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第二章
8 耽溺③
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学園に通い始めた頃、慣れない生活と多すぎる課題に追われていた。フィオナとゆっくり話したいのになかなか落ち着いた時間がとれなくて、心がささくれ立っていた。
セシルが必死に課題に取り組んでいるのに、本ばかり読んでいるのがフィオナにとっては後ろめたいらしかった。水差しに水を淹れてくると言って部屋から出て、しばらく戻ってこなかった。
最初の内は、他の用事があったのだろうと思っていた。しかしそれにしては戻ってくるのが遅いと気が付いたとき、胸の内を不安がよぎった。部屋の扉を開けると、青い顔をしたフィオナが廊下の壁に寄り掛かるようにして立っていた。
「どうしたの、入りなよ」
セシルが声をかけると、堰を切ったように彼女が泣き出した。ぼろぼろと頬を伝う涙、止まらない嗚咽。彼女が何か酷いことをされたと理解するには十分すぎた。
「フィオナ、大丈夫だよ。ね」
いつも通り優しく抱きしめようとすると、彼女の肩がひどく震えた。抱擁の際に嫌がられることはあれども、怯えられることは初めてだった。
彼女が泣いているときは、真っ先に母が何かしたのではないかと疑う。しかし頬が赤く腫れているわけでもない。母が原因であればセシルに怯えるのはおかしい。どうやら今回は、他の誰かが原因のようだった。
「俺がフィオナを守るよ。だから安心して」
足が震えている彼女をどうにか部屋にいれ、内側から鍵をかけた。それから彼女をベッドに座らせ、落ち着くのを待った。
「何があったの」
彼女を泣かせた者に対する怒りで、声が震えそうだった。しかしそれを表に出してしまえばさらに彼女を怯えさせてしまいそうで、純粋に心配している声を繕った。
フィオナが途切れ途切れに話したのは、カールに身体を触られたということだった。水差しを手にキッチンに向かったところ、その途中で腕を掴まれ、誰もいない部屋に引きずり込まれたという。
「どこ触られたの」
「お腹と、足」
腹は服越しに撫でられただけだったようだが、足はスカートの中に手を入れられて、太腿まで触られたという。太腿は強く抓られたというから、寝間着の薄い生地をまくり上げると、白い腿に赤い痕がいくつもつけられているのが見えた。キスマークの代わりなのだと、すぐに察しがついた。
「み、みないで」
「ごめん。カッとなった」
侍女が廊下を通りかかったときにどうにか逃げられたようだったが、彼女が怖い思いをしているときに助けてやれなかったことが悔やまれた。そしてそれと同じくらい、フィオナを玩具にしようとしたカールを恨めしく思った。
フィオナは俺のものなのに。
彼女の肌に紅い花を咲かせるのは、自分だけのはずだったのに。愛するものを傷つけられた怒りと同時に湧き上がってきた、鮮烈なまでの嫉妬。この感情は、あの男をこの家から追い出して、命を奪うまでは収まらないのだろう。
「怖かったね。もう安心していいからね」
しばらく一人になっちゃだめだよ。部屋から出るときは俺と一緒だよ。そう言い聞かせると、彼女はこくこくと頷いた。いつか自分も同じように触れたいと願っているのに、それを押し込めて彼女に言い聞かせる「安心」はきっと脆い。だけど今はその脆さを見せるわけにはいかなかった。
カールを追い出すための策略を練るのには、随分時間がかかった。あの男は父に気に入られている。父に解雇を命じさせるほどの何かを見つけ出すか、それだけのことをさせなければならない。どうせ殺すのだからさっさと手にかけてしまいたい、という気持ちはあったが、フィオナの前に「使用人が殺害される」などという血なまぐさい出来事は持ち込みたくなかった。殺すなら、この家と完全に縁が切れてからの方が良い。
再びフィオナが欲の込められた目で見られる前に、本当に穢されてしまう前にあれを排除せねば。策略を練る間に恨みも殺意も研ぎ澄まされていって、いざ実行に移す頃には、ほんの少し残っていた罪悪感はどこかに消えていた。
安直な考えではあったが、家の金をカールに使わせるのが父の怒りを買わせる最も確実な方法であった。父が女遊びのために隠していた金や宝石、装飾品などを、父からの褒美と嘘をついて渡した。最初は彼も本当に父からの褒美かどうかを疑っていたようだったが、父の字によく似せたサインを渡せばあっさり信じた。彼が私利私欲のために生きる人間でよかったと思った。
父が女遊びのための金たちがなくなっていると気が付くのは早かった。カールが部屋を漁っていたと告げれば、父はカールの言い分を聞くこともなく解雇を命じた。
「あれはこの家のことを知りすぎている」
重々しい口調で父がセシルに命じたのは、彼の殺害だった。二つ返事で承諾したセシルに向かって父は「俺に似たな」と呟いた。
セシルに人の殺し方を教えたのは父だった。この家はすでに恨みを買いすぎている上に、今後も他人を蹴落とすことでのし上っていく。身を守るためにも、上にのしあがるためにも、人を殺めるだけの技術を得て、それだけの心構えをしておけ。彼はそう言って、幼少の頃からセシルに殺しのための魔法や武器、毒の扱いを教えてくれた。まだ誰かを手に掛けたことはないが、自分がカールの息の根を止める瞬間は鮮やかなまでに頭に浮かんだ。
「今までお勤めご苦労様」
誰もいない夜道。彼に声を掛けると、彼が憎たらしいと言わんばかりの表情を浮かべた。
「坊ちゃんにまんまとやられましたよ。私を最初から嵌める気だったとは」
「あんなに簡単に信じるとは思わなかったから驚いたよ。俺がお前のこと嫌いなの、伝わっていただろ」
「それはもう。坊ちゃんは子どもの頃から、私が嫌いでしたね」
何が決定打だったのかと、彼は笑いながら訪ねてきた。答えは分かっているはずなのにわざわざセシルに言わせようとするのが苛立たしい。
「俺のフィオナに触ったから」
「坊ちゃんは覚えていないでしょうけれど、あんた子どものとき」
「覚えてるよ」
フィオナが物置に閉じ込められた日のことは、忘れたことがない。その日に彼が放った悪意も、忘れたことはない。
カールはこちらが表情を変えないことに不満を覚えたらしく、肩をすくめてきた。
「まさか勤め先のガキが執着しているのが血の繋がった姉とはね」
「執着、か。まあ、そうなるか」
「そんな気持ち悪いものに殺されたくはないな」
「逃げられると思うなよ」
この街は生活排水を流すための設備が整っている。大半は地上に顔を覗かせているから、魔法を使うために必要な水には困らなかった。
指先を動かすと、濁った色の水が宙に浮かぶ。今からこれでこの男を手に掛けるのだと思うと、不思議な高揚で胸が満たされた。
カールが使う魔法は、セシルの使う魔法に非常に相性が悪い。父が側に安心して置いた理由がよく分かる。
彼が拳銃を抜く。彼がそれを構える前に水を顔にかけてやる。一瞬だけでも視界が奪えれば、それで十分だ。
再び集めた水を水蒸気に変え、彼の肺まで送り込む。行きついた先で水の塊に変えてしまえば、彼は息ができなくなる。
衣服を必要以上に濡らすこともなく、血を流すこともなく、溺死させる。死なせた後に肺から水を抜いておけば、気が付かれるリスクも減る。偽装工作をしておけば、アイオライト家に辿り着かれることもない。確実でリスクの低い方法がこのやり方だった。
地面に倒れ伏して動かなくなったものを見て、セシルの胸に湧き上がるのは達成感に似た優越感と、フィオナを害するものが一人いなくなったことに対する喜びであった。
自分が幼い頃に抱いた「守りたい」という気持ちは、もっと優しいものだった気がする。こんな風に激しく暴力的なものではなかったはずだ。だけどこうして手を汚さなければ、思い描く幸せは掴めないのだ。
仕方ない。仕方ないのだ。そもそも自分がこの家の跡継ぎである時点で、綺麗なままではいられない。きっかけがこの男を消し去りたいという私欲だっただけだ。そう思えば諦めもついてしまって、死体を処理している頃には「これからフィオナが安心して暮らせるようになる」ということを考えていられた。
自分は殺人鬼が向いていると思った。
元使用人を殺して以降、父から汚れ仕事を任されることが増えた。学業をこなしながら「仕事」をしていくのは楽ではなかったが、フィオナと共に過ごす未来を思い浮かべて耐えた。
「最近帰りが遅いのね」
優しい言い方とは言い難かったが、彼女なりに心配はしてくれているらしかった。フィオナには学園の補講やクラブ活動だと嘘をついているから、楽しく学園生活を送っていることに対する嫉みも混ざっているのだとは想像がついたが、それでも良かった。
彼女から情を引き出せたとき、この手を汚して正解だったと思える。時折思い出す罪悪感を塗りつぶすことができる。この先も血塗られた道を歩くことができる。
彼女が向けてくれる情がなければ生きていけない。本当の意味で片割れがいないとだめなのはこちらだ。身体が死ぬだけでなく心まで死んでしまう。だから早く、彼女の心を取り戻したい。
あのお茶会でメアリが引き裂いた心を、セシルが繋ぎとめて癒す必要がある。そのためにはまず、メアリとはクラスメイト以上の関係ではないこと、フィオナのことを教えたのはセシルではないと証明しなければならない。
フィオナを傷つけた分、あの女を痛めつけてやりたい。二度とフィオナに近づかないと泣きわめいて懇願するほどの苦痛を与えてやりたい。しかしそれは、フィオナとの関係を進ませてからだ。
ただメアリに二度とフィオナに近づかないと誓わせるだけなら、恐らく難しくはない。だけど「もう付きまとわない」とセシルに言った途端に向かう矛先を変えた女だ。ただそんな誓いをさせるだけでは、フィオナと二人きりで過ごす平穏は得られないだろう。
あの女が何者かまだ分かっていない。事を起すなら魔力がまだ残っている間が良いのだが、彼女を本当にフィオナと自分から引き離すためには情報が足りない。
情報通の誰かに頼るか、と考えたところでレイの顔が思い浮かんだ。宿泊会での口ぶりを思い出す限り、彼は何か知っている。
いくら友人といえども王族に借りは作りたくないのだが、今回はやむを得ない。どんな報酬を要求されるかは分からないが、彼を頼ることにしよう。
魔法の練り込まれた用紙に用件を書き、鳥の形に折ってから飛ばす。セシルからの手紙だと分かれば、彼は明日学園に来てくれるだろう。
恐らく、明日以降メアリはまたセシルに付きまとってくる。魔力を与えてあげるからと言ってすり寄ってくるはずだ。そのどこかに、あの女を陥れる機会はある。
泣いて乞われたとしても、絶対に許すものか。
脳裏に浮かび上がったのは、地上で溺死したカールの姿だった。あれと同じくらい、いや、あれ以上に苦しめてやろう。そう思えば乾いた笑いがこみ上げてくるようで、同じ部屋にいるフィオナを起こすことのないように堪えた。
セシルが必死に課題に取り組んでいるのに、本ばかり読んでいるのがフィオナにとっては後ろめたいらしかった。水差しに水を淹れてくると言って部屋から出て、しばらく戻ってこなかった。
最初の内は、他の用事があったのだろうと思っていた。しかしそれにしては戻ってくるのが遅いと気が付いたとき、胸の内を不安がよぎった。部屋の扉を開けると、青い顔をしたフィオナが廊下の壁に寄り掛かるようにして立っていた。
「どうしたの、入りなよ」
セシルが声をかけると、堰を切ったように彼女が泣き出した。ぼろぼろと頬を伝う涙、止まらない嗚咽。彼女が何か酷いことをされたと理解するには十分すぎた。
「フィオナ、大丈夫だよ。ね」
いつも通り優しく抱きしめようとすると、彼女の肩がひどく震えた。抱擁の際に嫌がられることはあれども、怯えられることは初めてだった。
彼女が泣いているときは、真っ先に母が何かしたのではないかと疑う。しかし頬が赤く腫れているわけでもない。母が原因であればセシルに怯えるのはおかしい。どうやら今回は、他の誰かが原因のようだった。
「俺がフィオナを守るよ。だから安心して」
足が震えている彼女をどうにか部屋にいれ、内側から鍵をかけた。それから彼女をベッドに座らせ、落ち着くのを待った。
「何があったの」
彼女を泣かせた者に対する怒りで、声が震えそうだった。しかしそれを表に出してしまえばさらに彼女を怯えさせてしまいそうで、純粋に心配している声を繕った。
フィオナが途切れ途切れに話したのは、カールに身体を触られたということだった。水差しを手にキッチンに向かったところ、その途中で腕を掴まれ、誰もいない部屋に引きずり込まれたという。
「どこ触られたの」
「お腹と、足」
腹は服越しに撫でられただけだったようだが、足はスカートの中に手を入れられて、太腿まで触られたという。太腿は強く抓られたというから、寝間着の薄い生地をまくり上げると、白い腿に赤い痕がいくつもつけられているのが見えた。キスマークの代わりなのだと、すぐに察しがついた。
「み、みないで」
「ごめん。カッとなった」
侍女が廊下を通りかかったときにどうにか逃げられたようだったが、彼女が怖い思いをしているときに助けてやれなかったことが悔やまれた。そしてそれと同じくらい、フィオナを玩具にしようとしたカールを恨めしく思った。
フィオナは俺のものなのに。
彼女の肌に紅い花を咲かせるのは、自分だけのはずだったのに。愛するものを傷つけられた怒りと同時に湧き上がってきた、鮮烈なまでの嫉妬。この感情は、あの男をこの家から追い出して、命を奪うまでは収まらないのだろう。
「怖かったね。もう安心していいからね」
しばらく一人になっちゃだめだよ。部屋から出るときは俺と一緒だよ。そう言い聞かせると、彼女はこくこくと頷いた。いつか自分も同じように触れたいと願っているのに、それを押し込めて彼女に言い聞かせる「安心」はきっと脆い。だけど今はその脆さを見せるわけにはいかなかった。
カールを追い出すための策略を練るのには、随分時間がかかった。あの男は父に気に入られている。父に解雇を命じさせるほどの何かを見つけ出すか、それだけのことをさせなければならない。どうせ殺すのだからさっさと手にかけてしまいたい、という気持ちはあったが、フィオナの前に「使用人が殺害される」などという血なまぐさい出来事は持ち込みたくなかった。殺すなら、この家と完全に縁が切れてからの方が良い。
再びフィオナが欲の込められた目で見られる前に、本当に穢されてしまう前にあれを排除せねば。策略を練る間に恨みも殺意も研ぎ澄まされていって、いざ実行に移す頃には、ほんの少し残っていた罪悪感はどこかに消えていた。
安直な考えではあったが、家の金をカールに使わせるのが父の怒りを買わせる最も確実な方法であった。父が女遊びのために隠していた金や宝石、装飾品などを、父からの褒美と嘘をついて渡した。最初は彼も本当に父からの褒美かどうかを疑っていたようだったが、父の字によく似せたサインを渡せばあっさり信じた。彼が私利私欲のために生きる人間でよかったと思った。
父が女遊びのための金たちがなくなっていると気が付くのは早かった。カールが部屋を漁っていたと告げれば、父はカールの言い分を聞くこともなく解雇を命じた。
「あれはこの家のことを知りすぎている」
重々しい口調で父がセシルに命じたのは、彼の殺害だった。二つ返事で承諾したセシルに向かって父は「俺に似たな」と呟いた。
セシルに人の殺し方を教えたのは父だった。この家はすでに恨みを買いすぎている上に、今後も他人を蹴落とすことでのし上っていく。身を守るためにも、上にのしあがるためにも、人を殺めるだけの技術を得て、それだけの心構えをしておけ。彼はそう言って、幼少の頃からセシルに殺しのための魔法や武器、毒の扱いを教えてくれた。まだ誰かを手に掛けたことはないが、自分がカールの息の根を止める瞬間は鮮やかなまでに頭に浮かんだ。
「今までお勤めご苦労様」
誰もいない夜道。彼に声を掛けると、彼が憎たらしいと言わんばかりの表情を浮かべた。
「坊ちゃんにまんまとやられましたよ。私を最初から嵌める気だったとは」
「あんなに簡単に信じるとは思わなかったから驚いたよ。俺がお前のこと嫌いなの、伝わっていただろ」
「それはもう。坊ちゃんは子どもの頃から、私が嫌いでしたね」
何が決定打だったのかと、彼は笑いながら訪ねてきた。答えは分かっているはずなのにわざわざセシルに言わせようとするのが苛立たしい。
「俺のフィオナに触ったから」
「坊ちゃんは覚えていないでしょうけれど、あんた子どものとき」
「覚えてるよ」
フィオナが物置に閉じ込められた日のことは、忘れたことがない。その日に彼が放った悪意も、忘れたことはない。
カールはこちらが表情を変えないことに不満を覚えたらしく、肩をすくめてきた。
「まさか勤め先のガキが執着しているのが血の繋がった姉とはね」
「執着、か。まあ、そうなるか」
「そんな気持ち悪いものに殺されたくはないな」
「逃げられると思うなよ」
この街は生活排水を流すための設備が整っている。大半は地上に顔を覗かせているから、魔法を使うために必要な水には困らなかった。
指先を動かすと、濁った色の水が宙に浮かぶ。今からこれでこの男を手に掛けるのだと思うと、不思議な高揚で胸が満たされた。
カールが使う魔法は、セシルの使う魔法に非常に相性が悪い。父が側に安心して置いた理由がよく分かる。
彼が拳銃を抜く。彼がそれを構える前に水を顔にかけてやる。一瞬だけでも視界が奪えれば、それで十分だ。
再び集めた水を水蒸気に変え、彼の肺まで送り込む。行きついた先で水の塊に変えてしまえば、彼は息ができなくなる。
衣服を必要以上に濡らすこともなく、血を流すこともなく、溺死させる。死なせた後に肺から水を抜いておけば、気が付かれるリスクも減る。偽装工作をしておけば、アイオライト家に辿り着かれることもない。確実でリスクの低い方法がこのやり方だった。
地面に倒れ伏して動かなくなったものを見て、セシルの胸に湧き上がるのは達成感に似た優越感と、フィオナを害するものが一人いなくなったことに対する喜びであった。
自分が幼い頃に抱いた「守りたい」という気持ちは、もっと優しいものだった気がする。こんな風に激しく暴力的なものではなかったはずだ。だけどこうして手を汚さなければ、思い描く幸せは掴めないのだ。
仕方ない。仕方ないのだ。そもそも自分がこの家の跡継ぎである時点で、綺麗なままではいられない。きっかけがこの男を消し去りたいという私欲だっただけだ。そう思えば諦めもついてしまって、死体を処理している頃には「これからフィオナが安心して暮らせるようになる」ということを考えていられた。
自分は殺人鬼が向いていると思った。
元使用人を殺して以降、父から汚れ仕事を任されることが増えた。学業をこなしながら「仕事」をしていくのは楽ではなかったが、フィオナと共に過ごす未来を思い浮かべて耐えた。
「最近帰りが遅いのね」
優しい言い方とは言い難かったが、彼女なりに心配はしてくれているらしかった。フィオナには学園の補講やクラブ活動だと嘘をついているから、楽しく学園生活を送っていることに対する嫉みも混ざっているのだとは想像がついたが、それでも良かった。
彼女から情を引き出せたとき、この手を汚して正解だったと思える。時折思い出す罪悪感を塗りつぶすことができる。この先も血塗られた道を歩くことができる。
彼女が向けてくれる情がなければ生きていけない。本当の意味で片割れがいないとだめなのはこちらだ。身体が死ぬだけでなく心まで死んでしまう。だから早く、彼女の心を取り戻したい。
あのお茶会でメアリが引き裂いた心を、セシルが繋ぎとめて癒す必要がある。そのためにはまず、メアリとはクラスメイト以上の関係ではないこと、フィオナのことを教えたのはセシルではないと証明しなければならない。
フィオナを傷つけた分、あの女を痛めつけてやりたい。二度とフィオナに近づかないと泣きわめいて懇願するほどの苦痛を与えてやりたい。しかしそれは、フィオナとの関係を進ませてからだ。
ただメアリに二度とフィオナに近づかないと誓わせるだけなら、恐らく難しくはない。だけど「もう付きまとわない」とセシルに言った途端に向かう矛先を変えた女だ。ただそんな誓いをさせるだけでは、フィオナと二人きりで過ごす平穏は得られないだろう。
あの女が何者かまだ分かっていない。事を起すなら魔力がまだ残っている間が良いのだが、彼女を本当にフィオナと自分から引き離すためには情報が足りない。
情報通の誰かに頼るか、と考えたところでレイの顔が思い浮かんだ。宿泊会での口ぶりを思い出す限り、彼は何か知っている。
いくら友人といえども王族に借りは作りたくないのだが、今回はやむを得ない。どんな報酬を要求されるかは分からないが、彼を頼ることにしよう。
魔法の練り込まれた用紙に用件を書き、鳥の形に折ってから飛ばす。セシルからの手紙だと分かれば、彼は明日学園に来てくれるだろう。
恐らく、明日以降メアリはまたセシルに付きまとってくる。魔力を与えてあげるからと言ってすり寄ってくるはずだ。そのどこかに、あの女を陥れる機会はある。
泣いて乞われたとしても、絶対に許すものか。
脳裏に浮かび上がったのは、地上で溺死したカールの姿だった。あれと同じくらい、いや、あれ以上に苦しめてやろう。そう思えば乾いた笑いがこみ上げてくるようで、同じ部屋にいるフィオナを起こすことのないように堪えた。
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