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起章 第三部 第二節
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悔踏区域外輪の風は、人間を退行させる。
つまるところ、ひどく動物的にシャープにさせるということだ。ここの風は常に、生き物の持つすべての余剰を搾取する。余力、余裕、つまりは迷妄―――人間における人間味。人生とは何か、生きるのは何故かなどと問う哲学は圧殺される。ようは、生きることに迷いがなくなる。そして、生きることの理由に困らなくなる。風だ。この風があるから。
建物に架かる巨大な徽章と同じように、自分の髪もまた強くかき乱される。これこそ我が双頭三肢の青鴉が青空へ向かう羽ばたきであると夢想するほど、強く激しく、空気ごと頭髪を引きちぎらんとしてくる。肌に、あるいは肌に息づく生命そのものにあらん限りの挑発を受けて、生へのベクトルが尖っていくのが分かる。ザーニーイは足を止めた。建物の屋上をぐるりと一周し、<彼に凝立する聖杯>の周囲全域を見下ろしてきたのである。
遭難時に発見されやすいよう、旗司誓の構成員は例外なく、真白い雹砂に映える原色の衣装や装飾を部隊別で身に着けている。おおむね戦闘配置を終えた<彼に凝立する聖杯>は、ここから見ると、規則的に整列させた大量のビー玉のようにも思えた―――それぞれの配色と役割を戦略と一致させながら、そのどの特色とも異なる別の集団へと視線を転じる。だけでなくザーニーイは、更に意識してそれを注視した。正門の正面からやや外れて西に散大している集団。敵だ。敵。
この敵の正体は何だ? それが、こうしてこちらと対立しているのは何故だ? この風がなければ、そういったことを考えあぐねたかもしれないが―――
それがありえない以上、やはりザーニーイが呟いたのは、まったく違うことだった。
「成る程な、こりゃ確信が掴めねぇわ。ここでは気色悪ぃ陣形取りやがる」
ここでは気色悪ぃ陣形。胸奥で、その印象を今一度咀嚼する。
むしろ敵は小気味いいほど優秀に、本丸を攻め落とす陣形を展開していた……ここが悔踏区域外輪でさえなければ、それなりに有利にことを進められるだろう。が、ここが悔踏区域外輪である以上、あの陣形ではリスクが大きすぎる。ザーニーイは慎重に思考を進めた。
(まずあの先陣。馬にしてるが、蹄は雹砂じゃ出遅れっぞ。そうなりゃ後続はしばらく役に立ちやしねぇし……おいおい、あんな質量のねぇ飛び道具をあの配置にしたら、風に流されて逆に味方が危ねぇだろよ。何考えてんだ? こいつらはおとりで、本隊は別にいる―――って、それにしちゃ、このミスは露骨過ぎるだろ? 現に、俺は警戒してる。意味がない。相手はとりあえず馬鹿たれなんだとでも推理しろってか? ったく、シゾーじゃねぇが、マジで確信もくそもあったもんじゃねぇな、こりゃ)
とはいえ、このことがどの程度のウエイトを占めているかと俯瞰してみれば、それ自体はさして考えあぐねるべきではないとも言えた。極論になるが、確信が掴めずとも、武器を掴めさえすれば戦闘を行うことはできる―――
問題は、掴んだ切っ先を突き込ませるべき急所を見定める頭脳と、的確に突き込ませる覚悟を純化する士気だった。その両方ともが、慣れた状況では油断を生みやすく、慣れない状況では躊躇を生みやすい。どっちがいいかというとどっちもどっちだろうが、頭脳役割としては前者のほうが難儀だった。後者も支援しなければならないとなると、なお難儀なところだが―――
(見た限り、うちの連中は目立った動揺はしてねぇし。まずは充分だ)
そして、それで充分だ。想定して損にならないことは網羅しておく。それを終えたのだから、残るは。
ザーニーイは右へと振り向いた。この屋上の形状は、中央――― 一階中庭部分―――にぽっかり穴の開いた、どえらい長方体である。どえらいというのは、へたをすれば街の一区画と張り合える規模だということだ。屋上の幅は一般的な街道などよりよほど広く、建物一辺の長さも、その辺の中央ごとに物見小屋を掘っ建てて余裕がある。そのひとつにだけ、最上階から屋上に繋がる階段が口を開けていた。まあつまりは自分から見て右にある昇降口のことなのだが、今はここからそれを確認することはできない。自分とそこの間に入り込むようにして、キルルが立っている。
廊下に置いてけぼりにするわけにもいかず連れてくるはめになった王女は、今は動揺の言葉を唇ごとかみ締めて、じっと床の一点を睨みつけていた。ただでさえ白い顔が、硬く力んで血の気を退かせているため、見たこともない上質紙を連想させる状態になっている。そして彼女の手はいつの間にか、控えめに……だがさりげなく振り払えないほどきつく、ここへ戻ってきたザーニーイの外套の端を握り締めていた。
微妙な加重が気にならないとはいえないが、気になるという理由だけで、彼女ごとそれを放り出すこともできない。嘆息は口蓋にとどめ、ザーニーイはゼラへ視線を転がした。その人は戦端旗を抱えながら、それとなく階段とキルルの間に入って―――まあそれで階下から噴き上げる殺伐さを断絶できるわけもないため、それに加えて当たり障りの無い言葉を彼女へ与えることで、ショックをやわらげようとしていた。
「大丈夫ですよ。相手は旗無しのようですし……ああ、旗無しというのは、旗幟を持たない、イコール、外輪へ逃げ込んできた悪者の総称でして。わたしたちは仕事上、そのような愚連隊に毛が生えた徒党との小競り合いも、珍しくはありませんから。お任せください」
「武装犯罪者の意趣返しって感じはしねぇがなぁ」
ひとりごちたのが密やかだったのは、それが誰かに告げるには根拠に欠けるただの直感だったからだったが。ついでにゼラが、ザーニーイから手を放すようキルルを丸め込んでくれないと悟ったからでもあった。
続いて、左隣を見やる……というか見上げると、それを待ち受けていたらしいシゾーと目が合う。彼は間髪開けず、事務的に付言してくるだけだ。
「相手の意図が読めない以上、対症療法にしといた方がスタンダードでしょうから、まずこれで対応するように伝えはしたんですけど」
言いながら、その両手が意味を示して動いた。五指の動きと組み合わせ、掌の返し方……シゾーの告げる手言葉を小声とあわせて解釈して、ザーニーイは示唆された戦法に頷いた。
「―――オーケイ、シゾー。まずは最高だろう。それで行こう」
いいながら、脳裏に風景を演算する。敵の伏兵を考慮したとしても、悔踏区域外輪で隠れ潜むことが可能である場所と言えば、相当限られる―――この近くとなればなおのことで、多く見積もっても人員はこちらと同程度が限界だろう。敵には騎獣員も認められるが、雹砂を甘く見たあの隊列ならば、数では劣るがこちらの騎獣部隊で充分に応戦できるはずだ。騎獣。
堪えきれず、ザーニーイは呻いた。言葉が舌にまとわりつくたびに、渋面が深まるのを感じながら。
「どうも引っかかるんだよなあ。見ろよ、あの騎獣の鱗。結構な上物じゃねぇか? そんなもん手に入れた奴らがいたら、ちったあ噂になるぞ。それを引っさげての一連隊が旗無したぁ、どうなってんだ?」
「まあ、今はその上物をどうするか考えましょう。もらっちゃいますか?」
不意のゼラの問いは、大いに魅力的だった。が、結局はかぶりを振る。
「いや。やめとこう。あの騎獣、大きさからいって成獣だろ? 飼い直したら質が落ちる。滋養にしちまえ」
「じゃ、タッチ」
と言ってゼラはシゾーに近寄り、その肘をぽんとはたいた。
急に話を振られ、わけが分からずきょとんとしている義理の息子を、ゼラが更に力を込めた手で、ばしばしと連打しだす。
「たああぁーーっち」
「いや単語そのものが聞き取れなかったわけじゃないです。しかもリピートした発音の方が微妙だし。でもあのタッチって、僕、副頭領なんですけど。一応」
つまり、頭領を補佐するために、建前としてはザーニーイの傍にいなければならない―――前任のゼラが、そのことを熟知していないはずもなかろうが。無遠慮に叩かれる腕を嫌そうにひきつつ、確かめるようにシゾーがぼやくと、ゼラは手を止めてにっこりしつつ、極めて無責任に激励した。
「ぴちぴちの若者がいるというのに、わざわざ老骨に鞭打つ必要もないでしょう? 斬り込み隊長、よろしく」
「歳を食ってるのは言動だけのくせに」
と。
ふと気づいて。ザーニーイは、剣の鍔飾りの青い羽へと伸びかけていた自分の指を引っ込めた。
(無くて七癖、か。治したつもりだったんだけどな)
予想だにしないストレスを受ける都度、顔をしかめるかわりのように、これに触れてしまう―――仕草も内省も誤魔化すように翻した掌を、何の気なく頭にやる。日光を吸い込んでいた頭帯が、思いがけない温かさで指の腹を出迎えてくれた。
ザーニーイは、せめてそれを予想だにしなかったものではなくそうと、それとなく元凶を見やった。シゾー・イェスカザ……
―――シゾーが毒ついてみせたのは、ほんの口先だけだった。瞳はとうに養父への愚痴を裏切って、滲み出た熱をからめてぬめりかけている。付き合いが長い分、見て取れた。シゾーは興奮している。
それが分かった以上、今度は羽に触れはしない。
シゾーが背に負った愛剣の柄を軽くさすってから、一段と湿った琥珀の双眸をこちらへ向けてきた。そして、その視線が前に戻るのと同じくらいの短さで、ザーニーイに訊いてくる。
「何頭?」
「全頭―――頭だ」
と、釘を刺す。
「誰も殺すな」
「了解。背に二十重ある祝福を」
「……ああ。背に二十重ある祝福を」
シゾーがあっさりと足してきた旗司誓の常套句は、口先だけで上滑りしていると……やはり、感じた。
どこまでも暴力的に他者を支配することに、なにより魅了され、快感を覚えずにはいられない。知り合って十数年、彼の本質がそこから脱却しないことが長所でもあり短所でもあるということは、今更こんなところで再認識することでもないはずだったが。ザーニーイはそれを感情的には決して歓迎しないまま、屋上の端まで足早に進んでいくシゾーを見送った。物見小屋はちょっとした備蓄と備品が雨風に痛めつけられない程度にしか囲われていないので、ここからそれを眺めるのに支障はない。距離にして、たった数十歩ほど―――相手の歩数に換算すると、本当にほんの少しの歩数でしかなかったが……
そこには、ここと地上を繋ぐようにして、頑丈な環状の縄が設置してある。つまりは巨大な輪で、仕組みとしては、一方がさがれば一方が上がるという簡単なものだ。本来は、むすんだ荷を上げ降ろしするための設備なのだが、膂力と状況と度胸さえあれば、人間が近道する目的で使用できないこともない。
「シゾー」
呼びかけると、さすがに横目くらいは振り返った。逸るつま先を挫かれた苛立ちでなお鋭利になった彼の眼光を見詰めて、これだけは告げておく。
「お前の旗幟を信じてるんだ」
「それは、」
とシゾーは、周囲で聞き耳を立てているメンバーの中に致命的な顔がいないのを流し目で確かめてから、
「よかったですね」
それで終わりだった。その男は、縄で正確に上体二関節を固定して、あっという間に屋上から地上へと消える。
少しして、シゾーのバンダナのくすんだ若葉色が<彼に凝立する聖杯>の先陣に落ち着いた。先程、戦術が伝達された際に、斬り込み隊長の予想はついていたのだろう。構成員たちに乱れは無い。
呼気。そして吸気。脈の律動。瞬き。己の生命兆候を次々と辿りながら、ザーニーイはゼラへ振り返った。
彼は了承を目の色だけであらわして、前に歩み出た。そして、携えていた戦端旗を振り上げる。そこに宿る、馬さえ食らいそうな双頭三肢の青鴉が、曇天へ舞い上がった。合図を受け、外壁にある物見塔から、わずかに静まっていた鐘の音がまたしても爆発した。それは意味を練成しながら膨れ上がり、風の搾取に抗うように共鳴していく。
ゼラが旗を降ろす。そして、鐘がやんだ。
だから次は、自分が始める番だ。
ザーニーイは息をついた。外套を掴んでいるキルルの手に倣うようにして、自分から、彼女の手を包み込むようにして握る。びくりと震わせる彼女のその指は血の気無く、枯かれた木の実のように固かった。急激に穏やかさを失いつつある空気は、耐性の無い少女にとっては、全身を浸らせる冷水のようなものなのだろうが―――
「ふたりじゃねぇと立てねぇか? あんたの足は、ちょんぎられてもいねぇってのに」
瞬間、キルルの相好に朱が差した。即座にこちらの手を外套の端ごと振り払って、仁王立ちになってみせる。鼻から息を吹いて、どうだとでも言いたげに細い柳眉を引き上げている彼女に見えた気骨に、ザーニーイは鋭く破顔した。
そしてそれを正面に向けて、戦場へと進む。
身体はここにとどまろうとも。それ以外のすべてが<彼に凝立する聖杯>の切っ先まで駆け抜けていけることを疑わず、大音声を放つ。
「双頭三肢が青鴉!! この両翼にこそ触れ疾く翔けよ!!」
ザーニーイは剣を抜いた。その鍔元には青い羽。風にもまれて青く光る様は、自分を空へ解き放てと狂乱しているように思える。雹砂、曇天、悔踏区域にまみれたこの白々の世界で、間近に掲げたこの剣峰に勝るものなど何もない。
「旗幟なき諸手が塗れるだろう、その終に無自覚であるならば裸王、今この時こそ受諾せよ!! 痴れ果てる身こそ思い知り、自覚を楔と、かき抱き眠れ!! その棘示すは<彼に凝立する聖杯>―――」
その時、ひときわの一回、半鐘が叫ぶ。
そして、それをも凌駕する雄叫びが、すべての旗司誓から空へ射られた。
「旗司誓<彼に凝立する聖杯>である!!」
それは鬨となり、戦闘が始まった。
□ ■ □ ■ □ ■ □
呼気。収束するならば、続いて吸気。脈の律動を深奥に触知すれば、程なくその震えは、双眸の瞬きにさえ及んでいることを知る。兆候を辿れば生命の証明は絶えることはなく、つまり、そこにかかっている重責から許されることもない―――特に、こんな時は。ザーニーイは唇を舐めた。それ程長く沈黙していたはずも無いが、そこは既に乾いて、薄皮の上下がくっついている。あるいはこれは、外気によってではなく、湿り気が失せるほど上気した肉体によってか。否定はしない。
ただし首肯しもしない。思考力を割くべきはそんなことではない。
入り乱れた怒号が高々と鬨を告げ、半鐘はそれに呼応し続ける。眼下を見下ろせば、否が応でも脳が締まった。<彼に凝立する聖杯>は敵にぶつかり、幾らかはその影響によって、それ以外のは意図的に陣形を変化させて戦闘を運んでいる。相手の陣を裁断し、各個撃破へと導く布陣だったのだが、今のところ当初の読みは外れていない。
(シゾーはうまくやってる)
できる限り肯定的に―――あるいはそうでなかったとしても、最後には肯定的な結果へと結び付けることができるようにするために―――ザーニーイは状況を読んだ。
(連携なんぞくそくらえの個人技ばっかだが、潰すもんは確実に潰してる。ゾラージャ……ギィ……も、問題ない。率いる部隊も概ねオーケイだ。フィアビルーオは、……こりゃまた右陣と左陣、兄弟揃って隊列の壁が薄いな。まああいつらは囲い込みが優先だから、あのくらいでも―――いや)
不意に、心臓にたまる血液に氷が落ちたのを感じながら。ザーニーイが次に視線を馳せた時には、その戦場に描かれた思惑は、はっきりと理解できるようになっていた。
(違う。薄いんじゃねえ。敵が、自分から全体的にこっちに混ざり込んできてる。まさかこっちの狙いをあえて受け入れて、その引き換えに、何人かだけでも敷地の中まで侵入しようとしてやがるのか?)
荒唐無稽な特攻だった。運よく入り込んでどこかに隠れ潜んだとて虱潰しに狩り出すまでだし、この戦況で<彼に凝立する聖杯>を引っ繰り返して敵方が勝利を収めるなど、人外の眷属が八百長でもしない限りありえないだろう。
つまり連中は、ここまで侵入してから探し出されるまでの数刻でしか果たせないことにこそ、本懐があるということになる。
(俺の首獲りってのが、妥当っちゃ妥当だが……)
キルルまで収まるように、背後へ身を引くようにして視界を動かす。全力を立位にそそぐ彼女のななめ後ろまで戻ったゼラも、そこで立ち尽くして真摯な表情を俯かせていた。二重手袋で膨れた指が、そのあご先と一緒に何通りもの黙考を弄って小さく動いている。
「ゼラ。どこの誰かも知らねぇが、あの向こう見ず野郎どもが、うちに土足をねじ込みたがってるのだけは確からしいな」
「え―――ええ、はい。それに異論はありません」
沈思に溺没していたところを釣り上げられ、ゼラが生返事の延長のような同意を返してくる。ザーニーイは頷いた。そして駆け出す。
「え? ザーニーイ? え?」
その時聞こえたのは、キルルの疑問符だけだった。それもあっけなく置き去りにして、先程のシゾーと同じように、屋上の絶壁の間際で運搬ロープを手に取る。が、彼とは違って、関節に巻きつけはしなかった。ほんの半秒ほどの出来事に、キルルが愕然と口をあけている。とっくに屋上ではなく、建物の壁と縄を靴底に敷いていたザーニーイからは、あまりよく見えなかったが。
「行く。ゼラ、」
呼びかけた相手と、その瞬間にはっきり目が合った。その黒瞳に物事の理解と傷心が横切る前に、あと一言だけ言い残さなければならない。
「頼む」
「―――って―――お待ちなさい! ザーニャ!!」
こちらに追いつけたのは、その悲鳴しかなかった。とうに、落下するような速さで風景さえ振り切りながら、壁づたいに地上へと滑走している。
(あっちがここまで特攻する価値があるとすりゃ、悔踏区域外輪で妥当なのは俺、悔踏区域外輪以外ではキルルだ。どっちにしろ、俺とは分散したほうがいい―――こんなこと、あんたにとっちゃ分かりきってるはずだろ?)
後継第二階梯の来訪は極秘裏の密約である。従って、この短時間で旗無しがそれを嗅ぎ付けたという仮説は、どう見積もってもおかしいが。なんにせよ、ザーニーイへの急襲にキルルが巻き込まれるという最悪のケースだけは避けなければならなかった。
(ちゃんづけだと? ガキ扱いしやがって。くそ。それ引きずって、キルルをほったらかしてこっち追っかけてきやがった日にゃ、いくらあんたでも承知しねぇぞ!)
下から上へと飛び去る、建築のブロック。窓は室内を覘き見る間すらなく、やはり足元から脳天へと過ぎ去って行く。二本のロープがそれぞれの掌中で跳ね上がるのを抑えれば、その扱いへの不服とばかり、摩擦熱が手袋の獣皮を臭うほどに焦がした。この状態が続けば、それが指紋ごと焼き切られるのも時間の問題だろう。
が、そうなる前に、ザーニーイは縄から手を放していた―――地面に達するまであと数秒といったところの絶好の距離で、同時に角度を付けて壁を蹴り離しながら。
受身を取って、まるまったまま地面を横転し……そして、二転目なかばで手足を広げると、側転するようなかたちで慣性を生かして立ち上がる。滑降する際に確認していた通り、自分の使う地面に差しつかえる人間はいなかった……ただ敷地内の警護を分担させられ、見て分かるほど不完全燃焼している部隊が、揃いも揃ってその雰囲気を瓦解させられて闖入者を見詰めてきている。それはまあ、疑問ないところだ。
鉄と汗の臭気は、漂っているにしても濃くはない。修羅場との距離に時間の余裕を測り、ザーニーイは拳から立てた二本指でこめかみを擦った。それだけの略式敬礼と共に、その場にいる誰の耳にも貫通するよう、意識して声を張り上げる。
「背の二十重ある祝福に!!」
それで、正気を取り戻したのだろう。めいめいが、次々と常套句と動作を反復してくる。ザーニーイはそれらが適度に収まるのを待ってから、口火を切った。
「重要なのはこれだけだ……敵は、敷地内へ侵入しようとしてる! 有り体に考えりゃ、狙ってんのは俺の断末魔だ! 指揮権は一時、部隊長第一席主席ゼラ・イェスカザに移譲した! 俺は前線へ行って敵を撹乱し、てめぇらがより精確に敵を駆逐できるよう立ち回る!」
ひとまずキルルのことは説明から度外視して、ザーニーイはそこで言葉をとめた。予想した展開を待ち受ける。
(……やっぱどいつもこいつも、何も当人が出向く必要はねぇ、俺らがあんたごとここを死守するって言いたげな不満面しやがる)
じわりと膨張し、悔踏区域の風を炙りかかっていた高揚が、せりふの後ろまで浸透するにつれて凪ぎ始めていた。こちらへ向けられるあまたの目、そのどれもにくべられていた気配が鎮火しそうな風向きに、直感的に抜剣する。
剣と鞘。その金属の擦過音は、鼓膜を超えて胸奥までも震わせる。ザーニーイはその振動を反響させるような思いで、呼びかけを声高くした。口の端を、勝てる勝負に挑むときのように歪めながら。
「おいこらどうしたてめぇら? 頭領からの最高のプレゼントだってのに、ご大層にシケてくれやがって! 俺は、目ン玉ひん剥くようなてめぇらの活躍を見たいがために、奥座からあえて前座の引き立て役に成り下がらせてくれっつってんだぜ? これを無礼とつき返すような、厚顔無恥な履き違えはすんなよ―――なんてったってそりゃ、箱庭育ちの専売特許だからな! 俺らがそれを侵しちゃならねえ! そうだろ!?」
皮肉の利いた軽口に、仲間たちが少なからず大笑した。あからさまに声を上げる者はいなかったが、内側に押し込めようとした分だけ、一段とそれぞれの表情に笑い顔がにじんでいる。好転した空気に満足するまま、ザーニーイも口元が笑むに任せる。
そして一呼吸ののち、それを引き締めた。誰にともなく、敬礼を送る。
「この場は任せる! てめぇらの旗幟を信じてる―――背に二十重ある祝福を!」
言い終え、ザーニーイは走り出した。仲間たちから噴き上がる鼓舞を適当にいなしながら、更にその速度を上げる。門までの短くない距離を、短い時間で詰めなければならない。
そして、門を越えて。
歩調と姿勢を整えながら、戦闘へと意識を研いでいく。先鋭的に……意識が物理力を生むならば、その先端だけで敵を屠れるまでに。呼吸が沈静するのと反比例するように、胸中ばかりがゆであがっていく。
(ほらよ。恐らくはてめぇらお望みの、金髪と碧眼がくっついた首だ。吟遊詩人の好物だけあって、さぞ目立つだろが? この襟巻きを見ろよ。真紅は、旗司誓の要を心臓に擬った象徴……<彼に凝立する聖杯>では、頭領しか身につけることはできない。ここまで揃ってんだ。とっとと凶器振りかざして狙ってきやがれ―――その剣、鼻っ柱ごと俺がへし折ってやらぁ!)
右へ。まず視線が弾け飛ぶ。とうにその先では、ふた振りの刃が絡み合っていた。
相手の勢いを利用して、その凶刃を受け流す。ザーニーイは、急襲してきた敵の斬撃の手元を視界におさめた。敵は僅かにたたらを踏んだだけで、長剣を握る手付きはほとんど揺らいでいない。すぐにでも円弧の軌跡で剣を手前まで引き戻し、こちらへ刀傷を与えようとするだろう。
が、思索が走り切るまでに、ザーニーイは相手との間合いを重合し終えていた。剣を手繰って伸びた敵の右腕の内側に開いた隙を辿って胸倉へと踏み込んで、ぴたりと相手の鎧姿に寄り添うような体勢になる。敵がその凶変を知るのを待たずして、裂帛の気合と共に剣の石突を突き込む。
狙いは外れなかった。鎧の関節部分からわきの下を打ち抜かれ、敵が白目と舌根を剥き出しにして悶絶する。ザーニーイは無力化してくずおれた男を蹴りやって、怒号を発した。
「霹靂を狩ろうってんなら、不死身のデュアセラズロでも懐柔してきやがれ!」
敷地内に、先だって注意を促していた効果は覿面だった。自分が一戦終えるまでの間に、周囲は少しずつながら混戦を孕みつつある。十四。ほとんど見ないまま十四とその数を判断して、ザーニーイは起居を変えた。案の定、剣戟の隙間へはじき出されるようにして、あぶれた敵が一人、正面に現れる。
切っ先を向け合ったのはほぼ同時だった。視線が収束するのも、互いの顔。だが、動作が相似したのはそこまでだった―――敵が、罵倒の形に口角をへしゃげたのが見えたのだ。確かに、そこまでは。
「その華奢ななりで張り合う気か!」
その言葉が。
世界を罅入れる。
ザーニーイは、それの音を聞いた。罅の音。烈なる風。曇天の空隙から地上を縫う、空気の針が爆ぜる響き。その不可解な擦過の共鳴を後になって思い返せば、己が発した声であったことに気づくのかもしれない。
ただ、気づかない限り、この時間は続く。
相手のありさまは激変していた。こちらを見下して喜々としていた表情は恐怖をぶちまけた蒼白に暗転し、ちらちらと金属が反射していることしか判らなかった鎧姿は、歯の黄ばんだところさえ判別できる。それほどの近距離。
手にする白刃に映り込んだ相手の顔色が、自分の眼球のほぼ真下に、鏡映りとなっている。吐息さえ絡み合う間近までのめり込んで、正面に携えた剣は、今の一撃で確実に相手の喉笛を命脈ごと抉っていたはずだった。その位置にあり、その勢いもあった。それなのに、今は僅かに頚動脈の外へと押しとどめられている。そうしていたのは、相手の鎧金具の襟。
踏み込み、踏み込んで、踏み込んでいく。その襟が首を守るのならば、襟ごと切断してしまえばいい。急激な運動と動悸に沸騰した過呼吸への欲求に、胸郭をねじりあげられる。正確な攻撃を続けるためには、できる限り速やかに、剣技に合わせた呼吸を取り戻さねばならない。
だがそれでも、この時間は、連綿と刹那ばかりを綴る。
時は終わらず、罅もまた入り続ける。ゆえに、ここはもう現世ですらない。耳に音はない。目に世界はない。剣も痛みも舌の根で煮えたぎる苦い唾も、積んでは崩れる均一な情報となる。喉骨を髄から焼け爛れさせる激情に、理性を啄まれていくごと―――失われるつど―――殺人へと近づくほどに―――歓声は深まっていった。殺せ! こちらに対し、呪いの禁句を用いた口ごと殺せ!
どこをどう動いたのか、それを知ることはできない。それでもその時、ザーニーイが剣を、肩のすぐ上に構えたのは事実だった。単に振り上げたのではない、地面と水平を保った角度。その立ち位置は、敵の正面から離れること、大股四歩半―――この間合いに適した助走は知っている。ならば行くがいい! そして相手の眼球に、直角にこの直刃を当てるがいい! そうすれば後は、剣はノンストップで大脳まで突き進むことができる。その経路において、無粋な邪魔者は、兜どころか骨さえ介在しはしない。
白熱する心は体の芯にあり、だからこそ、自分はそれから逃げることはできない。が、それでもそこから追い立てられ、追い詰められれば、走るしかない。気がつけば、敵は目の前にいた。本当に目の前に。
間近に迫る顔面から溢れる青ざめた絶望よりも、相手の眼窩と己の鋼の牙との整合性の的確さに、愉悦が走る。そしてその愉悦は、更なる高みを予感した。この腕ごと剣峰を突き出すまでの一瞬が、敵が絶命する一瞬に化ける―――その瞬間の全権がここにある。
その微々たる瞬は、前触れなく失われた。敵が、背後に現れた第三者によって、後ろに引きずり倒される。そして、ひっくり返ったそれと入れ違うようにして、その人はこちらへ向かって飛び出してきたのだ。ゼラ。
自分の刃が引きちぎったのは、敵の片目ではなく、黒い髪―――そして、たった数本のそれよりも先に、ザーニーイは地面に落下していた。こちらを抱きとめるように突撃してきたゼラごと転がって、走って埋めた四歩半を、それ以上に逆行する。
空が見えた。雲のせいで、いつだって不均一に濁らされた無辺。ザーニーイはその下で、胴体にゼラを乗せたまま仰向けに倒れ込んでいた。
かぶりを振る。それを抱え込みたくとも、体の下敷きにしてしまったのか、両腕は動きやしない。いや―――湧き上がる恐慌に侵された視界の中では、確かに自分の腕が跳ね上がって、ゼラの背を掻き毟っていることに気がついていた。相手の内臓まで突き込むように、指先が力む……とはいえ、短く荒削りの爪である上に、服越しである。戯れに引っかいた程度の痛痒も与えやしないだろうが。いつの間にか落としてしまったのか、剣は、青い羽根ごとザーニーイの手から失われていた。なにもなく、無防備な諸手―――ここにこうして再び、なにもなく無防備な諸手!
反った背骨が、軋むほど引きつる。だというのに、しがみついてくるゼラの小さな体躯さえ振り落とせはしない。堪えきれず、唾液まみれの声を吐瀉し続けていた。忘れかけていたあばらの内側を苛む奔流に、我を忘れてのた打ち回る。
「―――息をして。してください。そう。そうです―――」
ゼラの呼びかけのうち、聞き取れたのはそれだけだった。それ以外のなにもかもをすり潰つぶしながら、悲鳴を上げ続ける。言葉は耳の間際で囁かれていたはずなのに、理解も理性もかなぐり捨ててしまってはどうしようもない。
だとしても、始まったものは終わる。枯れた喉頭から染み出る獣性が、人間も出すうめき声へ―――更にそこから、うわ言じみた悪罵へと変わる頃。苦心しながらもザーニーイは、萎んでいた自我の領域を、元通りに指先にまで及ばせることができた。
流汗が、淋漓と顔面を撫で落ちていく。塩辛い唇は、噛み締めれば震えを誤魔化すことはできた。そして、どうにか聞き取れる構音を成してくれた。
「……み、んな……は……!」
「大丈夫です。大丈夫なんだから。安心して」
言いながらゼラは、のしかかって身じろぎしない。酷い痙攣は、未だに胃の底に蟠っていた。ゼラに震わされているのは、声を受ける鼓膜だけ。それ以外の震えは、すべてが自分から生まれている―――
「もうすぐです。発作」
ゼラがぴくりとも動かなかったのは、その言葉でザーニーイの体が引きつることを予想していたからなのか。そんな邪推が脳を刺すが、そのままひと暴れするには寒気が強すぎた。悪寒はまだ、脊髄に霜をこびりつかせている。
密着したゼラの体は、それを解凍しようとするようでもあった。だというのに、告げられる事実は、確実にこちらの鳥肌を煽り立てる。
「いくら隠してあるとはいえ、カートンなんて大きな物に、わたしが今まで気づいていないはずがないでしょう。最近、煙草の減りが早まったので、時期を感じてはいたんです―――忠告が遅れ、申し訳ありませんでした」
「ど畜生……やっぱりか……」
ようやっと吐き捨てた罵りは、嗚咽にも似ていた。
自分で思いついた以上、そういった勘違いを他者にもさせるかもしれないという可能性は、考えるだけでプライドに触れた。しかし、相手がせりふを続けるまでに要した間は、それを弁解するには少なすぎる。すぐさまゼラが呟いた。
「ちゃんと認めてください。お願いですから」
次に上書きされた言葉は、同じことを言っているのに、感情を含んで少し重かった。
「お願いですから」
「うるせ……」
拒絶ごと唾棄して、ザーニーイは地面を殴りつけるようにして上体を起こした。閉口したゼラを、掴みかかるとも押しのけるともいえる手付きで横にやって立ち上がり、定まらない眼球を酷使の末に状況を見定める。どれだけの時間が過ぎたのか、<彼に凝立する聖杯>の動きは急速に穏やかになってきていた―――ゼラが大丈夫と言っていた以上、戦闘はいい形で終了したのだろう。自分の最後の相手は、ゼラに引きずり倒された時点で勝手に気絶していたらしい……仲間の何人かが、縛り上げたそれを運ぶために、人手を呼んでいる。彼らは、こちらのことを頑なに見ないようにしていてくれたが、それが逆にひどく羞恥を感じさせた。
(勝手に飛び出した挙句、仲間の前で転げまわって、今もこうしてぼやぼやと……まあ、情けないってところか)
自嘲になりきれない独白が、痛覚を辿る作業を鈍らせる。ザーニーイは、視線は<彼に凝立する聖杯>へ引っ掛けたまま、内部の感覚を追いかけた。軽度の打撲、擦過傷、創傷―――捨て置けない違和感を感じたのは、体に掛かる重量の変化だけだった。その大きさと、偏りの変化。触れずとも、戦斧は腰に未だ納まるままであると知れる。ならば。
そちらへと歩み寄ったザーニーイは、膝から屈んで、放り出していた剣を拾った―――そこにある青い羽根が指の付け根に触れる感覚に、不本意ながらも慰撫されたことを自覚しながら。
腰を曲げるだけでその動作は行えただろうが、上体を傾げた途端に胃液が逆流することは目に見えている。今のザーニーイには、それを口腔に抑えておける自信がなかった。猛烈に、煙草の苦味でそんなふざけた体を鈍らせてしまいたい衝動に駆られるが、それより優先すべきことは山積している。
(さっさと戻って報告を聞け。今回の後始末、欠点、汚点、短所。それみろ、雪ダルマ式に増えてくだろうが……)
喉を焼く嘔吐感と凍える内臓の落差に、叱咤さえ罅割れる。それともこれは、記憶の中にある亀裂の音か? 三年前からずっと、ことあるごとに耳の根より底からふくれあがる、世界の軋轢を告げる鐘の慟哭。ひとつふたつと砕かれるのは、空気か自我か、あるいはそれ以上に差し替えのできない何かなのか―――
(違う、これは、ただの頭痛だ)
ザーニーイは無音で吼えた。鼓動に伴う顎を外されたようなひどい不快感は、確かに頭痛のそれだった。圧迫された脳から一拍ごとに響く痛みは、過去にある鐘の音色のように頭蓋の外から侵してきはしない。だとしても、どうして言い切れる? この痛みが、あの時と同じような最奥の痛烈な裂け目となるはずがないと、どうして言い切れる?
(駄目だ、錯覚だ、なら認めるな―――!)
頬は汗で、首筋は汗や他のごちゃごちゃした体液で土くれをこびりつかせ、多少重たくなっていた。ザーニーイは無造作にそれらを擦り取ろうとし―――やめた。顔面を拭うという行為は、落涙を連想させる。
つまるところ、ひどく動物的にシャープにさせるということだ。ここの風は常に、生き物の持つすべての余剰を搾取する。余力、余裕、つまりは迷妄―――人間における人間味。人生とは何か、生きるのは何故かなどと問う哲学は圧殺される。ようは、生きることに迷いがなくなる。そして、生きることの理由に困らなくなる。風だ。この風があるから。
建物に架かる巨大な徽章と同じように、自分の髪もまた強くかき乱される。これこそ我が双頭三肢の青鴉が青空へ向かう羽ばたきであると夢想するほど、強く激しく、空気ごと頭髪を引きちぎらんとしてくる。肌に、あるいは肌に息づく生命そのものにあらん限りの挑発を受けて、生へのベクトルが尖っていくのが分かる。ザーニーイは足を止めた。建物の屋上をぐるりと一周し、<彼に凝立する聖杯>の周囲全域を見下ろしてきたのである。
遭難時に発見されやすいよう、旗司誓の構成員は例外なく、真白い雹砂に映える原色の衣装や装飾を部隊別で身に着けている。おおむね戦闘配置を終えた<彼に凝立する聖杯>は、ここから見ると、規則的に整列させた大量のビー玉のようにも思えた―――それぞれの配色と役割を戦略と一致させながら、そのどの特色とも異なる別の集団へと視線を転じる。だけでなくザーニーイは、更に意識してそれを注視した。正門の正面からやや外れて西に散大している集団。敵だ。敵。
この敵の正体は何だ? それが、こうしてこちらと対立しているのは何故だ? この風がなければ、そういったことを考えあぐねたかもしれないが―――
それがありえない以上、やはりザーニーイが呟いたのは、まったく違うことだった。
「成る程な、こりゃ確信が掴めねぇわ。ここでは気色悪ぃ陣形取りやがる」
ここでは気色悪ぃ陣形。胸奥で、その印象を今一度咀嚼する。
むしろ敵は小気味いいほど優秀に、本丸を攻め落とす陣形を展開していた……ここが悔踏区域外輪でさえなければ、それなりに有利にことを進められるだろう。が、ここが悔踏区域外輪である以上、あの陣形ではリスクが大きすぎる。ザーニーイは慎重に思考を進めた。
(まずあの先陣。馬にしてるが、蹄は雹砂じゃ出遅れっぞ。そうなりゃ後続はしばらく役に立ちやしねぇし……おいおい、あんな質量のねぇ飛び道具をあの配置にしたら、風に流されて逆に味方が危ねぇだろよ。何考えてんだ? こいつらはおとりで、本隊は別にいる―――って、それにしちゃ、このミスは露骨過ぎるだろ? 現に、俺は警戒してる。意味がない。相手はとりあえず馬鹿たれなんだとでも推理しろってか? ったく、シゾーじゃねぇが、マジで確信もくそもあったもんじゃねぇな、こりゃ)
とはいえ、このことがどの程度のウエイトを占めているかと俯瞰してみれば、それ自体はさして考えあぐねるべきではないとも言えた。極論になるが、確信が掴めずとも、武器を掴めさえすれば戦闘を行うことはできる―――
問題は、掴んだ切っ先を突き込ませるべき急所を見定める頭脳と、的確に突き込ませる覚悟を純化する士気だった。その両方ともが、慣れた状況では油断を生みやすく、慣れない状況では躊躇を生みやすい。どっちがいいかというとどっちもどっちだろうが、頭脳役割としては前者のほうが難儀だった。後者も支援しなければならないとなると、なお難儀なところだが―――
(見た限り、うちの連中は目立った動揺はしてねぇし。まずは充分だ)
そして、それで充分だ。想定して損にならないことは網羅しておく。それを終えたのだから、残るは。
ザーニーイは右へと振り向いた。この屋上の形状は、中央――― 一階中庭部分―――にぽっかり穴の開いた、どえらい長方体である。どえらいというのは、へたをすれば街の一区画と張り合える規模だということだ。屋上の幅は一般的な街道などよりよほど広く、建物一辺の長さも、その辺の中央ごとに物見小屋を掘っ建てて余裕がある。そのひとつにだけ、最上階から屋上に繋がる階段が口を開けていた。まあつまりは自分から見て右にある昇降口のことなのだが、今はここからそれを確認することはできない。自分とそこの間に入り込むようにして、キルルが立っている。
廊下に置いてけぼりにするわけにもいかず連れてくるはめになった王女は、今は動揺の言葉を唇ごとかみ締めて、じっと床の一点を睨みつけていた。ただでさえ白い顔が、硬く力んで血の気を退かせているため、見たこともない上質紙を連想させる状態になっている。そして彼女の手はいつの間にか、控えめに……だがさりげなく振り払えないほどきつく、ここへ戻ってきたザーニーイの外套の端を握り締めていた。
微妙な加重が気にならないとはいえないが、気になるという理由だけで、彼女ごとそれを放り出すこともできない。嘆息は口蓋にとどめ、ザーニーイはゼラへ視線を転がした。その人は戦端旗を抱えながら、それとなく階段とキルルの間に入って―――まあそれで階下から噴き上げる殺伐さを断絶できるわけもないため、それに加えて当たり障りの無い言葉を彼女へ与えることで、ショックをやわらげようとしていた。
「大丈夫ですよ。相手は旗無しのようですし……ああ、旗無しというのは、旗幟を持たない、イコール、外輪へ逃げ込んできた悪者の総称でして。わたしたちは仕事上、そのような愚連隊に毛が生えた徒党との小競り合いも、珍しくはありませんから。お任せください」
「武装犯罪者の意趣返しって感じはしねぇがなぁ」
ひとりごちたのが密やかだったのは、それが誰かに告げるには根拠に欠けるただの直感だったからだったが。ついでにゼラが、ザーニーイから手を放すようキルルを丸め込んでくれないと悟ったからでもあった。
続いて、左隣を見やる……というか見上げると、それを待ち受けていたらしいシゾーと目が合う。彼は間髪開けず、事務的に付言してくるだけだ。
「相手の意図が読めない以上、対症療法にしといた方がスタンダードでしょうから、まずこれで対応するように伝えはしたんですけど」
言いながら、その両手が意味を示して動いた。五指の動きと組み合わせ、掌の返し方……シゾーの告げる手言葉を小声とあわせて解釈して、ザーニーイは示唆された戦法に頷いた。
「―――オーケイ、シゾー。まずは最高だろう。それで行こう」
いいながら、脳裏に風景を演算する。敵の伏兵を考慮したとしても、悔踏区域外輪で隠れ潜むことが可能である場所と言えば、相当限られる―――この近くとなればなおのことで、多く見積もっても人員はこちらと同程度が限界だろう。敵には騎獣員も認められるが、雹砂を甘く見たあの隊列ならば、数では劣るがこちらの騎獣部隊で充分に応戦できるはずだ。騎獣。
堪えきれず、ザーニーイは呻いた。言葉が舌にまとわりつくたびに、渋面が深まるのを感じながら。
「どうも引っかかるんだよなあ。見ろよ、あの騎獣の鱗。結構な上物じゃねぇか? そんなもん手に入れた奴らがいたら、ちったあ噂になるぞ。それを引っさげての一連隊が旗無したぁ、どうなってんだ?」
「まあ、今はその上物をどうするか考えましょう。もらっちゃいますか?」
不意のゼラの問いは、大いに魅力的だった。が、結局はかぶりを振る。
「いや。やめとこう。あの騎獣、大きさからいって成獣だろ? 飼い直したら質が落ちる。滋養にしちまえ」
「じゃ、タッチ」
と言ってゼラはシゾーに近寄り、その肘をぽんとはたいた。
急に話を振られ、わけが分からずきょとんとしている義理の息子を、ゼラが更に力を込めた手で、ばしばしと連打しだす。
「たああぁーーっち」
「いや単語そのものが聞き取れなかったわけじゃないです。しかもリピートした発音の方が微妙だし。でもあのタッチって、僕、副頭領なんですけど。一応」
つまり、頭領を補佐するために、建前としてはザーニーイの傍にいなければならない―――前任のゼラが、そのことを熟知していないはずもなかろうが。無遠慮に叩かれる腕を嫌そうにひきつつ、確かめるようにシゾーがぼやくと、ゼラは手を止めてにっこりしつつ、極めて無責任に激励した。
「ぴちぴちの若者がいるというのに、わざわざ老骨に鞭打つ必要もないでしょう? 斬り込み隊長、よろしく」
「歳を食ってるのは言動だけのくせに」
と。
ふと気づいて。ザーニーイは、剣の鍔飾りの青い羽へと伸びかけていた自分の指を引っ込めた。
(無くて七癖、か。治したつもりだったんだけどな)
予想だにしないストレスを受ける都度、顔をしかめるかわりのように、これに触れてしまう―――仕草も内省も誤魔化すように翻した掌を、何の気なく頭にやる。日光を吸い込んでいた頭帯が、思いがけない温かさで指の腹を出迎えてくれた。
ザーニーイは、せめてそれを予想だにしなかったものではなくそうと、それとなく元凶を見やった。シゾー・イェスカザ……
―――シゾーが毒ついてみせたのは、ほんの口先だけだった。瞳はとうに養父への愚痴を裏切って、滲み出た熱をからめてぬめりかけている。付き合いが長い分、見て取れた。シゾーは興奮している。
それが分かった以上、今度は羽に触れはしない。
シゾーが背に負った愛剣の柄を軽くさすってから、一段と湿った琥珀の双眸をこちらへ向けてきた。そして、その視線が前に戻るのと同じくらいの短さで、ザーニーイに訊いてくる。
「何頭?」
「全頭―――頭だ」
と、釘を刺す。
「誰も殺すな」
「了解。背に二十重ある祝福を」
「……ああ。背に二十重ある祝福を」
シゾーがあっさりと足してきた旗司誓の常套句は、口先だけで上滑りしていると……やはり、感じた。
どこまでも暴力的に他者を支配することに、なにより魅了され、快感を覚えずにはいられない。知り合って十数年、彼の本質がそこから脱却しないことが長所でもあり短所でもあるということは、今更こんなところで再認識することでもないはずだったが。ザーニーイはそれを感情的には決して歓迎しないまま、屋上の端まで足早に進んでいくシゾーを見送った。物見小屋はちょっとした備蓄と備品が雨風に痛めつけられない程度にしか囲われていないので、ここからそれを眺めるのに支障はない。距離にして、たった数十歩ほど―――相手の歩数に換算すると、本当にほんの少しの歩数でしかなかったが……
そこには、ここと地上を繋ぐようにして、頑丈な環状の縄が設置してある。つまりは巨大な輪で、仕組みとしては、一方がさがれば一方が上がるという簡単なものだ。本来は、むすんだ荷を上げ降ろしするための設備なのだが、膂力と状況と度胸さえあれば、人間が近道する目的で使用できないこともない。
「シゾー」
呼びかけると、さすがに横目くらいは振り返った。逸るつま先を挫かれた苛立ちでなお鋭利になった彼の眼光を見詰めて、これだけは告げておく。
「お前の旗幟を信じてるんだ」
「それは、」
とシゾーは、周囲で聞き耳を立てているメンバーの中に致命的な顔がいないのを流し目で確かめてから、
「よかったですね」
それで終わりだった。その男は、縄で正確に上体二関節を固定して、あっという間に屋上から地上へと消える。
少しして、シゾーのバンダナのくすんだ若葉色が<彼に凝立する聖杯>の先陣に落ち着いた。先程、戦術が伝達された際に、斬り込み隊長の予想はついていたのだろう。構成員たちに乱れは無い。
呼気。そして吸気。脈の律動。瞬き。己の生命兆候を次々と辿りながら、ザーニーイはゼラへ振り返った。
彼は了承を目の色だけであらわして、前に歩み出た。そして、携えていた戦端旗を振り上げる。そこに宿る、馬さえ食らいそうな双頭三肢の青鴉が、曇天へ舞い上がった。合図を受け、外壁にある物見塔から、わずかに静まっていた鐘の音がまたしても爆発した。それは意味を練成しながら膨れ上がり、風の搾取に抗うように共鳴していく。
ゼラが旗を降ろす。そして、鐘がやんだ。
だから次は、自分が始める番だ。
ザーニーイは息をついた。外套を掴んでいるキルルの手に倣うようにして、自分から、彼女の手を包み込むようにして握る。びくりと震わせる彼女のその指は血の気無く、枯かれた木の実のように固かった。急激に穏やかさを失いつつある空気は、耐性の無い少女にとっては、全身を浸らせる冷水のようなものなのだろうが―――
「ふたりじゃねぇと立てねぇか? あんたの足は、ちょんぎられてもいねぇってのに」
瞬間、キルルの相好に朱が差した。即座にこちらの手を外套の端ごと振り払って、仁王立ちになってみせる。鼻から息を吹いて、どうだとでも言いたげに細い柳眉を引き上げている彼女に見えた気骨に、ザーニーイは鋭く破顔した。
そしてそれを正面に向けて、戦場へと進む。
身体はここにとどまろうとも。それ以外のすべてが<彼に凝立する聖杯>の切っ先まで駆け抜けていけることを疑わず、大音声を放つ。
「双頭三肢が青鴉!! この両翼にこそ触れ疾く翔けよ!!」
ザーニーイは剣を抜いた。その鍔元には青い羽。風にもまれて青く光る様は、自分を空へ解き放てと狂乱しているように思える。雹砂、曇天、悔踏区域にまみれたこの白々の世界で、間近に掲げたこの剣峰に勝るものなど何もない。
「旗幟なき諸手が塗れるだろう、その終に無自覚であるならば裸王、今この時こそ受諾せよ!! 痴れ果てる身こそ思い知り、自覚を楔と、かき抱き眠れ!! その棘示すは<彼に凝立する聖杯>―――」
その時、ひときわの一回、半鐘が叫ぶ。
そして、それをも凌駕する雄叫びが、すべての旗司誓から空へ射られた。
「旗司誓<彼に凝立する聖杯>である!!」
それは鬨となり、戦闘が始まった。
□ ■ □ ■ □ ■ □
呼気。収束するならば、続いて吸気。脈の律動を深奥に触知すれば、程なくその震えは、双眸の瞬きにさえ及んでいることを知る。兆候を辿れば生命の証明は絶えることはなく、つまり、そこにかかっている重責から許されることもない―――特に、こんな時は。ザーニーイは唇を舐めた。それ程長く沈黙していたはずも無いが、そこは既に乾いて、薄皮の上下がくっついている。あるいはこれは、外気によってではなく、湿り気が失せるほど上気した肉体によってか。否定はしない。
ただし首肯しもしない。思考力を割くべきはそんなことではない。
入り乱れた怒号が高々と鬨を告げ、半鐘はそれに呼応し続ける。眼下を見下ろせば、否が応でも脳が締まった。<彼に凝立する聖杯>は敵にぶつかり、幾らかはその影響によって、それ以外のは意図的に陣形を変化させて戦闘を運んでいる。相手の陣を裁断し、各個撃破へと導く布陣だったのだが、今のところ当初の読みは外れていない。
(シゾーはうまくやってる)
できる限り肯定的に―――あるいはそうでなかったとしても、最後には肯定的な結果へと結び付けることができるようにするために―――ザーニーイは状況を読んだ。
(連携なんぞくそくらえの個人技ばっかだが、潰すもんは確実に潰してる。ゾラージャ……ギィ……も、問題ない。率いる部隊も概ねオーケイだ。フィアビルーオは、……こりゃまた右陣と左陣、兄弟揃って隊列の壁が薄いな。まああいつらは囲い込みが優先だから、あのくらいでも―――いや)
不意に、心臓にたまる血液に氷が落ちたのを感じながら。ザーニーイが次に視線を馳せた時には、その戦場に描かれた思惑は、はっきりと理解できるようになっていた。
(違う。薄いんじゃねえ。敵が、自分から全体的にこっちに混ざり込んできてる。まさかこっちの狙いをあえて受け入れて、その引き換えに、何人かだけでも敷地の中まで侵入しようとしてやがるのか?)
荒唐無稽な特攻だった。運よく入り込んでどこかに隠れ潜んだとて虱潰しに狩り出すまでだし、この戦況で<彼に凝立する聖杯>を引っ繰り返して敵方が勝利を収めるなど、人外の眷属が八百長でもしない限りありえないだろう。
つまり連中は、ここまで侵入してから探し出されるまでの数刻でしか果たせないことにこそ、本懐があるということになる。
(俺の首獲りってのが、妥当っちゃ妥当だが……)
キルルまで収まるように、背後へ身を引くようにして視界を動かす。全力を立位にそそぐ彼女のななめ後ろまで戻ったゼラも、そこで立ち尽くして真摯な表情を俯かせていた。二重手袋で膨れた指が、そのあご先と一緒に何通りもの黙考を弄って小さく動いている。
「ゼラ。どこの誰かも知らねぇが、あの向こう見ず野郎どもが、うちに土足をねじ込みたがってるのだけは確からしいな」
「え―――ええ、はい。それに異論はありません」
沈思に溺没していたところを釣り上げられ、ゼラが生返事の延長のような同意を返してくる。ザーニーイは頷いた。そして駆け出す。
「え? ザーニーイ? え?」
その時聞こえたのは、キルルの疑問符だけだった。それもあっけなく置き去りにして、先程のシゾーと同じように、屋上の絶壁の間際で運搬ロープを手に取る。が、彼とは違って、関節に巻きつけはしなかった。ほんの半秒ほどの出来事に、キルルが愕然と口をあけている。とっくに屋上ではなく、建物の壁と縄を靴底に敷いていたザーニーイからは、あまりよく見えなかったが。
「行く。ゼラ、」
呼びかけた相手と、その瞬間にはっきり目が合った。その黒瞳に物事の理解と傷心が横切る前に、あと一言だけ言い残さなければならない。
「頼む」
「―――って―――お待ちなさい! ザーニャ!!」
こちらに追いつけたのは、その悲鳴しかなかった。とうに、落下するような速さで風景さえ振り切りながら、壁づたいに地上へと滑走している。
(あっちがここまで特攻する価値があるとすりゃ、悔踏区域外輪で妥当なのは俺、悔踏区域外輪以外ではキルルだ。どっちにしろ、俺とは分散したほうがいい―――こんなこと、あんたにとっちゃ分かりきってるはずだろ?)
後継第二階梯の来訪は極秘裏の密約である。従って、この短時間で旗無しがそれを嗅ぎ付けたという仮説は、どう見積もってもおかしいが。なんにせよ、ザーニーイへの急襲にキルルが巻き込まれるという最悪のケースだけは避けなければならなかった。
(ちゃんづけだと? ガキ扱いしやがって。くそ。それ引きずって、キルルをほったらかしてこっち追っかけてきやがった日にゃ、いくらあんたでも承知しねぇぞ!)
下から上へと飛び去る、建築のブロック。窓は室内を覘き見る間すらなく、やはり足元から脳天へと過ぎ去って行く。二本のロープがそれぞれの掌中で跳ね上がるのを抑えれば、その扱いへの不服とばかり、摩擦熱が手袋の獣皮を臭うほどに焦がした。この状態が続けば、それが指紋ごと焼き切られるのも時間の問題だろう。
が、そうなる前に、ザーニーイは縄から手を放していた―――地面に達するまであと数秒といったところの絶好の距離で、同時に角度を付けて壁を蹴り離しながら。
受身を取って、まるまったまま地面を横転し……そして、二転目なかばで手足を広げると、側転するようなかたちで慣性を生かして立ち上がる。滑降する際に確認していた通り、自分の使う地面に差しつかえる人間はいなかった……ただ敷地内の警護を分担させられ、見て分かるほど不完全燃焼している部隊が、揃いも揃ってその雰囲気を瓦解させられて闖入者を見詰めてきている。それはまあ、疑問ないところだ。
鉄と汗の臭気は、漂っているにしても濃くはない。修羅場との距離に時間の余裕を測り、ザーニーイは拳から立てた二本指でこめかみを擦った。それだけの略式敬礼と共に、その場にいる誰の耳にも貫通するよう、意識して声を張り上げる。
「背の二十重ある祝福に!!」
それで、正気を取り戻したのだろう。めいめいが、次々と常套句と動作を反復してくる。ザーニーイはそれらが適度に収まるのを待ってから、口火を切った。
「重要なのはこれだけだ……敵は、敷地内へ侵入しようとしてる! 有り体に考えりゃ、狙ってんのは俺の断末魔だ! 指揮権は一時、部隊長第一席主席ゼラ・イェスカザに移譲した! 俺は前線へ行って敵を撹乱し、てめぇらがより精確に敵を駆逐できるよう立ち回る!」
ひとまずキルルのことは説明から度外視して、ザーニーイはそこで言葉をとめた。予想した展開を待ち受ける。
(……やっぱどいつもこいつも、何も当人が出向く必要はねぇ、俺らがあんたごとここを死守するって言いたげな不満面しやがる)
じわりと膨張し、悔踏区域の風を炙りかかっていた高揚が、せりふの後ろまで浸透するにつれて凪ぎ始めていた。こちらへ向けられるあまたの目、そのどれもにくべられていた気配が鎮火しそうな風向きに、直感的に抜剣する。
剣と鞘。その金属の擦過音は、鼓膜を超えて胸奥までも震わせる。ザーニーイはその振動を反響させるような思いで、呼びかけを声高くした。口の端を、勝てる勝負に挑むときのように歪めながら。
「おいこらどうしたてめぇら? 頭領からの最高のプレゼントだってのに、ご大層にシケてくれやがって! 俺は、目ン玉ひん剥くようなてめぇらの活躍を見たいがために、奥座からあえて前座の引き立て役に成り下がらせてくれっつってんだぜ? これを無礼とつき返すような、厚顔無恥な履き違えはすんなよ―――なんてったってそりゃ、箱庭育ちの専売特許だからな! 俺らがそれを侵しちゃならねえ! そうだろ!?」
皮肉の利いた軽口に、仲間たちが少なからず大笑した。あからさまに声を上げる者はいなかったが、内側に押し込めようとした分だけ、一段とそれぞれの表情に笑い顔がにじんでいる。好転した空気に満足するまま、ザーニーイも口元が笑むに任せる。
そして一呼吸ののち、それを引き締めた。誰にともなく、敬礼を送る。
「この場は任せる! てめぇらの旗幟を信じてる―――背に二十重ある祝福を!」
言い終え、ザーニーイは走り出した。仲間たちから噴き上がる鼓舞を適当にいなしながら、更にその速度を上げる。門までの短くない距離を、短い時間で詰めなければならない。
そして、門を越えて。
歩調と姿勢を整えながら、戦闘へと意識を研いでいく。先鋭的に……意識が物理力を生むならば、その先端だけで敵を屠れるまでに。呼吸が沈静するのと反比例するように、胸中ばかりがゆであがっていく。
(ほらよ。恐らくはてめぇらお望みの、金髪と碧眼がくっついた首だ。吟遊詩人の好物だけあって、さぞ目立つだろが? この襟巻きを見ろよ。真紅は、旗司誓の要を心臓に擬った象徴……<彼に凝立する聖杯>では、頭領しか身につけることはできない。ここまで揃ってんだ。とっとと凶器振りかざして狙ってきやがれ―――その剣、鼻っ柱ごと俺がへし折ってやらぁ!)
右へ。まず視線が弾け飛ぶ。とうにその先では、ふた振りの刃が絡み合っていた。
相手の勢いを利用して、その凶刃を受け流す。ザーニーイは、急襲してきた敵の斬撃の手元を視界におさめた。敵は僅かにたたらを踏んだだけで、長剣を握る手付きはほとんど揺らいでいない。すぐにでも円弧の軌跡で剣を手前まで引き戻し、こちらへ刀傷を与えようとするだろう。
が、思索が走り切るまでに、ザーニーイは相手との間合いを重合し終えていた。剣を手繰って伸びた敵の右腕の内側に開いた隙を辿って胸倉へと踏み込んで、ぴたりと相手の鎧姿に寄り添うような体勢になる。敵がその凶変を知るのを待たずして、裂帛の気合と共に剣の石突を突き込む。
狙いは外れなかった。鎧の関節部分からわきの下を打ち抜かれ、敵が白目と舌根を剥き出しにして悶絶する。ザーニーイは無力化してくずおれた男を蹴りやって、怒号を発した。
「霹靂を狩ろうってんなら、不死身のデュアセラズロでも懐柔してきやがれ!」
敷地内に、先だって注意を促していた効果は覿面だった。自分が一戦終えるまでの間に、周囲は少しずつながら混戦を孕みつつある。十四。ほとんど見ないまま十四とその数を判断して、ザーニーイは起居を変えた。案の定、剣戟の隙間へはじき出されるようにして、あぶれた敵が一人、正面に現れる。
切っ先を向け合ったのはほぼ同時だった。視線が収束するのも、互いの顔。だが、動作が相似したのはそこまでだった―――敵が、罵倒の形に口角をへしゃげたのが見えたのだ。確かに、そこまでは。
「その華奢ななりで張り合う気か!」
その言葉が。
世界を罅入れる。
ザーニーイは、それの音を聞いた。罅の音。烈なる風。曇天の空隙から地上を縫う、空気の針が爆ぜる響き。その不可解な擦過の共鳴を後になって思い返せば、己が発した声であったことに気づくのかもしれない。
ただ、気づかない限り、この時間は続く。
相手のありさまは激変していた。こちらを見下して喜々としていた表情は恐怖をぶちまけた蒼白に暗転し、ちらちらと金属が反射していることしか判らなかった鎧姿は、歯の黄ばんだところさえ判別できる。それほどの近距離。
手にする白刃に映り込んだ相手の顔色が、自分の眼球のほぼ真下に、鏡映りとなっている。吐息さえ絡み合う間近までのめり込んで、正面に携えた剣は、今の一撃で確実に相手の喉笛を命脈ごと抉っていたはずだった。その位置にあり、その勢いもあった。それなのに、今は僅かに頚動脈の外へと押しとどめられている。そうしていたのは、相手の鎧金具の襟。
踏み込み、踏み込んで、踏み込んでいく。その襟が首を守るのならば、襟ごと切断してしまえばいい。急激な運動と動悸に沸騰した過呼吸への欲求に、胸郭をねじりあげられる。正確な攻撃を続けるためには、できる限り速やかに、剣技に合わせた呼吸を取り戻さねばならない。
だがそれでも、この時間は、連綿と刹那ばかりを綴る。
時は終わらず、罅もまた入り続ける。ゆえに、ここはもう現世ですらない。耳に音はない。目に世界はない。剣も痛みも舌の根で煮えたぎる苦い唾も、積んでは崩れる均一な情報となる。喉骨を髄から焼け爛れさせる激情に、理性を啄まれていくごと―――失われるつど―――殺人へと近づくほどに―――歓声は深まっていった。殺せ! こちらに対し、呪いの禁句を用いた口ごと殺せ!
どこをどう動いたのか、それを知ることはできない。それでもその時、ザーニーイが剣を、肩のすぐ上に構えたのは事実だった。単に振り上げたのではない、地面と水平を保った角度。その立ち位置は、敵の正面から離れること、大股四歩半―――この間合いに適した助走は知っている。ならば行くがいい! そして相手の眼球に、直角にこの直刃を当てるがいい! そうすれば後は、剣はノンストップで大脳まで突き進むことができる。その経路において、無粋な邪魔者は、兜どころか骨さえ介在しはしない。
白熱する心は体の芯にあり、だからこそ、自分はそれから逃げることはできない。が、それでもそこから追い立てられ、追い詰められれば、走るしかない。気がつけば、敵は目の前にいた。本当に目の前に。
間近に迫る顔面から溢れる青ざめた絶望よりも、相手の眼窩と己の鋼の牙との整合性の的確さに、愉悦が走る。そしてその愉悦は、更なる高みを予感した。この腕ごと剣峰を突き出すまでの一瞬が、敵が絶命する一瞬に化ける―――その瞬間の全権がここにある。
その微々たる瞬は、前触れなく失われた。敵が、背後に現れた第三者によって、後ろに引きずり倒される。そして、ひっくり返ったそれと入れ違うようにして、その人はこちらへ向かって飛び出してきたのだ。ゼラ。
自分の刃が引きちぎったのは、敵の片目ではなく、黒い髪―――そして、たった数本のそれよりも先に、ザーニーイは地面に落下していた。こちらを抱きとめるように突撃してきたゼラごと転がって、走って埋めた四歩半を、それ以上に逆行する。
空が見えた。雲のせいで、いつだって不均一に濁らされた無辺。ザーニーイはその下で、胴体にゼラを乗せたまま仰向けに倒れ込んでいた。
かぶりを振る。それを抱え込みたくとも、体の下敷きにしてしまったのか、両腕は動きやしない。いや―――湧き上がる恐慌に侵された視界の中では、確かに自分の腕が跳ね上がって、ゼラの背を掻き毟っていることに気がついていた。相手の内臓まで突き込むように、指先が力む……とはいえ、短く荒削りの爪である上に、服越しである。戯れに引っかいた程度の痛痒も与えやしないだろうが。いつの間にか落としてしまったのか、剣は、青い羽根ごとザーニーイの手から失われていた。なにもなく、無防備な諸手―――ここにこうして再び、なにもなく無防備な諸手!
反った背骨が、軋むほど引きつる。だというのに、しがみついてくるゼラの小さな体躯さえ振り落とせはしない。堪えきれず、唾液まみれの声を吐瀉し続けていた。忘れかけていたあばらの内側を苛む奔流に、我を忘れてのた打ち回る。
「―――息をして。してください。そう。そうです―――」
ゼラの呼びかけのうち、聞き取れたのはそれだけだった。それ以外のなにもかもをすり潰つぶしながら、悲鳴を上げ続ける。言葉は耳の間際で囁かれていたはずなのに、理解も理性もかなぐり捨ててしまってはどうしようもない。
だとしても、始まったものは終わる。枯れた喉頭から染み出る獣性が、人間も出すうめき声へ―――更にそこから、うわ言じみた悪罵へと変わる頃。苦心しながらもザーニーイは、萎んでいた自我の領域を、元通りに指先にまで及ばせることができた。
流汗が、淋漓と顔面を撫で落ちていく。塩辛い唇は、噛み締めれば震えを誤魔化すことはできた。そして、どうにか聞き取れる構音を成してくれた。
「……み、んな……は……!」
「大丈夫です。大丈夫なんだから。安心して」
言いながらゼラは、のしかかって身じろぎしない。酷い痙攣は、未だに胃の底に蟠っていた。ゼラに震わされているのは、声を受ける鼓膜だけ。それ以外の震えは、すべてが自分から生まれている―――
「もうすぐです。発作」
ゼラがぴくりとも動かなかったのは、その言葉でザーニーイの体が引きつることを予想していたからなのか。そんな邪推が脳を刺すが、そのままひと暴れするには寒気が強すぎた。悪寒はまだ、脊髄に霜をこびりつかせている。
密着したゼラの体は、それを解凍しようとするようでもあった。だというのに、告げられる事実は、確実にこちらの鳥肌を煽り立てる。
「いくら隠してあるとはいえ、カートンなんて大きな物に、わたしが今まで気づいていないはずがないでしょう。最近、煙草の減りが早まったので、時期を感じてはいたんです―――忠告が遅れ、申し訳ありませんでした」
「ど畜生……やっぱりか……」
ようやっと吐き捨てた罵りは、嗚咽にも似ていた。
自分で思いついた以上、そういった勘違いを他者にもさせるかもしれないという可能性は、考えるだけでプライドに触れた。しかし、相手がせりふを続けるまでに要した間は、それを弁解するには少なすぎる。すぐさまゼラが呟いた。
「ちゃんと認めてください。お願いですから」
次に上書きされた言葉は、同じことを言っているのに、感情を含んで少し重かった。
「お願いですから」
「うるせ……」
拒絶ごと唾棄して、ザーニーイは地面を殴りつけるようにして上体を起こした。閉口したゼラを、掴みかかるとも押しのけるともいえる手付きで横にやって立ち上がり、定まらない眼球を酷使の末に状況を見定める。どれだけの時間が過ぎたのか、<彼に凝立する聖杯>の動きは急速に穏やかになってきていた―――ゼラが大丈夫と言っていた以上、戦闘はいい形で終了したのだろう。自分の最後の相手は、ゼラに引きずり倒された時点で勝手に気絶していたらしい……仲間の何人かが、縛り上げたそれを運ぶために、人手を呼んでいる。彼らは、こちらのことを頑なに見ないようにしていてくれたが、それが逆にひどく羞恥を感じさせた。
(勝手に飛び出した挙句、仲間の前で転げまわって、今もこうしてぼやぼやと……まあ、情けないってところか)
自嘲になりきれない独白が、痛覚を辿る作業を鈍らせる。ザーニーイは、視線は<彼に凝立する聖杯>へ引っ掛けたまま、内部の感覚を追いかけた。軽度の打撲、擦過傷、創傷―――捨て置けない違和感を感じたのは、体に掛かる重量の変化だけだった。その大きさと、偏りの変化。触れずとも、戦斧は腰に未だ納まるままであると知れる。ならば。
そちらへと歩み寄ったザーニーイは、膝から屈んで、放り出していた剣を拾った―――そこにある青い羽根が指の付け根に触れる感覚に、不本意ながらも慰撫されたことを自覚しながら。
腰を曲げるだけでその動作は行えただろうが、上体を傾げた途端に胃液が逆流することは目に見えている。今のザーニーイには、それを口腔に抑えておける自信がなかった。猛烈に、煙草の苦味でそんなふざけた体を鈍らせてしまいたい衝動に駆られるが、それより優先すべきことは山積している。
(さっさと戻って報告を聞け。今回の後始末、欠点、汚点、短所。それみろ、雪ダルマ式に増えてくだろうが……)
喉を焼く嘔吐感と凍える内臓の落差に、叱咤さえ罅割れる。それともこれは、記憶の中にある亀裂の音か? 三年前からずっと、ことあるごとに耳の根より底からふくれあがる、世界の軋轢を告げる鐘の慟哭。ひとつふたつと砕かれるのは、空気か自我か、あるいはそれ以上に差し替えのできない何かなのか―――
(違う、これは、ただの頭痛だ)
ザーニーイは無音で吼えた。鼓動に伴う顎を外されたようなひどい不快感は、確かに頭痛のそれだった。圧迫された脳から一拍ごとに響く痛みは、過去にある鐘の音色のように頭蓋の外から侵してきはしない。だとしても、どうして言い切れる? この痛みが、あの時と同じような最奥の痛烈な裂け目となるはずがないと、どうして言い切れる?
(駄目だ、錯覚だ、なら認めるな―――!)
頬は汗で、首筋は汗や他のごちゃごちゃした体液で土くれをこびりつかせ、多少重たくなっていた。ザーニーイは無造作にそれらを擦り取ろうとし―――やめた。顔面を拭うという行為は、落涙を連想させる。
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