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猫になった

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「あ…あ…、あ……」

「悠里さんっ悠里さん!」

「あ……っ」


「嘆かわしい」

 突然、4人……または4匹しかいない空間に声が聞こえた。

「嘆かわしい。猫で魔術師と言う稀有な存在を娼婦のように扱いおって」

「誰だ!」

「私だよ、ストレングス
愚者と踊れダンス・ウィズ・フール

「しまった…!愚者フール

 その場が闇に閉ざされ、何も見えない。

「猫殿……猫殿」

「あ、ああ……

「猫殿……ずっとなぶられておいでだったか。気づいてやれんですまなかったな。猫殿、元に戻りなされ」

 その言葉を聞いて、悠里は自分の体を小さく丸めた。人型は音もなく縮まり、一匹の黒猫になる。

「ワシの名前はクェンティン。可哀想に目の焦点が合っておらぬではないか。あの馬鹿どもはしばらく闇の中で踊らせておこう」

 ひょいっと悠里を抱え、クェンティンは飛んだ。王宮の1番高い屋根の上だ。

「猫殿……風は分かるかな?猫殿は転生者となるそうだ。全く別の所からこちらの世界へやって来るのだと言う。私はこの世界で生まれ、途中で転身したから、遠くの世界のことは分からん。説明してやれなくて、すまんの」

 さわさわと風がひげを撫でて行く。

「あやつら、猫殿に気に入られたいからと言って、更に他の者に取られたくないからと言って、部屋に閉じ込めて知識も与えず酷いことをした。この世界の先達としてわびねばならん、すまなかった」

「……にゃあ」

「そうか、ありがとう」

 クェンティンはその場に腰を下ろし、膝の上に黒猫悠里を乗せる。

「ここは神が治める世界。神は猫を神獣とし、22匹の猫科を遣わした。それが我々だ。完全なる猫のケモノの姿になれる事、体に数字をいただく事。それが神獣の条件。私は愚者フール数字は0。」

 左腕の下腕に0の文字がある。

「種族はジャガー。高い所が好きなのだ。」

 空は青く、地球と変わらない風。しかし見下ろす街並みは中世のようだ。

「私は例外だが、数字が小さいほど、神からの愛が大きい。先代の魔術師は1度も負け無しで大陸を統一する勢いであったが、途中で飽きたと言い出してな」

 その辺は皆、覚えのある感覚よのう。クェンティンはははは、と笑った。猫科故にのうと、のんびり答えた。

「本来、魔術師は人の物になる器ではない。人を、仲間の神獣でも顎で使える力の持ち主だ。しかもお主は猫だ、猫が1番強い。あの馬鹿どもは猫殿が何も知らぬ転生者なのを良い事に好き放題しおって。嘆かわしい!」

「……そう、なんだ」

「猫殿は魔法はどうだ?使ったふしがない故、知らないのか?」

 膝の上で悠里はふるふると首を振った。

「知らない。俺のいた世界には魔法はなくて、空想の物だった」

「ほう」

 クェンティンは黒猫の背中を撫でる。優しい手つきで心地よい。

「空想でもあるのなら、話は早い。想像しなされ、猫殿。それが魔法になる」

「想像……何でも良いのか?空からケーキが降って来るとか」

 ぼとり、クェンティンの頭の上にホールケーキが乗っていた。

「……美味いな、猫殿」

「……ご、ごめん……」

 ケーキは2人ですっかり食べた。地球のケーキの味にクェンティンはご機嫌だった。

「猫殿。自分の好きに生きなされ。それが神から我々が受けた命令だ。心のまま、好き勝手にこの世界を生きるのだ。だから猫が選ばれた。何をしても良い、そう言われた。猫殿は聞いておられんようだが、それもまた神の采配だったのかもしれんな」

「なにをしても?もし、このままこの国を壊して逃げても良いの?」

「構わん。そうしたければするがいい。実際そうしても良いくらいの辱めを受けられた。アウグストも睦月にも文句など言わせぬわ。隣国など両手を上げて喜ぶだろうよ。グランベルが滅びたと!」

 悠里は下を見る。遥か下だが、人々が見上げている。見た事のあるおじさんが心配そうに悠里をみていた。

「この国が滅びたらあのおじさんは悲しむかな?」

「んー宰相か。悲しむだろうな。猫殿の体の元持ち主の父親だしな」

「体……あのおじさんの息子だったの?全然記憶がない」

 クェンティンはそうだな、と言う。

「転身。つまり元々人だったものが猫に変わる。それは大変名誉なことで、喜ばしいものだ。この世界の者が転身すれば記憶を持ったまま猫になる事がある。私はそれだった。
 しかし、違う世界から転身となると、ほとんど記憶は残らないし、顔形も変わってしまう。ほぼ他人に造り変わるんだ。この世界に生きている人間なら、仕方がない事と割り切っている。王弟とてそうだろう。今は睦月だが、転身する前はマルシウスという人物でアウグストとは大変仲が悪かったが……今では仲良く1人を抱いておったしの」

「あうう……」

 黒猫は両手で顔を隠して丸くなる。猫と人の中間くらいの動作だ。

「それもまた、アウグストと睦月が好き勝手にした事。猫科故のわがまま。ワシも大抵は傍観しておるのだが、今回は行き過ぎだ。猫殿もアレらが気に入ったのなら、ずっと閨にこもっておっても構わんのだよ?ただ断る力も権利もあるのに、知らずにおもちゃにされておるのは、見るに耐えん」

 青い空に白い月が2つ浮かんでいる。

「猫殿が思えば、あの月を割ることも、引き寄せる事も出来よう。魔術師で猫とはそういう存在。そしてそれは誰にも咎められん」

「……あのう……発情期って……止められるんですか?」

「それは無理じゃな。猫の本能に関わることは自分で何とかするしかない……はぁ、なるほどな。体が安定する前に無理やり犯されて、変調したのか?なるほど、なるほど。こればっかりはあ奴らだけを責めることも出来んか」

 黒猫は両前足で顔を隠しながら、ぽそぽそと呟く。

「あんなにされて、別に嫌じゃないとか、変じゃないですか……しかも3人ですよ、しかも男。おかしいです……絶対……!」

「好きにしたら良いんじゃよ?神獣には特定の性別はない。子も産もうと思えば産めるし、産ませようと思えば産ませる事も出来る。何十人と寝ようが好きにして良い。発情期なら、ヤリ続けてもおかしくないわ」

「ええーーー!」

 驚きな声を上げる黒猫に、目を見開いた。魔法にではなく、そっちの方に驚くのかと。

「ははっ、猫殿は意外だな。望めば子も産めるぞ?但し子は猫獣人で我等のような強い力は持てんし、長い寿命もない。子と言えど、我らより先に老いて死んでゆく」

「お、俺が産むの……?」

「そう、望めばアウグストの子でも睦月の子でもレイリーの子でも。望まねば産まれん。逆に望めば睦月の腹を膨らませてやる事も出来るぞ?どうだ?あの暴れん坊を可愛い妊婦さんにしてやっては?」

「睦月君が……妊婦さん?想像出来ません」

「では無理かのう!」

 かかか!とクェンティンは高笑いをする。

「良いか、猫殿。好きに生きるのだ。それが神の意志、我らの存在理由。分かったかね?」

「はい。えーと、クェンティンさん」

「良き良き。して、猫殿名前を聞いても良いかの?」 

「悠里、香山悠里と言います」

ユーリ、ユウリ、ゆうり、と何度か呟いていたが

「悠里殿、ワシは気ままな愚者フールじゃ。いつまた来るとも限らんが、次に来た時は悠里殿が楽しく生きていると信じておるよ」

 クェンティンは悠里を抱き上げ、トンと屋根を蹴った。高い屋根から一直線に地上に落下して行く。
 しかし、悠里も恐怖は感じなかった。
地上が見えると、くるくるくるっと回転し、音もなく着地した。

「うわっ?!」

「おっと宰相殿、失礼」 

 クェンティンは悠里を倒れた宰相の膝の上に置いた。

「宰相殿、猫殿は転生者と分かっていながら、あやつらを止められなかったのは、そちの怠慢ではないか?悠里殿がのんびりしておるから、この国はまだ形を保っておるが、いつ消し飛んでも文句は言えぬぞ?普通に考えろ、何日部屋に閉じ込めておる?」

「も、申し訳、ございません!」 

「ワシではなかろう?」 

「ユウリ殿……すまなかった……何度も足を運んだのだが、どうしても扉を叩けなかったのだ……」

 黒猫悠里はくるりと金の目で宰相を見上げて、にゃーんと鳴いた。

べしょ、べしょ、べしょ!べしょ!

 辺りにいた人間の頭の上にホールケーキが落ちて来て、皆ケーキ塗れになる。

「くふふ、魔法って面白いですね!」

「は、ははは!流石は魔術師殿だ!我々には想像もつかない魔法を使われてますな!」

 悠里の出した生クリームの苺ケーキは形は崩れ変形しているが、味は大好評だった。

 



 
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