されど誰(た)が為の恋は続く

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

文字の大きさ
21 / 78
承章

承章 第一部 第九節

しおりを挟む
 義務というわけではない。あるいは、身勝手な義務感があるというわけでも。

 それでも、それらを思わせる感覚に逆らわず、キアズマは口を開いた。

「言うがいい」

 エニイージーは、当たり前だが、しらを切った。

「なにをだよ」

 吐き捨てて、押し黙る。

 それも当然かと、キアズマには思えた。今ここは、しらを切るのに絶好の舞台だ―――密室の円卓に取り残されたふたりの男は友人同士、しかも理不尽な人災にさらされた直後と来ている。ついでにお互いに飲み物も尽きているため喉の衝動をドリンクでまぎらわそうにも不可能だし、話題と注意と悲鳴をごっそり奪取してくれるようなドッキリパレードが窓の外を通りがかってくれることもない。つい本音が出たところで不可抗力というものだ。だからだ。エニイージーは、しらを切った。

 座した椅子にて、キアズマは剣を撫でた……片膝の上から、首根っこにかけてもたれ掛けさせた、さやかぶった剣の腹を。

「言うがいい。容量だけは肥えている聞く耳とて、俺の貴族の遺産だぞ」

 苦笑しようにも、己の言葉には苦味も面白味もありはしない。曖昧あいまいだったせいで漏れた出来損ないの咳じみた音は、笑い声ではなく、ため息のそれにひどく似ていた。

 キアズマは、せめて身体からだだけでもほぐそうと、椅子の背もたれに上背をくつろがせた。古びて枯れた木は重く硬い。来客としてここに座るようになったのが何度目なのか―――数えてさえいないが、昔よりは確実に筋骨に馴染なじむようになってきた気がする。歳を取ったということだろう。この椅子のように。恐らくは。

 エニイージーはどうだろうか? キアズマが視線をめぐらすと、彼はこちらと同じように席に着きながらも、こちらとは真逆に真顔を煮詰めつつあった。騒ぎのせいでずれてしまっていた自分の食事盆を震える指で整えてから、歯形が食い込んだくちびるをようやく吐き出す。

「……<風青烏ロゾ>頭領であるお前に、」

 そこで思いとどまろうとしたのは目に見えた。言う必要はない。必要がないならば、せずともよい。よいのなら、受け入れてしまって構わない―――ただし、苦しさもろとも。

 時間をかけた網羅を順繰りに踏みつけて、ついにエニイージーは根負けした。

「<彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>の副頭領として、挨拶をすることも無かった。俺にキッティを押し付けたくせに、また勝手な事情でかっさらっていきやがる。ずけずけと話に割り込んでおいたことにさえ、何の言葉も無い」

 そして最後に、吐き捨てる。衝動への敗者らしく、忸怩じくじたるしわ口許くちもと眉根まゆねに深めながら。

「シゾー・イェスカザはまだ、筐底きょうてい蒼炎ツァッシゾーギだ。そう思った。それだけだ」

 語尾が、視線もろとも震えている。はっきりと、旗幟きし蹂躙じゅうりんされた憤怒ふんぬ翻弄ほんろうされていた。

 ただし、翻弄されたのは、それだけで済んだ。血走った目を恥じるように伏せて、エニイージーがまたしても黙り込む。

 キアズマは顎先あごさきを上げた。ついでに上目遣いに部屋の中を見回して、つい先ほどのいさかいの余韻よいんを味わう。圧縮煉瓦あっしゅくれんがをむき出しにした壁には傷ひとつ残っていなかったし、抱いている愛剣とて芯がひずんだ気配はなかったが、……それらのことがなんとはなしにエニイージーへの反証のように思えてくるのは皮肉なことだった。裏表なく強い石の塊、無事なようでいて芯が折れているかも分からない剣の直刃すぐは、そして強靭きょうじんな直線をした内面に耐えられず歪んでしまう表面を持て余した旗司誓きしせい

(俺は、どれとも違うかな)

 それか、どれにもなれないか。

 キアズマは、口をいた。それが、物思いを置き去りにして現実に振り返るためだと、そう思えるうちに。

「―――確かに、副頭領の言動としては、著しくつ様々に欠けていた。ここ数年にわたり努力したにせよ、後任があれでは、ゼラ部隊長第一席主席の心労も絶えんかろう。まあ心労の責なら、お前に対しても言えることではあろうが」

「俺?」

「まだツァッシを疑っている」

 それについて、口火を切る。

 エニイージーの疑問符に浮かんでいたとげは、不意打ちを食らって行き場を失くしたようだった。友人は、ただ呑み込むしかなくなった鋭利なものにすくんで、顔色を失くしている。

 それを理解しながら、止めるわけにはいかない。呵責かしゃくじみた後ろ暗さを感じないではなかったが、キアズマは念押しした。

「ツァッシこそがの事件の真犯人だと、お前は疑っている」

「それは、」

「三年前。確かに無傷で済んだのはツァッシだし、得をしたのもツァッシだ。ザーニーイ氏もゼラ氏も生死を彷徨さまよい、シザジアフおうむくろすら残らなかったあの大恐慌の最中さなか、総崩れになった<彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>のいわおとなったツァッシに人望が再興したのも事実だし、真逆に疑いを根深くする者が出たのも当然のことよ。一石二鳥も、三鳥四鳥と数が過ぎれば手品を疑われるものだ……幸運でも偶然でもなく、タネがあるとね。それがしかも、筺底きょうてい―――箱庭の底辺で蒼炎ツァッシゾーギなんぞという忌み名を戴くような存在であるならば、なおの事」

「それは、」

「ここで、あの殺害未遂だ。追い打ちをかけた。ザーニーイ氏の喉笛を食い千切り、霹靂へきれきを刻んだ犯人は誰だ? 正道せいどうなら、際立って腕の立つ暗殺者か。胸襟きょうきんを開いた幼馴染おさななじみを疑うのは、邪道か王道か?」

「それは、」

「家族経営する中での牧歌的なじゃれあいで済んでいた派閥争いは、組織の再構成が進むほど崩壊した。今にしてみれば、ツァッシが副頭領職に就いたことがアダとなったのやも知れん。人物でなく地位に肩入れしていた連中を、ややこしくき回した。職位を前任していたゼラ氏と養子関係にあるというのが、またややこしい勘繰りを生む……」

「それは、」

「俺とて、ザーニーイ氏が事件前から調子を崩していたのは養子経由で筐底きょうていから調達した毒物を投与されていたからだ、という醜聞はさすがに粗悪な出来の法螺ほらだと思うがね。そうじゃない……そこではないのだよ。そう吹聴させる者を旗司誓きしせいに生むほど、深刻な根深さがあることこそ考えねばならんのだ。イェスカザ家の陰謀論―――それが極論だとしても。養父なら、養子を看過するだろうと。お前はそれを否定するまい?」

「それは……―――」

 反駁はんばくは、そこで終わった。

 エニイージーと見つめ合いながら、キアズマは彼の言葉の穂先を夢想した。それは勘違いだ―――それは俺だけが言っていることじゃない―――それは自分でどうかなるもんじゃない―――

 どれであっても、エニイージーは口にしない。確信しながら、別のことを問う。

「三年前からの不審ゆえに、嫌うか? それとも、嫌うがゆえに三年経っても不審が晴れんか?」

 友人は沈黙している。先程と違い、即答したい衝動を押さえ込んでいるのではなさそうだ。

 言ってくる。

「―――分かんねえよ。そんなの」

「まあ、花と種のどちらが先か、に相似する水掛け論ではある」

 肩をすくめて、キアズマはエニイージーに逃げ道を明け渡した。

 と。

 斜め後ろにあるドアが……キアズマが知る限り、本日これ以上ないくらい優しい扱いで緩慢にドアが開いて、隙間から男がひとり顔を突っ込んでくる。無論のこと、旗司誓だ。今朝方に厩舎きゅうしゃで言葉を交わした相手である。彼は簡易敬礼をこちらに示し終えると、ややしゃがれた愛煙家の声色で告げてきた。

「<風青烏ロゾ>の旦那だんな。こっちは終わったんで、いつでも箱庭までてるっすよ。用意が出来たらどうぞ」

「それはありがたい。すぐにでも参ろうぞ」

「いやぁ、うちの方でも昨日借りた二匹を<風青烏ロゾ>に返せるんで、渡りに船っすわ。乗り手には休暇の奴をつけたんで、また箱庭で見かけたら構ってやってください。なんなら使ってくれたっていいっすよ。ね?」

「……ああ。だな」

 相槌を求められたエニイージーが頷くと、その旗司誓は愛想笑いごと、さっさと廊下に引っ込んでいった。

 それを待っていたのだろう。エニイージーが、ドアが閉まると同時に、うつむかせていた顔を上げる。

「だったら、」

 と、言葉を噛む。躊躇ちゅうちょしたのか、そもそも感情だけが先走って言葉を選んでいなかったのか。それは分からないが、それでも続く。

「だったらお前がここに残って、その不審だとか嫌いだとかを、払拭するように立ち回ればよかったじゃねぇか。出来なかった筈もないだろ?」

「出来なかった筈だ。俺は事件が起きるより更に前に筐底きょうていにおいてツァッシと知り合っていた。その時点で、構成員らには潜在的に、俺とツァッシは同じ穴のむじなという先入観が植えつけられている。その俺が、どう動けよう?」

 笑ってしまう。腫れ物に触る時は、笑い飛ばすくらいでいたいものではあるが。なかなか上手くいかない。

「しかも、義賊の立ち上げのためとは言え、前線から尻尾を巻いて箱庭に逃げ込んだと思われても仕方の無い俺だ。今更になって言葉を尽くしたところで、まあこれも今更としか言いようが無かろ」

「誰も逃げたなんて思っちゃいねえよ!」

 気色ばんで、エニイージーが卓を片手で打ち付けた。軽く跳ねた食器が、景気づけにしては空気を読まない軽薄な音を、かぽちゃりんと立てる。

「<風青烏ロゾ>が助力するようになってから、俺たちの仕事は格段に効率が良くなった。情報の融通も前とは桁違いだし、連係が良くなったおかげで仕事の幅だって広がった。お前が頭領だからだ! <彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>を戒域かいいきの首領格まで担ぎ上げた功労者の一人は、まず間違いなくお前だぞ! そのくらい、言われなくても分かってるだろ!」

 言われなくても分かっている―――のは。

 それだけではないことも、分かっているだろうに。

 たとえるならば、そう―――先ほど、キアズマのことを、箱庭からの奴・・・・・・と表現した者の深意。我知らず、んだ頬に苦いものがうずく。

 そして、またはそれとは真逆に、深意もなにもなく、ただそれゆえに告げられるエニイージーの言葉。

 分かっている。次にキアズマの表情は、苦さよりも笑みを深めた。

「賞賛と愛は似ているな」

「は?」

「どちらも、親愛なる者から我が耳朶じだへ向けられてこそ、至福たりえる言葉だ」

「気色悪ぃぞお前」

「思ったことを素直にうそぶいているだけなのだが」

「じゃ、素直に性根から気色悪ぃんだな。お前」

「それは困るな。エニイージーの評価は、俺を愛するアシューテティの誇りに関わるゆえ、黙っておこう。―――む」

 ふと、先程の会話を思い出す。

 半眼を向けてくる友人を、キアズマは見返した。

「そういえば、先ほど初めて耳にしたが。エニイージーだけの自分が誇りとは、これ如何いかに?」

「言ってやんね」

「うん?」

「誇りと愛が似てるからさ」

 エニイージーが、にんまりと勝ち誇る。

「持ってる自分で噛み締めて、そうできる幸せを自覚できりゃあ最高だ」

「違いない」

 と、複雑な感情が水をす前に、キアズマは続けた。

「違いない。確かに改めて聞いてみると、気色悪きこと限りなし」

「はは。そうやって揚げ足取りにきやがるか? この」

 好転した空気に安堵あんどし、キアズマは吐息した。

 そのまま、暗転しないうちに席を立つ。

「それではこれにて。背に二十重はたえある祝福を。エニイージー」

「はい。<風青烏ロゾ>頭領こそ、お元気で」

 度肝どぎもを抜かれて、肩越しに振り返る。

 エニイージーが座席から直立し、敬礼をこちらに向けていた。そして、

「なんてな。またな、キアズマ。背に二十重はたえある祝福を」

 途端に吹き出した彼に、笑い返すべきなのは分かっていた。それらしい軽口でもいい。なんなら、悪口でも構わない。少なくとも、冗談らしく流せるのであれば。

 だからキアズマは、どれかを返した。反射的な所作だったので、どう返したのかは覚えていない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】たぶん私本物の聖女じゃないと思うので王子もこの座もお任せしますね聖女様!

貝瀬汀
恋愛
ここ最近。教会に毎日のようにやってくる公爵令嬢に、いちゃもんをつけられて参っている聖女、フレイ・シャハレル。ついに彼女の我慢は限界に達し、それならばと一計を案じる……。ショートショート。※題名を少し変更いたしました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

あなたの隣は私ではないけれど、それでも好きでいてもいいですか、レオナルド様

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢エリアーナには、三年間ずっと抱えてきた秘密がある。 婚約者であるヴァルフォード公爵・レオナルドへの、誰にも言えない恋心だ。 しかし彼の隣にいるのは、いつも幼馴染の伯爵令嬢・ソフィア。 儚げな笑顔と上目遣いで男性を虜にするあざとい彼女に、レオナルドも例外ではないようで—— 「レオ、私のこと嫌いにならないでね?」 「……そんなことにはならない」 また始まった二人の世界。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません!

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第12回ネット小説大賞最終選考選出 「クリスティーナ・ミハイル。貴様との婚約をここに破棄する」 王立学園のサマーパーティ会場において、突然、クリスは皇太子に宣告された。 そうこの話は悪役悪徳令嬢がはかなげな娘をいじめにいじめて挙句の果てに皆の前でその悪事の数々を暴かれ弾劾される話のはずが… クリスは天真爛漫お転婆令嬢だったのに、皇太子の婚約者になったばかりに王妃教育の礼儀作法が苦手。1ミリ違うからってダメ出しされても… おまけに王立学園の物理は世界的な権威がいるからかレベルは世界的に高くて寝る間も惜しんで勉強する羽目に…・ それだけ必死に努力してるのに婚約者は礼儀作法のなっていない娘と人目もはばからずイチャイチャ もう一人の王女は別名暴風王女。礼儀作法って何、食べられるのって感じで、仲の良いお姉さまだけど敵国皇太子と仲良くしていて……… 苦労するのは私だけ? 我慢の限界を超えて… しかし、このクリス、実は建国の戦神、史上最強最悪のシャラザールが憑依していて、そんな彼女に逆らうと… 読んだ人がスカッとするお話書いていくつもりです。 新章始めました 小説家になろう カクヨムでも公開中 この1000年前の物語シャラザール帝国建国秘話はこちら 「娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/474495563

処理中です...