、姉ちゃんのタバサが言っていた。
姉ちゃんはかまどの精霊と契約したのでお屋敷の厨房で働いている。
侯爵様たちと同じ火に関係する精霊と契約したのを自慢してるんだ。
それで、エミリー様は外套にフードを被って、いつも端の方に立って静かに見ている。
肩には、光沢のあるちっぽけなトカゲが止まっている。。最初はおもちゃかと思ったけれどあれが精霊らしい。
それが不思議なことに、エミリー様が庭に来ると、僕のバラの精霊も、父さんの精霊も、母さんの精霊も挨拶をするんだ。黙って姿勢を正すと頭を下げる。僕のバラの精霊はバラの形だから頭かどうかはわからないけど・・・頭を下げるんだ。
バラ園作りが佳境に入ると、作業員が増えて厨房も忙しくなったみたいでタバサが忙しいと騒いだ。
そんなある日帰ってくるなり言い出した。なんでもエミリー様が冷たい水を作業員に配ったんだそうだ。
「だから言ってやったんだよ。ここは上の方の遊び場じゃないのよ。邪魔よ」って。
僕は手にしていた木箱を落としそうになった。言葉に宿る棘は、バラの棘より恐い。
なんでもエミリー様はしおたれたそうだけど、水は最後まで配ったそうだ。
「お嬢様ってけっこう図太いのね」
そういって笑うタバサの足元で、かまどの精霊がくすくす笑っている。
タバサと精霊はなんだかすごく荒々しくなって来ている。大丈夫か?
そして今日は、バラ園のお披露目の日だ。うちのバラ園はよそにはないバラ園だ。
バラの見た目も見事だけど、香りが違うのだ。
今日は父さんの姉さんも来ている。伯母さんはそよ風の精霊と契約している。ほわーーんと風を吹かせて香りを届けてくれたり広めてくれたりする。
朝から庭は香りの層を重ねていた。今日にそなえてバラの精霊が調整してくれたのだ。
バラと思えない強い香りはパルメ、蜂蜜の甘さはアール、レモンのさわやかさはレモナード。父さんは最後の見回りを済ませると、僕の襟を「曲がってる」と直した。
「お客様の邪魔にはならず、訊かれたら簡潔に答える。
口を利く順番は、お前が最後だ」それが父の教えだった。
母は花鋏を布で拭き、切り花籠を手渡しながら「笑うときは歯を見せない」と付け加えた。
僕はうなずいた。バラの精霊は「わたしは精霊だからね」と歯を見せて笑ったような気がした。歯はないけどね。
正午、楽の音とともに、侯爵家の人々が庭にやってきた。侯爵閣下の背後で、不死鳥が尾を引いて揺らめき、上のお嬢様の火炎狼。長男様の溶岩大蛇。末のお嬢様の紫炎のハヤブサ。そして奥様の焔コウモリと実に凄い。
客たちは目を奪われ、口々に「壮麗だ」「さすがブリーズ家」と褒めている。
エミリー様の姿は、やはり無かった。客のひとりが
「あの、もうお一人は?」と訊いたとき、執事はにこやかに
「本日は体調が優れず」と答えた。
父は黙っていた。僕も黙っていたが、庭の端の影が濃くなるのを感じていた。
エミリー様の不在はちょっと悲しいけど隅にじっとしているとお客様が話しているのが聞こえる。
「さすが、侯爵家だ」
「庭師が優秀だな」
「見て、綺麗・・・そしていい匂い」
「こんな色のバラ見たことない」
「この大きいこと」
褒められるのはうれしい。っとあのへんなトカゲが歩いている。客の足元を悠々と歩いている。エミリー様はいないけどトカゲが歩いている。
すると客の精霊が挨拶をしはじめた。挨拶をしない精霊もいる。もちろん庭師の僕たちの精霊は挨拶をしている。
客は自分の精霊が挨拶をしているのに気が付かない。たまにあれって顔している人もいるけど、トカゲに気がつかないようで首をかしげるが、自分たちのおしゃべりに戻っていった。
そういえば父さんも母さんも精霊が挨拶しているのに気が付かない。どうして?もしかして僕がおかしいのかな?まぁ玩具みたいなトカゲが相手だしね。
やがて合図があり、僕たちは挨拶をして前に出た。呼ばれれば進み、名札の立つ花壇について説明する。父から始まり、母が引き継ぎ、最後に僕が一言添えるのだ。最初に案内されたのは、北側の蔓バラのアーチ。これは大変だった。一族総出の作業だった。木の精霊の協力で綺麗なかたちになり、叔父が土をほぐし、叔母が新芽をたくさん出した。
父さんが
「香りは朝と夕で違います」と述べ、母さんが「雨に濡れた風情も綺麗です」と続ける。
僕の番になり、喉に唾を飲み込んでから言った。
「花の上、ここに手を差し伸べてください。ふわりと空気が温かくなります。花が自分で呼吸する場所を作っているからで、香りが上に抜ける道です」
婦人客が手袋越しにそっと試し、「まあ」と目を丸くした。僕はほっと胸を撫で下ろした。
客の一人、水色の馬の精霊をつれた人が父さんに話しかけた。
「わたしは小雨の精霊と契約している。もしよければこのアーチの付近に雨を降らせたいのだが、侯爵閣下の許可は貰っている」
小雨の精霊っていいなぁ。そしてこの精霊もトカゲに挨拶したなと思っていると
「今から細やかな雨を降らせます。少し離れて下さい」とその人が言って皆が離れた。
すると雨がざーっと降りだしてすぐにしとしととなって上がった。
「すごい。濡れた色がほんとに綺麗」
「いやぁ、細やかな雨で・・・お恥ずかしい」
「いい色ですね」とか声がした。そしてその人の精霊はすごく嬉しそうだった。
バラを見ていた人たちは、バラを見終わるとご馳走をたくさん載せたテーブルに向っていった。
厨房からタバサがお皿を持って来た。後ろを、かまどの精霊が宙返りしながらついていく。得意そうだけど、迷惑な気もする。誰も注意しないけど。
少なくとも注目は集めているから、タバサはそれでいいのだろう。
バラの精霊が僕に言った。
「さっきの雨がよかった。あの精霊の気持ちも嬉しい。だから今日をその日にする」
バラのあずまやに移動していた父さんが
「この庭は精霊に捧げています」と言うと不死鳥が羽ばたいた。
母が
「年に一度だけ、バラの匂いに色が付きます」と誇らしげに語る。
僕は小さく息を吸い、言った。
「今日が、その日です」すると、そよ風の精霊と契約している伯母さんがうなずいた。
客がざわめき、父がちらりと僕を振り向いた。僕はバラの精霊にささやかれると思わずそう言ってしまったんだ。
自分でもなぜそう言ったのかわからない。けれど確信はあった。
今日は庭師の僕たちだけでなく精霊にとっても晴れの日だと。誰かに見せたいのだと。
穏やかな風が吹いてバラの匂いが濃くなったなと思うと、辺りが金色の霧におおわれた。金色に縁取りされたような人々が笑った。っとそれが桃色に・・・ついでレモン色に・・・最後に薄いミントの色になった。色は消えたけど香りは残った。
ほとんどの精霊たちは木の上でじっとしているトカゲに礼をとった。
「どうして、みんな、トカゲに礼をするの」
「それを知るのは、土が季節を一つ廻った時」
「ひとつ?」
「たぶん、もっとかも」
バラの精霊は数の区別がない。一つも二つも気にしない。だからほんとにいつなのかわからない。明日かも知れないし、ずっと先かも知れない。
僕は庭師の息子だ。大声でものを言う役目でもではない。だけど、土が覚えているように、僕も覚えていようと思う。
バラは、咲くべき時に咲く。礼を受けるべきは誰か。やがて誰の目にもそうわかる。
僕はそれを待っていればいいのだ。その時、一番綺麗なバラを捧げよう。
僕は八回目の誕生日にバラの精霊と契約した。
父さんは庭師の頭だ。木の精霊と契約している。樹木ではなく木だそうだ。
そして僕のこと・・・バラの精霊と契約したことね。を侯爵様に報告するとバラ園をつくると決まったんだ。
父さんと叔父さんは指定された場所を見て二人で計画を立てた。叔父さんは土の精霊。従兄はたい肥の精霊と契約しているから、バラに適した土が出来上がった。
そしてバラの苗木を植えていったんだが、僕の精霊が場所を決めた。
精霊が指定した場所に花の精霊を持っている兄さんが手際よく植えていった。
そして母さんの通り雨の精霊が近くに来た通り雨をこちらに呼んでくれたりした。
それをして貰うと水やりが楽なんだ。
僕たちは家族で協力してバラ園を作っていった。
その作業を、よく見に来る人がいた。ここの二番目のお嬢様だ。割りとお小さい時から庭をうろうろしていたからお顔だけは昔から知っている。名前はエミリー様だ。それにこのお嬢様と僕は誕生日が一緒なのだ。ちょっと嬉しいけど、だからってどうってことないよね。
このこちらがよく知っているエミリー様だけど、なんでも変な精霊と契約したと、姉ちゃんのタバサが言っていた。
姉ちゃんはかまどの精霊と契約したのでお屋敷の厨房で働いている。
侯爵様たちと同じ火に関係する精霊と契約したのを自慢してるんだ。
それで、エミリー様は外套にフードを被って、いつも端の方に立って静かに見ている。
肩には、光沢のあるちっぽけなトカゲが止まっている。。最初はおもちゃかと思ったけれどあれが精霊らしい。
それが不思議なことに、エミリー様が庭に来ると、僕のバラの精霊も、父さんの精霊も、母さんの精霊も挨拶をするんだ。黙って姿勢を正すと頭を下げる。僕のバラの精霊はバラの形だから頭かどうかはわからないけど・・・頭を下げるんだ。
バラ園作りが佳境に入ると、作業員が増えて厨房も忙しくなったみたいでタバサが忙しいと騒いだ。
そんなある日帰ってくるなり言い出した。なんでもエミリー様が冷たい水を作業員に配ったんだそうだ。
「だから言ってやったんだよ。ここは上の方の遊び場じゃないのよ。邪魔よ」って。
僕は手にしていた木箱を落としそうになった。言葉に宿る棘は、バラの棘より恐い。
なんでもエミリー様はしおたれたそうだけど、水は最後まで配ったそうだ。
「お嬢様ってけっこう図太いのね」
そういって笑うタバサの足元で、かまどの精霊がくすくす笑っている。
タバサと精霊はなんだかすごく荒々しくなって来ている。大丈夫か?
そして今日は、バラ園のお披露目の日だ。うちのバラ園はよそにはないバラ園だ。
バラの見た目も見事だけど、香りが違うのだ。
今日は父さんの姉さんも来ている。伯母さんはそよ風の精霊と契約している。ほわーーんと風を吹かせて香りを届けてくれたり広めてくれたりする。
朝から庭は香りの層を重ねていた。今日にそなえてバラの精霊が調整してくれたのだ。
バラと思えない強い香りはパルメ、蜂蜜の甘さはアール、レモンのさわやかさはレモナード。父さんは最後の見回りを済ませると、僕の襟を「曲がってる」と直した。
「お客様の邪魔にはならず、訊かれたら簡潔に答える。
口を利く順番は、お前が最後だ」それが父の教えだった。
母は花鋏を布で拭き、切り花籠を手渡しながら「笑うときは歯を見せない」と付け加えた。
僕はうなずいた。バラの精霊は「わたしは精霊だからね」と歯を見せて笑ったような気がした。歯はないけどね。
正午、楽の音とともに、侯爵家の人々が庭にやってきた。侯爵閣下の背後で、不死鳥が尾を引いて揺らめき、上のお嬢様の火炎狼。長男様の溶岩大蛇。末のお嬢様の紫炎のハヤブサ。そして奥様の焔コウモリと実に凄い。
客たちは目を奪われ、口々に「壮麗だ」「さすがブリーズ家」と褒めている。
エミリー様の姿は、やはり無かった。客のひとりが
「あの、もうお一人は?」と訊いたとき、執事はにこやかに
「本日は体調が優れず」と答えた。
父は黙っていた。僕も黙っていたが、庭の端の影が濃くなるのを感じていた。
エミリー様の不在はちょっと悲しいけど隅にじっとしているとお客様が話しているのが聞こえる。
「さすが、侯爵家だ」
「庭師が優秀だな」
「見て、綺麗・・・そしていい匂い」
「こんな色のバラ見たことない」
「この大きいこと」
褒められるのはうれしい。っとあのへんなトカゲが歩いている。客の足元を悠々と歩いている。エミリー様はいないけどトカゲが歩いている。
すると客の精霊が挨拶をしはじめた。挨拶をしない精霊もいる。もちろん庭師の僕たちの精霊は挨拶をしている。
客は自分の精霊が挨拶をしているのに気が付かない。たまにあれって顔している人もいるけど、トカゲに気がつかないようで首をかしげるが、自分たちのおしゃべりに戻っていった。
そういえば父さんも母さんも精霊が挨拶しているのに気が付かない。どうして?もしかして僕がおかしいのかな?まぁ玩具みたいなトカゲが相手だしね。
やがて合図があり、僕たちは挨拶をして前に出た。呼ばれれば進み、名札の立つ花壇について説明する。父から始まり、母が引き継ぎ、最後に僕が一言添えるのだ。最初に案内されたのは、北側の蔓バラのアーチ。これは大変だった。一族総出の作業だった。木の精霊の協力で綺麗なかたちになり、叔父が土をほぐし、叔母が新芽をたくさん出した。
父さんが
「香りは朝と夕で違います」と述べ、母さんが「雨に濡れた風情も綺麗です」と続ける。
僕の番になり、喉に唾を飲み込んでから言った。
「花の上、ここに手を差し伸べてください。ふわりと空気が温かくなります。花が自分で呼吸する場所を作っているからで、香りが上に抜ける道です」
婦人客が手袋越しにそっと試し、「まあ」と目を丸くした。僕はほっと胸を撫で下ろした。
客の一人、水色の馬の精霊をつれた人が父さんに話しかけた。
「わたしは小雨の精霊と契約している。もしよければこのアーチの付近に雨を降らせたいのだが、侯爵閣下の許可は貰っている」
小雨の精霊っていいなぁ。そしてこの精霊もトカゲに挨拶したなと思っていると
「今から細やかな雨を降らせます。少し離れて下さい」とその人が言って皆が離れた。
すると雨がざーっと降りだしてすぐにしとしととなって上がった。
「すごい。濡れた色がほんとに綺麗」
「いやぁ、細やかな雨で・・・お恥ずかしい」
「いい色ですね」とか声がした。そしてその人の精霊はすごく嬉しそうだった。
バラを見ていた人たちは、バラを見終わるとご馳走をたくさん載せたテーブルに向っていった。
厨房からタバサがお皿を持って来た。後ろを、かまどの精霊が宙返りしながらついていく。得意そうだけど、迷惑な気もする。誰も注意しないけど。
少なくとも注目は集めているから、タバサはそれでいいのだろう。
バラの精霊が僕に言った。
「さっきの雨がよかった。あの精霊の気持ちも嬉しい。だから今日をその日にする」
バラのあずまやに移動していた父さんが
「この庭は精霊に捧げています」と言うと不死鳥が羽ばたいた。
母が
「年に一度だけ、バラの匂いに色が付きます」と誇らしげに語る。
僕は小さく息を吸い、言った。
「今日が、その日です」すると、そよ風の精霊と契約している伯母さんがうなずいた。
客がざわめき、父がちらりと僕を振り向いた。僕はバラの精霊にささやかれると思わずそう言ってしまったんだ。
自分でもなぜそう言ったのかわからない。けれど確信はあった。
今日は庭師の僕たちだけでなく精霊にとっても晴れの日だと。誰かに見せたいのだと。
穏やかな風が吹いてバラの匂いが濃くなったなと思うと、辺りが金色の霧におおわれた。金色に縁取りされたような人々が笑った。っとそれが桃色に・・・ついでレモン色に・・・最後に薄いミントの色になった。色は消えたけど香りは残った。
ほとんどの精霊たちは木の上でじっとしているトカゲに礼をとった。
「どうして、みんな、トカゲに礼をするの」
「それを知るのは、土が季節を一つ廻った時」
「ひとつ?」
「たぶん、もっとかも」
バラの精霊は数の区別がない。一つも二つも気にしない。だからほんとにいつなのかわからない。明日かも知れないし、ずっと先かも知れない。
僕は庭師の息子だ。大声でものを言う役目でもではない。だけど、土が覚えているように、僕も覚えていようと思う。
バラは、咲くべき時に咲く。礼を受けるべきは誰か。やがて誰の目にもそうわかる。
僕はそれを待っていればいいのだ。その時、一番綺麗なバラを捧げよう。
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