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8.君のことばかり考えてしまう

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 出かけるのがよほど楽しみだったのか、鈴音はうきうきと歩いている。いつもは手を繋いでいたけれど、今日はなぜか腕を絡ませてくるから困る。なんだかこれって、デートみたいじゃないか。

「タクミ、デートみたいだな」
「え? ただ買い物に行くだけだろ」

 心の中を読まれたのかと思って焦った。僕にとってデートなんて縁遠いもので、鈴音以外に女の子とふたりきりで出かけたことなんてなかった。いつもより身だしなみに気を配って、大切だと思う女の子と寄り添って歩いているだけで、浮かれてしまう僕の心を見透かされたような気持ちになる。

「ドラマで見た。恋人とふたりで出かけたらそれはデートじゃないのか?」
「恋人って言っても、僕らはそのフリをしているだけだし」
「じゃあ、本物の恋人になったらいい。鈴音はタクミのこと好きだ。大好きだ。タクミは鈴音のこと嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。だけど……」

 鈴音は恋人というものがどんなものだかわかっているのだろうか。続きの言葉を紡げないまま黙り込んだ僕の手を鈴音が両手で包み込む。それから、僕の指に自分の指を絡ませてくる。

「……わかった。フリでいい。でも、恋人はこうやって手を繋ぐらしいんだ。外ではこうしよう」

 鈴音の白くて細い指と重なると、僕の指の汚れが際立つ。洗っても落ちないこの汚れが、疎ましい。油汚れだけでなく、かさついてささくれ立った指先が僕は嫌いだ。

「タクミの手、好きだ」
「僕は嫌いだよ。こんな、汚くてみっともない手」
「そんなことない。優しくて、あったかい。タクミらしい手だ」

 翳りのない瞳でまっすぐに見つめてくる鈴音の言葉に、きっと嘘なんてない。鈴音が好きだと言ってくれるのなら、こんな醜い手でもいつか好きになれるかもしれない。

「鈴音、好きだよ」

 どうしようもなく愛おしくなって、言わないつもりでいた言葉がこぼれ落ちた。その言葉に重なるように、自転車に乗った少年たちの声が僕たちを追い越していく。届かなかったかもしれない。それなら、それでもいい。むしろそのほうがいい。

「タクミ、何か言ったか? よく聞こえなかった」
「別に。ありがとうって言っただけ」
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