春の避暑地

朝山みどり

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32 三人の子息

 マイケル・アミル、クリフォード・ブラウン、そしてウィリアム・パーム。
 幼少期からの親友である三人は、いずれも由緒ある名家の系譜を継ぐ若者たちだった。
 彼らの一族は時代の荒波を器用に泳ぎ切り、今なお都心の目貫通りや一等地の広大な邸宅を、誇り高く守り続けている。

 冬の気配が色濃くなったある日、彼らは人影のまばらな避暑地で乗馬を楽しもうと計画していた。
「冬の避暑地というのも、静かで悪くないね」
 マイケルが白く煙る吐息の先、遠い山並みを思い浮かべて述べた。
「情緒があるかはさておき、馬を思い切り走らせられるのは確かだ」
「そう、そこがいいんだ。今はただ、何にも邪魔されずに駆け抜けたい気分だよ」
 悩みなど露ほども知らない貴族の青年たちは、無邪気に笑い合っていた。

「最近は、分別のない新時代の風潮とやらは卒業したのかしら。いいことだわ」
 突如として背後から響いた厳格な声に、三人は背筋を伸ばした。そこに立っていたのは、クリフォードの伯母であるブラウン夫人だった。

「やめたわけではありません、おば様。新時代とは常に更新されるものですから」
 ウィリアムが精一杯の機転で返したが、夫人の鋭い眼光は緩まない。

「なるほどね。避暑地に行ったら、ゆっくり馬を歩かせてごらんなさい。少し高い場所から見たら、見えてくるものがあるでしょうから」
「街中で馬を走らせるのは……」
「季節が外れると大丈夫よ。ただし、管理局に申請して、ぼろの処理をしてもらいなさい。貴族が貴族であった頃は、許可なんかいらなかったのよ。けれど、いろんな人間が来るようになったからね。時代をわかっていないのに、口先だけで新時代なんて言葉をありがたがって……」
「はい、はい、おば様。避暑地に行ってきますね」
「はい、は一回」
「はい」
「……はい」
「はい。おば様」
 三人は逃げるようにその場を後にした。

 彼らは冬の避暑地を馬で回った。
 門の紋章を取り外している屋敷が目に入って、足を止める。
「紋章を外すということは、売るということだろうね」
「カールんちが土地を欲しがっていたはずだ。教えてやったら喜ぶだろう」
 友人の顔を思い浮かべながら、三人は馬を歩かせた。

 やがて、以前ミネルバたちが訪れたあのお店が見えてきた。三人は外に馬を繋ぐと、吸い込まれるように店に入った。
 温かいコーヒーと甘い焼き菓子に、冷えた体がほどけていく。

「あの紋章を外していた家、忘れずにカールに教えないと」
「うん、僕もそう思ったよ」
「それより、おば様にお土産を買っていかないか? 叱られてばかりじゃ癪だしね」
「賛成だ。そうしよう」
「それにしても、この季節のここもいいものだね」
「そうだね」
 穏やかな時間が流れる中、マイケルがふと声を落とした。

「はっきり言っちゃうけど、フローラ嬢のことさ」
「ああ」
「僕も言おうと思っていた」
 クリフォードとウィリアムが短く応じる。

「あの夜会で見えただろう」
 マイケルが二人の顔をのぞき込むように言うと、クリフォードがため息混じりに続けた。
「ああ。親が、遠ざかれと言った意味ね」
「二人とそのことを話したいと思っていたんだ。僕たち、新時代なんて言っていい気になっていただろう。だけど、それって実は実体のない、ただの自己満足だったんじゃないかな」
 ウィリアムが言葉を選びながら静かに言った。

「その通りだ。なんと言えばいいかわからなかったけれど、まさに自己満足だよ」
「僕も同じだ。すっきりしたよ、ありがとうウィリアム」
 二人が深くうなずく。

「本当に新時代の先頭を走っているのは、アレクサンダー様じゃないかな」
 クリフォードが口にすると、ウィリアムも弾かれたように顔を上げた。
「やっぱりそう思う? 僕も、ようやくそれに気がついたんだ」
 三人は顔を見合わせ、深くうなずき合った。

「それでね、今、決心したんだ。あのルーク様の国に留学しないか?」
 マイケルの突然の提案に、二人が声を揃える。
「留学?」
「少し前から考えていたんだけど、今、はっきりと形になったんだ。なんて言うか、もっと広い視野を持つべきだと思うんだよ。おば様が言った、高い場所から見るっていうのは、こういうことかもしれない」
 マイケルの言葉に、クリフォードが少し苦笑して言った。
「なるほどね。甘い考えかもしれないけれど、三人一緒なら心強いよ」
「親たちも安心するだろうしね。三人が一緒なら」
 ウィリアムがすまし顔で付け加えると、三人は顔を見合わせ、今日一番の明るい声で笑い合った。

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