幸福な檻 ―双子は幻想の愛に溺れる―

花籠しずく

文字の大きさ
22 / 24
番外編

可愛い私は幸せ(メアリ短編)

しおりを挟む
 花田芽愛、十七歳。得意な事なし。学業底辺、容姿醜悪。私にキャラ設定があるとしたら、これくらいしか書くことが思いつかない。他に挙げるとすればゲームが好き、程度のものだろうか。あと名前がコンプレックス。
 こんなキャラ設定を見て、一体誰が魅力的なキャラだと興味を持ってくれるのだろう。男を引っ掛けて金をふんだくっているデブスキャラが出てくる漫画はいくつもあるが、現実はそう優しくはない。芽愛に周りがかける言葉は、蔑みや憐れみ、それから嫌悪と言ったものが多い。

 デブでブス。最悪の組み合わせである。デブだけなら痩せればどうにでもなるが、ブスは整形でもしなければどうにもならない。整形メイクだとかいうものもあるが、あんなので可愛くなるのはメイクすれば可愛くなる程度の不細工なのだ。私のように腫れぼったく大きな唇や鼻、左右非対称に並んだパーツはメイク程度ではどうにもならない。笑えばヒキガエルと言われ、走れば五月蠅いと言われる。静かに息を殺していれば「不細工なんだからせめて愛想を良くしろ」と言われる。クソだみんなクソだ。ブスにはみんな冷たいくせに。誰も優しくしてくれないから愛想の一つも振りまけないような歪んだ性格になったんだろうが。ブスにでも平等に優しければ私だってもっと誰からも好かれる性格になっている。クソだ。

 現実から逃れるように、学校から帰ればSNSに籠りゲームに没頭した。特に育成ゲームやノベルゲームは好きだった。「正解」さえ選べば皆主人公に優しくしてくれる。現実で誰からも優しくされない分、架空のキャラクターから与えられる優しさは毒だった。
 過剰なまでにのめり込んだ。好きなキャラと結ばれてハッピーエンドを迎えるまで、なかなかゲームを止められなかった。徹夜したせいで寝坊して学校を休むのは何度もやったし、授業中に死んだように寝て、周囲から笑われていたなんてことも珍しくなかった。そうして過ごしていくほどに現実とゲームの中の差は激しくなっていって、ゲームの世界から現実に目を向けるのが嫌になっていった。

 鏡を見ればブスがいる。鏡に映り切らない肉がある。それがストレスで食べる。余計に太ってもっと不細工になる。またストレスになって食べる。太る。その繰り返し。とうとう人前に出ることも出来なくなって、学校も行くことすらせず、ひたすら部屋に引きこもった。そんな時に出会ったのが「Chipped Jewel」というタイトルの乙女ゲームである。ネットで話題になっていたから勢いで購入してしまったのだが、とにかくキャラのビジュアルが良かった。最初に攻略できるキャラの「レイ」もオッドアイで綺麗なのだが、特に気になったのは「セシル」というキャラである。容姿はレイが一番目立っていたので最初はそこまで気にしていなかったのだが、レイの攻略中に出会った二人のやりとりを見ているうちに、その容姿に籠められた美しさに気が付いてしまったのだ。
 そもそも私は金髪青目のキャラが好きだ。それはそれは好きだ。オタク用語で言うところの性癖というやつである。セシル様――いつの間にか様付けで呼んでいた――光の当て方によって色をわずかに変える金髪も、宝石を埋め込んだような瞳も、優しさを貼りつけたような笑みも性癖にドンピシャなのであった。

 セシル様のビジュアルが素晴らしいのは語り始めるとキリがないのだが、問題は彼の設定なのであった。サイトで公開されている設定を読むと、どうやら彼は双子の姉を愛しているらしい。乙女ゲームなのに一体どうなるのだろう。本当にヒロインと結ばれるのだろうか。双子の姉のフィオナについての設定はほとんど公開されていないから、ストーリーについて予想がしづらい部分はある。しかしフィオナとかいう女が横暴に彼を操っているのだとしか思えない。
 それにしても、数枚公開されているセシル様のイラストの半分以上にフィオナがいるのは何なのだ。一体何を見せつけられているのだ私は。私はセシル様と結ばれたくてこのゲームの攻略をしようとしているのに、どうして他の女を抱きしめている絵面を見せつけられているのだろう。このゲーム、本当に展開が分からない。

 ストーリーに関しては不安であったが、やはりセシル様のビジュアルの素晴らしさには勝てなかった。レイの攻略をすぐに終わらせ、セシル様の攻略を始めようとした。彼の秘密や彼の家の立ち位置が明かされ、心臓がどきどきと音を立てるも、その興奮は突然邪魔をされることになる。クラスメイトを名乗る女から電話がかかってきたのだ。

「メアちゃん。ずっと学校に来ていないから心配でぇ」

 心配なんかしていないくせに。ブスブスデブスと言って散々馬鹿にしてきたのはお前だろうが。ちょっと可愛いからって男にチヤホヤされて良い気になって、私を楽しんでいじめてきたのはお前だ。どうして私の世界まで壊そうとしてくるのだ。

 可愛いからって調子に乗るなよ。そう言って電話を切った。こんな捨て台詞は、ここが家で自分の気が大きくなっていたから吐けたものだ。学校で直接言えるものではない。しかしどうせ学校には行かないのだ。腹が立ったことも、セシル様と結ばれれば忘れることができるだろう。そう思っていたのだが、再び邪魔が入った。母さんだ。

「めあ、ちゃんと学校に友達がいるんなら、ゲームなんかしてないで学校行きなさい」

 母さんには私が学校でいじめられていることを伝えていた。しかし理解されなかった。だから平気で学校に行けと言い、ゲームを取り上げようとする。

「こんなゲームやめちゃいなさい」

 母さんの手がゲーム機に触れようとする。咄嗟にゲーム機を抱えると、彼女は呆然としたように私を見ていて、「ああ、理解されないのだ」という言葉が頭を巡った。家にも居場所はない。

 母さんを半ば突き飛ばすようにして、家を飛び出した。どたどたと走り醜い顔を歪ませる私はきっとみっともない。
 容姿さえ美しければ。学校でいじめられることもなく、笑うだけで周囲を虜にできるのに。どれだけ人生が楽になることだろう。私だって美しければ、もっと真っすぐに生きて人生を謳歌しているはずなのに。神様は人間に平等を与えようとしない。神様がいたら恨んでやる。来世は私を美人にしろと脅してやる。

 神を呪ったせいか、私は直後に事故に遭った。そして目覚めたときには「メアリ・ルベライト」の中に入り込んでいたのである。メアリは「Chipped Jewel」の主人公なのだが、名前が少しだけ似ているから、購入した時は自分が美人の主人公になれたようで嬉しかった。そして今のメアリは私だ。私なのだ。

 鏡を見ると、ゲームやアニメを鑑賞するたびに憧れていた人形のような容姿がそこにあった。ああ、私は可愛らしい美人になれたのだ。これで人生イージーモード。誰からも愛されて幸せになれる。セシル様だって振り向いてくれるに違いない。だってこのゲームは、このメアリのためのゲームなのだから。私が一番幸せになれるように作られているはずなのだから。

 セシル様の攻略方法はよく分からないままだったが、何にせよフィオナとかいう女は邪魔である。私のセシル様にべたべたしないでほしい。

 日付を見ると今日は転校初日。ゲーム開始の日付であった。メアリとして生き始めるには最高の日だ。
 軽くなった身体でスキップして、私は学園へ向かう。


 浮かれた私はあまりにも愚かで、この先が幸せに溢れていると信じて疑わないのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...