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29 小話・旅の神官
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「あ、あの方がこの神殿で封じていると言う邪神なのですか……?」
「ええ、可愛い子でしょう?しかも優しいし。不幸にもあんな力を持たされて地上に降ろされてしまった方なのです。ですから、主神様も色々として下さいますよ」
信じられないが、そう言う事らしい。
「ルーチェ様を嫌わないでやって下さい」
「はい……」
とても複雑な気持ちだ。そのルーチェ様とやらは確かに邪神であるらしい。しかし、神殿のために尽くし……あの黒いモノを積極的に神官達に倒させて、修練を積ませているのだと言う。
「やはり何かあったら時の為に、強い方が良いでしょう、と言うルーチェ様のご配慮です。本来なら普通の人間が倒せるモノでは無いらしいですね」
私達は足で踏み潰していますが、と食堂の女将は言う。彼女もあの黒いモノを踏み潰して聖女になったらしい。
「自分の中の邪悪な力を減らそうと頑張っているのです。神聖な力をパンに練り込んでみて!と言われたのは驚きましたよ」
聞けば聞くほどルーチェ様は「良い子」だった。
「頑張っていらっしゃるんだな……」
私も思わず敬語を使ってしまう。彼の努力は相当なものだ。
「ん?」
食堂の扉に付いている窓から覗いている金色の目と視線があった。驚いてパッと隠れてしまう。ああ、夕食の時間だった。もう一度窓を見るとまた金色の目が見ている。それは思えば不快ではなく、私を驚かせないように中を窺っているだけだと分かった。
にこっと笑いかければ、驚いたように大きな丸い目が更に丸くなったから面白い。よく見れば、金色の目は夜空に浮かぶ月のように明るく、優しいではないか。
そっと扉を開いて僧服に身を包んだ少年……ルーチェ様が厨房に走り込んで行った。
「ごめんね、お腹すいちゃった」
「良いんですよ、何か見繕いましょうか?今日はチッチ鳥のシチューにポテトフライ、青トメトンのサラダとクルミパンですよ」
「俺、シチュー好き~!いっぱい頂戴!」
「はいはい、お肉は抜きですか?」
「うん!やっぱりお肉は食べると嫌な気を集めちゃう。お野菜ならへっちゃらなんだけどなあ。血が通ってるとなんかあるのかも」
そうか……ルーチェ様は肉も食べられないのか。食物も気を使うとはあんなに小さい子が出来る事ではないだろうに。私は良くない事だと思いつつも、二人の会話に耳をそばだててしまった。
「トムが昼間に踏み踏みしてたらしいですが、どうでした?」
「うん、そろそろ大神官くらいの力はついたと思うよ。きっと今晩くらいに神様から「頑張ってね」ってお返事貰えると思う」
「あら、良かったですね~。トムはほんと踏むのが下手くそで……」
「あはは。でももうちょっと頑張って貰わないとなあ……何かあった時困るから」
「何も!何も起こりませんよ!」
食堂の女将は声を上げ、ルーチェ様は苦笑したようだ。
「俺だって、暴走とかしたくないよ。でも何が起こるか分からないからね。備えは必要でしょ。もし、俺が抑えつけられなくなったら、速やかに……」
「馬鹿な事言わないでくださいまし!」
「……ごめんなさい」
二人の会話はそこで途切れ、ご馳走様でした、とルーチェ様はまた走って行ってしまった。その後ろ姿を寂し気に見送って、女将はため息を付く。
「……私達はあの方に謝らせてばかりなんです……自分が情けないわ」
「私もですね。私がいたからあの方はここでゆっくりお食事が出来なかったのですよね、すいません」
お優しい方ですから、旅の方には寛いでもらいたいのでしょう。優しく微笑みながら小さな背中が消えていった扉を見ている。
「私、すっかりあの方が好きになってしまいました。最初に酷い態度を取ったのを謝りたいです」
「明日にでも話しかけてみたらいかがですか?朝の掃除と礼拝に参加されますよ、ふふ。いい子でしょ?」
「ええ、とってもいい子ですね」
その日はぐっすり眠り、次の日の朝早くの掃除と礼拝の後に声をかけてみると、また金色の目を真ん丸にしていた。
「あの!旅の話を聞かせてください。俺、ここからほとんど出られなくて、この世界ってどうなってるんですか!」
聞けば、本体がこの神殿の地下に厳重に封印されていて、分身がこうして現れているらしい。そして分身といえどもこの封印結界から出ると、影響を与えるからと自ら外に出ないようにしているという。なんという事だろうか!
「私の知っている事ならいくらでも」
ルーチェ様は目をキラキラさせて話を聞いてくれた。隣の国、貧しい農村、海辺の街。どんな話も面白そうに瞳を輝かせる。
「わあ……俺も見てみ……ううん、なんでもない」
見てみたいだろう、自分で触れてみたいだろうに、言葉を飲み込んだ。なんというお人だろうか。
「では私が色々見てまいります。そしてまたここに戻ってきて、見知った話をお伝えしましょう」
「本当!嬉しい!」
私はルーチェ様ととても仲良くなり、あの「踏み踏み」も体験させてもらい、また旅に出た。今度の旅はルーチェ様のリクエストで海辺の街で海産物をたくさん食べてくることだった。ついでにお土産に何か欲しいと言っていらしたので、日持ちする物を捜そうと思う。
『……モンド神官……モンド神官……ルーチェに色々教えてやってくださいね。貴方の旅に加護があるよう』
あの中央神殿を出て次の街の宿で休んだ時に私にもご神託と言うものが下った。なるほど、主神様はかなり気安く我々に話しかけてくださるものなのだな、と肌で感じることが出来た。
「主神様ありがとうございます。たくさんの体験をルーチェ様にお伝えできるよう旅して参ります」
長々とした祈りは必要ない、そう言い切ったセラフィス大神官……あの方はもう司教、いや大司教と言っても過言ではない大きな力の持ち主だった。そして彼の言う通り、神への祈りは日々の生活の中で行っていけるものだと気が付いた。
「邪神……ちっとも邪ではないではないですか……早くルーチェ様が自由に旅などできるようになれば良いのですが」
そんな日が来ることは遠い遠い未来でしかないのだが、私は知らなかった。
「ええ、可愛い子でしょう?しかも優しいし。不幸にもあんな力を持たされて地上に降ろされてしまった方なのです。ですから、主神様も色々として下さいますよ」
信じられないが、そう言う事らしい。
「ルーチェ様を嫌わないでやって下さい」
「はい……」
とても複雑な気持ちだ。そのルーチェ様とやらは確かに邪神であるらしい。しかし、神殿のために尽くし……あの黒いモノを積極的に神官達に倒させて、修練を積ませているのだと言う。
「やはり何かあったら時の為に、強い方が良いでしょう、と言うルーチェ様のご配慮です。本来なら普通の人間が倒せるモノでは無いらしいですね」
私達は足で踏み潰していますが、と食堂の女将は言う。彼女もあの黒いモノを踏み潰して聖女になったらしい。
「自分の中の邪悪な力を減らそうと頑張っているのです。神聖な力をパンに練り込んでみて!と言われたのは驚きましたよ」
聞けば聞くほどルーチェ様は「良い子」だった。
「頑張っていらっしゃるんだな……」
私も思わず敬語を使ってしまう。彼の努力は相当なものだ。
「ん?」
食堂の扉に付いている窓から覗いている金色の目と視線があった。驚いてパッと隠れてしまう。ああ、夕食の時間だった。もう一度窓を見るとまた金色の目が見ている。それは思えば不快ではなく、私を驚かせないように中を窺っているだけだと分かった。
にこっと笑いかければ、驚いたように大きな丸い目が更に丸くなったから面白い。よく見れば、金色の目は夜空に浮かぶ月のように明るく、優しいではないか。
そっと扉を開いて僧服に身を包んだ少年……ルーチェ様が厨房に走り込んで行った。
「ごめんね、お腹すいちゃった」
「良いんですよ、何か見繕いましょうか?今日はチッチ鳥のシチューにポテトフライ、青トメトンのサラダとクルミパンですよ」
「俺、シチュー好き~!いっぱい頂戴!」
「はいはい、お肉は抜きですか?」
「うん!やっぱりお肉は食べると嫌な気を集めちゃう。お野菜ならへっちゃらなんだけどなあ。血が通ってるとなんかあるのかも」
そうか……ルーチェ様は肉も食べられないのか。食物も気を使うとはあんなに小さい子が出来る事ではないだろうに。私は良くない事だと思いつつも、二人の会話に耳をそばだててしまった。
「トムが昼間に踏み踏みしてたらしいですが、どうでした?」
「うん、そろそろ大神官くらいの力はついたと思うよ。きっと今晩くらいに神様から「頑張ってね」ってお返事貰えると思う」
「あら、良かったですね~。トムはほんと踏むのが下手くそで……」
「あはは。でももうちょっと頑張って貰わないとなあ……何かあった時困るから」
「何も!何も起こりませんよ!」
食堂の女将は声を上げ、ルーチェ様は苦笑したようだ。
「俺だって、暴走とかしたくないよ。でも何が起こるか分からないからね。備えは必要でしょ。もし、俺が抑えつけられなくなったら、速やかに……」
「馬鹿な事言わないでくださいまし!」
「……ごめんなさい」
二人の会話はそこで途切れ、ご馳走様でした、とルーチェ様はまた走って行ってしまった。その後ろ姿を寂し気に見送って、女将はため息を付く。
「……私達はあの方に謝らせてばかりなんです……自分が情けないわ」
「私もですね。私がいたからあの方はここでゆっくりお食事が出来なかったのですよね、すいません」
お優しい方ですから、旅の方には寛いでもらいたいのでしょう。優しく微笑みながら小さな背中が消えていった扉を見ている。
「私、すっかりあの方が好きになってしまいました。最初に酷い態度を取ったのを謝りたいです」
「明日にでも話しかけてみたらいかがですか?朝の掃除と礼拝に参加されますよ、ふふ。いい子でしょ?」
「ええ、とってもいい子ですね」
その日はぐっすり眠り、次の日の朝早くの掃除と礼拝の後に声をかけてみると、また金色の目を真ん丸にしていた。
「あの!旅の話を聞かせてください。俺、ここからほとんど出られなくて、この世界ってどうなってるんですか!」
聞けば、本体がこの神殿の地下に厳重に封印されていて、分身がこうして現れているらしい。そして分身といえどもこの封印結界から出ると、影響を与えるからと自ら外に出ないようにしているという。なんという事だろうか!
「私の知っている事ならいくらでも」
ルーチェ様は目をキラキラさせて話を聞いてくれた。隣の国、貧しい農村、海辺の街。どんな話も面白そうに瞳を輝かせる。
「わあ……俺も見てみ……ううん、なんでもない」
見てみたいだろう、自分で触れてみたいだろうに、言葉を飲み込んだ。なんというお人だろうか。
「では私が色々見てまいります。そしてまたここに戻ってきて、見知った話をお伝えしましょう」
「本当!嬉しい!」
私はルーチェ様ととても仲良くなり、あの「踏み踏み」も体験させてもらい、また旅に出た。今度の旅はルーチェ様のリクエストで海辺の街で海産物をたくさん食べてくることだった。ついでにお土産に何か欲しいと言っていらしたので、日持ちする物を捜そうと思う。
『……モンド神官……モンド神官……ルーチェに色々教えてやってくださいね。貴方の旅に加護があるよう』
あの中央神殿を出て次の街の宿で休んだ時に私にもご神託と言うものが下った。なるほど、主神様はかなり気安く我々に話しかけてくださるものなのだな、と肌で感じることが出来た。
「主神様ありがとうございます。たくさんの体験をルーチェ様にお伝えできるよう旅して参ります」
長々とした祈りは必要ない、そう言い切ったセラフィス大神官……あの方はもう司教、いや大司教と言っても過言ではない大きな力の持ち主だった。そして彼の言う通り、神への祈りは日々の生活の中で行っていけるものだと気が付いた。
「邪神……ちっとも邪ではないではないですか……早くルーチェ様が自由に旅などできるようになれば良いのですが」
そんな日が来ることは遠い遠い未来でしかないのだが、私は知らなかった。
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