7 / 78
起章
起章 第二部 第三節
しおりを挟む
あとは、ほぼ遅滞することなく進んだといってよかろう―――自分ひとり何もすることが無く、無駄に突っ立ったまま視線を散らしていた分、それくらいは判断できることではあった。旗司誓も司左翼も改めて互いにいくらか砕けた挨拶を交し合い、のちの算段をつけるのにかかずらっている。なかでも、什器と衣服が詰まったキルルのチェストを携帯する相談をこなす青年の姿は、えらく目立っていた……彼がバンダナを結んだ髪を振り乱しながら旗幟とチェストの扱いに折り合いをつけようと試みるごと、容赦ない侍女が口を挟んでは―――そのような荷運びをして姫のゴブレットに傷をつけるおつもりですか―――辟易とした雰囲気と話を長引かせていたせいだろうが。
それより、派手だということはない―――むしろどこよりも地味に、あの騎士は残る二人の旗司誓と打ち合わせを続けていた。とはいえ、ザーニーイの整った目鼻立ちを未だに曇らせている秋毫の疑念こそが、目を引いてならないことも事実だった……まず間違い無く、彼は得心できていない。今までも。今この時も。
(まさか、今後これからも……じゃないでしょうね)
去っていく司左翼が巻き起こした砂塵をどんよりと眺めやって、ひたすらそうするより他なく、キルルは言葉にならない呪詛を吐いた。
吐き終えれば、認めるしかない。この警戒環に残されたのは、旗司誓三人と自分だけだ。
意味も無く西の碑姫シェーラマータ・ア・ヴァラージャを観察し終わると、殺風景な警戒環に逃げ口上は見つかりやしない。覚悟して、キルルは声を出した。旗司誓との間合いは、油断すれば肩が触れ合う距離ということもないが、緊張に固化した呟きでも見過ごされることはないだろう近距離―――彼らは、きっと無視しないだろう。多分、彼らのひとりくらいは。
「ええと……そういうことなんだけど、」
喋るうちに、急激に余裕がこぼれていくのを感じる。舌が震えた。
余地なく、キルルはさっきまで一番長く視線を合わせていたザーニーイに振り向いた。
「この展開、信じられない?」
翼の頭衣から気安く声をかけてくるとは、思いも寄らなかったのかも知れない。相手は思案顔を失って、きょろりと目を見開いてみせた。
「いえ、後継第二階梯。そうではなく、」
「やめて。敬語」
と、告げる。
瞬間からザーニーイの表情は、先ほどよりも長く、軽い驚嘆を保つこととなった。キルルは、戸惑い気味に仲間を見やる彼の視線がこちらへ戻ってくるのを待ってから、腰に手を当ててきっぱりと言い放った。きっぱりしていたのは外面だけで、実際は脊髄を叱咤したくなるほど及び腰になりかかっていたのだが。
「タメ口で話して。つまりさっきのは、『いやキルル、そんなのじゃなくて……』って変換するの。あなただって、あたしが王家に迎えられるまでのあらまし、ちょっとは知ってるでしょ? 傅かれるのに慣れてないの。ていうか、雅言もやだし、敬語もいやなの。なんか、よそよそしい気配感じない? どこまでいっても、最後の最後でどなた様? みたいな」
そこで言葉を切って、反応を窺う。
先ほどまで気位も高そうに胸を張っていた後継第二階梯が持ち出すにはかなり意外な展開だったらしく、彼らはえらく吟味に手間取っている風に取れた。その沈黙があまり芳しくない気配に感じられ、キルルは焦るまま、とにかく言い募った―――イヅェンの事情で右往左往させられた代償に、こちらで暮らす数日くらいは、息抜きできる環境を整えたところで罪にはなるまい。
「だ、大体、あんたたちだって百英雄が先祖って話じゃない。だったらほら、同じく無二革命を起こした仲間の子どもの延長線にのっかる同士、こー、打ち解けろまでは言わないけど、ちょっとはフレンドリーになりましょうよ。ね? えっと……ザーニーイ」
騎士が呼んでいた彼の名前をどうにか思い出し、間違っていないことを祈りながら、そう締めくくる。途端に、あざやかな新緑のバンダナを髪に交ぜこんだ青年が、携たずさえた槍を握り込んで、不快そうに口を開くのが見えた―――しまった、祈りは通じなかったか!
が、そこから声が出るよりも、ザーニーイが笑い出すほうが早かった。
その左手は剣の柄頭を軽く叩いて、鍔にある青い羽根を揺らしている。剣をそうしなければ、腹でも抱えていたに違いない。笑顔を咲かせた彼の相好は、言うなれば、―――非常に魅力的だった。
あっけに取られ、キルルはぽけっと口を開けた。唯一、黒髪をした旗司誓は自分の癖毛を撫でつけながら目元の微笑を深めただけだが、少なくともキルルと、何か言いかけていた相手の青年はそうだった。
数秒か……数秒以上かは、知るところではないが。終わってしまえばそれに違いなく、とにかく幾らかしてザーニーイはそれを収め、キルルに笑みの残る目線を向けてきた。
「オーケイキルル、最高だ。正直、自分がキフォーの綴りなんざ知ったこっちゃ無かったが、今になってアの綴りと知音だったご祖先さんに感謝するぜ」
それは、その面容に対してあまりにも粗野な口調と思えたが、聞いてみればちぐはぐなようで似合っている。つまりは、これが地なのだろう―――なんとはなしに浮き足立ち、彼女は無駄にこくこくと頷いた。
「ほれ。エニイージーも呼び方ひとつでンなツラすんなよ。俺ぁこいつにとっちゃ頭領じゃねぇんだし」
と言葉を続け、ザーニーイは気楽な調子で、手をひらひらと青年へ振ってみせる。ほっと、キルルは安堵に肩を緩めた。その青年は、自分の上司が呼び捨てられたことが気に食わなかっただけで、どうやら名前そのものは間違っていないらしい。しかもその上司自身がそうすることを許可した以上、青年に反抗する意思はないようかった……少なくとも、反抗心を表立って態度に出すだけの意思は。不承不承そうに、生返事を返している。
あの青年に、ここは押しの一手でも構うまい! 頭領当人の快諾を追い風に、キルルはそちらへ激しくぶんぶか首を縦振りした。
「そうそう、そうよ! あたしも呼び捨てで構わないから。ね……えっと、エニー……」
「こっちがエニイージー」
致命的な間違いを犯さないうちに、ザーニーイが気の利いた助け舟を出してくれた。
「うちの部隊長第五席の副座……まあ、小隊長みてぇなのの一人だ。真面目なのはいいんだが、思い込みが激しいとこがあって、すぐかっとなっちまう。楽しいのは分かるが、からかうのは控え目にな」
「そう、エニイージー。あなたもね! 普通に話しなさいよ!」
当の相手―――エニイージーへと、背伸びをすることによって視点を幅寄せする。彼は、急に俗じみた少女に気圧されたのか、地に立てた槍に縋るようにして仰け反って距離を保ってみせた。闊達そうなどんぐり目が、今はそのこげ茶の色に多少の当惑を隠しきれず、せわしなく動いている。
「は、はあ……まあ、いい、けど。女を呼び捨てってのも何だし……キーちゃん、とかがいいのか?」
「キルっち❤ とかでもいいわよ」
「なんだそのロリコン」
思わず本気で呻いたらしいエニイージーの肩を、相槌の意かからかいか、ザーニーイが隣から軽く小突いた。
「いーじゃねえか別に。いっそ、そっち呼びかたで決定したらどうだ? なんかネオな感じの扉を開けるかも」
「自分の好奇心を俺に代行させないでください!」
どこまで上司が本気なのか測りかねているようで、エニイージーが間近のザーニーイに悲鳴を上げた。そこでふと、意外にもザーニーイよりエニイージーの方が、頭の位置が高いことに気づく……こうしてよく見ると、ザーニーイは中肉中背で、それほど長身でもない。初見でそう見えたのは、単に頭身の具合によるものらしい。
そのザーニーイがひょいとエニイージーの隣を離れ、斜め後ろにいたもうひとりの旗司誓を引き寄せた―――その容姿からいって、キルルらとは血統を違えた人種であることはまず間違いない。そして他の旗司誓と違って、目に見える武装もしていなかった。特別背丈があるわけでもない自分の目線よりももっと下にある相手の黒瞳は、えらくまるまる愛らしく、赤っぽい色の服がひどく似合っている。ひとまとめの長い黒髪をほどけば、今以上に似合うだろう。そう思えた。
思わずジト目になりながら、呟く。
「ええと。ネオな感じの扉?」
「だったらもれなく俺がドア通行済みだろーが! ほらゼラ! とけ! 誤解!」
即座に否定し、ザーニーイがその旗司誓―――ゼラとやらを、ぐいっとキルルのほうに押し出した。当の本人はザーニーイの乱暴に逆らわず、こちらに二歩ほど踏み出して、えらく呑気な声を上げてくる。
「ゼラ・イェスカザです。はじめまして。男です」
「男なの!?」
「わりと中年です」
「うっそぉ!?」
無駄にショックを受け、ザーニーイに振り返りながら決め付けるのだが、彼はやたらくたびれたように首肯してみせた。
「本当だ。この人はゼラ。部隊長第一席の任にある……まあ、医者とか、別の役まわりで立ち回ることの方が多いけどな。一応イェスカザっつう家名持ちで、本来はこっちで呼ぶべきなんだろうが、舌が回らなくて名前で呼んでる。基本は優しいが、あんま調子に乗ってっとしっぺ返しが来るから、ちゃんとあんばいを見つけとくんだな」
「どうやって?」
「勘で」
「それって、あんばいを見つけるまでに何回かハズレを引くの前提じゃない?」
「当たり前だろが。そうやってハズレを引いて、当たるまでの間にハズレにうたれ慣れるのが真の目的なんだよ。ある意味」
そこまでを見守ってから、ゼラが眦に苦笑を注した。傾げた首につられて黒髪が肩でさざなみを打ったため、女性じみた印象が更に強まってしまう。
「なんだかわたしの紹介、意地悪くありません?」
「俺は正直なだけで、意地悪ぃのだってゼラの素だろ」
「腹黒いだけなのに」
「そこは認めて、かつそっちがいいのか。あんた」
軽口を返し、ザーニーイはそのまま、ついでのように続けた。
「なあゼラ。シゾーに連絡取って向こうから人員を補充できるまで、ここから動かねぇ方がいいと思うか?」
「いえ。必要ありません。帰りましょう」
素っ気ない即答に対して、もう少し異なる内容を予想していたのだろう。ザーニーイは目角をさまよわせたが、そこからの彼の判断もまた即決だった。ゼラを解放し、眼差しをエニイージーへと翻す。
「お前はどう思う?」
「ゼラさんの保障があるなら、俺は構いやしねえっすよ」
「わかった。そうと決まりゃ、すぐに帰る準備だ。しょうがねぇからエニイージー、お前が騎獣にキルルと一緒に乗れ。俺はゼラと、お前の利き腕反対に並走する」
「あたし、騎獣なんて乗ったことないんだけど!」
キルルは正直に悲鳴を上げた。ざっと目を走らせ、石碑の裏にたむろするそれらを振り返る。感じた恐怖そのままに怖気立つ背中の皮の感触に、彼女はいやいやとかぶりを振った。
騎獣。外部戦力として多用される、巨大な四足剣歯爬虫類―――いわゆる、軍御用達の、馬の三倍は大きな体躯に、これまた巨大な二股の牙を生やした、とんでもない化け蜥蜴である。騎手は通常、素乗りでその頚椎根に座り、首から歯牙の付け根にかけて脚をあてがうことで、脚の動き・重心移動・歯牙に掛けた手綱を駆使し、騎獣を操舵する。そうやって危害を加えさえしなければ、従順で力量にも恵まれた、優れた汎用獣でしかない。が、戦闘ともなって、乗り手によって極限までむき出しにされる騎獣の凶暴性とは、たまったものではなかった―――騎手が歯牙を蹴り離して、鞍をくくりつけた騎獣の背まで滑降し、手綱を引き絞ると、騎獣は命脈である後ろ首への予期せぬ衝撃に瞬時に激昂し、後足二本で直立する。そしてその爪牙は、硬い鱗皮に覆われた身体ごと、敵の肉の最奥を追い求めて疾駆する……
王家に迎えられた際に見せ付けられたその司左翼の軍事演習シーンは、かなりの衝撃をもってキルルに刻まれていた。目の前の騎獣が二頭きりであっても、恐ろしい印象をぬぐいきれない。
するとザーニーイは、ほんの少しだけ考える様子を見せた。顎に手をやって、にやりと笑いかけてくる。
「そりゃ好都合だ」
「え?」
「次期・一国の主のハプニング映像を楽しめる。せいぜい派手に落っこちてパンチラするこった」
「ちょっとー!!」
「冗談だ。まあ好都合だってのに嘘はねぇから許せ。中途半端に操舵を知ってる奴が乗ると騎獣が混乱することがあるから、経験者同士の相乗りは逆に危ねぇんだよ。エニイージーは騎獣については専門だから、扱いはこいつに任せときゃ問題ねぇ。あんたはこいつの胸板の辺りに椅子の背もたれみてぇに座って、体を預けときゃいい」
「あ、預ける……って」
反射的に反対しかけるが、ザーニーイはそんな思春期の敏感さに、いちいち丁寧に対応する気はないらしい。急に面倒くさそうに眉を寄せると、頬を赤らめるキルルをあしらう態度に出た。
「しゃーねぇだろ。もうみっつも行き違いが起きてんだぞ」
「み、みっつ?」
思わず訊き返したキルルに、ザーニーイが右のひとさし指を突きつけてくる。
「まずひとつ。てっきり俺らは、王子の方がくると思ってた。うちは女人禁制だからな。まあこれは、そのルールをそちらさんが酌んで当然と思い込んで、今回うちにくる王家イコール王子と思い込んでた俺らにも非がある」
と、その右手から中指を立てて、
「そんでふたつ目。西の碑姫では顔の引き合わせだけになって、あんたは輿引かせるまんま<彼に凝立する聖杯>までお出ましになるっつう予想が外れた。俺ら三人だけ騎獣に乗って、それを先導するつもりだった。まあこれも、俺らの思い込みが強かったな……まさか姫を一人だけおっ放り出すなんざ、こっちが動転してぇっつの」
「全部、単なるあなたたちの勘違いじゃない!」
「そうかもな。ただし勘違いさせた全ての根幹が、みっつ目だ」
言いながら、二本指に親指を足して―――
唐突だった。こちらに示したその掌を追い越すようにして、ザーニーイがずいっとキルルへ顔を寄せる。指呼の間まで。
「どうして今になって、こうまで強硬に【血肉の約定】を蒸し返した?」
「―――は―――?」
「まさか、自分たちが今もなおそうできるんだとでも思っていやしないだろう?」
問ううちに、彼の顔色が変わったということはない……眸底に映えた表情にすら変化はない。それでもどこか冴え冴えと温度を下げた眼光に、キルルは息を押し殺した。その碧眼に映り込んだ自分の姿は、彼とは真逆に滑稽なほど穏やかさを失いつつある。
ザーニーイがそれをどのように見定めたのか。それは察しがつかなかったが、彼はごくごく普遍的な追求をあきらめる態度として、苦笑して身を引いてみせた。
「とまあ、連発しすぎるテリブルじゃ楽しむこともできやしねぇってのが、今の俺らの状況だ。具体的には、騎獣の数と人間の数と本部までの距離と日没までの時間。つまり、足は足りねぇ護衛は足りねぇ予定をこなす時間も赤字。ここに、悍婦のご機嫌取りまで加算しろってか? そりゃまあ俺の計算は合わねえのが定番にせよ、計算するほど涙が出そうだぜ。ったく」
「でもあたしそんな、お、男の人にくっつくとか、……」
「うるせ。それ以上ピーチクパーチクぬかすようなら、パンチラどころじゃねえ弩級の卑猥な下ネタかまして、密着なんざ屁でもねぇようにすっぞ。うらエニイージーにゼラ、動け動け!」
あまりの脅迫に二の句を折られた隙に、ザーニーイは二人をたきつけて、騎獣の用意に取り掛かり出した。ぐるぐると廻る混乱を片付けている間に、大体の準備は終わってしまったらしい―――既に手綱を取るだけの状態とも見えた。もう逃げ場はないらしい。
観念したキルルは、彼女の隣で仲間を監督しているザーニーイに、ふと胸中をよぎった質問をした。
「ところでザーニーイ、あなたさっき、あたしが『信じられない?』って聞いた時に、なんて言いかけてたの?」
「『いやキルル、そうじゃなくて理解できないだけだ』」
あっさりと答え、しかし次の言葉までは、しばしの逡巡を挟む。そしてザーニーイは、頭帯からだらしなくこぼれた金髪の向こうから、双眸に満ちる疑惑もそのままにこちらを見つめてきた。
「【血肉の約定】のうち、あいつらが遵守すべきは【血肉の忠】―――王家身命の畢生の安全だろが? 俺達の【血肉の義】を笠に、どうにもそれを放り出された気がしてならなくてよ」
だとしたら許すことはできないとでも暗に告げるように、その珍しやかな碧眼は、熱の無い瑠璃色を一段と冷ややかにした。
誇り。先ほどまで騎士がひたすら口にしていた単語を、脳裏で繰り返す。とにかくそれを刺激しない文面をザーニーイに言い繕おうとして、言い繕わなければならないほどの虚実も存在していないことに気づき、結局キルルは正直なせりふを口にした。
「ほんとのところ、あの人たちはあたしなんかどうでもいいのよ。だって、王冠城にはイヅェンがいるもの」
「彼は後継第三階梯。双子とはいえ、あんたより下位だ」
「表向きはそうなってるけど、それってほんとは、あとでこじ付けられただけらしいし」
「あん?」
こちらにだけ意味の通る言い方に、ザーニーイの疑問は更に膨らんだようだったが、キルルは笑って誤魔化した……説明すると、あまりの長講になってしまうのが目に見える。組んだ手を振り上げて身体を伸ばしながら、彼女はザーニーイを見上げた。
「あいつは小難かしい政務だの執務だの王責だの、ぜーんぶそつなくこなせるの。あたしなんかより、よっぽど王様にふさわしいのよ。だから、あいつが玉座の傍にいるなら、あたしが血肉付きでどこにいようが、誰も構いやしないの。今ならこの頭だから、例え殺されても、羽が流出することもないし」
「殺されるかよ。俺がいる」
耳ざとく言い返してから、彼が言葉を続ける。
「大体にして、急に王家の王女と王子になったっつー意味では、あんたらは同じ立場だろうが」
「違うわ。あいつは生まれた時から王子だった」
ザーニーイは直感的に、キルルのせりふにある含みを嗅ぎ取ったようだった。そして同時に、それが彼女の自嘲に直結していることも悟ったらしい―――彼はそれ以上、その話題を深めようとする意欲を手放したようだった。注目を、騎獣の方へ移す。直前、
「だが今は、あんただって王女だ」
それで終えて、ザーニーイは仲間へと頷きかけた。騎獣を連れた彼らが、それを受けてこちらへと歩み寄ってくるのを一瞥で確かめて、がりがりと耳の後ろを掻いてみせる。
「おし、残るは常套句か。さっさと済ませちまうぞ」
「え? なになに?」
「まあ、こっちのケジメの習慣みてぇなもんだ。旗司誓にゃ、いろいろと決まり文句があってな。俺がちょっと喋る間、あんたはそこにぼーっと突っ立っててくれりゃいい。笑うなよ」
と。
ザーニーイはキルルから数歩離れ、彼女の真正面へと向き直ってきた。その麗容とした目鼻立ちにある真摯な空気に、反射的に肌の裏側が引きつるのを感じる。そして彼は、怜悧に豹変した真剣な瞳を、その長い睫毛の奥へ閉ざした。
そして、礼を尽くしたすべらかな動作で、胸に手を当てる。
開眼を経て、唇も開く―――
「それではようこそ客人よ。ここから先は、外輪とはいえ悔踏区域。あなたがここを立ち去る時、踏み入るならば悔いるだろうとの揶揄を、現実としていないことを切に願う」
それより、派手だということはない―――むしろどこよりも地味に、あの騎士は残る二人の旗司誓と打ち合わせを続けていた。とはいえ、ザーニーイの整った目鼻立ちを未だに曇らせている秋毫の疑念こそが、目を引いてならないことも事実だった……まず間違い無く、彼は得心できていない。今までも。今この時も。
(まさか、今後これからも……じゃないでしょうね)
去っていく司左翼が巻き起こした砂塵をどんよりと眺めやって、ひたすらそうするより他なく、キルルは言葉にならない呪詛を吐いた。
吐き終えれば、認めるしかない。この警戒環に残されたのは、旗司誓三人と自分だけだ。
意味も無く西の碑姫シェーラマータ・ア・ヴァラージャを観察し終わると、殺風景な警戒環に逃げ口上は見つかりやしない。覚悟して、キルルは声を出した。旗司誓との間合いは、油断すれば肩が触れ合う距離ということもないが、緊張に固化した呟きでも見過ごされることはないだろう近距離―――彼らは、きっと無視しないだろう。多分、彼らのひとりくらいは。
「ええと……そういうことなんだけど、」
喋るうちに、急激に余裕がこぼれていくのを感じる。舌が震えた。
余地なく、キルルはさっきまで一番長く視線を合わせていたザーニーイに振り向いた。
「この展開、信じられない?」
翼の頭衣から気安く声をかけてくるとは、思いも寄らなかったのかも知れない。相手は思案顔を失って、きょろりと目を見開いてみせた。
「いえ、後継第二階梯。そうではなく、」
「やめて。敬語」
と、告げる。
瞬間からザーニーイの表情は、先ほどよりも長く、軽い驚嘆を保つこととなった。キルルは、戸惑い気味に仲間を見やる彼の視線がこちらへ戻ってくるのを待ってから、腰に手を当ててきっぱりと言い放った。きっぱりしていたのは外面だけで、実際は脊髄を叱咤したくなるほど及び腰になりかかっていたのだが。
「タメ口で話して。つまりさっきのは、『いやキルル、そんなのじゃなくて……』って変換するの。あなただって、あたしが王家に迎えられるまでのあらまし、ちょっとは知ってるでしょ? 傅かれるのに慣れてないの。ていうか、雅言もやだし、敬語もいやなの。なんか、よそよそしい気配感じない? どこまでいっても、最後の最後でどなた様? みたいな」
そこで言葉を切って、反応を窺う。
先ほどまで気位も高そうに胸を張っていた後継第二階梯が持ち出すにはかなり意外な展開だったらしく、彼らはえらく吟味に手間取っている風に取れた。その沈黙があまり芳しくない気配に感じられ、キルルは焦るまま、とにかく言い募った―――イヅェンの事情で右往左往させられた代償に、こちらで暮らす数日くらいは、息抜きできる環境を整えたところで罪にはなるまい。
「だ、大体、あんたたちだって百英雄が先祖って話じゃない。だったらほら、同じく無二革命を起こした仲間の子どもの延長線にのっかる同士、こー、打ち解けろまでは言わないけど、ちょっとはフレンドリーになりましょうよ。ね? えっと……ザーニーイ」
騎士が呼んでいた彼の名前をどうにか思い出し、間違っていないことを祈りながら、そう締めくくる。途端に、あざやかな新緑のバンダナを髪に交ぜこんだ青年が、携たずさえた槍を握り込んで、不快そうに口を開くのが見えた―――しまった、祈りは通じなかったか!
が、そこから声が出るよりも、ザーニーイが笑い出すほうが早かった。
その左手は剣の柄頭を軽く叩いて、鍔にある青い羽根を揺らしている。剣をそうしなければ、腹でも抱えていたに違いない。笑顔を咲かせた彼の相好は、言うなれば、―――非常に魅力的だった。
あっけに取られ、キルルはぽけっと口を開けた。唯一、黒髪をした旗司誓は自分の癖毛を撫でつけながら目元の微笑を深めただけだが、少なくともキルルと、何か言いかけていた相手の青年はそうだった。
数秒か……数秒以上かは、知るところではないが。終わってしまえばそれに違いなく、とにかく幾らかしてザーニーイはそれを収め、キルルに笑みの残る目線を向けてきた。
「オーケイキルル、最高だ。正直、自分がキフォーの綴りなんざ知ったこっちゃ無かったが、今になってアの綴りと知音だったご祖先さんに感謝するぜ」
それは、その面容に対してあまりにも粗野な口調と思えたが、聞いてみればちぐはぐなようで似合っている。つまりは、これが地なのだろう―――なんとはなしに浮き足立ち、彼女は無駄にこくこくと頷いた。
「ほれ。エニイージーも呼び方ひとつでンなツラすんなよ。俺ぁこいつにとっちゃ頭領じゃねぇんだし」
と言葉を続け、ザーニーイは気楽な調子で、手をひらひらと青年へ振ってみせる。ほっと、キルルは安堵に肩を緩めた。その青年は、自分の上司が呼び捨てられたことが気に食わなかっただけで、どうやら名前そのものは間違っていないらしい。しかもその上司自身がそうすることを許可した以上、青年に反抗する意思はないようかった……少なくとも、反抗心を表立って態度に出すだけの意思は。不承不承そうに、生返事を返している。
あの青年に、ここは押しの一手でも構うまい! 頭領当人の快諾を追い風に、キルルはそちらへ激しくぶんぶか首を縦振りした。
「そうそう、そうよ! あたしも呼び捨てで構わないから。ね……えっと、エニー……」
「こっちがエニイージー」
致命的な間違いを犯さないうちに、ザーニーイが気の利いた助け舟を出してくれた。
「うちの部隊長第五席の副座……まあ、小隊長みてぇなのの一人だ。真面目なのはいいんだが、思い込みが激しいとこがあって、すぐかっとなっちまう。楽しいのは分かるが、からかうのは控え目にな」
「そう、エニイージー。あなたもね! 普通に話しなさいよ!」
当の相手―――エニイージーへと、背伸びをすることによって視点を幅寄せする。彼は、急に俗じみた少女に気圧されたのか、地に立てた槍に縋るようにして仰け反って距離を保ってみせた。闊達そうなどんぐり目が、今はそのこげ茶の色に多少の当惑を隠しきれず、せわしなく動いている。
「は、はあ……まあ、いい、けど。女を呼び捨てってのも何だし……キーちゃん、とかがいいのか?」
「キルっち❤ とかでもいいわよ」
「なんだそのロリコン」
思わず本気で呻いたらしいエニイージーの肩を、相槌の意かからかいか、ザーニーイが隣から軽く小突いた。
「いーじゃねえか別に。いっそ、そっち呼びかたで決定したらどうだ? なんかネオな感じの扉を開けるかも」
「自分の好奇心を俺に代行させないでください!」
どこまで上司が本気なのか測りかねているようで、エニイージーが間近のザーニーイに悲鳴を上げた。そこでふと、意外にもザーニーイよりエニイージーの方が、頭の位置が高いことに気づく……こうしてよく見ると、ザーニーイは中肉中背で、それほど長身でもない。初見でそう見えたのは、単に頭身の具合によるものらしい。
そのザーニーイがひょいとエニイージーの隣を離れ、斜め後ろにいたもうひとりの旗司誓を引き寄せた―――その容姿からいって、キルルらとは血統を違えた人種であることはまず間違いない。そして他の旗司誓と違って、目に見える武装もしていなかった。特別背丈があるわけでもない自分の目線よりももっと下にある相手の黒瞳は、えらくまるまる愛らしく、赤っぽい色の服がひどく似合っている。ひとまとめの長い黒髪をほどけば、今以上に似合うだろう。そう思えた。
思わずジト目になりながら、呟く。
「ええと。ネオな感じの扉?」
「だったらもれなく俺がドア通行済みだろーが! ほらゼラ! とけ! 誤解!」
即座に否定し、ザーニーイがその旗司誓―――ゼラとやらを、ぐいっとキルルのほうに押し出した。当の本人はザーニーイの乱暴に逆らわず、こちらに二歩ほど踏み出して、えらく呑気な声を上げてくる。
「ゼラ・イェスカザです。はじめまして。男です」
「男なの!?」
「わりと中年です」
「うっそぉ!?」
無駄にショックを受け、ザーニーイに振り返りながら決め付けるのだが、彼はやたらくたびれたように首肯してみせた。
「本当だ。この人はゼラ。部隊長第一席の任にある……まあ、医者とか、別の役まわりで立ち回ることの方が多いけどな。一応イェスカザっつう家名持ちで、本来はこっちで呼ぶべきなんだろうが、舌が回らなくて名前で呼んでる。基本は優しいが、あんま調子に乗ってっとしっぺ返しが来るから、ちゃんとあんばいを見つけとくんだな」
「どうやって?」
「勘で」
「それって、あんばいを見つけるまでに何回かハズレを引くの前提じゃない?」
「当たり前だろが。そうやってハズレを引いて、当たるまでの間にハズレにうたれ慣れるのが真の目的なんだよ。ある意味」
そこまでを見守ってから、ゼラが眦に苦笑を注した。傾げた首につられて黒髪が肩でさざなみを打ったため、女性じみた印象が更に強まってしまう。
「なんだかわたしの紹介、意地悪くありません?」
「俺は正直なだけで、意地悪ぃのだってゼラの素だろ」
「腹黒いだけなのに」
「そこは認めて、かつそっちがいいのか。あんた」
軽口を返し、ザーニーイはそのまま、ついでのように続けた。
「なあゼラ。シゾーに連絡取って向こうから人員を補充できるまで、ここから動かねぇ方がいいと思うか?」
「いえ。必要ありません。帰りましょう」
素っ気ない即答に対して、もう少し異なる内容を予想していたのだろう。ザーニーイは目角をさまよわせたが、そこからの彼の判断もまた即決だった。ゼラを解放し、眼差しをエニイージーへと翻す。
「お前はどう思う?」
「ゼラさんの保障があるなら、俺は構いやしねえっすよ」
「わかった。そうと決まりゃ、すぐに帰る準備だ。しょうがねぇからエニイージー、お前が騎獣にキルルと一緒に乗れ。俺はゼラと、お前の利き腕反対に並走する」
「あたし、騎獣なんて乗ったことないんだけど!」
キルルは正直に悲鳴を上げた。ざっと目を走らせ、石碑の裏にたむろするそれらを振り返る。感じた恐怖そのままに怖気立つ背中の皮の感触に、彼女はいやいやとかぶりを振った。
騎獣。外部戦力として多用される、巨大な四足剣歯爬虫類―――いわゆる、軍御用達の、馬の三倍は大きな体躯に、これまた巨大な二股の牙を生やした、とんでもない化け蜥蜴である。騎手は通常、素乗りでその頚椎根に座り、首から歯牙の付け根にかけて脚をあてがうことで、脚の動き・重心移動・歯牙に掛けた手綱を駆使し、騎獣を操舵する。そうやって危害を加えさえしなければ、従順で力量にも恵まれた、優れた汎用獣でしかない。が、戦闘ともなって、乗り手によって極限までむき出しにされる騎獣の凶暴性とは、たまったものではなかった―――騎手が歯牙を蹴り離して、鞍をくくりつけた騎獣の背まで滑降し、手綱を引き絞ると、騎獣は命脈である後ろ首への予期せぬ衝撃に瞬時に激昂し、後足二本で直立する。そしてその爪牙は、硬い鱗皮に覆われた身体ごと、敵の肉の最奥を追い求めて疾駆する……
王家に迎えられた際に見せ付けられたその司左翼の軍事演習シーンは、かなりの衝撃をもってキルルに刻まれていた。目の前の騎獣が二頭きりであっても、恐ろしい印象をぬぐいきれない。
するとザーニーイは、ほんの少しだけ考える様子を見せた。顎に手をやって、にやりと笑いかけてくる。
「そりゃ好都合だ」
「え?」
「次期・一国の主のハプニング映像を楽しめる。せいぜい派手に落っこちてパンチラするこった」
「ちょっとー!!」
「冗談だ。まあ好都合だってのに嘘はねぇから許せ。中途半端に操舵を知ってる奴が乗ると騎獣が混乱することがあるから、経験者同士の相乗りは逆に危ねぇんだよ。エニイージーは騎獣については専門だから、扱いはこいつに任せときゃ問題ねぇ。あんたはこいつの胸板の辺りに椅子の背もたれみてぇに座って、体を預けときゃいい」
「あ、預ける……って」
反射的に反対しかけるが、ザーニーイはそんな思春期の敏感さに、いちいち丁寧に対応する気はないらしい。急に面倒くさそうに眉を寄せると、頬を赤らめるキルルをあしらう態度に出た。
「しゃーねぇだろ。もうみっつも行き違いが起きてんだぞ」
「み、みっつ?」
思わず訊き返したキルルに、ザーニーイが右のひとさし指を突きつけてくる。
「まずひとつ。てっきり俺らは、王子の方がくると思ってた。うちは女人禁制だからな。まあこれは、そのルールをそちらさんが酌んで当然と思い込んで、今回うちにくる王家イコール王子と思い込んでた俺らにも非がある」
と、その右手から中指を立てて、
「そんでふたつ目。西の碑姫では顔の引き合わせだけになって、あんたは輿引かせるまんま<彼に凝立する聖杯>までお出ましになるっつう予想が外れた。俺ら三人だけ騎獣に乗って、それを先導するつもりだった。まあこれも、俺らの思い込みが強かったな……まさか姫を一人だけおっ放り出すなんざ、こっちが動転してぇっつの」
「全部、単なるあなたたちの勘違いじゃない!」
「そうかもな。ただし勘違いさせた全ての根幹が、みっつ目だ」
言いながら、二本指に親指を足して―――
唐突だった。こちらに示したその掌を追い越すようにして、ザーニーイがずいっとキルルへ顔を寄せる。指呼の間まで。
「どうして今になって、こうまで強硬に【血肉の約定】を蒸し返した?」
「―――は―――?」
「まさか、自分たちが今もなおそうできるんだとでも思っていやしないだろう?」
問ううちに、彼の顔色が変わったということはない……眸底に映えた表情にすら変化はない。それでもどこか冴え冴えと温度を下げた眼光に、キルルは息を押し殺した。その碧眼に映り込んだ自分の姿は、彼とは真逆に滑稽なほど穏やかさを失いつつある。
ザーニーイがそれをどのように見定めたのか。それは察しがつかなかったが、彼はごくごく普遍的な追求をあきらめる態度として、苦笑して身を引いてみせた。
「とまあ、連発しすぎるテリブルじゃ楽しむこともできやしねぇってのが、今の俺らの状況だ。具体的には、騎獣の数と人間の数と本部までの距離と日没までの時間。つまり、足は足りねぇ護衛は足りねぇ予定をこなす時間も赤字。ここに、悍婦のご機嫌取りまで加算しろってか? そりゃまあ俺の計算は合わねえのが定番にせよ、計算するほど涙が出そうだぜ。ったく」
「でもあたしそんな、お、男の人にくっつくとか、……」
「うるせ。それ以上ピーチクパーチクぬかすようなら、パンチラどころじゃねえ弩級の卑猥な下ネタかまして、密着なんざ屁でもねぇようにすっぞ。うらエニイージーにゼラ、動け動け!」
あまりの脅迫に二の句を折られた隙に、ザーニーイは二人をたきつけて、騎獣の用意に取り掛かり出した。ぐるぐると廻る混乱を片付けている間に、大体の準備は終わってしまったらしい―――既に手綱を取るだけの状態とも見えた。もう逃げ場はないらしい。
観念したキルルは、彼女の隣で仲間を監督しているザーニーイに、ふと胸中をよぎった質問をした。
「ところでザーニーイ、あなたさっき、あたしが『信じられない?』って聞いた時に、なんて言いかけてたの?」
「『いやキルル、そうじゃなくて理解できないだけだ』」
あっさりと答え、しかし次の言葉までは、しばしの逡巡を挟む。そしてザーニーイは、頭帯からだらしなくこぼれた金髪の向こうから、双眸に満ちる疑惑もそのままにこちらを見つめてきた。
「【血肉の約定】のうち、あいつらが遵守すべきは【血肉の忠】―――王家身命の畢生の安全だろが? 俺達の【血肉の義】を笠に、どうにもそれを放り出された気がしてならなくてよ」
だとしたら許すことはできないとでも暗に告げるように、その珍しやかな碧眼は、熱の無い瑠璃色を一段と冷ややかにした。
誇り。先ほどまで騎士がひたすら口にしていた単語を、脳裏で繰り返す。とにかくそれを刺激しない文面をザーニーイに言い繕おうとして、言い繕わなければならないほどの虚実も存在していないことに気づき、結局キルルは正直なせりふを口にした。
「ほんとのところ、あの人たちはあたしなんかどうでもいいのよ。だって、王冠城にはイヅェンがいるもの」
「彼は後継第三階梯。双子とはいえ、あんたより下位だ」
「表向きはそうなってるけど、それってほんとは、あとでこじ付けられただけらしいし」
「あん?」
こちらにだけ意味の通る言い方に、ザーニーイの疑問は更に膨らんだようだったが、キルルは笑って誤魔化した……説明すると、あまりの長講になってしまうのが目に見える。組んだ手を振り上げて身体を伸ばしながら、彼女はザーニーイを見上げた。
「あいつは小難かしい政務だの執務だの王責だの、ぜーんぶそつなくこなせるの。あたしなんかより、よっぽど王様にふさわしいのよ。だから、あいつが玉座の傍にいるなら、あたしが血肉付きでどこにいようが、誰も構いやしないの。今ならこの頭だから、例え殺されても、羽が流出することもないし」
「殺されるかよ。俺がいる」
耳ざとく言い返してから、彼が言葉を続ける。
「大体にして、急に王家の王女と王子になったっつー意味では、あんたらは同じ立場だろうが」
「違うわ。あいつは生まれた時から王子だった」
ザーニーイは直感的に、キルルのせりふにある含みを嗅ぎ取ったようだった。そして同時に、それが彼女の自嘲に直結していることも悟ったらしい―――彼はそれ以上、その話題を深めようとする意欲を手放したようだった。注目を、騎獣の方へ移す。直前、
「だが今は、あんただって王女だ」
それで終えて、ザーニーイは仲間へと頷きかけた。騎獣を連れた彼らが、それを受けてこちらへと歩み寄ってくるのを一瞥で確かめて、がりがりと耳の後ろを掻いてみせる。
「おし、残るは常套句か。さっさと済ませちまうぞ」
「え? なになに?」
「まあ、こっちのケジメの習慣みてぇなもんだ。旗司誓にゃ、いろいろと決まり文句があってな。俺がちょっと喋る間、あんたはそこにぼーっと突っ立っててくれりゃいい。笑うなよ」
と。
ザーニーイはキルルから数歩離れ、彼女の真正面へと向き直ってきた。その麗容とした目鼻立ちにある真摯な空気に、反射的に肌の裏側が引きつるのを感じる。そして彼は、怜悧に豹変した真剣な瞳を、その長い睫毛の奥へ閉ざした。
そして、礼を尽くしたすべらかな動作で、胸に手を当てる。
開眼を経て、唇も開く―――
「それではようこそ客人よ。ここから先は、外輪とはいえ悔踏区域。あなたがここを立ち去る時、踏み入るならば悔いるだろうとの揶揄を、現実としていないことを切に願う」
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる