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第三章
4 籠絡
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息を切らし、酸素を求めて喘ぐ声が部屋に響く。窓の無い、金属の柵に囲われた部屋にそれは無情に転がり、誰にもすくわれることもなく消えていく。
街はずれの森の奥にある屋敷。その地下室。盗賊ですら忍び込めない場所には、いくつもの魔法陣が敷かれている。その中心に座らされた女は、何故と言わんばかりの表情で青年を見上げた。
「あんた、聖女の割に能力低いよね。名ばかりってやつか」
青年は足を組み、手元のリストに一つチェックを入れる。魔法で予知できる未来は最長三か月。詳細の予知は不可。
私怨を晴らすついでに聖女の能力を測っているのだが、何をやらせても魔力を使いすぎた時に出る症状である過呼吸をすぐに起こす。治癒や予知の魔術はどうにも術者への負担が大きいらしい。ただ、歴代の聖女や聖人を思い出すと、もっと能力に優れた人間が多かったように思う。聖女たちが聖女である所以は魔力の譲渡が誰にでもできることに起因しているのではあるが、目の前にいる聖女はいくらか期待外れであった。
「私だって、なりたくて聖女になったわけではありませんわ」
途切れ途切れに彼女は零し、もうやめてほしいと青年に縋り付こうとするも、無骨な足枷がそれを阻む。がちゃがちゃと鳴る金属の音は青年にとっては不快ではあったが、この女を苦しめるものの一つだと思うと心地が良かった。
「予知の能力が高ければ商売に使ってやろうと思ったんだけどな」
賭け事をする人間や商売をする人間たちにとっては、その先の命運とは喉から手が出るほど欲しいものだという。明日の出来事だけでなく、年単位での世の中の動向が知ることができれば失敗しないどころか、巨額の富を手に入れることも叶う。予知の魔法を持つ人間は希少であるため、予知された運命もまた高値の価値がつけられるのだ。青年としても、暴力を振るうことで得られる感情よりも、彼女を利用して得られる富に想いを馳せる方が良い。そう思って彼女に予知の魔法を使わせ続けているのだが、彼女の消耗が早すぎて思うような結果が得られないのであった。
「いっそ身体売らせた方が良いかな」
「嫌、嫌ですわ、それだけは」
それだけは。青年の発言が最悪の事態であるように彼女は言う。しかし本当の「最悪」はこの後に待っている王族の一人による聖女の研究であって、今行われているこれは青年の復讐に過ぎないのであった。
息を吸っては吐きと繰り返す聖女を、青年はため息をつきながら見下ろす。彼女の怒り狂ったような、失望に染まったような、そんな澱んだ視線を受けてもなお、青年の表情は冷ややかなままだった。
「だから言っただろ、俺に関わるなって。俺がそんな優しい人間に見えたの?」
「だって、あなたは私には優しいはずですわ。セシル様はゲームの」
「は? 何の話?」
どうやらこの聖女は気が狂っているらしい。元々驚くほど自分勝手だったり、セシルに好かれると思い込んでいたりはしたが、この部屋に監禁してからいよいよおかしくなった。まずゲームやらシナリオやら、わけの分からない単語に口にし、「こんな展開のはずがない」と言い出した。それからセシルが彼女を使い潰してやるために魔法を使えと命令し続けていると、「自分がヒロインなのに」と泣き喚くようになった。
何を以って彼女がヒロインなのか、セシルにはさっぱり分からない。しかしはっきり言えるのは、セシルの人生においてヒロインはこの聖女ではないということだ。主人公はセシルで、ヒロインはフィオナだ。メアリはそのどこにもいない。
「決闘だってあんまりですわ。あなた、私が負けたとしてもフィオナに関わらないだけで済むと言ったではありませんか。私をどれだけ利用すれば気が済むのですか」
「契約書を読まなかったのはあんただろ。フィオナを傷つけた分は苦しめよ。暴力振るってないだけマシだろ」
愕然とした表情を浮かべたメアリは、しばし呆然とした後、ただ赦しを乞い、言い訳をしはじめた。
「私はあの女の立場が欲しかっただけですの」
「あの女って言うなって言っただろ」
こちらに伸ばされた手を軽く蹴り上げる。手で触れることすら汚らわしい。身体を蹴飛ばしたわけでもないのに、彼女は大げさに床に転がった。わざとらしい動作は苛立ちを覚えるものであったが、再び鎖の音が鳴ったのは気分が良かった。
レイに今日はメアリに何をしたのかと、ついでにおおよそに測ったメアリの能力を伝え、帰路につく。
メアリを散々利用し痛めつけた後でも、帰宅するときには優しくて献身的な人間を繕う。自分の本性はメアリに見せているものなのだと自覚はしているが、フィオナにそれを知られれば怯えられてしまう。折角愛の言葉に耳を傾けてくれるようになったのだ。手にいれつつある「本物の愛情」を遠ざけることはしたくなかった。
「セシル、遅かったわね」
扉を開けると、薬草の本を読んでいた彼女が顔を上げた。その表情が嬉しそうであることにほっとして、セシルもまた表情を崩す。立ち上がってこちらに歩いてくる彼女を抱きしめて、その柔らかな金髪にそっと口づけた。
「遅くなってごめんね」
「ううん、平気。それより、今日疲れてる?」
「フィオナの顔見たら元気出た」
「それなら良いけれど」
邪魔な人間が一人減っただけで、こんなにも安心できるとは。あの女は随分厄介なことをしてくれたが、フィオナを手に入れるのが随分と容易くなった。それだけは感謝してやっても良い。
「今日は母さんに何かされなかった?」
「機嫌は悪かったけど、会わないようにしたら大丈夫だった」
それに、とフィオナは腕の中で口ごもった。何かと思い顔が見える程度に距離を取ると、彼女は白い肌をじわりと染める。
「お母様のことは、いいの」
だってセシルがいてくれるんだもの。フィオナは恥ずかしそうに視線を逸らす。自分と同じ色の瞳をこちらに向けたくて彼女の頬に手を添えると、彼女はその顔をいっそう赤くさせた。
「明日薬草の様子、一緒に見に行ってほしいの」
「うん、勿論。お茶もしようか」
触れても嫌がることもなく、抵抗もしない。セシルが望むまま、ここにいる。そんなところも可愛らしくて、唇を奪いたいという欲が湧き上がってくる。今ならば受け入れてくれるだろうかと考えて、彼女の顎に指を添わせた。
ああ、やっとだ。やっと、手に入れた。
*本編完結*
番外編に続きます。
街はずれの森の奥にある屋敷。その地下室。盗賊ですら忍び込めない場所には、いくつもの魔法陣が敷かれている。その中心に座らされた女は、何故と言わんばかりの表情で青年を見上げた。
「あんた、聖女の割に能力低いよね。名ばかりってやつか」
青年は足を組み、手元のリストに一つチェックを入れる。魔法で予知できる未来は最長三か月。詳細の予知は不可。
私怨を晴らすついでに聖女の能力を測っているのだが、何をやらせても魔力を使いすぎた時に出る症状である過呼吸をすぐに起こす。治癒や予知の魔術はどうにも術者への負担が大きいらしい。ただ、歴代の聖女や聖人を思い出すと、もっと能力に優れた人間が多かったように思う。聖女たちが聖女である所以は魔力の譲渡が誰にでもできることに起因しているのではあるが、目の前にいる聖女はいくらか期待外れであった。
「私だって、なりたくて聖女になったわけではありませんわ」
途切れ途切れに彼女は零し、もうやめてほしいと青年に縋り付こうとするも、無骨な足枷がそれを阻む。がちゃがちゃと鳴る金属の音は青年にとっては不快ではあったが、この女を苦しめるものの一つだと思うと心地が良かった。
「予知の能力が高ければ商売に使ってやろうと思ったんだけどな」
賭け事をする人間や商売をする人間たちにとっては、その先の命運とは喉から手が出るほど欲しいものだという。明日の出来事だけでなく、年単位での世の中の動向が知ることができれば失敗しないどころか、巨額の富を手に入れることも叶う。予知の魔法を持つ人間は希少であるため、予知された運命もまた高値の価値がつけられるのだ。青年としても、暴力を振るうことで得られる感情よりも、彼女を利用して得られる富に想いを馳せる方が良い。そう思って彼女に予知の魔法を使わせ続けているのだが、彼女の消耗が早すぎて思うような結果が得られないのであった。
「いっそ身体売らせた方が良いかな」
「嫌、嫌ですわ、それだけは」
それだけは。青年の発言が最悪の事態であるように彼女は言う。しかし本当の「最悪」はこの後に待っている王族の一人による聖女の研究であって、今行われているこれは青年の復讐に過ぎないのであった。
息を吸っては吐きと繰り返す聖女を、青年はため息をつきながら見下ろす。彼女の怒り狂ったような、失望に染まったような、そんな澱んだ視線を受けてもなお、青年の表情は冷ややかなままだった。
「だから言っただろ、俺に関わるなって。俺がそんな優しい人間に見えたの?」
「だって、あなたは私には優しいはずですわ。セシル様はゲームの」
「は? 何の話?」
どうやらこの聖女は気が狂っているらしい。元々驚くほど自分勝手だったり、セシルに好かれると思い込んでいたりはしたが、この部屋に監禁してからいよいよおかしくなった。まずゲームやらシナリオやら、わけの分からない単語に口にし、「こんな展開のはずがない」と言い出した。それからセシルが彼女を使い潰してやるために魔法を使えと命令し続けていると、「自分がヒロインなのに」と泣き喚くようになった。
何を以って彼女がヒロインなのか、セシルにはさっぱり分からない。しかしはっきり言えるのは、セシルの人生においてヒロインはこの聖女ではないということだ。主人公はセシルで、ヒロインはフィオナだ。メアリはそのどこにもいない。
「決闘だってあんまりですわ。あなた、私が負けたとしてもフィオナに関わらないだけで済むと言ったではありませんか。私をどれだけ利用すれば気が済むのですか」
「契約書を読まなかったのはあんただろ。フィオナを傷つけた分は苦しめよ。暴力振るってないだけマシだろ」
愕然とした表情を浮かべたメアリは、しばし呆然とした後、ただ赦しを乞い、言い訳をしはじめた。
「私はあの女の立場が欲しかっただけですの」
「あの女って言うなって言っただろ」
こちらに伸ばされた手を軽く蹴り上げる。手で触れることすら汚らわしい。身体を蹴飛ばしたわけでもないのに、彼女は大げさに床に転がった。わざとらしい動作は苛立ちを覚えるものであったが、再び鎖の音が鳴ったのは気分が良かった。
レイに今日はメアリに何をしたのかと、ついでにおおよそに測ったメアリの能力を伝え、帰路につく。
メアリを散々利用し痛めつけた後でも、帰宅するときには優しくて献身的な人間を繕う。自分の本性はメアリに見せているものなのだと自覚はしているが、フィオナにそれを知られれば怯えられてしまう。折角愛の言葉に耳を傾けてくれるようになったのだ。手にいれつつある「本物の愛情」を遠ざけることはしたくなかった。
「セシル、遅かったわね」
扉を開けると、薬草の本を読んでいた彼女が顔を上げた。その表情が嬉しそうであることにほっとして、セシルもまた表情を崩す。立ち上がってこちらに歩いてくる彼女を抱きしめて、その柔らかな金髪にそっと口づけた。
「遅くなってごめんね」
「ううん、平気。それより、今日疲れてる?」
「フィオナの顔見たら元気出た」
「それなら良いけれど」
邪魔な人間が一人減っただけで、こんなにも安心できるとは。あの女は随分厄介なことをしてくれたが、フィオナを手に入れるのが随分と容易くなった。それだけは感謝してやっても良い。
「今日は母さんに何かされなかった?」
「機嫌は悪かったけど、会わないようにしたら大丈夫だった」
それに、とフィオナは腕の中で口ごもった。何かと思い顔が見える程度に距離を取ると、彼女は白い肌をじわりと染める。
「お母様のことは、いいの」
だってセシルがいてくれるんだもの。フィオナは恥ずかしそうに視線を逸らす。自分と同じ色の瞳をこちらに向けたくて彼女の頬に手を添えると、彼女はその顔をいっそう赤くさせた。
「明日薬草の様子、一緒に見に行ってほしいの」
「うん、勿論。お茶もしようか」
触れても嫌がることもなく、抵抗もしない。セシルが望むまま、ここにいる。そんなところも可愛らしくて、唇を奪いたいという欲が湧き上がってくる。今ならば受け入れてくれるだろうかと考えて、彼女の顎に指を添わせた。
ああ、やっとだ。やっと、手に入れた。
*本編完結*
番外編に続きます。
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