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承章
承章 第一部 第六節
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それは歓喜の歌だ。
だとするなら、極めて慎しやかだ。そう思える。
美女のうぶ肌を思わせる乳白色の湖面をたゆたわせるシチューボウル。その隣、皿の上。酢と薬味で熟されて一段と深い緑を潤した青菜に、炒りたての麦が香ばしさを添えている―――そして、そんな端役はただの従者だといわんばかりに威風堂々と亜麻色をひけらかすのは、つややかな唐揚げ。余熱ではじけた肉汁とあぶらが立てる音は、その一粒一粒が香気を奏で、唾液腺と内臓を甘く絞ってくる。その痛苦に、キルルはわずかばかり愁眉を寄せた。それに逆らうことはない。分かりきったことだった。その一瞬は、幸福の呼び水となるのだから―――
「これのどこがべろんちょ?」
「分かんないの~? もったいない人❤ んふふ」
キルルの手元の豪快な揚げ物とシチューのセットを背後から覗き込んだエニイージーがやたら不服そうに疑問を投げてくるが、一切の迷いなくキルルは断言した。
が、相手にとってすれば、その応答は明快でもなんでもなかったらしい。彼はより一層に声音を気難しく翳らせながら、キルルの皿を指して念押ししてくる。
「あのな。乾酪と乳あぶら挟んだゲンコツ揚げなんて、普通俺らが仕事合間につまむよーな、安っちいツマミだぞ?」
「じゃ、その時になったら呼んで。あたしも食べるから」
彼の失礼さも気にならないほど寛容な気分で、キルルはうんうんと頷いた。別に首肯する意味はないが。
軽快な心根に浮き足立って、キルルはなんとはなしにその場を見回した。その部屋、と言わなかったのは、単にそこが一個の部屋とは思えなかったからである……普通、部屋とは四面が壁に囲まれているはずだ。キルルが身を乗り出して朝食を受け取ったそこは、大食堂と厨房の中継ぎをする役割のようで、大食堂との間にある壁の上半分をとっぱらってカウンターにしたつくりになっているのである。つまり調理場そのものかと言われれば無理があるし、食堂の一部というのも煮え切らない―――あえて分類するとしたら、大掛かりな食器棚、だろうか。壁のほとんどに薄い板金が貼り付けてあり、その壁に備え付けてある棚からはさまざまな食器や道具が顔を覗かせている。きっちりと整理整頓されたそれらは、そういった壁画であるかのように整列して使用される時を待っており、単にそれを浪費するだけの大食堂や厨房とは一味違う雰囲気をかもし出していた。もしかしたら、本来は本当に調理用具の安置場所だったのを、後になって食事の搬入に都合がいいよう上半分だけ隣とぶち抜いたのかもしれない―――いざとなれば風呂桶にでも代用できそうな鍋が、汁物を腹いっぱいに煮立たせたまま肩身も狭そうに奥の床に並んでいるのを見ると、その思いは強化された。そこのどこにも加熱調理の設備は見当たらない。火事が起きた際に延焼を免れるためにそれ専用の半別棟でもあるとすれば、このシチューやら惣菜やらはそこからリレーされてきたことになるが、だとしたら相当な手際だ……と、キルルは胸中で付け加えておいた。少なくともそれは、まだまだ冷える気配のない手元の惣菜の熱気から知れることではある。まあ単に可能性の高さだけから言うなら、大食堂に鍋が運ばれるのを待ちきれずにカウンターにやってきた餓鬼ふたりを放置するに忍びなく、特別に出来立てを上げ膳してくれたという説も有力候補だろうが。
「減ーった減った、おなかが減った、胃・内容物げんしょ~ちゅ~♪」
「そっちじゃねーよ、こっちこっち」
適当に歌いながら大食堂の一席へと行進しかけた寸でで止められ、キルルはエニイージーに振り返った。彼は片手で自分の食事の乗ったトレイを持ち上げ―――シチューが危なげに傾いだが肘の加減であっさり持ち直し―――て、余った片手で廊下に開け放ってある出入り口を指し示していた。正確には出入り口、廊下を挟んではす向かいにある、黒塗りのドアを。
彼の爪と半眼の先、その木製のドアは、ただそれだけではないことを遠まわしに知らしめるかのごとく、上等なニスによって重厚にてからせた日光を鈍く反射していた。見た通り、別格にしつらえられた部屋らしい。
そちらに歩き出したエニイージーへ、キルルは不平の意で下唇を鳴らした。ぶーと思いのほか高らかに鳴ったのだが、それでも相手に立ち止まる気配が見られなかったので、のたのたとついていきながら言葉で不承を繰り返す。
「えー? あたし、昨日の夜はごったがえしててよく見えなかった大食堂も見たいし、なにより他のみんなとも一緒にごはん食べたいんだけどー」
「絶・対・バツ」
言い切って廊下の中ほどで立ち止まり、彼が視線を横へ跳ねさせる。今はまだがらんどうに静まり返っている大食堂に目障りななにかがあったわけでもないだろうが、エニイージーの顔つきはいかにも具合悪そうに陰鬱だった。口調も、それに続く。
「その場しのぎくらいは間に合ったけど、あそこ、昨日の狂喜乱舞からほとんど手付かずなんだよ。テーブルの下に足伸ばして、脱ぎ捨てられた誰のか分かんねえ下穿きとか反吐跡とか、うっかり踏んづけたいか?」
「う。それはちょっと……」
「だろ。だから、あっちはやめといてくれ。こっちは客向けだから、あそこより狭いけど、綺麗にしてあるから。ひとり先客がいるらしいけど、箱庭からの客だって聞いたから、俺よりあんたの方がよっぽど打ち解けやすいだろ」
と。
「それはそれは。俺は、数年来の友よりも初対面のレディの方に高い親和性を発揮すると思われておったとはな。初耳だぞエニイージー」
皮肉りながらその男は、客室の内側から押しのけた漆黒の扉に背を預け、その場で佇んでみせた。
男優じみた伊達男―――真っ先にそんな印象が浮かんだのは、その所作に大勢の注目を受け流し慣れた余裕を感じたせいだろう。腰の剣は細身の中型。細かく織られた長衣は上品である以上に頑健であり、その高い襟は、端ですら型崩れするなど思うべくもない。すらりと伸びた背筋は別人のそれを想起させるが、そのように意識をつつかれたのは、なによりもその男に存在する別の物のせいだった。赤毛―――
おろしたての絹糸を思わせる、一本たりとくせのない直線的な赤い髪。その元には、オールバックからわずかばかりほつれた前髪と鬢を許さずナイフで斬りつけた痕跡のような、一重瞼の双眸がのぞいていた。それは、ともすれば本物の刃物を思わせる鋭い眼光を刻むこともあるのだろうが、今はキルルの邪推をご破算にするかのように、笑みと日光を含んで温まっている。
「キアズマぁ! 背の二十重ある祝福に!」
面食らって立ち尽くしたキルルと違って、エニイージーの歓声は俊敏だった。動作まで俊敏に駆け寄ることまでしなかったのは、単に数歩でたどり着いてしまうからだけだろう。あっさり親密な間合いに踏み込みながら片手で敬礼を済ませ、エニイージーが返す手で相手の肩を叩いてみせた。景気のいい音がその手の主の笑顔と一緒くたに、相手の間近ではじける。
キアズマと呼び捨てられた赤毛の青年は、エニイージーの振る舞いを好意と共に受け入れたらしかった。はたかれる肩もそのままに、友人の歓迎に眉を弛める。
「よぉおひさ。背の二十重ある祝福に」
と同時、指揮するようにくるりと、キアズマが手掌を敬礼の型へと舞わせた。それはエニイージーと同じ軌道を描いたが、キアズマは関節の浮いた二本指に華奢な紙巻煙草を挟んでいたため、格段にゆるやかだった。火を帯びたそこからたなびいた紫煙は、ほのかに甘い。
(あれ? なんだろ……)
不意に頭をもたげた不快感に、キルルは素直に戸惑った。少なくとも今のところこの男は快活で、品があり、清潔である。気持ちがざらつく要因など見当たりはしないが。
「んっとに久しぶりだな! 元気そうで良かった! 今日はどうした? さては禁煙実らず、アッシェに愛想尽かされて、ついに古巣に傷心帰郷か?」
「たわけ無礼なそのようなことなぞありえるか大体にして人様の恋女房をちゃん付けなぞ気安いわこの阿呆」
余程逆鱗に触れたのか一息で言い切り、キアズマが威嚇的に破顔して、舌を出してみせる。こけにしたつもりなのだろうが、最後のひとつが決定的に逆効果だったのは間違いない。自覚はあったのか、彼は咳払いしてから面の皮を真顔に引き締め、続けてきた。
「ともあれ、アシューテティも息災。煙草については、紫煙に接吻すると彼女にそうすることが長期にわたり発禁となるゆえ、こうして悔踏区域外輪くらいでしか愛でられんだけよ。<風青烏>もすこぶる順風。今日はここでの仕事も事なきを得たので、しばし憩わせていただいていた」
「そうか。さてはあの野郎、俺を驚かせようと思って、わざとキアズマのことを箱庭の奴なんて言いやがったな……」
エニイージーが邪気無く舌打ちして、“あの野郎”の方―――つまり大食堂のある背後へと振り返ってきた。そうすると避けるべくもなく、真後ろにいたキルルと目が合ってしまう。まさか本当に彼女の存在を忘れていたはずも無いだろうが、それでも意表を突かれたような閃きをまなじりにちらつかせて、エニイージーが半身をずらした。立ちはだかるものが無くなって、自然とキアズマとキルルが向き合う。
「あ。この子は―――」
「まずは、このお初お目にかかる重畳こそを申し上げたく存じます。キルル・ア・ルーゼ後継第二階梯」
取り繕いかけたエニイージーの声に比べれば、そのせりふははるかに静かだった。
だがそれでもキアズマの口上が他者を圧倒したのは、ひとえにそれが泥縄でなかったからに他ならない。要は、遮るにも上書きするにも、洗練に差がありすぎる―――そういうことだ。
その男は、胸骨の左辺中央を左手の薬指と中指の付け根で圧迫する宮廷儀礼さえもそつなく、こともなげに連ねてみせた。ただしこちらも、完璧に。
「久しからず血族との縁は途絶しておりますが、百英雄が命脈を辿りての名乗りを所望されるのであれば、驕りと知れどもこの唇、再びその綴りで濡らしましょう―――ネモ族ンルジアッハ家ツェペランジュが第七子、名をキアズマ、と」
そこまできて―――
その男は、今までの全てをはぐらかすように、ウインクしてみせた。目元に染み出た茶目っ気は、貴族然とした彼と、ちぐはぐなようで似合っている。貴族―――
「貴族う!?」
キルルは、とち狂ったように悲鳴が押し問答しはじめた喉の痛みに大口を開けた。だからといって声の通りが良くなるわけでもないため、結局せりふはしどろもどろにつっかえたが。
「ネ、ねねねねネモ族ンルジアッハ家って、あの……!?」
「そ。ヴィネモルカのネモ。あの有名な“ゆえにただ千日に生ありきネモ”の本家」
吐息混じりにキルルの語尾を受け取り、エニイージーがその尻を拭った。
「ヴィネモルカ―――争いの中で死産した胎児が待望の女の子だったことを知って、自分の名からヴィルカを譲って葬り、『母の名はこれから芯まで穢れゆくだろう。だからこの名の芯の音だけは、この心の腑の音が絶えるまで、母に負わせておくれ』と墓前に言い残して……ええと」
つとキアズマを見やり、今更の能書きが間違っていないことを確かめながら、
「ヴィネモルカの芯……つまり真ん中の“ネモ”という名で、無二革命に参戦すること千日。最後は壮絶に討ち死にしたっていう女傑だ。だからお前の族名、ヴィネモルカじゃなくってネモなんだろ? 英雄として遺した名前がネモだから」
「もはや俺にとっての彼女の遺産は、その名と赤毛と、この貴族なまりのみ―――と、言いたいところではあるがな」
キアズマは苦笑いで、薄いえらを押し上げてみせた。というよりは、苦いものを、多少の笑みで丸め込んでしまおうと試みたのだろうが、それに失敗したことは言われるまでも無く悟ったようだ。今度こそ確実に苦笑いの産物である皺を小鼻のきわに撓ませて、ギブアップの手振りをしてみせる。ただし、実際に観念の白旗を上げるにしては瀟洒すぎる伏し目で、手を下げた彼は続けた。
「後継第二階梯。ネモを冠するとは言えこのキアズマは、<彼に凝立する聖杯>を経て現在、その後援と尽くすべく、義賊<風青烏>を営んでおる凡愚。億万が一にも叶うならば、ぜひともお見知りおきの光栄を―――」
と、彼が深々と頭を下げたことに、重ねて息を呑む。キルルが胸の下にくっつけるようにして持っていたトレイの上で、絶頂を過ぎてなりをひそめかけた肉揚げが跳ねた。旗司誓ではどうなのか知らないが、視線の交わりを絶つ角度まで自ら腰を折る辞儀は、貴族における最高位の宮廷儀礼に属する……少なくとも、教本上は。正直言って、あわてふためくには充分すぎる状況といえた。
「え、ええと。よよ、よろしく」
「うん。かわいい」
「かわっ!?」
さらっと頭を上げてキアズマが口に出した言葉に、どうにもできず立ち尽くす。
あんぐりと開き切った口は自分でももてあましていたが、それを手で覆うことすら忘れて、キルルは目をしばたいた。<彼に凝立する聖杯>付きの義賊だというネモ族ンルジアッハ家の一員が、宮廷行事でもないというのにキルルに頭を下げた挙句、身体を起こした今はにこやかに煙草を咥え直している。控えめに言っても怪現象だった。
当のキアズマは、口のそれをあえて喫するでもなく、にっこりさせた顔のわきに一本指を立ててみせた。それについては、特にどうという意味は無いようだったが。
「かわいい。淑女のびっくりしたかんばせは、やはりかわいいものだ」
「お前、いくらなんでもこっちの言い回しに抵抗なさすぎだろ」
「む? そうなのか? なんか抵抗すべきか?」
自覚無さげにエニイージーの注意を受け止め、キアズマが由々しき事態だとばかりに薄い眉をねじった。それを見て、エニイージーがため息をつく。
「するしないっていうか、あるなしの問題なんだけどな」
「むう。分からん」
しょげたその眉毛と同じ角度に人差し指の先をくにっとさせたキアズマの動きに、説教を誘発されたのだろう。朝食を盆ごと抱え直すことで語気も持ち直して、それでもどこか気乗りしなさそうに、エニイージーが口を開く。
「はじめましての相手に、下心なく、そーいった言葉をけしかけるもんじゃねえの。既婚者のくせに無節操な」
「あったらよいのか? 下心」
「あるだけ始末に終えねぇだろ」
「あるなしの問題なのに、あってもなくても駄目とな。ならばいっそ、覚えない方がよかったのか? 『かわいい』」
「かもな」
「まじでか。ここにきて初めて知ったニュアンスの言葉ゆえ、お気に入りなのだぞ。『かわいい』」
「まじでかってお前……」
「何だ。それもいかんか。どっちも直伝だぞ。頭領から」
「まじでかアァァ!?」
今までの何倍も痛手を食らったかのような血相のエニイージーにかかずらうことなく、キアズマは虚空を目玉のそぶりだけで見上げて、唇のきわをこすっていた指を引っ込めた。
(そっか)
そこで脈絡無く、悟ったことがある。
(この人、お城のにおいがするのね)
紫煙というわけではない。体臭というわけですらない。
だからこそ本能的に回避したい。気がついてしまえばそれだけのことなのだろうが、それでも胸間にはろくでもない思いがこみ上げる。冷えかけた指が、ぬらぬらと背骨の内側をたどり落ちてきたような、生半な薄気味悪さ。
(そうよね。生半可なんだわ……全部)
貴族でないと言いながら結局は貴族でしかないこの男と、本能的に願った回避を理解した今でさえ、それだけで終えてしまった自分。成る程。
「ま。それはそれとして、席につくがよい。四方山話と朝餉に興じようではないか」
言いながら、更にドアに添うように身体をよせたキアズマは、上向きにした掌で部屋の奥を示してみせた。目蓋を伏せつつ、ただし瞳はごく自然にキルルに合わせたままで。
(いったん目を合わせたら、あたしから目をそらすまで、彼はそれを続けないといけないものね)
それが貴族だ。そして彼だ。自分でもあるのかもしれない。
エニイージーに続いて、キルルはその部屋へと踏み込んだ。
そこにあるのは、古びた……しかも古びた年月分だけ値が張りそうな六脚の椅子と、それに囲まれた円卓だった。飾り気の無いカップと灰皿がぽつりと乗っているだけで、他には何もない。飾り立てる類の調度は、キルルの部屋と同様、これまた全く見当たらなかった。しかもこちらは広さもあまり無く、各々が寛ぐために椅子を思う存分ひいて腰掛けてしまえば、扉への出入りに部屋を横切るのも差し支えるかもしれない。それでもさほど狭苦しく感じないのは、窓があるおかげだろう……縦横八本の格子さえ入っていなければ、強盗団さえ楽々と出入りできそうな大きさの、硝子がはめ込まれた窓。外が見えた。とはいえ、それは心癒す花鳥風月ではなく、冷め切ったパンの断面を思わせるくすんだ空と、人が散らかったグラウンドだが。硝子の質も上等とは言いがたいので、もとより風景を楽しむ目的で設えられたのではないのだろう。じゃあなんなのかと言われても、見当がつかないが。
出入り口のすぐ手前の席をキアズマが使っていたのは、灰皿とカップの位置から知れた。エニイージーに手ぶりで促されて、キルルはそこからひとつ席を飛ばして座る。当の彼は両者ともからひとつ空いた場所を選んだため、これで三人は互い違いに空席を挟んで円卓を囲んだことになる。キルルはそれぞれに注視を転じて―――不意に目を留めたカップの向こう、座したキアズマが、なにやらぶつくさと反駁しているのが聞こえてきた。ドアが閉じたため、小声が廊下外からの騒音にまぎれなくなったのだろう。
「しかしだな。かわいいというのは、魅力的、美しい、愛らしい、など多種多様な美辞となりえる以外に、いざとなれば蔑みにも哀れみにも用いられるという、ものすさまじく汎用性に富んだ単語なのだぞ。ものすさまじくすごいのだぞ。まさしく女性に相応しいと思わんか」
まあ聞こえたところで、さほど騒音と大差ない内容といえたが。
それとキアズマの異存に満ちた顔つきとを併せてみて、説教が不発で終わったのを読み取ったらしい。エニイージーが、どうせ無駄足だろなと雄弁に仏頂面に語らせながら、指の爪で円卓の表面を小突く。
「んなこと釈明してる時点で、実はとっても恥ずかしいんだぞ。お前」
「そうなのか?」
「ていうか、聞いてる俺が恥ずかしい……」
「ということは、お前が恥ずかしい奴だというだけだろう。やーい」
「いや。なんだお前。くそう」
理屈もへったくれもなくやりこめられて、エニイージーが歯噛みした。それをやけくそで開いて、押し殺す手前のかすれ声でうなる。
「大体、女がびっくりするのが好きって……ンなことしてたら、また嫁さんに叱られっぞ。どうせお前また性懲りもなく、ホットコーヒーにプチトマト沈めてアッシェに渡したりしてんだろ?」
「だからアッシェと呼ぶでないわ」
この時ばかりは優雅な構えを撤回して、キアズマが威圧する。とはいえエニイージーに邪さがないことは承知の上らしく、次のせりふではあっさりそれを手放して、上げた鼻先から息をついた。
「ま。確かに今朝も叱られてしまったので、看破されたには違いない」
「しかも今朝」
「いや違う。トマト違う。なんだその猜疑の三白眼。今朝はちょっと早起きして、塩と砂糖を入れ替えておいただけだ」
「うわ」
「なぜヒく?」
「疑問なのかそれ」
「やはり悪戯としては安直過ぎたか?」
「そして疑問そこかよ」
「むべなるかな。なれば、あのアッシェのひたすらなしぶり顔は、年甲斐なくそれに引っかかってしまったゆえの照れと見た。ふふ、こまごまと愛いのぅ」
「年甲斐ないのはお前だし。彼女は多分、メシがマズかっただけだろ」
「うん。ホットケーキは塩の味しかしなかった。アッシェはいつもみたくハニーシロップとかかけておったが、俺は昨日そいつも塩乳に交換しといたしな。まああれだ。泣きっ面に蜂。しかしあの面差しがまたモアベター」
「うあー」
「まあすぐに野菜とかと煮込んで汁物に作り直してくれたから、結果オーライだろう。美味だったぞ。やはりアッシェの手料理は、あますところなく馳走よの」
「野山でもないくせにサバイバルな応用力に磨きがかかっていくキアズマ家の食卓に、そろそろ嫁さんが反旗を翻したところで疑問はないな」
半眼で仄めかして、エニイージーはシチューを口に運んだ。それにならって、キルルも深皿を持ち上げる。彼はそれを、キルルが焦げた小麦粉の溶け残りを皿になすりつけている間にほとんど平らげて、やっと人心地ついたようにキアズマへ話題を広げた。
「にしても、その話し方まだ抜けないんだな。大分まわりくどくなくなったけど、そんでもまだ分かりにくいぜ。さっきの挨拶だってそうだ。久しからずって、久しい、の反対だから、本当は『久しぶりじゃないちょっとの間』って意味になるはずだろ? 実家から勘当されてんのに、『久しからず』でいいのかよ?」
「勘当……という表現も、些少の語弊を孕んでおるが」
キアズマが、短くなった煙草を指で折ってから、灰皿に添える。それを終えるまで言葉を発しなかったのは、考えあぐねた時間として、長かったのか短かったのか。結論から言えば、使った時間も黙考の出来も、さほどでもない……といったところか。キアズマはどこか白けた調子で弁明を並べてみせた。
「ま。話術については不可抗力であろ。聞き心地が名禽の囀りのごとく耳朶に麗しことこそ至高、というのが教育方針である以上は」
「……ホントにいいのかそれで?」
「どうせこんな話法でチンタラくっちゃべる会話なぞ、微々たる余興にすぎん。聴許し、笑っていさえすれば、相手は勝手に喋りつくせた満足心を抱えて退席召される」
「なんつーか、おめでたいな」
「まあ、若い時分の俺から見た、随分と偏屈な品評だ。幾らかは、まともなのもいる―――」
それ以上は、明言するに苛まれたらしい。今までとてじっくり見合っていたわけではないが、それでもキルルを視界から外して、キアズマが中断する。それを逆に追ってこちらを見てきたエニイージーが、かぶりついた肉を苦も無く飲み下して、ふと声を上げた。メインディッシュをなくして急激に白い脂を固まらせつつある皿を前に、親指についた肉汁を舌先で拭ってから、
「そういやお前、誰にキッティがいること聞いたんだ? それに、よくこの状態で後継第二階梯だって分かったな。お初お目に―――ってことは、会ったことないんだろ? 服はこんなだし……まあ色々こんなだし」
「いろいろこんな」
なんとなく鎖骨の辺りから下を隠して、そしてそこに感じる脂肪の薄弱さに、更に気分が磨り減るのを感じる。ぎっとエニイージーを睨みつけるが、さっと顔をそらされてしまったため返って地味な怒りが膨れ上がり、キルルは眉根をむずつかせた。むしろ怒りだけは、そうした分だけ十二分に相手に伝わったような気もするが。
皿から持ち上げた揚げ肉に、咀嚼に必要とされる以上の万力を込めてかぶりつく。熱をなくしかけた肉の弾力と格闘し始めたキルルを薄らかな愛想笑いで見送って、キアズマが目の前のカップを持ち上げた。そのまま口をつけるでもなく、エニイージーへと答える。
「<風青烏>が伊達で<彼に凝立する聖杯>の筆頭を務めておるはずもなかろ。情報収集こそがうちの得手よ。安心せい。他言しとらん」
「そりゃ疑っちゃいねぇけど」
「そして、この姿でもレディと分かったことについては、―――」
と、そこにきて、返事を言葉から目許に代行させる。キアズマはわずかながら眉を下げ、それよりもなおわずかに目尻を上げていた。そういった動きは、顔面の造作としてひとつひとつ理解できる……ただし、表情を形作った感情を理解するのとは、また別の話だ。目は細まっていた。笑う程度に―――泣き笑う程度に。
「お前はそういった気性ゆえ、そんななりなっても恋慕の残り香すら匂わんのだとだけ忠告しておこうぞ」
キルルのそれ以上の判読をはぐらかすように、キアズマは今までの顔つきを撤回した。つまりは、友情を基に友人を小馬鹿にする含みを明確にしてほくそ笑んで、両手に抱きこんだカップをぶらつかせてみせる。中身はもう少ないのか、飛沫すら飛ばない。
キアズマの細い鼻筋にふて腐れた横目をくれて、エニイージーは憮然と喉から声を追い出した。実際はらいのけるように片手をひらつかせながら、
「はン。俺の伴侶は<彼に凝立する聖杯>だ。頭領に恩返しできるまで、わき見なんかしてらんねえっつの」
「確かに、わき見運転は事故の元ではある。一点集中による視野狭窄と同じくらいにな」
如才なくあてつけ返して、キアズマが肩を竦めた。そして結局は茶を楽しむことなくカップを卓上に戻し、軽く組んだ腕の上で息をついてみせる。
「しかし常日頃お前の言う恩義とやらを鑑るに、完済される時なぞ来るとは思えんが」
「ったりめーだろ! 一生かけたって足りるか! 俺は、その一生そのものを頭領に救ってもらったんだから!」
「おお神よ。返済の継承を強いられるだろうエニイージーが末裔に幸いを」
信心無く胸元で祈りを切るキアズマを眺めやって、キルルはどことなく冷めた―――例えるなら、口の中で嚥下に抵抗し続けている肉の塊と同じくらいにそうなった―――気配を、エニイージーに向けた。
「末裔が生まれるためには、女の人と結婚しなきゃいけないんじゃないかしら」
「はっは。これまた大いなる本末転倒」
ぺしりと自分のおでこを演技ぶった調子で叩いて言葉以上におちょくりながら、キアズマが追従してくる。あてこすられているのは分かっているのだろうが、だからといって受け流せるばかりでもないようで、エニイージーはじわじわと鬱憤を隠さなくなっていった。いらついたような手付きで、空っぽの食器のへりに浮いた脂のつぶにフォークを突き刺しては切り離すという無駄な腹いせを始めている。
それを見て罪悪感が芽生えたつもりはなかったが。それでもキルルは口を衝かずにおれなかった。
「エニイージー。あなた、ザーニーイに助けてもらったの?」
「あ」
「そうなんだよキッティ!」
エニイージーの変化は劇的だった。渋面どころか指先でいじくっていた食器さえ投げ出し、円卓の上に身を乗り出してくる。兆しなく沸騰した喜色に、彼の顔は輝いているように見えた―――まあそれ自体は、窓際にいるキルルのほうに彼が間合いを詰めてきたのだから当たり前のことなのだろうが、キアズマがげんなり閉じた両の目頭をもみほぐしている具合とあわせて眺めてみると、なんらかの真意があるように思われてならない。キアズマが、その諦観面を裏切らない不明瞭な口調でひとりごちてきたのだから、尚更だ。
「こうなっては一席ぶつまで静まらんゆえ、その話題はお止し召されよと具申いたすつもりだったというに……」
「頭領は正真正銘、俺の命の恩人なんだ!」
尻すぼみになっていく親友の老婆心を押しのけて、エニイージーが喝采した。
「あの人がいなきゃ、俺は野垂れ死にしてたに決まってる! ―――いや」
と、突如としてぶつ切れに、エニイージーが口を噤む。えらく真剣に何秒かを過ごして、その秒数に不動の意味があることを言外に告げるように、静かに言葉を空気に沈めてくる。
「死ぬとこを助けてもらっただけじゃない。生きることさえ救ってくれた」
「すごいわねー。不治の病で臥ってたとこに、起死回生の妙薬を持ったザーニーイが、太っ腹な心境で通りすがりでもしたのかしら?」
風刺めかすべく囃し立てるが、相手は予想に反して、拗ねるどころか大真面目に頷いてみせた。
「そうだな。不治の病ってのも、当たらずとも遠からずだと思う。野良ってのは生まれつきだし、死ぬまでに治る奴も珍しいから―――って。あ。違う違う」
せりふ途中にして、キルルの表情から彼女の勘違いを察したらしい。エニイージーは手先で否定の仕草までしてから、再開した。
「野良は、浮浪児ってそのまんまの意味じゃない。家名も族名も無い奴のことを指した、けなし文句だよ。実際にそういう奴は孤児だったり、むしろいないほうが害が無いような連中が家族ってのもざらだから、あげつらうにゃもってこいだよな。俺が生まれた王裾街の隅くれのあたりじゃ、……まあ、なんだろうな」
と、そこで急に歯の根に肉のすじでも挟まったかのように、言い渋る。
「あいつらが言うところの、生まれついた身の程ってやつがあってさ」
「差別といってしまえばいいだろう」
高尚に嬲りにきたとでも勘ぐったらしい。冷淡にすぼまった目蓋の奥、その眼に実によく似た言いざまでエニイージーの言葉尻をすっぱぬき、キアズマが―――キアズマ・ネモ・ンルジアッハが―――紫煙混じりに声帯を軋らせた。
「その陳腐な口回しと同じくらい理解しやすい上に、色々とコンパクトに収まるぞ。文字数とか」
「いや。差別。いや? そう言われりゃ差別か。あれ」
毒舌まぎれに窘められたことにも気付いていないのか、エニイージーは額面通りに相手のせりふを受け止めたようだった。元の席まで退いて腰を落とし、逡巡を埋めるように、視線を卓上にふらつかせる。無音の格闘は多少長引いたが、結局は降参することにしたようだ。実際に両手を肩の上にかざして、その指先をひらつかせさえしてみせる。
キルルは、それを見ていた。ずっと。
「とにかく俺はそこじゃいつだって他の連中よりぼろぼろじゃないといけなかったし、腹を減らしてないといけなかったし、真っ当な手段でそこから這い上がろうなんて考えちゃいけなかったし、なにより周りのそこかしこにいる誰も彼もがそれを鵜呑みにしてた。これって差別よりか、文化とかになるんじゃないのか? いや。分かんねっけど。勉強なんてこっちで齧ったきりだし」
と、手を下げて、ため息をつく。そしてエニイージーは、ぐるりと頭を巡らせた。ただし、キルルを見たのではないし、キアズマを避けたわけでもない。あえていうなら、その頃の記憶の残滓でも探したのだろう……たとえばキルルのすぐそこ、窓向こうの乾ききったねずみ色をした空から。
「だからここに来てしばらくは、生まれたてより馬鹿だった。しばらくして、ああ別世界ってあの世以外にもあるんだなって納得できたけど、最初はもうびびって無理だったよ。なんで働き終わっただけでちゃんとしたメシを食わせてもらえるのか、とにかくそれがめちゃくちゃ怖くてさ。でかい声なんて笑い声ばっかだぜ? しかも笑ってんのが、ラリってるわけでも誰かを私刑にしてるんでもないときたもんだ。そのストレスで、こっちに来てから何日かで、あっちにいた時より痩せたもん。俺」
あまりに素っ気無く流れていく独白に、キルルは自分の舌の根を押し広げる生温やかな吐き気さえ思い違いではないかと怪しんだ。それでも、日常にほどけていたはずの鼓動がきつく縒り上がって、打つ回数どころか鼓動の振動さえ錯覚できるとなれば、いつまでも誤魔化しきれるはずもない。頭に上った血に悪酔いしている気がした。が、そんな倒錯になすりつけでもしなければ、そのことを訊けたはずもなかった。
「仕事したら、……ごはんとか、お給金は……あるはずでしょう?」
「そりゃ、相手が人間だったらな」
「エニイージー。よさんか」
キアズマが鋭く制したが、彼はなびかなかった。あっさり残りを遂げる。
「これもあいつらの言い分を借りることになるけど、つまりは野良の犬猫みてえに名前しかねえ奴を人間扱いするなんて、分不相応なんだよ」
エニイージーは、こんな今になって、苛立っているように見えた。そしてそれ以上に、戸惑っているように見えた。彼にとっての当然が、キルルのそれとは食い違っている―――そのことが過去<彼に凝立する聖杯>に入団した時の心地をも誘っているのか、エニイージーの瞳の茶色はいつにない暗褐色を焦げつかせて、青臭くすらない脆い感情を匂わせた。
今のまばたきで、それは消えた。
「後継第二階梯を前にしてこんなこと言うのはあざといとは思うけど、それでも卑怯臭い悪意はない――― 一応、そのつもりだから聞いてほしい」
エニイージーはいったん口を閉じ、そうしてまがりなりにも残っていた当惑と躊躇を噛み切ったことを示すように、はっきりとキルルに向けて顎を開いた。そこから声音がやってくる。
「血統をマーカーに、家名だ族名だと線引きしてかかる連中がトップなんだ。トップダウンで国の掃き溜めまで染まってたところで、なんかおかしいのか?」
「あ、なたは……」
「俺があそこにいたのは、戦争するだの、しないだの、し終わっただの、ぎゃーぎゃーやってた頃とどんぴしゃのはずだ。よく覚えちゃいないけど、あそこの連中は、そのぎゃーぎゃーが儲けに繋がらないタイプだったんじゃないかと思う。そういう奴に一番しわ寄せが来て、その寄ってきたしわをもっと底に押し付けてかないと、やってられない時期だろ? 多分。そういう頃って」
「あなたは……―――」
「名前が短い奴は長い奴より弱い。文無しは金持ちより弱い。子どもは大人より弱い。だったら、野良の貧乏人の子どもが底辺だ。なあ。なんかおかしいのか?」
「あなたは、」
何がしたいのだ?
唐突に、内に向く問いかけへと切り替わった思考に、頭痛すら走る。のみならず、大きくなっていく音のない自分の声が、ただの言い残しの反響でないことにも気付いてしまう。あなたは。あなたは、何がしたいのだ?
(何がしたかったの? あたしは)
話している彼に呼びかけた。それが何を意図してのことだったのか、自分でも分からない。
(彼が話すのを止めたかったの―――?)
だとすればそれが止んだ今、自分が言葉を失ったことは理に適っている。
(彼にもっと話して欲しかったの―――?)
だとすれば、話している彼に呼びかけることは―――相槌のセンスの無さとそれを上回る下手くそさを抜きにすれば―――理に適っている。
(それとも)
もっと他の卑しい話か。見当もつかないが。
ただ、見当もつかないのは、相手に対しても同じだった。エニイージー。彼は唇の上下を吐息に使ったのと違う趣きでこすり合わせ、ついでその頬がゆるんで、目と口の端が撓んだ。それは本当に……本当に見当もつかないが、―――
彼は単に笑った。そう思えた。
「あのな。そんな顔しないでいいんだ。今となっちゃ、エニイージーだけの俺は、俺の誇りなんだから」
ふと。
それまで不穏な風向きを監視するように気配を沈めていたキアズマが、伏し目を解いた。その先には、斜め向かいに座ったエニイージーの姿が留まっている。そのまま、口を開いて―――
それ以上の勢いでドアが開かれたことによって、それは中断した。爆竹でも破裂したような音を立てて戸板がはじけ、更にそこから、単に火薬が暴発した以上の威力の怒声が炸裂する。
「義父さん!? こんなところで油を売って―――!!」
「きゃ!?」
悲鳴を上げて身を竦めたのは、キルルだけだった。ただし、わけが分からず目を丸くしていたのは、彼女も含めた全員であるらしい。実際キアズマとエニイージーのみならず、殴りこんできた当人さえ絶句する。
というか、その場において、その当人こそ最も呆けているように見えた。壁に当たって跳ね返ってきたドアに尻を打たれても振り返りすらせず、入り口のところで棒立ちのまま、こちらに向けた目玉を固まらせている。
「あ―――え? シゾーさん?」
「す、いません」
恐る恐る名前を呼ぶと、シゾーはようやっと、そんな呻き声を振り絞ってきた。
それがどことなく震えていたのは、土壇場でやりどころが失せた勢いを持て余す破目になったこと以上に、肉体的な限界が影響しているのだということは見れば分かった。たれ目の面影をなくすまでつりあがった目元と逆に、食いしばられてつりさがる口元。そこにたれこめた汗と殺伐とした息差しは、食卓の団欒をぶったぎってしまった後ろ暗さに根ざしたものではなかろう―――そんな、ここ数秒で張り付いたものではあるまい。要は朝から顔を洗った気配もなく、それも含め改めて身支度を整えた様子も無く、彼はただ今朝キルルに会ったあの時から何倍も追い詰められた相好でそこにいたということだ。締まった長躯にあって、膨らんでは縮む胸郭の速さが目に付く。何度か苛立ちまぎれにかき回したのか、黒髪は単に走り回っただけでない有り様に乱れて膨らんでいた。
反射的に、キルルはエニイージーを見やっていた。彼は押し黙ったまま、乱入してきた副頭領を観察している。ただ、単純に閉口するには不必要な力が口元にこめられているのは一瞥で知れた。
「あの……すいません。外から―――そこの窓から見えた小柄なターバン姿が、義父さんに瓜ふたつだったんで、もうあの人としか思えなくなってしまって……硝子も悪くてそんな見通せなかったのに、だからこそ思い込んじゃいましたね」
歯切れ悪く言い逃れながら、それでもシゾーは未練がましく室内に血眼を這わせていた。それがこちらを迂回する都度、テーブルの空の食器を見ては、確実に毒を増やしていく。まず間違いなく、朝食も取っていないのだろう。
と。
「悪いが―――誰何を思えばその身長、ツァッシではないか。背の二十重ある祝福に。どうしたそのヒゲ面。ワイルド増量キャンペーンか? 三割か? 三割なんだろうな。色男」
どうでもよさそうな軽口をふっかけたのは、キアズマだった。相手がつっ立つ左後ろに、気楽にそり返って―――といっても相手の顔面との高低差に、半分以上は上体をひねるようになっており、はたから見ても体勢的には気楽とは思えなかったが、それでも力みの無い声色で野次を遂げる。
シゾーがそれを黙殺するつもりだったのは、疑いようがないところだった。彼は壁を視線で剥げば養父がわいて出ると洗脳されているかのように呪詛混じりの邪視に没頭していたが、いい加減に見切りをつけたようで、それを再び廊下に突き刺す。遅れて彼の身体も、立ち去るべく起居を変えた。
ただしそれは、半秒間だけだった。見咎めたものを確かめるように、もう一度振り向いて―――そして確かめ終えたところで、納得いかなかったらしい。今度こそしっかりと動作を巻き戻して室内に向き直り、シゾーは暗がりでは洒落た蘇芳色にも見える男の頭に、むきだしの睥睨を寄越した。
「―――キアズマ?」
「うん。確かに、キアズマ・ネモ・ンルジアッハだ」
「なんでここに」
「なに、仕事の駄賃よ。懐古を嗜みながらの昵懇は、心さえ舌鼓を打つのでな。まあ、」
もとより立ち上がる様子は無かったが、そこで更にキアズマは椅子にわざとらしく寛いで、にやりと片目を閉じてみせた。
「こうして偶然にも、それ以上の好物に遭遇したわけだが。ふふ。だろう、ツァッシ? これはとんでもない一興だ。しかし惜しい。あのツァッシゾーギが慌てふためき、熾の如くちろちろと右往左往なぞ、筐底の連中が知ったら、それこそ連中の驚天動地が一興となろうにの」
「ツァッシ―――蒼炎?」
拾った単語を口の中で転がして、キルルはそのまま呑み込んだ。口外にしなかったのは、平坦さを取り戻しかけていたシゾーの顔面に、またしても凹凸が盛り上がったからだ。ドアを叩き開けた直後に浮かべていたのと、ひどく似通った形が。
「で? そちらの一興にもなさるおつもりで?」
「阿呆」
味気ない罵声で口許を綻ばせて、キアズマはやはり軽薄に続けた。
「表向き<風青烏>は<彼に凝立する聖杯>の七光りで敵無しだが、裏向きはネモとツァッシゾーギで敵無しなのだ。一時の満足と一生の失業なぞ、無妻者の青二才だった頃でさえ賭けようとは思えなんだろうさ」
「あの。それ。ツァッシゾーギが、シゾーさんの本当の綴りなの? ネモが、本当はヴィネモルカみたいな風に」
だとすれば、似合わない……胸の中で付け足して、キルルはエニイージーとキアズマに、どちらともなく目線を撒いた。いち早く答えてきたのは、後者―――キアズマはこちらに笑いかけてから、不躾けに口を挟んだことを叱責するでもなく、相変わらず横で立ち尽くしたままのシゾーに目配せしてみせる。やはりというかそれは無視されたが、彼もまたそれをきっぱりと無視し返して、穏やかに与太話を進めた。
「ああ、いえ。彼はシゾー・イェスカザに違いありません。ただ俺は、その本名を知るに先じて、筐底の蒼炎という通称に親しんでおりまして。いやはや、今でもついツァッシと口にしてしまう」
「きょうてい? の、通称?」
「はい。彼らも、奇跡的に良いセンスを発揮することがある。古語とは言え、蒼炎なぞ、まさしく彼の性行そのもの。シゾーという名の響きと重なることもあって、すこぶる違和なく舌に合う」
キルルの疑問は通じないらしく、相手が披露した補足は、説明ではなく雑学のようなものだった。実際、有閑に薀蓄を味わう時にはみ出るのだろうにこやかさで、キアズマがやたら感慨深げに頷いてみせる。
「レディ。蒼き炎の逸話は、ご存知であられましょうや?」
「んと。天上の大海原を茹で上げるっていう、とんでもない業火のことだっけ?」
「惜しい。そちらは蒼焔と言いまして、蒼炎とは似て非なるもの。蒼き炎については、古き行にこうあります―――其の灼爍こそ偽りと知れ、真なる丹碧無言に封じ、髄の灰燼帰するを避けよ」
「ええと……なんとかが、まやかしだと知りなさい、でも本当のことは黙って、灰まで焼かれるのから逃げるのです……あ」
思いついて、ぽんと手を打つ。
「触らぬ神に祟りなし?」
「おお。なんと華麗なダイジェスト」
「ほんと? やった♪」
「そんなことより」
シゾーが、これ以上なく剣呑に唸る。そのまま、キルルが知っている範囲ではおぼつかないくらい獰悪な警句でもひねり出してくるかに思えたが、彼が声に出したのは、ただの人探しの旨だった……今更と言えば今更過ぎるほど、今更の。ただし、ただの人探しには無用な怨念をこめて。
「義父さんを見かけませんでしたか?」
「見かけた」
今更だったのは、シゾーだけではなかった。怨念など欠片もなかったが―――
だからこそシゾーのそれを助長しそうな。すらりと貴族然とした動作で、平手をもって己を指し、キアズマ。
「それは今朝方、門扉で拝顔した俺が最後でないかな。<風青烏>の報告終了後、ジェッツェの先の王靴村に向かう手はずを整え、うちの部下を案内に送り出した」
「はァ!?」
十中八九やつあたりだろうが、それすら疑わしく思えるほど凄まじい呪いを焚いた眼力を込めて、シゾーがキアズマを睨めつけた。それを、牽制する以上の強さで睨み返していたのは、エニイージーだけだ。キアズマ当人は物怖じせず、斜め上から吹きすさぶシゾーの怒罵を小慣れた風体で座視している。
「あんな遠い靴箱まで……どの騎獣に乗って行きやがった!? てめえの舎弟を付けたってことは、てめぇんとこのをやったのか!?」
「まさか。屠殺するにしても、そこまでじれったくする特異趣味なぞ、俺にあると思われてはこれ心外」
「じゃあ、うちのどれを連れてった!? 一番いい奴だったろうな!?」
「こちらの騎獣は昨日の戦闘の余韻とやらで興奮しきっていて、見ず知らずのうちの部下に操舵を許す状態ではなかったのでな。騎獣一匹のために<彼に凝立する聖杯>の騎獣操舵員とそれに連なる許可を取り付ける時間と手間を割くまでもなく、道程を鑑みたならば優駿を用いたとて採算は変わらんと部隊長第一席主席に進言したところ投合していただいたゆえ、そのまま手綱を送ったまで」
「ゆう、しゅ……!?」
「あ。ええと。むう。ここで言う、なんだったか……」
矢継ぎ早の詰問を取りこぼしたシゾーに、キアズマは己の不手際を悟ったらしかった。脳内のイメージを描こうとでもするかのように、片手に立てた人差し指を宙にさ迷わせて、しばし。ぱっとそれを拳にしまいこみ、それでもう一方に広げた手を打ってみせる。
「おお。馬だ」
「馬ァあ!?」
これ以上なく驚愕して、シゾーが繰り返した。そしてその衝撃がおさまらないうちに、容赦なく悟ってしまったらしい。とにかく愕然としたものが、絶望した顔面の影を食いつぶす。
「ってことは、どうやったって今日中には―――!」
「用向きを済ませることも含めれば、明日や明後日でおさまるかもあやしいものだ。おひとりで駕するわけでもなし」
と、悪びれるでもなく、キアズマは続けた。
「ついでに、相乗りするうちの部下に対して、騎獣は無理だが馬は不得意とおっしゃられておったしの」
「なんつーか、それで保障されるほどアテにしたくなくなるな」
興味なさげに、エニイージーがぼやいた。言った本人でさえそうだったため、誰にも引き継がれずにそのまま空中でぼけて消えたが。
シゾーの沈黙は、ただならぬまま数秒を侵した。その内心を象ったかのような暗澹とした表皮の縒れがまたひとつ、彼の眉目のふちに固まる。どうやらシゾーは、どうしてか同胞にすら、状況を説明するつもりなど毛頭ないらしかった―――わけが分からないゆえに蚊帳の外で能天気に構えたキアズマにも、蚊帳の外に置かれるわけすら分からないまま放置されることに着々と息巻いていくエニイージーにも、一言も発しない。キルルはそれとなく、その二人を見回して……
三人目のシゾーが、こちらを見詰めてきているのに気付いた。
思いがけぬ視線に射すくめられ、目が点になる。それで意を決したというのも馬鹿な話だろうが、シゾーがこちらに向けて一歩踏み込んできたのは、まさしくそのタイミングだった。ついで、血色の悪い唇が決然と割れる。
「キルルさん。僕と一緒に来てください」
「え、ええ?」
「エニイージー。あなたはここでいい。キルルさんだけ。早く」
と言われたところで、なにをどう早くすればいいのかも、見当がつかない。椅子の上で、目をぱちくりさせたまま喘ぐ。
そしてその吐息のわめきさえ、直後に物騒な騒音にかき消された。席から立ったエニイージーが、足元で派手に横倒しになった椅子になど見向きもせず、シゾーへ顔面を突きつける。そこにあったのが単なる敵愾心か、あるいは虚仮威しに隠した顕示欲であったなら、まだしも介入の余地はあったのだろうが―――その面の皮を脈打たせていたのは、血と、はっきりと血が通った使命感だった。
エニイージーが動いた。迷うことなくシゾーに詰め寄り……ただし対照的に座して動かないキアズマが間に防波堤のようになっているせいで、にじり寄る程度だったが、その詰めることができなかった距離こそ超えるべく、エニイージーのわななく弾劾は義憤を慟哭していた。
「副頭領。そいつの護衛はあんたに言われて、俺が正式に就いた任務だ。通達通り、日中全館敷地内―――」
「黙れ馬鹿が」
黙らなかった。
「あんた……それでも旗司誓か―――!」
押し殺されたシゾーの氷点下の一喝を、エニイージーがすり潰した刹那。
見えたのは、キアズマの右手だった。ふと置かれていた卓から浮いて、間際にあったエニイージーの鳩尾を押す。
そして、意図せぬ外力になすすべなく退がったエニイージーの鼻先を、シゾーの裏拳が薙いだ。
キアズマの頭上を越えて旋回した拳打は、目前で殴りつける対象を失って空振りした。それを厭うでもなく、むしろもう片手が連撃する拍車に変えるべく、更にエニイージーへと半歩踏み込んだシゾーが、己の懐へとその豪腕を引き絞ろうとする。壁の間際を、男の手指がこすりあげ―――
そこで終わる。
もう動かない。
キアズマの左手が掲げられていた。彼のその手に握られた剣が、鞘をかぶったまま背後の壁に叩きつけられたせいで、部屋中に耳鳴りのような金属音をこだましていく―――鍔と刀身と壁でできた三角の隙間に、シゾーの手首を噛ませたままで。
それが全てだった。エニイージーは金縛りにあったように身じろぎすらできず放心し、シゾーは剣と壁にひっかけられた自分の片手を前に凝立したまま、両者から臨界点を取り上げた主犯のキアズマでさえ奇跡の身のこなしを固着させたまま動かない―――いや。
彼の形相だけは動いていた。なにやら大仰に目を閉じて、大仰に息を吸い、大仰にそれを棒読みに変える。
「ツァッシ。ツァッシ ツァッシ ツァーっ―――シ」
場違いなほど、あっけらかんと……しかも高らかに連呼されては、無視を決め込むことも出来なかったようだ―――シゾーが、声の主の脳天を睨みやる。その琥珀の瞳に殺気はない。ただし、煮詰めた鬼気を刷かれた眼光のぬめりは、蠍の毒棘の尾端を思わせた。怨敵でなくとも、かすめてしまえば慈悲はない。
それは知ってのことなのか、キアズマがやっとこさ片目だけ相手に振り返らせたのは、剣鍔でシゾーの手首を壁に捕獲したまま、なお数秒を黙りこくってからだった。
「無礼であろ。今のお前をシゾー・イェスカザと呼ぶのは」
「俺がそいつだ」
シゾーが吐き捨てた。
あるいは、噛んで含めた。
「そいつだ。俺は」
同じことを言っている―――はずなのだが、どうやらそう思えなかったのは、自分だけだったらしい。間髪いれぬキアズマの舌端は、指摘を語るだけの文面にお似合いで冷めて乾いており、饒舌に心理的な急制動を畳み掛けていく。
「なれば存じておいででないか? この部隊長第五席副座は、副頭領に腕ずくで黙らせてほしいから物申しておったのではないぞ。エニイージー。動くでない。右手にひっかかっておる皿が落ちる。レディ、」
そこでキアズマはキルルへと、茶菓を扣えさせた昼下がりの喫茶が似合いそうな気品あるほほ笑みを満面に芳せてみせた。
「お気になさらず。さあ咲って」
「無理無理無理無理」
ぶんぶか首を振って、キルルは渾身から突飛すぎる招待を拒絶した。
それを見たキアズマが残念無念と大袈裟に肩をすくめて、ひょうきんに落胆を体現する。
当然、剣を持つ彼の手も壁から離れた。瞬間、緊張が神経を刺したが、開放されたシゾーは、打って変わって翻意した深沈たる面持ちで手を引いただけだ。確かに激発したはずだが、既に葛藤すら片鱗ないその横面に、ただひとり椅子から立ち上がったキアズマが嘆息を向ける。
「その血の気と痴鈍、例得るならあたかも岩槳の間欠泉の如し。心頭まで須臾としてのぼり、下がる事様これ類同。さりとて但し、後先誰彼問答無用、微に細に入る四方八方、残す禍根はその逆様。証跡たるはこの即今、たかが岡目に拳を見極られ、御負けに横手からの叩きに茫然自失、赤子の手なりて果てなるは、僅かながらの壁震盪―――の、お前の不甲斐ない体たらくのみで済んだとは、まさか思うまいな?」
早口に責め立てる長広舌が貴族的な因習臭さを取り戻していたことに気付いて、やおら忸怩と正気を取り戻したらしい。これで区切りとばかり空咳を見せ付けたキアズマは、まるで関心のない翫具を玩弄するように淡々と五指と手首を検分しているだけの古馴染みに、嘆息を重ね書きしただけだった。
「四の五の言ってくれる猪口才な輩なぞ、とうに間に合っておろう。なればこそ、あまり俺を冷や冷やさせるでないわ。まあ今回は、いい具合に冷えたその水を注すことも叶ったがゆえに良しとするが、丹碧限らず斯様な紅蓮、寡聞にしても存ぜぬというもの―――」
「キアズマ・ネモ・ンルジアッハ」
シゾーが、あとを攫った。
相手に続けさせまいとつい口走ってしまっただけなのか、一度はそのままもみ消してしまおうと黙り込む―――が、全員の注目を買ってしまっては、そうもいかなかったらしい。シゾーは腹積もりを捨てきれず頑迷にさ迷わせていた眼差しを取り戻してから、かろうじて唇に隙間を広げ、声をひり出した。
「あなたのそれは火に油を注ぐのと紙一重であること、努々お忘れなきよう」
凄むでもない忠告に、キアズマが自身の胸板に手を添えて、慇懃無礼に黙礼した。あくまで道化を続ける義賊に、シゾーがなにを思ったのかは分からない。まさか頭を下げられて溜飲まで下がったはずもなかろうが、―――その時シゾーがぽつりと言い残したのは、ただの蛇足だった。
「あと、『水を注す』の用法間違ってます」
「あれ?」
水を注すって差し水と別物なのかとか何とか口ごもっているキアズマは既に眼中になく、シゾーが改めて身を返した。こちらへと。
「ええそうです。エニイージー。あなたの任務はそのとおりですとも。ですから、僕がしばらくそれごと彼女を預からせていただきます。そのうち、もろとも返しますよ。そのうちね」
読経じみた平淡さでエニイージーへと―――もしかしたらキアズマにも―――告げる間も、ジゾーは止まらずキルルに迫る。そのキルルと言えば、椅子から立ち上がることさえ思いつかなかった。という以前に、思わず引き攣った踵が木の脚にぶつかって、それで座っていたことを思い出した。
途端、シゾーに肘の上を掴まれる。そして投げ飛ばされた。
(は―――!?)
そのまま床に落ちるかと思ったが、頬骨を打ちつけたのは、シゾーのうなじだった。どういった技か、そうして難なくキルルを背中に担いで、
「すいません口締めて」
それを最後に、部屋から跳躍する。
廊下を踏み込んだその物音に、何時とはなく大食堂の戸口に混雑していた人垣がわずかながら振り返り……目撃した二人組みの奇っ怪さに、瞬く間もなく周囲まで困惑が波及した。食事に向かっていた浮き足のつま先を軒並み折られて、黒山が一瞬割れる。
ふと、奥にまで視線が通った。
(―――片付いてる?)
卓。椅子。床。それに旗司誓。どれもこれも、こざっぱりとして見えたが。
改めて大食堂を正視することはできなかった。エニイージーたちも気がかりだったが、振り向くのさえ遅すぎた。先ほど感じられた憔悴が嘘だったような俊足で、とっくにシゾーが廊下を駆け出している。通路の真ん中を避けて歩くのは旗司誓の規則らしいが、もとよりそうしていた者でさえ、シゾーの颶風を巻く突進を目の当たりにして、壁へとへばりつくように跳びすさってみせた。
口は締めているようにと言われた。
鼻先で鬱蒼と逆立つ黒髪を押さえて、シゾーの横顔を後ろから盗み見る。巌の輪郭は、やはり語らない。だけでない。
そうして気付いてしまえば、ぶれる背中にしがみついて、キルルは黙りこくるより他なかった。
行き先までも劈くようなこの飛燕の靴調こそが、いかな言動より流暢に事態を物語っているのだと、今更になって早鐘を打ち出したキルルの心拍が耳打ちしていた。
だとするなら、極めて慎しやかだ。そう思える。
美女のうぶ肌を思わせる乳白色の湖面をたゆたわせるシチューボウル。その隣、皿の上。酢と薬味で熟されて一段と深い緑を潤した青菜に、炒りたての麦が香ばしさを添えている―――そして、そんな端役はただの従者だといわんばかりに威風堂々と亜麻色をひけらかすのは、つややかな唐揚げ。余熱ではじけた肉汁とあぶらが立てる音は、その一粒一粒が香気を奏で、唾液腺と内臓を甘く絞ってくる。その痛苦に、キルルはわずかばかり愁眉を寄せた。それに逆らうことはない。分かりきったことだった。その一瞬は、幸福の呼び水となるのだから―――
「これのどこがべろんちょ?」
「分かんないの~? もったいない人❤ んふふ」
キルルの手元の豪快な揚げ物とシチューのセットを背後から覗き込んだエニイージーがやたら不服そうに疑問を投げてくるが、一切の迷いなくキルルは断言した。
が、相手にとってすれば、その応答は明快でもなんでもなかったらしい。彼はより一層に声音を気難しく翳らせながら、キルルの皿を指して念押ししてくる。
「あのな。乾酪と乳あぶら挟んだゲンコツ揚げなんて、普通俺らが仕事合間につまむよーな、安っちいツマミだぞ?」
「じゃ、その時になったら呼んで。あたしも食べるから」
彼の失礼さも気にならないほど寛容な気分で、キルルはうんうんと頷いた。別に首肯する意味はないが。
軽快な心根に浮き足立って、キルルはなんとはなしにその場を見回した。その部屋、と言わなかったのは、単にそこが一個の部屋とは思えなかったからである……普通、部屋とは四面が壁に囲まれているはずだ。キルルが身を乗り出して朝食を受け取ったそこは、大食堂と厨房の中継ぎをする役割のようで、大食堂との間にある壁の上半分をとっぱらってカウンターにしたつくりになっているのである。つまり調理場そのものかと言われれば無理があるし、食堂の一部というのも煮え切らない―――あえて分類するとしたら、大掛かりな食器棚、だろうか。壁のほとんどに薄い板金が貼り付けてあり、その壁に備え付けてある棚からはさまざまな食器や道具が顔を覗かせている。きっちりと整理整頓されたそれらは、そういった壁画であるかのように整列して使用される時を待っており、単にそれを浪費するだけの大食堂や厨房とは一味違う雰囲気をかもし出していた。もしかしたら、本来は本当に調理用具の安置場所だったのを、後になって食事の搬入に都合がいいよう上半分だけ隣とぶち抜いたのかもしれない―――いざとなれば風呂桶にでも代用できそうな鍋が、汁物を腹いっぱいに煮立たせたまま肩身も狭そうに奥の床に並んでいるのを見ると、その思いは強化された。そこのどこにも加熱調理の設備は見当たらない。火事が起きた際に延焼を免れるためにそれ専用の半別棟でもあるとすれば、このシチューやら惣菜やらはそこからリレーされてきたことになるが、だとしたら相当な手際だ……と、キルルは胸中で付け加えておいた。少なくともそれは、まだまだ冷える気配のない手元の惣菜の熱気から知れることではある。まあ単に可能性の高さだけから言うなら、大食堂に鍋が運ばれるのを待ちきれずにカウンターにやってきた餓鬼ふたりを放置するに忍びなく、特別に出来立てを上げ膳してくれたという説も有力候補だろうが。
「減ーった減った、おなかが減った、胃・内容物げんしょ~ちゅ~♪」
「そっちじゃねーよ、こっちこっち」
適当に歌いながら大食堂の一席へと行進しかけた寸でで止められ、キルルはエニイージーに振り返った。彼は片手で自分の食事の乗ったトレイを持ち上げ―――シチューが危なげに傾いだが肘の加減であっさり持ち直し―――て、余った片手で廊下に開け放ってある出入り口を指し示していた。正確には出入り口、廊下を挟んではす向かいにある、黒塗りのドアを。
彼の爪と半眼の先、その木製のドアは、ただそれだけではないことを遠まわしに知らしめるかのごとく、上等なニスによって重厚にてからせた日光を鈍く反射していた。見た通り、別格にしつらえられた部屋らしい。
そちらに歩き出したエニイージーへ、キルルは不平の意で下唇を鳴らした。ぶーと思いのほか高らかに鳴ったのだが、それでも相手に立ち止まる気配が見られなかったので、のたのたとついていきながら言葉で不承を繰り返す。
「えー? あたし、昨日の夜はごったがえしててよく見えなかった大食堂も見たいし、なにより他のみんなとも一緒にごはん食べたいんだけどー」
「絶・対・バツ」
言い切って廊下の中ほどで立ち止まり、彼が視線を横へ跳ねさせる。今はまだがらんどうに静まり返っている大食堂に目障りななにかがあったわけでもないだろうが、エニイージーの顔つきはいかにも具合悪そうに陰鬱だった。口調も、それに続く。
「その場しのぎくらいは間に合ったけど、あそこ、昨日の狂喜乱舞からほとんど手付かずなんだよ。テーブルの下に足伸ばして、脱ぎ捨てられた誰のか分かんねえ下穿きとか反吐跡とか、うっかり踏んづけたいか?」
「う。それはちょっと……」
「だろ。だから、あっちはやめといてくれ。こっちは客向けだから、あそこより狭いけど、綺麗にしてあるから。ひとり先客がいるらしいけど、箱庭からの客だって聞いたから、俺よりあんたの方がよっぽど打ち解けやすいだろ」
と。
「それはそれは。俺は、数年来の友よりも初対面のレディの方に高い親和性を発揮すると思われておったとはな。初耳だぞエニイージー」
皮肉りながらその男は、客室の内側から押しのけた漆黒の扉に背を預け、その場で佇んでみせた。
男優じみた伊達男―――真っ先にそんな印象が浮かんだのは、その所作に大勢の注目を受け流し慣れた余裕を感じたせいだろう。腰の剣は細身の中型。細かく織られた長衣は上品である以上に頑健であり、その高い襟は、端ですら型崩れするなど思うべくもない。すらりと伸びた背筋は別人のそれを想起させるが、そのように意識をつつかれたのは、なによりもその男に存在する別の物のせいだった。赤毛―――
おろしたての絹糸を思わせる、一本たりとくせのない直線的な赤い髪。その元には、オールバックからわずかばかりほつれた前髪と鬢を許さずナイフで斬りつけた痕跡のような、一重瞼の双眸がのぞいていた。それは、ともすれば本物の刃物を思わせる鋭い眼光を刻むこともあるのだろうが、今はキルルの邪推をご破算にするかのように、笑みと日光を含んで温まっている。
「キアズマぁ! 背の二十重ある祝福に!」
面食らって立ち尽くしたキルルと違って、エニイージーの歓声は俊敏だった。動作まで俊敏に駆け寄ることまでしなかったのは、単に数歩でたどり着いてしまうからだけだろう。あっさり親密な間合いに踏み込みながら片手で敬礼を済ませ、エニイージーが返す手で相手の肩を叩いてみせた。景気のいい音がその手の主の笑顔と一緒くたに、相手の間近ではじける。
キアズマと呼び捨てられた赤毛の青年は、エニイージーの振る舞いを好意と共に受け入れたらしかった。はたかれる肩もそのままに、友人の歓迎に眉を弛める。
「よぉおひさ。背の二十重ある祝福に」
と同時、指揮するようにくるりと、キアズマが手掌を敬礼の型へと舞わせた。それはエニイージーと同じ軌道を描いたが、キアズマは関節の浮いた二本指に華奢な紙巻煙草を挟んでいたため、格段にゆるやかだった。火を帯びたそこからたなびいた紫煙は、ほのかに甘い。
(あれ? なんだろ……)
不意に頭をもたげた不快感に、キルルは素直に戸惑った。少なくとも今のところこの男は快活で、品があり、清潔である。気持ちがざらつく要因など見当たりはしないが。
「んっとに久しぶりだな! 元気そうで良かった! 今日はどうした? さては禁煙実らず、アッシェに愛想尽かされて、ついに古巣に傷心帰郷か?」
「たわけ無礼なそのようなことなぞありえるか大体にして人様の恋女房をちゃん付けなぞ気安いわこの阿呆」
余程逆鱗に触れたのか一息で言い切り、キアズマが威嚇的に破顔して、舌を出してみせる。こけにしたつもりなのだろうが、最後のひとつが決定的に逆効果だったのは間違いない。自覚はあったのか、彼は咳払いしてから面の皮を真顔に引き締め、続けてきた。
「ともあれ、アシューテティも息災。煙草については、紫煙に接吻すると彼女にそうすることが長期にわたり発禁となるゆえ、こうして悔踏区域外輪くらいでしか愛でられんだけよ。<風青烏>もすこぶる順風。今日はここでの仕事も事なきを得たので、しばし憩わせていただいていた」
「そうか。さてはあの野郎、俺を驚かせようと思って、わざとキアズマのことを箱庭の奴なんて言いやがったな……」
エニイージーが邪気無く舌打ちして、“あの野郎”の方―――つまり大食堂のある背後へと振り返ってきた。そうすると避けるべくもなく、真後ろにいたキルルと目が合ってしまう。まさか本当に彼女の存在を忘れていたはずも無いだろうが、それでも意表を突かれたような閃きをまなじりにちらつかせて、エニイージーが半身をずらした。立ちはだかるものが無くなって、自然とキアズマとキルルが向き合う。
「あ。この子は―――」
「まずは、このお初お目にかかる重畳こそを申し上げたく存じます。キルル・ア・ルーゼ後継第二階梯」
取り繕いかけたエニイージーの声に比べれば、そのせりふははるかに静かだった。
だがそれでもキアズマの口上が他者を圧倒したのは、ひとえにそれが泥縄でなかったからに他ならない。要は、遮るにも上書きするにも、洗練に差がありすぎる―――そういうことだ。
その男は、胸骨の左辺中央を左手の薬指と中指の付け根で圧迫する宮廷儀礼さえもそつなく、こともなげに連ねてみせた。ただしこちらも、完璧に。
「久しからず血族との縁は途絶しておりますが、百英雄が命脈を辿りての名乗りを所望されるのであれば、驕りと知れどもこの唇、再びその綴りで濡らしましょう―――ネモ族ンルジアッハ家ツェペランジュが第七子、名をキアズマ、と」
そこまできて―――
その男は、今までの全てをはぐらかすように、ウインクしてみせた。目元に染み出た茶目っ気は、貴族然とした彼と、ちぐはぐなようで似合っている。貴族―――
「貴族う!?」
キルルは、とち狂ったように悲鳴が押し問答しはじめた喉の痛みに大口を開けた。だからといって声の通りが良くなるわけでもないため、結局せりふはしどろもどろにつっかえたが。
「ネ、ねねねねネモ族ンルジアッハ家って、あの……!?」
「そ。ヴィネモルカのネモ。あの有名な“ゆえにただ千日に生ありきネモ”の本家」
吐息混じりにキルルの語尾を受け取り、エニイージーがその尻を拭った。
「ヴィネモルカ―――争いの中で死産した胎児が待望の女の子だったことを知って、自分の名からヴィルカを譲って葬り、『母の名はこれから芯まで穢れゆくだろう。だからこの名の芯の音だけは、この心の腑の音が絶えるまで、母に負わせておくれ』と墓前に言い残して……ええと」
つとキアズマを見やり、今更の能書きが間違っていないことを確かめながら、
「ヴィネモルカの芯……つまり真ん中の“ネモ”という名で、無二革命に参戦すること千日。最後は壮絶に討ち死にしたっていう女傑だ。だからお前の族名、ヴィネモルカじゃなくってネモなんだろ? 英雄として遺した名前がネモだから」
「もはや俺にとっての彼女の遺産は、その名と赤毛と、この貴族なまりのみ―――と、言いたいところではあるがな」
キアズマは苦笑いで、薄いえらを押し上げてみせた。というよりは、苦いものを、多少の笑みで丸め込んでしまおうと試みたのだろうが、それに失敗したことは言われるまでも無く悟ったようだ。今度こそ確実に苦笑いの産物である皺を小鼻のきわに撓ませて、ギブアップの手振りをしてみせる。ただし、実際に観念の白旗を上げるにしては瀟洒すぎる伏し目で、手を下げた彼は続けた。
「後継第二階梯。ネモを冠するとは言えこのキアズマは、<彼に凝立する聖杯>を経て現在、その後援と尽くすべく、義賊<風青烏>を営んでおる凡愚。億万が一にも叶うならば、ぜひともお見知りおきの光栄を―――」
と、彼が深々と頭を下げたことに、重ねて息を呑む。キルルが胸の下にくっつけるようにして持っていたトレイの上で、絶頂を過ぎてなりをひそめかけた肉揚げが跳ねた。旗司誓ではどうなのか知らないが、視線の交わりを絶つ角度まで自ら腰を折る辞儀は、貴族における最高位の宮廷儀礼に属する……少なくとも、教本上は。正直言って、あわてふためくには充分すぎる状況といえた。
「え、ええと。よよ、よろしく」
「うん。かわいい」
「かわっ!?」
さらっと頭を上げてキアズマが口に出した言葉に、どうにもできず立ち尽くす。
あんぐりと開き切った口は自分でももてあましていたが、それを手で覆うことすら忘れて、キルルは目をしばたいた。<彼に凝立する聖杯>付きの義賊だというネモ族ンルジアッハ家の一員が、宮廷行事でもないというのにキルルに頭を下げた挙句、身体を起こした今はにこやかに煙草を咥え直している。控えめに言っても怪現象だった。
当のキアズマは、口のそれをあえて喫するでもなく、にっこりさせた顔のわきに一本指を立ててみせた。それについては、特にどうという意味は無いようだったが。
「かわいい。淑女のびっくりしたかんばせは、やはりかわいいものだ」
「お前、いくらなんでもこっちの言い回しに抵抗なさすぎだろ」
「む? そうなのか? なんか抵抗すべきか?」
自覚無さげにエニイージーの注意を受け止め、キアズマが由々しき事態だとばかりに薄い眉をねじった。それを見て、エニイージーがため息をつく。
「するしないっていうか、あるなしの問題なんだけどな」
「むう。分からん」
しょげたその眉毛と同じ角度に人差し指の先をくにっとさせたキアズマの動きに、説教を誘発されたのだろう。朝食を盆ごと抱え直すことで語気も持ち直して、それでもどこか気乗りしなさそうに、エニイージーが口を開く。
「はじめましての相手に、下心なく、そーいった言葉をけしかけるもんじゃねえの。既婚者のくせに無節操な」
「あったらよいのか? 下心」
「あるだけ始末に終えねぇだろ」
「あるなしの問題なのに、あってもなくても駄目とな。ならばいっそ、覚えない方がよかったのか? 『かわいい』」
「かもな」
「まじでか。ここにきて初めて知ったニュアンスの言葉ゆえ、お気に入りなのだぞ。『かわいい』」
「まじでかってお前……」
「何だ。それもいかんか。どっちも直伝だぞ。頭領から」
「まじでかアァァ!?」
今までの何倍も痛手を食らったかのような血相のエニイージーにかかずらうことなく、キアズマは虚空を目玉のそぶりだけで見上げて、唇のきわをこすっていた指を引っ込めた。
(そっか)
そこで脈絡無く、悟ったことがある。
(この人、お城のにおいがするのね)
紫煙というわけではない。体臭というわけですらない。
だからこそ本能的に回避したい。気がついてしまえばそれだけのことなのだろうが、それでも胸間にはろくでもない思いがこみ上げる。冷えかけた指が、ぬらぬらと背骨の内側をたどり落ちてきたような、生半な薄気味悪さ。
(そうよね。生半可なんだわ……全部)
貴族でないと言いながら結局は貴族でしかないこの男と、本能的に願った回避を理解した今でさえ、それだけで終えてしまった自分。成る程。
「ま。それはそれとして、席につくがよい。四方山話と朝餉に興じようではないか」
言いながら、更にドアに添うように身体をよせたキアズマは、上向きにした掌で部屋の奥を示してみせた。目蓋を伏せつつ、ただし瞳はごく自然にキルルに合わせたままで。
(いったん目を合わせたら、あたしから目をそらすまで、彼はそれを続けないといけないものね)
それが貴族だ。そして彼だ。自分でもあるのかもしれない。
エニイージーに続いて、キルルはその部屋へと踏み込んだ。
そこにあるのは、古びた……しかも古びた年月分だけ値が張りそうな六脚の椅子と、それに囲まれた円卓だった。飾り気の無いカップと灰皿がぽつりと乗っているだけで、他には何もない。飾り立てる類の調度は、キルルの部屋と同様、これまた全く見当たらなかった。しかもこちらは広さもあまり無く、各々が寛ぐために椅子を思う存分ひいて腰掛けてしまえば、扉への出入りに部屋を横切るのも差し支えるかもしれない。それでもさほど狭苦しく感じないのは、窓があるおかげだろう……縦横八本の格子さえ入っていなければ、強盗団さえ楽々と出入りできそうな大きさの、硝子がはめ込まれた窓。外が見えた。とはいえ、それは心癒す花鳥風月ではなく、冷め切ったパンの断面を思わせるくすんだ空と、人が散らかったグラウンドだが。硝子の質も上等とは言いがたいので、もとより風景を楽しむ目的で設えられたのではないのだろう。じゃあなんなのかと言われても、見当がつかないが。
出入り口のすぐ手前の席をキアズマが使っていたのは、灰皿とカップの位置から知れた。エニイージーに手ぶりで促されて、キルルはそこからひとつ席を飛ばして座る。当の彼は両者ともからひとつ空いた場所を選んだため、これで三人は互い違いに空席を挟んで円卓を囲んだことになる。キルルはそれぞれに注視を転じて―――不意に目を留めたカップの向こう、座したキアズマが、なにやらぶつくさと反駁しているのが聞こえてきた。ドアが閉じたため、小声が廊下外からの騒音にまぎれなくなったのだろう。
「しかしだな。かわいいというのは、魅力的、美しい、愛らしい、など多種多様な美辞となりえる以外に、いざとなれば蔑みにも哀れみにも用いられるという、ものすさまじく汎用性に富んだ単語なのだぞ。ものすさまじくすごいのだぞ。まさしく女性に相応しいと思わんか」
まあ聞こえたところで、さほど騒音と大差ない内容といえたが。
それとキアズマの異存に満ちた顔つきとを併せてみて、説教が不発で終わったのを読み取ったらしい。エニイージーが、どうせ無駄足だろなと雄弁に仏頂面に語らせながら、指の爪で円卓の表面を小突く。
「んなこと釈明してる時点で、実はとっても恥ずかしいんだぞ。お前」
「そうなのか?」
「ていうか、聞いてる俺が恥ずかしい……」
「ということは、お前が恥ずかしい奴だというだけだろう。やーい」
「いや。なんだお前。くそう」
理屈もへったくれもなくやりこめられて、エニイージーが歯噛みした。それをやけくそで開いて、押し殺す手前のかすれ声でうなる。
「大体、女がびっくりするのが好きって……ンなことしてたら、また嫁さんに叱られっぞ。どうせお前また性懲りもなく、ホットコーヒーにプチトマト沈めてアッシェに渡したりしてんだろ?」
「だからアッシェと呼ぶでないわ」
この時ばかりは優雅な構えを撤回して、キアズマが威圧する。とはいえエニイージーに邪さがないことは承知の上らしく、次のせりふではあっさりそれを手放して、上げた鼻先から息をついた。
「ま。確かに今朝も叱られてしまったので、看破されたには違いない」
「しかも今朝」
「いや違う。トマト違う。なんだその猜疑の三白眼。今朝はちょっと早起きして、塩と砂糖を入れ替えておいただけだ」
「うわ」
「なぜヒく?」
「疑問なのかそれ」
「やはり悪戯としては安直過ぎたか?」
「そして疑問そこかよ」
「むべなるかな。なれば、あのアッシェのひたすらなしぶり顔は、年甲斐なくそれに引っかかってしまったゆえの照れと見た。ふふ、こまごまと愛いのぅ」
「年甲斐ないのはお前だし。彼女は多分、メシがマズかっただけだろ」
「うん。ホットケーキは塩の味しかしなかった。アッシェはいつもみたくハニーシロップとかかけておったが、俺は昨日そいつも塩乳に交換しといたしな。まああれだ。泣きっ面に蜂。しかしあの面差しがまたモアベター」
「うあー」
「まあすぐに野菜とかと煮込んで汁物に作り直してくれたから、結果オーライだろう。美味だったぞ。やはりアッシェの手料理は、あますところなく馳走よの」
「野山でもないくせにサバイバルな応用力に磨きがかかっていくキアズマ家の食卓に、そろそろ嫁さんが反旗を翻したところで疑問はないな」
半眼で仄めかして、エニイージーはシチューを口に運んだ。それにならって、キルルも深皿を持ち上げる。彼はそれを、キルルが焦げた小麦粉の溶け残りを皿になすりつけている間にほとんど平らげて、やっと人心地ついたようにキアズマへ話題を広げた。
「にしても、その話し方まだ抜けないんだな。大分まわりくどくなくなったけど、そんでもまだ分かりにくいぜ。さっきの挨拶だってそうだ。久しからずって、久しい、の反対だから、本当は『久しぶりじゃないちょっとの間』って意味になるはずだろ? 実家から勘当されてんのに、『久しからず』でいいのかよ?」
「勘当……という表現も、些少の語弊を孕んでおるが」
キアズマが、短くなった煙草を指で折ってから、灰皿に添える。それを終えるまで言葉を発しなかったのは、考えあぐねた時間として、長かったのか短かったのか。結論から言えば、使った時間も黙考の出来も、さほどでもない……といったところか。キアズマはどこか白けた調子で弁明を並べてみせた。
「ま。話術については不可抗力であろ。聞き心地が名禽の囀りのごとく耳朶に麗しことこそ至高、というのが教育方針である以上は」
「……ホントにいいのかそれで?」
「どうせこんな話法でチンタラくっちゃべる会話なぞ、微々たる余興にすぎん。聴許し、笑っていさえすれば、相手は勝手に喋りつくせた満足心を抱えて退席召される」
「なんつーか、おめでたいな」
「まあ、若い時分の俺から見た、随分と偏屈な品評だ。幾らかは、まともなのもいる―――」
それ以上は、明言するに苛まれたらしい。今までとてじっくり見合っていたわけではないが、それでもキルルを視界から外して、キアズマが中断する。それを逆に追ってこちらを見てきたエニイージーが、かぶりついた肉を苦も無く飲み下して、ふと声を上げた。メインディッシュをなくして急激に白い脂を固まらせつつある皿を前に、親指についた肉汁を舌先で拭ってから、
「そういやお前、誰にキッティがいること聞いたんだ? それに、よくこの状態で後継第二階梯だって分かったな。お初お目に―――ってことは、会ったことないんだろ? 服はこんなだし……まあ色々こんなだし」
「いろいろこんな」
なんとなく鎖骨の辺りから下を隠して、そしてそこに感じる脂肪の薄弱さに、更に気分が磨り減るのを感じる。ぎっとエニイージーを睨みつけるが、さっと顔をそらされてしまったため返って地味な怒りが膨れ上がり、キルルは眉根をむずつかせた。むしろ怒りだけは、そうした分だけ十二分に相手に伝わったような気もするが。
皿から持ち上げた揚げ肉に、咀嚼に必要とされる以上の万力を込めてかぶりつく。熱をなくしかけた肉の弾力と格闘し始めたキルルを薄らかな愛想笑いで見送って、キアズマが目の前のカップを持ち上げた。そのまま口をつけるでもなく、エニイージーへと答える。
「<風青烏>が伊達で<彼に凝立する聖杯>の筆頭を務めておるはずもなかろ。情報収集こそがうちの得手よ。安心せい。他言しとらん」
「そりゃ疑っちゃいねぇけど」
「そして、この姿でもレディと分かったことについては、―――」
と、そこにきて、返事を言葉から目許に代行させる。キアズマはわずかながら眉を下げ、それよりもなおわずかに目尻を上げていた。そういった動きは、顔面の造作としてひとつひとつ理解できる……ただし、表情を形作った感情を理解するのとは、また別の話だ。目は細まっていた。笑う程度に―――泣き笑う程度に。
「お前はそういった気性ゆえ、そんななりなっても恋慕の残り香すら匂わんのだとだけ忠告しておこうぞ」
キルルのそれ以上の判読をはぐらかすように、キアズマは今までの顔つきを撤回した。つまりは、友情を基に友人を小馬鹿にする含みを明確にしてほくそ笑んで、両手に抱きこんだカップをぶらつかせてみせる。中身はもう少ないのか、飛沫すら飛ばない。
キアズマの細い鼻筋にふて腐れた横目をくれて、エニイージーは憮然と喉から声を追い出した。実際はらいのけるように片手をひらつかせながら、
「はン。俺の伴侶は<彼に凝立する聖杯>だ。頭領に恩返しできるまで、わき見なんかしてらんねえっつの」
「確かに、わき見運転は事故の元ではある。一点集中による視野狭窄と同じくらいにな」
如才なくあてつけ返して、キアズマが肩を竦めた。そして結局は茶を楽しむことなくカップを卓上に戻し、軽く組んだ腕の上で息をついてみせる。
「しかし常日頃お前の言う恩義とやらを鑑るに、完済される時なぞ来るとは思えんが」
「ったりめーだろ! 一生かけたって足りるか! 俺は、その一生そのものを頭領に救ってもらったんだから!」
「おお神よ。返済の継承を強いられるだろうエニイージーが末裔に幸いを」
信心無く胸元で祈りを切るキアズマを眺めやって、キルルはどことなく冷めた―――例えるなら、口の中で嚥下に抵抗し続けている肉の塊と同じくらいにそうなった―――気配を、エニイージーに向けた。
「末裔が生まれるためには、女の人と結婚しなきゃいけないんじゃないかしら」
「はっは。これまた大いなる本末転倒」
ぺしりと自分のおでこを演技ぶった調子で叩いて言葉以上におちょくりながら、キアズマが追従してくる。あてこすられているのは分かっているのだろうが、だからといって受け流せるばかりでもないようで、エニイージーはじわじわと鬱憤を隠さなくなっていった。いらついたような手付きで、空っぽの食器のへりに浮いた脂のつぶにフォークを突き刺しては切り離すという無駄な腹いせを始めている。
それを見て罪悪感が芽生えたつもりはなかったが。それでもキルルは口を衝かずにおれなかった。
「エニイージー。あなた、ザーニーイに助けてもらったの?」
「あ」
「そうなんだよキッティ!」
エニイージーの変化は劇的だった。渋面どころか指先でいじくっていた食器さえ投げ出し、円卓の上に身を乗り出してくる。兆しなく沸騰した喜色に、彼の顔は輝いているように見えた―――まあそれ自体は、窓際にいるキルルのほうに彼が間合いを詰めてきたのだから当たり前のことなのだろうが、キアズマがげんなり閉じた両の目頭をもみほぐしている具合とあわせて眺めてみると、なんらかの真意があるように思われてならない。キアズマが、その諦観面を裏切らない不明瞭な口調でひとりごちてきたのだから、尚更だ。
「こうなっては一席ぶつまで静まらんゆえ、その話題はお止し召されよと具申いたすつもりだったというに……」
「頭領は正真正銘、俺の命の恩人なんだ!」
尻すぼみになっていく親友の老婆心を押しのけて、エニイージーが喝采した。
「あの人がいなきゃ、俺は野垂れ死にしてたに決まってる! ―――いや」
と、突如としてぶつ切れに、エニイージーが口を噤む。えらく真剣に何秒かを過ごして、その秒数に不動の意味があることを言外に告げるように、静かに言葉を空気に沈めてくる。
「死ぬとこを助けてもらっただけじゃない。生きることさえ救ってくれた」
「すごいわねー。不治の病で臥ってたとこに、起死回生の妙薬を持ったザーニーイが、太っ腹な心境で通りすがりでもしたのかしら?」
風刺めかすべく囃し立てるが、相手は予想に反して、拗ねるどころか大真面目に頷いてみせた。
「そうだな。不治の病ってのも、当たらずとも遠からずだと思う。野良ってのは生まれつきだし、死ぬまでに治る奴も珍しいから―――って。あ。違う違う」
せりふ途中にして、キルルの表情から彼女の勘違いを察したらしい。エニイージーは手先で否定の仕草までしてから、再開した。
「野良は、浮浪児ってそのまんまの意味じゃない。家名も族名も無い奴のことを指した、けなし文句だよ。実際にそういう奴は孤児だったり、むしろいないほうが害が無いような連中が家族ってのもざらだから、あげつらうにゃもってこいだよな。俺が生まれた王裾街の隅くれのあたりじゃ、……まあ、なんだろうな」
と、そこで急に歯の根に肉のすじでも挟まったかのように、言い渋る。
「あいつらが言うところの、生まれついた身の程ってやつがあってさ」
「差別といってしまえばいいだろう」
高尚に嬲りにきたとでも勘ぐったらしい。冷淡にすぼまった目蓋の奥、その眼に実によく似た言いざまでエニイージーの言葉尻をすっぱぬき、キアズマが―――キアズマ・ネモ・ンルジアッハが―――紫煙混じりに声帯を軋らせた。
「その陳腐な口回しと同じくらい理解しやすい上に、色々とコンパクトに収まるぞ。文字数とか」
「いや。差別。いや? そう言われりゃ差別か。あれ」
毒舌まぎれに窘められたことにも気付いていないのか、エニイージーは額面通りに相手のせりふを受け止めたようだった。元の席まで退いて腰を落とし、逡巡を埋めるように、視線を卓上にふらつかせる。無音の格闘は多少長引いたが、結局は降参することにしたようだ。実際に両手を肩の上にかざして、その指先をひらつかせさえしてみせる。
キルルは、それを見ていた。ずっと。
「とにかく俺はそこじゃいつだって他の連中よりぼろぼろじゃないといけなかったし、腹を減らしてないといけなかったし、真っ当な手段でそこから這い上がろうなんて考えちゃいけなかったし、なにより周りのそこかしこにいる誰も彼もがそれを鵜呑みにしてた。これって差別よりか、文化とかになるんじゃないのか? いや。分かんねっけど。勉強なんてこっちで齧ったきりだし」
と、手を下げて、ため息をつく。そしてエニイージーは、ぐるりと頭を巡らせた。ただし、キルルを見たのではないし、キアズマを避けたわけでもない。あえていうなら、その頃の記憶の残滓でも探したのだろう……たとえばキルルのすぐそこ、窓向こうの乾ききったねずみ色をした空から。
「だからここに来てしばらくは、生まれたてより馬鹿だった。しばらくして、ああ別世界ってあの世以外にもあるんだなって納得できたけど、最初はもうびびって無理だったよ。なんで働き終わっただけでちゃんとしたメシを食わせてもらえるのか、とにかくそれがめちゃくちゃ怖くてさ。でかい声なんて笑い声ばっかだぜ? しかも笑ってんのが、ラリってるわけでも誰かを私刑にしてるんでもないときたもんだ。そのストレスで、こっちに来てから何日かで、あっちにいた時より痩せたもん。俺」
あまりに素っ気無く流れていく独白に、キルルは自分の舌の根を押し広げる生温やかな吐き気さえ思い違いではないかと怪しんだ。それでも、日常にほどけていたはずの鼓動がきつく縒り上がって、打つ回数どころか鼓動の振動さえ錯覚できるとなれば、いつまでも誤魔化しきれるはずもない。頭に上った血に悪酔いしている気がした。が、そんな倒錯になすりつけでもしなければ、そのことを訊けたはずもなかった。
「仕事したら、……ごはんとか、お給金は……あるはずでしょう?」
「そりゃ、相手が人間だったらな」
「エニイージー。よさんか」
キアズマが鋭く制したが、彼はなびかなかった。あっさり残りを遂げる。
「これもあいつらの言い分を借りることになるけど、つまりは野良の犬猫みてえに名前しかねえ奴を人間扱いするなんて、分不相応なんだよ」
エニイージーは、こんな今になって、苛立っているように見えた。そしてそれ以上に、戸惑っているように見えた。彼にとっての当然が、キルルのそれとは食い違っている―――そのことが過去<彼に凝立する聖杯>に入団した時の心地をも誘っているのか、エニイージーの瞳の茶色はいつにない暗褐色を焦げつかせて、青臭くすらない脆い感情を匂わせた。
今のまばたきで、それは消えた。
「後継第二階梯を前にしてこんなこと言うのはあざといとは思うけど、それでも卑怯臭い悪意はない――― 一応、そのつもりだから聞いてほしい」
エニイージーはいったん口を閉じ、そうしてまがりなりにも残っていた当惑と躊躇を噛み切ったことを示すように、はっきりとキルルに向けて顎を開いた。そこから声音がやってくる。
「血統をマーカーに、家名だ族名だと線引きしてかかる連中がトップなんだ。トップダウンで国の掃き溜めまで染まってたところで、なんかおかしいのか?」
「あ、なたは……」
「俺があそこにいたのは、戦争するだの、しないだの、し終わっただの、ぎゃーぎゃーやってた頃とどんぴしゃのはずだ。よく覚えちゃいないけど、あそこの連中は、そのぎゃーぎゃーが儲けに繋がらないタイプだったんじゃないかと思う。そういう奴に一番しわ寄せが来て、その寄ってきたしわをもっと底に押し付けてかないと、やってられない時期だろ? 多分。そういう頃って」
「あなたは……―――」
「名前が短い奴は長い奴より弱い。文無しは金持ちより弱い。子どもは大人より弱い。だったら、野良の貧乏人の子どもが底辺だ。なあ。なんかおかしいのか?」
「あなたは、」
何がしたいのだ?
唐突に、内に向く問いかけへと切り替わった思考に、頭痛すら走る。のみならず、大きくなっていく音のない自分の声が、ただの言い残しの反響でないことにも気付いてしまう。あなたは。あなたは、何がしたいのだ?
(何がしたかったの? あたしは)
話している彼に呼びかけた。それが何を意図してのことだったのか、自分でも分からない。
(彼が話すのを止めたかったの―――?)
だとすればそれが止んだ今、自分が言葉を失ったことは理に適っている。
(彼にもっと話して欲しかったの―――?)
だとすれば、話している彼に呼びかけることは―――相槌のセンスの無さとそれを上回る下手くそさを抜きにすれば―――理に適っている。
(それとも)
もっと他の卑しい話か。見当もつかないが。
ただ、見当もつかないのは、相手に対しても同じだった。エニイージー。彼は唇の上下を吐息に使ったのと違う趣きでこすり合わせ、ついでその頬がゆるんで、目と口の端が撓んだ。それは本当に……本当に見当もつかないが、―――
彼は単に笑った。そう思えた。
「あのな。そんな顔しないでいいんだ。今となっちゃ、エニイージーだけの俺は、俺の誇りなんだから」
ふと。
それまで不穏な風向きを監視するように気配を沈めていたキアズマが、伏し目を解いた。その先には、斜め向かいに座ったエニイージーの姿が留まっている。そのまま、口を開いて―――
それ以上の勢いでドアが開かれたことによって、それは中断した。爆竹でも破裂したような音を立てて戸板がはじけ、更にそこから、単に火薬が暴発した以上の威力の怒声が炸裂する。
「義父さん!? こんなところで油を売って―――!!」
「きゃ!?」
悲鳴を上げて身を竦めたのは、キルルだけだった。ただし、わけが分からず目を丸くしていたのは、彼女も含めた全員であるらしい。実際キアズマとエニイージーのみならず、殴りこんできた当人さえ絶句する。
というか、その場において、その当人こそ最も呆けているように見えた。壁に当たって跳ね返ってきたドアに尻を打たれても振り返りすらせず、入り口のところで棒立ちのまま、こちらに向けた目玉を固まらせている。
「あ―――え? シゾーさん?」
「す、いません」
恐る恐る名前を呼ぶと、シゾーはようやっと、そんな呻き声を振り絞ってきた。
それがどことなく震えていたのは、土壇場でやりどころが失せた勢いを持て余す破目になったこと以上に、肉体的な限界が影響しているのだということは見れば分かった。たれ目の面影をなくすまでつりあがった目元と逆に、食いしばられてつりさがる口元。そこにたれこめた汗と殺伐とした息差しは、食卓の団欒をぶったぎってしまった後ろ暗さに根ざしたものではなかろう―――そんな、ここ数秒で張り付いたものではあるまい。要は朝から顔を洗った気配もなく、それも含め改めて身支度を整えた様子も無く、彼はただ今朝キルルに会ったあの時から何倍も追い詰められた相好でそこにいたということだ。締まった長躯にあって、膨らんでは縮む胸郭の速さが目に付く。何度か苛立ちまぎれにかき回したのか、黒髪は単に走り回っただけでない有り様に乱れて膨らんでいた。
反射的に、キルルはエニイージーを見やっていた。彼は押し黙ったまま、乱入してきた副頭領を観察している。ただ、単純に閉口するには不必要な力が口元にこめられているのは一瞥で知れた。
「あの……すいません。外から―――そこの窓から見えた小柄なターバン姿が、義父さんに瓜ふたつだったんで、もうあの人としか思えなくなってしまって……硝子も悪くてそんな見通せなかったのに、だからこそ思い込んじゃいましたね」
歯切れ悪く言い逃れながら、それでもシゾーは未練がましく室内に血眼を這わせていた。それがこちらを迂回する都度、テーブルの空の食器を見ては、確実に毒を増やしていく。まず間違いなく、朝食も取っていないのだろう。
と。
「悪いが―――誰何を思えばその身長、ツァッシではないか。背の二十重ある祝福に。どうしたそのヒゲ面。ワイルド増量キャンペーンか? 三割か? 三割なんだろうな。色男」
どうでもよさそうな軽口をふっかけたのは、キアズマだった。相手がつっ立つ左後ろに、気楽にそり返って―――といっても相手の顔面との高低差に、半分以上は上体をひねるようになっており、はたから見ても体勢的には気楽とは思えなかったが、それでも力みの無い声色で野次を遂げる。
シゾーがそれを黙殺するつもりだったのは、疑いようがないところだった。彼は壁を視線で剥げば養父がわいて出ると洗脳されているかのように呪詛混じりの邪視に没頭していたが、いい加減に見切りをつけたようで、それを再び廊下に突き刺す。遅れて彼の身体も、立ち去るべく起居を変えた。
ただしそれは、半秒間だけだった。見咎めたものを確かめるように、もう一度振り向いて―――そして確かめ終えたところで、納得いかなかったらしい。今度こそしっかりと動作を巻き戻して室内に向き直り、シゾーは暗がりでは洒落た蘇芳色にも見える男の頭に、むきだしの睥睨を寄越した。
「―――キアズマ?」
「うん。確かに、キアズマ・ネモ・ンルジアッハだ」
「なんでここに」
「なに、仕事の駄賃よ。懐古を嗜みながらの昵懇は、心さえ舌鼓を打つのでな。まあ、」
もとより立ち上がる様子は無かったが、そこで更にキアズマは椅子にわざとらしく寛いで、にやりと片目を閉じてみせた。
「こうして偶然にも、それ以上の好物に遭遇したわけだが。ふふ。だろう、ツァッシ? これはとんでもない一興だ。しかし惜しい。あのツァッシゾーギが慌てふためき、熾の如くちろちろと右往左往なぞ、筐底の連中が知ったら、それこそ連中の驚天動地が一興となろうにの」
「ツァッシ―――蒼炎?」
拾った単語を口の中で転がして、キルルはそのまま呑み込んだ。口外にしなかったのは、平坦さを取り戻しかけていたシゾーの顔面に、またしても凹凸が盛り上がったからだ。ドアを叩き開けた直後に浮かべていたのと、ひどく似通った形が。
「で? そちらの一興にもなさるおつもりで?」
「阿呆」
味気ない罵声で口許を綻ばせて、キアズマはやはり軽薄に続けた。
「表向き<風青烏>は<彼に凝立する聖杯>の七光りで敵無しだが、裏向きはネモとツァッシゾーギで敵無しなのだ。一時の満足と一生の失業なぞ、無妻者の青二才だった頃でさえ賭けようとは思えなんだろうさ」
「あの。それ。ツァッシゾーギが、シゾーさんの本当の綴りなの? ネモが、本当はヴィネモルカみたいな風に」
だとすれば、似合わない……胸の中で付け足して、キルルはエニイージーとキアズマに、どちらともなく目線を撒いた。いち早く答えてきたのは、後者―――キアズマはこちらに笑いかけてから、不躾けに口を挟んだことを叱責するでもなく、相変わらず横で立ち尽くしたままのシゾーに目配せしてみせる。やはりというかそれは無視されたが、彼もまたそれをきっぱりと無視し返して、穏やかに与太話を進めた。
「ああ、いえ。彼はシゾー・イェスカザに違いありません。ただ俺は、その本名を知るに先じて、筐底の蒼炎という通称に親しんでおりまして。いやはや、今でもついツァッシと口にしてしまう」
「きょうてい? の、通称?」
「はい。彼らも、奇跡的に良いセンスを発揮することがある。古語とは言え、蒼炎なぞ、まさしく彼の性行そのもの。シゾーという名の響きと重なることもあって、すこぶる違和なく舌に合う」
キルルの疑問は通じないらしく、相手が披露した補足は、説明ではなく雑学のようなものだった。実際、有閑に薀蓄を味わう時にはみ出るのだろうにこやかさで、キアズマがやたら感慨深げに頷いてみせる。
「レディ。蒼き炎の逸話は、ご存知であられましょうや?」
「んと。天上の大海原を茹で上げるっていう、とんでもない業火のことだっけ?」
「惜しい。そちらは蒼焔と言いまして、蒼炎とは似て非なるもの。蒼き炎については、古き行にこうあります―――其の灼爍こそ偽りと知れ、真なる丹碧無言に封じ、髄の灰燼帰するを避けよ」
「ええと……なんとかが、まやかしだと知りなさい、でも本当のことは黙って、灰まで焼かれるのから逃げるのです……あ」
思いついて、ぽんと手を打つ。
「触らぬ神に祟りなし?」
「おお。なんと華麗なダイジェスト」
「ほんと? やった♪」
「そんなことより」
シゾーが、これ以上なく剣呑に唸る。そのまま、キルルが知っている範囲ではおぼつかないくらい獰悪な警句でもひねり出してくるかに思えたが、彼が声に出したのは、ただの人探しの旨だった……今更と言えば今更過ぎるほど、今更の。ただし、ただの人探しには無用な怨念をこめて。
「義父さんを見かけませんでしたか?」
「見かけた」
今更だったのは、シゾーだけではなかった。怨念など欠片もなかったが―――
だからこそシゾーのそれを助長しそうな。すらりと貴族然とした動作で、平手をもって己を指し、キアズマ。
「それは今朝方、門扉で拝顔した俺が最後でないかな。<風青烏>の報告終了後、ジェッツェの先の王靴村に向かう手はずを整え、うちの部下を案内に送り出した」
「はァ!?」
十中八九やつあたりだろうが、それすら疑わしく思えるほど凄まじい呪いを焚いた眼力を込めて、シゾーがキアズマを睨めつけた。それを、牽制する以上の強さで睨み返していたのは、エニイージーだけだ。キアズマ当人は物怖じせず、斜め上から吹きすさぶシゾーの怒罵を小慣れた風体で座視している。
「あんな遠い靴箱まで……どの騎獣に乗って行きやがった!? てめえの舎弟を付けたってことは、てめぇんとこのをやったのか!?」
「まさか。屠殺するにしても、そこまでじれったくする特異趣味なぞ、俺にあると思われてはこれ心外」
「じゃあ、うちのどれを連れてった!? 一番いい奴だったろうな!?」
「こちらの騎獣は昨日の戦闘の余韻とやらで興奮しきっていて、見ず知らずのうちの部下に操舵を許す状態ではなかったのでな。騎獣一匹のために<彼に凝立する聖杯>の騎獣操舵員とそれに連なる許可を取り付ける時間と手間を割くまでもなく、道程を鑑みたならば優駿を用いたとて採算は変わらんと部隊長第一席主席に進言したところ投合していただいたゆえ、そのまま手綱を送ったまで」
「ゆう、しゅ……!?」
「あ。ええと。むう。ここで言う、なんだったか……」
矢継ぎ早の詰問を取りこぼしたシゾーに、キアズマは己の不手際を悟ったらしかった。脳内のイメージを描こうとでもするかのように、片手に立てた人差し指を宙にさ迷わせて、しばし。ぱっとそれを拳にしまいこみ、それでもう一方に広げた手を打ってみせる。
「おお。馬だ」
「馬ァあ!?」
これ以上なく驚愕して、シゾーが繰り返した。そしてその衝撃がおさまらないうちに、容赦なく悟ってしまったらしい。とにかく愕然としたものが、絶望した顔面の影を食いつぶす。
「ってことは、どうやったって今日中には―――!」
「用向きを済ませることも含めれば、明日や明後日でおさまるかもあやしいものだ。おひとりで駕するわけでもなし」
と、悪びれるでもなく、キアズマは続けた。
「ついでに、相乗りするうちの部下に対して、騎獣は無理だが馬は不得意とおっしゃられておったしの」
「なんつーか、それで保障されるほどアテにしたくなくなるな」
興味なさげに、エニイージーがぼやいた。言った本人でさえそうだったため、誰にも引き継がれずにそのまま空中でぼけて消えたが。
シゾーの沈黙は、ただならぬまま数秒を侵した。その内心を象ったかのような暗澹とした表皮の縒れがまたひとつ、彼の眉目のふちに固まる。どうやらシゾーは、どうしてか同胞にすら、状況を説明するつもりなど毛頭ないらしかった―――わけが分からないゆえに蚊帳の外で能天気に構えたキアズマにも、蚊帳の外に置かれるわけすら分からないまま放置されることに着々と息巻いていくエニイージーにも、一言も発しない。キルルはそれとなく、その二人を見回して……
三人目のシゾーが、こちらを見詰めてきているのに気付いた。
思いがけぬ視線に射すくめられ、目が点になる。それで意を決したというのも馬鹿な話だろうが、シゾーがこちらに向けて一歩踏み込んできたのは、まさしくそのタイミングだった。ついで、血色の悪い唇が決然と割れる。
「キルルさん。僕と一緒に来てください」
「え、ええ?」
「エニイージー。あなたはここでいい。キルルさんだけ。早く」
と言われたところで、なにをどう早くすればいいのかも、見当がつかない。椅子の上で、目をぱちくりさせたまま喘ぐ。
そしてその吐息のわめきさえ、直後に物騒な騒音にかき消された。席から立ったエニイージーが、足元で派手に横倒しになった椅子になど見向きもせず、シゾーへ顔面を突きつける。そこにあったのが単なる敵愾心か、あるいは虚仮威しに隠した顕示欲であったなら、まだしも介入の余地はあったのだろうが―――その面の皮を脈打たせていたのは、血と、はっきりと血が通った使命感だった。
エニイージーが動いた。迷うことなくシゾーに詰め寄り……ただし対照的に座して動かないキアズマが間に防波堤のようになっているせいで、にじり寄る程度だったが、その詰めることができなかった距離こそ超えるべく、エニイージーのわななく弾劾は義憤を慟哭していた。
「副頭領。そいつの護衛はあんたに言われて、俺が正式に就いた任務だ。通達通り、日中全館敷地内―――」
「黙れ馬鹿が」
黙らなかった。
「あんた……それでも旗司誓か―――!」
押し殺されたシゾーの氷点下の一喝を、エニイージーがすり潰した刹那。
見えたのは、キアズマの右手だった。ふと置かれていた卓から浮いて、間際にあったエニイージーの鳩尾を押す。
そして、意図せぬ外力になすすべなく退がったエニイージーの鼻先を、シゾーの裏拳が薙いだ。
キアズマの頭上を越えて旋回した拳打は、目前で殴りつける対象を失って空振りした。それを厭うでもなく、むしろもう片手が連撃する拍車に変えるべく、更にエニイージーへと半歩踏み込んだシゾーが、己の懐へとその豪腕を引き絞ろうとする。壁の間際を、男の手指がこすりあげ―――
そこで終わる。
もう動かない。
キアズマの左手が掲げられていた。彼のその手に握られた剣が、鞘をかぶったまま背後の壁に叩きつけられたせいで、部屋中に耳鳴りのような金属音をこだましていく―――鍔と刀身と壁でできた三角の隙間に、シゾーの手首を噛ませたままで。
それが全てだった。エニイージーは金縛りにあったように身じろぎすらできず放心し、シゾーは剣と壁にひっかけられた自分の片手を前に凝立したまま、両者から臨界点を取り上げた主犯のキアズマでさえ奇跡の身のこなしを固着させたまま動かない―――いや。
彼の形相だけは動いていた。なにやら大仰に目を閉じて、大仰に息を吸い、大仰にそれを棒読みに変える。
「ツァッシ。ツァッシ ツァッシ ツァーっ―――シ」
場違いなほど、あっけらかんと……しかも高らかに連呼されては、無視を決め込むことも出来なかったようだ―――シゾーが、声の主の脳天を睨みやる。その琥珀の瞳に殺気はない。ただし、煮詰めた鬼気を刷かれた眼光のぬめりは、蠍の毒棘の尾端を思わせた。怨敵でなくとも、かすめてしまえば慈悲はない。
それは知ってのことなのか、キアズマがやっとこさ片目だけ相手に振り返らせたのは、剣鍔でシゾーの手首を壁に捕獲したまま、なお数秒を黙りこくってからだった。
「無礼であろ。今のお前をシゾー・イェスカザと呼ぶのは」
「俺がそいつだ」
シゾーが吐き捨てた。
あるいは、噛んで含めた。
「そいつだ。俺は」
同じことを言っている―――はずなのだが、どうやらそう思えなかったのは、自分だけだったらしい。間髪いれぬキアズマの舌端は、指摘を語るだけの文面にお似合いで冷めて乾いており、饒舌に心理的な急制動を畳み掛けていく。
「なれば存じておいででないか? この部隊長第五席副座は、副頭領に腕ずくで黙らせてほしいから物申しておったのではないぞ。エニイージー。動くでない。右手にひっかかっておる皿が落ちる。レディ、」
そこでキアズマはキルルへと、茶菓を扣えさせた昼下がりの喫茶が似合いそうな気品あるほほ笑みを満面に芳せてみせた。
「お気になさらず。さあ咲って」
「無理無理無理無理」
ぶんぶか首を振って、キルルは渾身から突飛すぎる招待を拒絶した。
それを見たキアズマが残念無念と大袈裟に肩をすくめて、ひょうきんに落胆を体現する。
当然、剣を持つ彼の手も壁から離れた。瞬間、緊張が神経を刺したが、開放されたシゾーは、打って変わって翻意した深沈たる面持ちで手を引いただけだ。確かに激発したはずだが、既に葛藤すら片鱗ないその横面に、ただひとり椅子から立ち上がったキアズマが嘆息を向ける。
「その血の気と痴鈍、例得るならあたかも岩槳の間欠泉の如し。心頭まで須臾としてのぼり、下がる事様これ類同。さりとて但し、後先誰彼問答無用、微に細に入る四方八方、残す禍根はその逆様。証跡たるはこの即今、たかが岡目に拳を見極られ、御負けに横手からの叩きに茫然自失、赤子の手なりて果てなるは、僅かながらの壁震盪―――の、お前の不甲斐ない体たらくのみで済んだとは、まさか思うまいな?」
早口に責め立てる長広舌が貴族的な因習臭さを取り戻していたことに気付いて、やおら忸怩と正気を取り戻したらしい。これで区切りとばかり空咳を見せ付けたキアズマは、まるで関心のない翫具を玩弄するように淡々と五指と手首を検分しているだけの古馴染みに、嘆息を重ね書きしただけだった。
「四の五の言ってくれる猪口才な輩なぞ、とうに間に合っておろう。なればこそ、あまり俺を冷や冷やさせるでないわ。まあ今回は、いい具合に冷えたその水を注すことも叶ったがゆえに良しとするが、丹碧限らず斯様な紅蓮、寡聞にしても存ぜぬというもの―――」
「キアズマ・ネモ・ンルジアッハ」
シゾーが、あとを攫った。
相手に続けさせまいとつい口走ってしまっただけなのか、一度はそのままもみ消してしまおうと黙り込む―――が、全員の注目を買ってしまっては、そうもいかなかったらしい。シゾーは腹積もりを捨てきれず頑迷にさ迷わせていた眼差しを取り戻してから、かろうじて唇に隙間を広げ、声をひり出した。
「あなたのそれは火に油を注ぐのと紙一重であること、努々お忘れなきよう」
凄むでもない忠告に、キアズマが自身の胸板に手を添えて、慇懃無礼に黙礼した。あくまで道化を続ける義賊に、シゾーがなにを思ったのかは分からない。まさか頭を下げられて溜飲まで下がったはずもなかろうが、―――その時シゾーがぽつりと言い残したのは、ただの蛇足だった。
「あと、『水を注す』の用法間違ってます」
「あれ?」
水を注すって差し水と別物なのかとか何とか口ごもっているキアズマは既に眼中になく、シゾーが改めて身を返した。こちらへと。
「ええそうです。エニイージー。あなたの任務はそのとおりですとも。ですから、僕がしばらくそれごと彼女を預からせていただきます。そのうち、もろとも返しますよ。そのうちね」
読経じみた平淡さでエニイージーへと―――もしかしたらキアズマにも―――告げる間も、ジゾーは止まらずキルルに迫る。そのキルルと言えば、椅子から立ち上がることさえ思いつかなかった。という以前に、思わず引き攣った踵が木の脚にぶつかって、それで座っていたことを思い出した。
途端、シゾーに肘の上を掴まれる。そして投げ飛ばされた。
(は―――!?)
そのまま床に落ちるかと思ったが、頬骨を打ちつけたのは、シゾーのうなじだった。どういった技か、そうして難なくキルルを背中に担いで、
「すいません口締めて」
それを最後に、部屋から跳躍する。
廊下を踏み込んだその物音に、何時とはなく大食堂の戸口に混雑していた人垣がわずかながら振り返り……目撃した二人組みの奇っ怪さに、瞬く間もなく周囲まで困惑が波及した。食事に向かっていた浮き足のつま先を軒並み折られて、黒山が一瞬割れる。
ふと、奥にまで視線が通った。
(―――片付いてる?)
卓。椅子。床。それに旗司誓。どれもこれも、こざっぱりとして見えたが。
改めて大食堂を正視することはできなかった。エニイージーたちも気がかりだったが、振り向くのさえ遅すぎた。先ほど感じられた憔悴が嘘だったような俊足で、とっくにシゾーが廊下を駆け出している。通路の真ん中を避けて歩くのは旗司誓の規則らしいが、もとよりそうしていた者でさえ、シゾーの颶風を巻く突進を目の当たりにして、壁へとへばりつくように跳びすさってみせた。
口は締めているようにと言われた。
鼻先で鬱蒼と逆立つ黒髪を押さえて、シゾーの横顔を後ろから盗み見る。巌の輪郭は、やはり語らない。だけでない。
そうして気付いてしまえば、ぶれる背中にしがみついて、キルルは黙りこくるより他なかった。
行き先までも劈くようなこの飛燕の靴調こそが、いかな言動より流暢に事態を物語っているのだと、今更になって早鐘を打ち出したキルルの心拍が耳打ちしていた。
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