【完結】廃棄王子、側妃として売られる。社畜はスローライフに戻りたいが離して貰えません!

鏑木 うりこ

文字の大きさ
78 / 139

78 知らぬは公爵と娘だけ

しおりを挟む
 俺達が冷夏の対応に追われている時、レジム公爵は暗い家の中で絶望のどん底にいた。

「こ、この……由緒正しきレ、レジム家の当主の私が、こ、皇帝から捨てられるなど……」

「だ、旦那様……あの、農地の方は……」

 レジム家の執事は無能ではない。この当主を助けここまでやって来れたのは執事や補佐官がいたからこそであった。執事は周りの貴族達が自らの領地にある農場の小麦を刈り取り代わりに雑穀や芋を植えている事を知っていた。
 そして今年が間違いなく冷夏である事も掴んでいたのに。

「お願いです、旦那様。御領地の方に通達を。すぐに麦を捨て、寒さに強い作物に切り替えるよう指示を出してくださいませ!」

 何度いってもレジム公爵は動かない。それどころか

「小麦は金になるのだぞ!それを止めて我が家はどう乗り切れば良いのだ!!鉱山も、薬草園も押さえられた……一体どうすれば……」

「し、しかし!それは小麦がきちんと収穫出来ればの話です!今年の夏は冷える。冷えれば小麦は実をつけません、実をつけぬ小麦など、雑草と変わらないのですよ!」

 執事の必死の説得も、何もかも失ったレジム公爵に響かない。

「うるさい!陛下から、経費が払い込まれれば、そんな物すぐにでも……」

 経費は払われる事はないと執事は知っている。まだハインツが出入りしていた頃、尋ねてみたことがあったのだ。

「旦那様はこんなに大量の資金を無許可で投入しておりますが、これは経費として認められるでしょうか?」

 その問いにハインツの答えは

「うーん、若輩の私には分からない事も多いのですが、大丈夫ではないのでしょうか?」

 それは失敗したならば、資金は戻って来ないだろうと言う事だ。だから二度目の資金投入は必死で止めた。

「ええい!うるさい!ここで引き下がれる訳がなかろう!」

 引き下がれる、むしろここまでで損切りすれば良かった、そして皇帝に無理です助けて下さいと泣きつけば良かったのだ。あの頃はまだハインツも出入りしていた。
 イエリア公爵嫡男ハインツは皇帝の側妃であるディエスのお気に入りだ。だからハインツの口添えがあれば、それ程酷い沙汰は受けずに済んだはずなのだ。もしかしたらその為にハインツが派遣されていたのかもしれないと執事はおもっていた。

「もう一度金を入れる!」

「お、お止めください!旦那様っ!」

 必死で止めてもレジム公爵は次々と資金を投入し、そして失敗した。レジム家にはもう投入する資金もなく、虎の子だった隠し鉱山も薬草園も没収されている。そして冷夏がやってくるとの予報。どこの家でも小麦を諦め、領民を守る為に栽培物を変えている。当然王城に願い出れば、寒さに強い雑穀や種芋などを手配してくれる政策も取られている。

「お願いです、旦那様。このままではご領地の民は今年の冬を越すことが出来ずに死に絶えてしまいます、お願いです、お願いします!!」

 床に額を擦り付けて、執事は懇願する。その執事の心はまったく公爵に届かなかった。

「ええい!黙れうるさいっ!!金が戻ってこれば何とでもなるッ!!その金が支払われるまでの辛抱だといっておるだろう!!下がれッ!!!」

 怒りのあまり、執務机に置いてあったインク壺を投げつける。ガツッ!と嫌な音がして、壺は執事の背中に当たったが、執事は頭を下げ続けた。

「お願いです、旦那様!どうか、どうか周りを見てください!!皆、小麦は刈り取り別の作物を植えております、今年は小麦は取れないのです、どうか、どうかお願いします!!」」

「ええい!うるさいうるさい!!!」

「旦那様ッ!!」

 執事の悲痛な叫びは届かない。更に輪をかけるように声を遮る者がいる。

「お父様ァ……ハインツ様はいらっしゃらないのお……?せぇっかくこの国一番の令嬢である私がお茶会に招いてやったのにぃ」

「ああ、リリシア。一体どうしたんだろうなあ?この国で一番美しく可憐なお前の誘いを受けぬ男などいるはずがないのになあ?」

 ドスドスと巨体を揺らしながらリリシアが現れ、猫なで声を上げる。

「冷夏なんて嘘よう、あの小賢しい側妃が撒いたデマに決まってるわぁ。だってこんなに暑いんですものぉ」

 リリシアは大汗をかきながら部屋から父親の執務室まで歩いて来た。それは気温のせいではなく、彼女がこの短期間に身につけた己の贅肉のせいなのだが、それを指摘する者は誰もいない。誰もが命は惜しいのだ。

「そうか……あの忌々しい男のせいか!全く陛下もあのような無能者に誑かされるとは!しかし陛下の事だ。きっとすぐに目を覚まされて、本当の忠臣が誰であるか気が付いてくださるはずだ!」

「そうよ、そうに決まってるわぁ……あー早く謹慎を解いてくださらないかしら?これではお買い物にもいけないわ。騙されたと言っても陛下のお言葉ですもの、守らなくちゃあねえ。他家のお茶会にも出られないからウチで開くしかないのに、中々色よいお返事が来ないのよねえ?も、もしかしてあの無能男が裏で手を回しているのかしらッ!?」

 悔しいッ!とリリシアは絹の小さなハンカチをくわえてビリッ!と引きちぎる。上質だったハンカチはゴミクズへと変わってしまった。
 リリシアは謹慎のいみをはき違えている。家から外に出なければ何をしても良いわけではない。しかし、これだけ醜聞の広まったリリシアの誘いを受ける者などいるはずがない。
 しかし、当人は気づかず、代筆メイドに招待状を書かせ続けるのであった。

「買い物へ行けないなら商人を呼んだらよいではないか……そうだ、何か欲しいものがあったら買いなさい」

「わぁ!嬉しいわ、お父様」

 床に蹲る執事は青い顔を更に青くして訴える。

「お、おやめくださいっ!!今レジム家にはお金がないのですぞ!それを買い物など、無茶でございます!」

 執事はリリシアの浪費ぶりを知っている。着ないドレス、身につけない宝飾品。言われるままにいくつもいくつも価格も見ずに買い求めてしまう。そしてそれを売る事も施しに使う事もなく部屋にため込んでいる。リリシアの部屋はさながら宝物を集める魔物の住処のようだ。

「黙れっ!外にも出られぬリリシアが可哀想ではないのかっ!!」

「ホントよね!主人の気持ちが分からないなんて執事を辞めた方が良いのではなくて?今すぐ出てって良いのよ??」

「な、なんと……今まで粉骨砕身してレジム家に仕えた私に……そのような仕打ち……」

 たまらず泣き崩れる執事に、レジム親子のかける言葉は人の物とは思えぬ非道さしかなかった。

「うるさい上に不快とは……もうその顔見たくもない。私の前に現れるな!」

「ホントだわあ、もっとかっこいい執事に替えましょう?お父様」

「……承知しました……失礼致します……」

 静かに執事は立ち上がり、言われた通り執務室から出て行き、そのまま行方不明になった。この事を知ったレジム家使用人一同は自分の身の振り方を早急に決め、次々と姿を消してゆく。

 知らぬは公爵とリリシアだけだった。

しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

処理中です...