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番外編
89 シシュの葉っぱ2
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「何を企んでおる」
「何も。ただ、鹿様の世話を直々にご指名いただいたので精いっぱい努めさえてもらっているだけです」
休憩時間に、ベンチに座って葉っぱをいじっていると後ろから突然話しかけられる。振り向かなくても分かる。実の兄だ。この男を蹴落として、ランバーグ家を継ぎ、地盤を固めてからジュードを捜すつもりだったが……俺よりこの男の方が世相も読めたし、堅実であり、誠実だった。
「私を蹴落そうとかなり汚い手を使ったお前が?」
信じられないだろうな、逆の立場なら信じられるはずもない。信じてもらえないだろうから、連絡もせず、森から戻ってからずっと鹿様の大きな庭にある小さな家に住まわせてもらっているのに。
緑の葉をつまんでくるくると回す。いつまでたっても緑のツヤツヤの葉は、花でもないのに美しいと感じる。
「ええ、いい出会いがありました。真実を知る機会がありました。良き識者に出会えました……愛を思い出しました」
兄にこうして自分の心を語ることなど生まれてから一度もなかった。生まれた時から兄は敵だった。葬らねば自分が生き残れない邪魔な存在だった。……でも、兄がこうして生きていても、俺も生きている。俺の世界は狭すぎたんだな、今は広い地に足をつけ、根を伸ばしている途中だ。
「変わったな」
「変わりましたとも。いいえ、まだ変わっている途中なのです」
俺は振り返る。今までこの兄の顔をよく見た事がなかったかもしれない。憎しみの色に塗りつぶされて真っ黒になっていて、兄と言うものをよく知らなかった気がする。
ふむ、兄もなかなか男前じゃないか?……いや、俺の方がモテそうだが、兄のもじゃもじゃのもみ上げはジュードが見たら触ってみたいというかもしれない。
しっかり目を見てみると俺と同じ色だ。やっぱり俺達は兄弟なんだな。
「兄上に贈り物があります」
懐から、きれいな白いハンカチに包んだ鹿様の葉っぱを一枚差し出す。
「葉……?」
「ええ、私の給料の一部です。お受け取りくださいますか?」
少し怪訝な顔をした。今まで憎しみ合っていた弟が、贈り物だと言ってどこにでも落ちている葉っぱを寄越してきたんだ。頭がおかしくなったかと思われただろう。
「受け取ろう」
「ありがとうございます」
兄は人格者だ。しかも素晴らしい類の。これでは俺が勝てる訳がなかったな。自分の見る目のなさに口元が緩んでしまう。過去を反省して先に活かすとしよう。
「所で、この葉っぱが給料とはいかがなものか……」
兄よ、こんな出来損ないの弟の給料の心配などせずともよいのですよ。この男は人格者の上になんと甘いのだろうか!阿呆か?俺の血筋は阿呆ばかりか!?
「鹿様が下さった葉っぱですよ。きっと何か素晴らしい効果がある……か、どうかは分かりませんが、美しい葉ですし」
「……美しいか。大事にさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
和解とまではいかないが、敵意がないことだけは伝えられたと思う。いや、ここまで行けば和解したようなものかな?去ってゆく兄の背中を見送った。
「シシェや。ちぃと背中を掻いて欲しい」
「鹿様、別にお気になさらなくても。鹿様は鹿様なのですから、もっと好きな時に俺を呼び出せばいいし、兄に気を使わなくていいし。兄弟の確執など鹿様にはどこ吹く風でいいのですよ」
兄が行くまで待っていてくれたようだ。顔に似合わず、優しくて繊細な方だ。
「まだ顔の事を言うかね?」
「鹿様を遠くから見た事しかない者は全員言ってますよ」
気持ち悪い、あれが神獣?ってね。でも近寄ると鹿様の神聖な気配に圧倒されてしまっている。
「ヴェールをかぶったり、化粧でもしてみるかのう」
「女性ではないので化粧はしたことがありませんが、お手伝いします」
べったりと口紅を塗ったら更にヒソヒソされてしまいそうだ。
「……やめておこうかの」
「そのほうがよろしいかと」
鹿様と俺はこんなふうに冗談を言い合えるようになっていた。俺は鹿様を裏切らない、鹿様は俺を裏切らない。そうだよな?ジュード。
「何も。ただ、鹿様の世話を直々にご指名いただいたので精いっぱい努めさえてもらっているだけです」
休憩時間に、ベンチに座って葉っぱをいじっていると後ろから突然話しかけられる。振り向かなくても分かる。実の兄だ。この男を蹴落として、ランバーグ家を継ぎ、地盤を固めてからジュードを捜すつもりだったが……俺よりこの男の方が世相も読めたし、堅実であり、誠実だった。
「私を蹴落そうとかなり汚い手を使ったお前が?」
信じられないだろうな、逆の立場なら信じられるはずもない。信じてもらえないだろうから、連絡もせず、森から戻ってからずっと鹿様の大きな庭にある小さな家に住まわせてもらっているのに。
緑の葉をつまんでくるくると回す。いつまでたっても緑のツヤツヤの葉は、花でもないのに美しいと感じる。
「ええ、いい出会いがありました。真実を知る機会がありました。良き識者に出会えました……愛を思い出しました」
兄にこうして自分の心を語ることなど生まれてから一度もなかった。生まれた時から兄は敵だった。葬らねば自分が生き残れない邪魔な存在だった。……でも、兄がこうして生きていても、俺も生きている。俺の世界は狭すぎたんだな、今は広い地に足をつけ、根を伸ばしている途中だ。
「変わったな」
「変わりましたとも。いいえ、まだ変わっている途中なのです」
俺は振り返る。今までこの兄の顔をよく見た事がなかったかもしれない。憎しみの色に塗りつぶされて真っ黒になっていて、兄と言うものをよく知らなかった気がする。
ふむ、兄もなかなか男前じゃないか?……いや、俺の方がモテそうだが、兄のもじゃもじゃのもみ上げはジュードが見たら触ってみたいというかもしれない。
しっかり目を見てみると俺と同じ色だ。やっぱり俺達は兄弟なんだな。
「兄上に贈り物があります」
懐から、きれいな白いハンカチに包んだ鹿様の葉っぱを一枚差し出す。
「葉……?」
「ええ、私の給料の一部です。お受け取りくださいますか?」
少し怪訝な顔をした。今まで憎しみ合っていた弟が、贈り物だと言ってどこにでも落ちている葉っぱを寄越してきたんだ。頭がおかしくなったかと思われただろう。
「受け取ろう」
「ありがとうございます」
兄は人格者だ。しかも素晴らしい類の。これでは俺が勝てる訳がなかったな。自分の見る目のなさに口元が緩んでしまう。過去を反省して先に活かすとしよう。
「所で、この葉っぱが給料とはいかがなものか……」
兄よ、こんな出来損ないの弟の給料の心配などせずともよいのですよ。この男は人格者の上になんと甘いのだろうか!阿呆か?俺の血筋は阿呆ばかりか!?
「鹿様が下さった葉っぱですよ。きっと何か素晴らしい効果がある……か、どうかは分かりませんが、美しい葉ですし」
「……美しいか。大事にさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
和解とまではいかないが、敵意がないことだけは伝えられたと思う。いや、ここまで行けば和解したようなものかな?去ってゆく兄の背中を見送った。
「シシェや。ちぃと背中を掻いて欲しい」
「鹿様、別にお気になさらなくても。鹿様は鹿様なのですから、もっと好きな時に俺を呼び出せばいいし、兄に気を使わなくていいし。兄弟の確執など鹿様にはどこ吹く風でいいのですよ」
兄が行くまで待っていてくれたようだ。顔に似合わず、優しくて繊細な方だ。
「まだ顔の事を言うかね?」
「鹿様を遠くから見た事しかない者は全員言ってますよ」
気持ち悪い、あれが神獣?ってね。でも近寄ると鹿様の神聖な気配に圧倒されてしまっている。
「ヴェールをかぶったり、化粧でもしてみるかのう」
「女性ではないので化粧はしたことがありませんが、お手伝いします」
べったりと口紅を塗ったら更にヒソヒソされてしまいそうだ。
「……やめておこうかの」
「そのほうがよろしいかと」
鹿様と俺はこんなふうに冗談を言い合えるようになっていた。俺は鹿様を裏切らない、鹿様は俺を裏切らない。そうだよな?ジュード。
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