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17 火の精霊の凋落 1
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侯爵家の食堂は、いつもながら、華やかで荘厳な場所だった。
エミリーを除く家族は夕食を取っていた。話題はそこにいないエミリー。
講堂で笑った話。ルーシーが生徒を先導してエミリーを馬鹿にしたこと。
「おまえはそれを黙って見ていたのか?」侯爵が姉に向かって鋭く質問した。後ろの不死鳥が、胸をそらせて羽ばたいた。
「いいえ、ルーシー以上にエミリーを非難しました。そして後で、ルーシーにしゃしゃり出すぎだと注意しました」姉が答えに火炎狼のうなりが重なった。
「そうか、それはよかった。子爵家には注意が必要だ。あいつは背伸びしたがる小物だからな。一度、格の違いをもう一度教えておいた方がいいだろう」
「そうですわね。お父様。心得ております」姉は答えた。
その時、突然、家族の背後に控える精霊たちが異様な輝きを放った。
不死鳥が羽ばたくたびに‥‥‥その羽ばたきはいつもと違い苦しさから逃れようとするようだった‥‥‥眩しすぎる炎が視界を白く塗りつぶした。
焔コウモリや溶岩大蛇までもがうねりながら炎を増した。火炎狼は歯をむき出して溶岩大蛇に嚙みついた。
人々は眩しさに目を覆い、食堂はしばし混乱と精霊のうめき声に包まれた。
やがて、光は急激に萎んだ。
人々が目を開けたとき、そこにあったのはみすぼらしい、燃え残りだった。
侯爵の不死鳥は、煤にまみれた羽を震わせ、炎は消えかけた残り火のようにか細い。背を誇らしげに反らすこともできず、炉端の濡れた薪のようにぶるぶると震えていた。
焔コウモリは翼の光沢を失い、黒く煤けた体をよろよろと引きずりながら、夫人の椅子の下へと身を寄せた。
火炎狼は毛並みの艶を完全に失い、焦げ跡がまだらに浮かび上がっていた。剥き出しの歯は、恐ろしさよりも苦悶を帯び、呻き声とともに姉へ向かって低く唸った。
溶岩大蛇は体を揺らすたびに、燃え盛る雫ではなく、黒く固まった石片をぽろぽろと床に落とす。ついには巨体を支えきれず、床に崩れ落ちた。
そして、末娘の紫炎のハヤブサ。かつては鮮烈な紫の羽で人々を魅了した精霊。その羽根は燃え尽きかけて焦げ、火の粉ではなく灰となって舞い落ちた。
「いや……いやよ!」
妹は泣き叫び、よろよろと飛んでくる体を避けた。ハヤブサは絨毯に落ちてなお、羽ばたこうと羽をばたつかせた。
侯爵は愕然とした声を漏らす。
「どういうことだ!」
誰も答えられなかった。
みすぼらしく煤けた精霊たちは、それでもなお主人に助けを求めるようににじり寄ってきた。震える翼を、焦げた体を、必死に主へと差し伸べる。
しかし侯爵家の人々は、一歩退いた。誰ひとり手を伸ばそうとせず、怯えた目で自らの精霊を見捨てた。
不死鳥はうめくように羽を畳み、焔コウモリはよろよろと床に伏し、火炎狼の唸りは次第にかすれた。溶岩大蛇の巨体はただの石塊のように動かなくなり、紫炎のハヤブサの羽ばたきは灰を散らすだけとなった。
やがて侯爵が立ち上がり、扉の方へと歩き出した。夫人も、子らも、それに続く。
精霊たちを残したまま、背を向けて。
豪奢な食堂に残されたのは、煤けた精霊たちと、漂う焦げ臭さと、恐怖と主人への軽蔑。精霊への憐れみをないまぜた目をした使用人だった。
エミリーを除く家族は夕食を取っていた。話題はそこにいないエミリー。
講堂で笑った話。ルーシーが生徒を先導してエミリーを馬鹿にしたこと。
「おまえはそれを黙って見ていたのか?」侯爵が姉に向かって鋭く質問した。後ろの不死鳥が、胸をそらせて羽ばたいた。
「いいえ、ルーシー以上にエミリーを非難しました。そして後で、ルーシーにしゃしゃり出すぎだと注意しました」姉が答えに火炎狼のうなりが重なった。
「そうか、それはよかった。子爵家には注意が必要だ。あいつは背伸びしたがる小物だからな。一度、格の違いをもう一度教えておいた方がいいだろう」
「そうですわね。お父様。心得ております」姉は答えた。
その時、突然、家族の背後に控える精霊たちが異様な輝きを放った。
不死鳥が羽ばたくたびに‥‥‥その羽ばたきはいつもと違い苦しさから逃れようとするようだった‥‥‥眩しすぎる炎が視界を白く塗りつぶした。
焔コウモリや溶岩大蛇までもがうねりながら炎を増した。火炎狼は歯をむき出して溶岩大蛇に嚙みついた。
人々は眩しさに目を覆い、食堂はしばし混乱と精霊のうめき声に包まれた。
やがて、光は急激に萎んだ。
人々が目を開けたとき、そこにあったのはみすぼらしい、燃え残りだった。
侯爵の不死鳥は、煤にまみれた羽を震わせ、炎は消えかけた残り火のようにか細い。背を誇らしげに反らすこともできず、炉端の濡れた薪のようにぶるぶると震えていた。
焔コウモリは翼の光沢を失い、黒く煤けた体をよろよろと引きずりながら、夫人の椅子の下へと身を寄せた。
火炎狼は毛並みの艶を完全に失い、焦げ跡がまだらに浮かび上がっていた。剥き出しの歯は、恐ろしさよりも苦悶を帯び、呻き声とともに姉へ向かって低く唸った。
溶岩大蛇は体を揺らすたびに、燃え盛る雫ではなく、黒く固まった石片をぽろぽろと床に落とす。ついには巨体を支えきれず、床に崩れ落ちた。
そして、末娘の紫炎のハヤブサ。かつては鮮烈な紫の羽で人々を魅了した精霊。その羽根は燃え尽きかけて焦げ、火の粉ではなく灰となって舞い落ちた。
「いや……いやよ!」
妹は泣き叫び、よろよろと飛んでくる体を避けた。ハヤブサは絨毯に落ちてなお、羽ばたこうと羽をばたつかせた。
侯爵は愕然とした声を漏らす。
「どういうことだ!」
誰も答えられなかった。
みすぼらしく煤けた精霊たちは、それでもなお主人に助けを求めるようににじり寄ってきた。震える翼を、焦げた体を、必死に主へと差し伸べる。
しかし侯爵家の人々は、一歩退いた。誰ひとり手を伸ばそうとせず、怯えた目で自らの精霊を見捨てた。
不死鳥はうめくように羽を畳み、焔コウモリはよろよろと床に伏し、火炎狼の唸りは次第にかすれた。溶岩大蛇の巨体はただの石塊のように動かなくなり、紫炎のハヤブサの羽ばたきは灰を散らすだけとなった。
やがて侯爵が立ち上がり、扉の方へと歩き出した。夫人も、子らも、それに続く。
精霊たちを残したまま、背を向けて。
豪奢な食堂に残されたのは、煤けた精霊たちと、漂う焦げ臭さと、恐怖と主人への軽蔑。精霊への憐れみをないまぜた目をした使用人だった。
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