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4 ここでは幸せになれない現実
しおりを挟む「お母様が亡くなってすぐにサリーさんを連れてきたお父様……ユリシアと私の歳の差が半年だから、お父様はお母様がご存命の頃からサリーさんと関係をもっていたのだわ……」
なんと不誠実なことか。それに私には厳しく接し、ユリシアには甘かったお父様。私が将来この家を継ぐからその教育の所為なのかと思っていた……でも実際は私と亡くなったお母様を疎ましく思っていただけなのでは……?
元々少なかったお父様への情がすーっと消えて行くのが分かる。
貴族だからと贅沢をし続けるサリーさんとユリシア。この二人はどうしようもない、私の話を一切聞かないんだから、会話も出来ない。
それに婚約者のダニエル様も私と会うのは面倒だといつも不満そうな顔をしていた。近頃は我が家に来てもまっすぐユリシアの元へ向かい、私と顔を合わさずに帰って行く。婚約者らしいことは何一つして貰った記憶もない……プレゼントもユリシアには花やネックレス、指輪も贈っているようだけど私には暖かい言葉もなかった。
家を継ぐのは私だから、存続させなければと思っていたけれど、爵位も妹に継がせるなら、私はこの後どうしたら良いのだろう。大きな虚無感が覆い被さってくる。
「私、何の為に頑張っているの……?」
「パトリシアお嬢様……」
これは自分で目を背けて来た事だ。私が次期当主だから……それが支えだった。それがなくなるなら、私はこの家に尽くす意味はあるのかしら? こんなに必死になって守って……私の手には何も残らない。私はこの家に必要なの?
「私……この家から出ようかしら……」
今まで自ら蓋をして辿り着かせないようにしていた答えがつい口から溢れてしまった。だってこの家に私の居場所は無くなって行く……いや、もう無いに等しい。
「パトリシアお嬢様……それはまことですか?」
「アレックス、だって私は……」
いくら考えても私はこの家にいて幸せになれる気がしないのだ。この家に使い潰されて惨めに地に沈んで行く未来にしか向かえない。
そんなどんどん沈んでいく私とは真逆にアレックスはパッと顔を上げた。
「よくぞ決断して下さいました! 私はお嬢様のその言葉を待っておりました! ステン、お嬢様の気が変わらぬうちに準備を!」
「え……?」
突然、嬉しそうに言い出したアレックスの言葉を私が驚いていると、補佐のステンまでウキウキと返事をする。
「了解ですよ、アレックスさん! さっさと荷物をまとめちゃいます。そしてリオネル様に連絡してきまーす」
「頼みましたよ、ステン。ささ、パトリシアお嬢様もそうと決まれば早速ご準備を」
「え? え? ど、どういうことかしら? アレックス。それにどうしてリオネル様のお名前が出るのかしら??」
もはや姿が見えないステンと、執務室の扉を開けて私の自室へ行くように促すアレックス。そして直接お会いしたのは数年前に一度きりだが、何度もお手紙を頂いて励ましてくださったリオネル様。
リオネル様はとても素敵な方でダニエル様より背が高くてダニエル様より足が長くてダニエル様より格好良くて、ダニエル様より笑顔が素敵な方だ。私の婚約者がダニエル様ではなくてリオネル様だったらどんなに素敵だろうと何度か夢想したことはある……流石にそれはリオネル様に失礼なのですぐさま頭を振ってそんな思いは追い払ったのだけれども。
「それは私とステンはリオネル様からのご要望でパトリシアお嬢様をお支えしていたからです」
「えっ?! そうだったの?」
知らなかった……私は叔母様に頭を下げて家の立て直しを手伝ってくれる執事を紹介して欲しいとお願いした。そして来てくれたのがアレックスだった……それなのにどうしてリオネル様が?
驚いて聞き返すと、アレックスはもっと衝撃の事実を教えてくれた。
「リオネルぼっちゃまは、ミズリー家でパトリシアお嬢様に会ったあの時、一目惚れしてしまったのです。しかしパトリシアお嬢様は婚約者のいる身でございます……しかし諦めきれなかった坊っちゃまは私とステンをお嬢様の元に送り込み、事態を見守っていらっしゃったのです」
「まあ……そうだったの」
アレックスは執事として優秀だし、ステンも良く働いてくれた。この二人がいたから、何とかここまでこの家を存続させてこられたようなものだ。リオネル様には感謝しかない。
「さあ、パトリシアお嬢様。私物をまとめてしまいましょう。そして最後に書類を仕上げてしまいましょう。そして参りますよ、リオネル坊っちゃまのところに」
「えっ?!」
私は淑女にあるまじき大声をあげてしまった……とても恥ずかしいわ。
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