青眼の烏と帰り待つ羊

鉄永

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2部

第一話

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 どうしてこうなってしまったのだろうか。
 体育座りをして自分のつま先をいじりながら、ちひろはぼんやりと考える。
 ちひろは上手に生きる方法を知らなかった。
 お金の稼ぎ方、生活のおくり方、人との話し方。
 今の自分の日々が小さい頃に思い描いていたような生活ではないことは確かだったが、どこで間違えたのかは分からなかった。
 ここ数ヶ月は、値引きシールの付いた菓子パンを齧り、お客さんからおごってもらえるご飯やお菓子で文字通り食いつないでいる状態である。
 お客さんと一緒に過ごすホテルなら水道代をかけずにお風呂だって自由に入れるし、洗顔料を使うのも自由なので助かっている。
 同じ仕事で働いている子は、奨学金の返済、夢のための資金、家族への仕送り、色んな理由でお金を稼いでいた。
 たいへんだ、とちひろは目を伏せる。
 世の中には思っていたよりも貧乏な人も不幸な人もたくさんいる。なんとなく捨てずに取ってある社会科の教科書を開けば、飢饉で死ぬ子どもがいて、テレビを見れば貧乏だった時の生活を面白おかしく紹介する有名人がいる。
 丸一日働いてストレスで死ぬ若者もいれば、丸一日屋内で過ごしてストレスで死ぬ老人もいる。
 たいへんだ、たいへんだ。
 相手が喜ぶ顔を見れて、なんとなく気持ちが良くて、もしかしたら自分は向いていたのかもしれない、なんて思いながらお金をもらう日々を過ごす自分は、幸せなほうかもしれない。
 本屋で立ち読みした占いの本には、幸せになるには、毎日幸せ探しをして、感謝して過ごすのがいいと書いていた。
 試しにベッドの上で正座をして手を組んでみる。
 かみさま、ありがとうございます。ベッドがふわふわで嬉しいです。昨日食べたグミがおいしかったです。贅沢して買っちゃった果汁グミ。
 そうだ、食べ終わってから袋を捨ててくるのわすれてた。そういえば玄関の鍵はかけたっけ。寝坊して急いで出てきたからな。
 昨日はバスに乗り間違えて沢山歩いて帰るの大変だったから、きっと疲れてたんだ。しかも集合場所間違えてお客さんも来なかった。グミを買ったから小銭が無くて、運転手さんにごめんなさいってして。ちゃんと下ろしてもらえてよかった。
 今は何時だろう。お客さん、なかなか来ないけどまた間違えたのかな。
 かみさま、かみさま、間違えてませんように、怒られませんように。
 幸せだから、ありがとうも沢山言うから。
 だからどうか、どうか、幸せでいさせて。
 こんこん、と客室の玄関から音がした。
 はっと頭を上げて慌ててベッドから降りる。
「はい、はい、はーい」
 はだしで向かおうとしたことに気が付いてスリッパをはき、少し躓きながらちひろは扉へ向かう。
 鍵を開けようと指をかけ、ロックを外そうとしたその時、ちひろが力を入れる前に、カチャリと音を立ててロックが開いた。
 あれ、とちひろは首をかしげる。
 ここの鍵は先にホテルへ入った自分が持っている。
 もしかしてここの従業員だろうか。それともお客さんが従業員に言ってもう一つ鍵をもらったのだろうか。
 残念ながらこの扉はドアスコープが付いていないため、誰がいるのか確かめようがない。
 扉がゆっくりと動く。しかし、細く開けたまま、扉の向こうの人物は入ってこない。
「こんにちわ…」
 ちひろは少し不安になりながらも、試しに声をかけてみる。
「お客さん、ですか?」
「…ではないです」
 返ってきた声は若い男のものだった。
「従業員さん?」
「でもないです」
「…不審者さん?」
 扉の向こうの男は少し笑うように吐息をこぼした。
「危害は加えないって約束するから、開けて良い?」
「え?えと、ど、どうぞ?」
 ちひろは鍵にかけていた指を引っ込め、両手を体の前で握る。
 ゆっくりと扉が押され、静かに一人の人間が部屋に入ってきた。
 全身真っ黒の格好に、晒された肌は顔の部分のみ。背が高く、威圧感がある。
 今まで会ったことの無い雰囲気に気圧されながら、ちひろは「はじめまして」と小さく声を出す。
 男は自分を見て、目線を合わせるように少し背を屈め「行こうか」と言った。
 ちひろは瞬きをする。どこに行くのだろうか。散歩はまた違うサービスだし料金も違う。何かの手違いだろうか。それとも、また自分は予約や集合場所を間違えたのだろうか。
 ちひろは男の目を見ながら、「散歩ですか?」と聞いた。
「うーん、脱走?」
 男は少し考えるように首をかしげてから、そう答えた。
 だっそう、とちひろは男の言葉を繰り返す。予想外の返答にちひろは困り、眉を下げる。
「あと、実は初めましてではないかな」
 男は少し顔を下げ、自分の目元に手をやり、改めてちひろと目線を合わせた。
 男の目が、片方だけ青色に変わった。両方黒いと思っていた目は、片方コンタクトレンズを付けていたらしい。
 日本人にはめずらしく、その忘れようもない色に、脳が揺さぶられるように記憶がよみがえる。
 白い肌、塗れたように黒い髪と、青い目。ゆるく微笑んだ顔。
「い、く?」
 いくは笑みを深めて、黒い手袋をはめた手をちひろに差し出した。
「遅くなってごめん、ちひろ」
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