されど誰(た)が為の恋は続く

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

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起章 第二部 第三節

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 あとは、ほぼ遅滞することなく進んだといってよかろう―――自分ひとり何もすることが無く、無駄に突っ立ったまま視線を散らしていた分、それくらいは判断できることではあった。旗司誓きしせい司左翼しさよくも改めて互いにいくらか砕けた挨拶あいさつを交し合い、のちの算段をつけるのにかかずらっている。なかでも、什器じゅうきと衣服が詰まったキルルのチェストを携帯する相談をこなす青年の姿は、えらく目立っていた……彼がバンダナをむすんだ髪を振り乱しながら旗幟とチェストの扱いに折り合いをつけようと試みるごと、容赦ない侍女じじょが口を挟んでは―――そのような荷運びをして姫のゴブレットに傷をつけるおつもりですか―――辟易へきえきとした雰囲気と話を長引かせていたせいだろうが。

 それより、派手だということはない―――むしろどこよりも地味に、あの騎士は残る二人の旗司誓と打ち合わせを続けていた。とはいえ、ザーニーイの整った目鼻立ちを未だにくもらせている秋毫しゅうごう疑念ぎねんこそが、目を引いてならないことも事実だった……まず間違い無く、彼は得心できていない。今までも。今この時も。

(まさか、今後これからも……じゃないでしょうね)

 去っていく司左翼が巻き起こした砂塵さじんをどんよりとながめやって、ひたすらそうするより他なく、キルルは言葉にならない呪詛じゅそを吐いた。

 吐き終えれば、認めるしかない。この警戒環けいかいかんに残されたのは、旗司誓三人と自分だけだ。

 意味も無く西の碑姫ひきシェーラマータ・ア・ヴァラージャを観察し終わると、殺風景な警戒環に逃げ口上こうじょうは見つかりやしない。覚悟して、キルルは声を出した。旗司誓との間合いは、油断すれば肩が触れ合う距離ということもないが、緊張に固化した呟きでも見過ごされることはないだろう近距離―――彼らは、きっと無視しないだろう。多分、彼らのひとりくらいは。

「ええと……そういうことなんだけど、」

 しゃべるうちに、急激に余裕がこぼれていくのを感じる。舌が震えた。

 余地なく、キルルはさっきまで一番長く視線を合わせていたザーニーイに振り向いた。

「この展開、信じられない?」

 つばさ頭衣とういから気安く声をかけてくるとは、思いも寄らなかったのかも知れない。相手は思案顔を失って、きょろりと目を見開いてみせた。

「いえ、後継こうけい第二階梯かいてい。そうではなく、」

「やめて。敬語」

 と、告げる。

 瞬間からザーニーイの表情は、先ほどよりも長く、軽い驚嘆きょうたんを保つこととなった。キルルは、戸惑い気味に仲間を見やる彼の視線がこちらへ戻ってくるのを待ってから、腰に手を当ててきっぱりと言い放った。きっぱりしていたのは外面だけで、実際は脊髄せきずい叱咤しったしたくなるほど及び腰になりかかっていたのだが。

「タメ口で話して。つまりさっきのは、『いやキルル、そんなのじゃなくて……』って変換するの。あなただって、あたしが王家に迎えられるまでのあらまし、ちょっとは知ってるでしょ? かしずかれるのに慣れてないの。ていうか、雅言がげんもやだし、敬語もいやなの。なんか、よそよそしい気配感じない? どこまでいっても、最後の最後でどなた様? みたいな」

 そこで言葉を切って、反応をうかがう。

 先ほどまで気位も高そうに胸を張っていた後継第二階梯が持ち出すにはかなり意外な展開だったらしく、彼らはえらく吟味ぎんみに手間取っている風に取れた。その沈黙があまりかんばしくない気配に感じられ、キルルはあせるまま、とにかく言い募った―――イヅェンの事情で右往左往うおうさおうさせられた代償に、こちらで暮らす数日くらいは、息抜きできる環境を整えたところで罪にはなるまい。

「だ、大体、あんたたちだって百英雄が先祖って話じゃない。だったらほら、同じく無二革命を起こした仲間の子どもの延長線にのっかる同士、こー、打ち解けろまでは言わないけど、ちょっとはフレンドリーになりましょうよ。ね? えっと……ザーニーイ」

 騎士が呼んでいた彼の名前をどうにか思い出し、間違っていないことを祈りながら、そう締めくくる。途端に、あざやかな新緑のバンダナを髪に交ぜこんだ青年が、携たずさえたやりを握り込んで、不快そうに口を開くのが見えた―――しまった、祈りは通じなかったか!

 が、そこから声が出るよりも、ザーニーイが笑い出すほうが早かった。

 その左手は剣の柄頭つかがしらを軽く叩いて、つばにある青い羽根を揺らしている。剣をそうしなければ、腹でも抱えていたに違いない。笑顔を咲かせた彼の相好そうごうは、言うなれば、―――非常に魅力的だった。

 あっけに取られ、キルルはぽけっと口を開けた。唯一、黒髪をした旗司誓は自分の癖毛くせげでつけながら目元の微笑びしょうを深めただけだが、少なくともキルルと、何か言いかけていた相手の青年はそうだった。

 数秒か……数秒以上かは、知るところではないが。終わってしまえばそれに違いなく、とにかく幾らかしてザーニーイはそれを収め、キルルに笑みの残る目線を向けてきた。

「オーケイキルル、最高だ。正直、自分がキフォーのつづりなんざ知ったこっちゃ無かったが、今になってアの綴りと知音ちいんだったご祖先さんに感謝するぜ」

 それは、その面容めんように対してあまりにも粗野そやな口調と思えたが、聞いてみればちぐはぐなようで似合っている。つまりは、これが地なのだろう―――なんとはなしに浮き足立ち、彼女は無駄にこくこくと頷いた。

「ほれ。エニイージーも呼び方ひとつでンなツラすんなよ。俺ぁこいつにとっちゃ頭領じゃねぇんだし」

 と言葉を続け、ザーニーイは気楽な調子で、手をひらひらと青年へ振ってみせる。ほっと、キルルは安堵あんどに肩をゆるめた。その青年は、自分の上司が呼び捨てられたことが気に食わなかっただけで、どうやら名前そのものは間違っていないらしい。しかもその上司自身がそうすることを許可した以上、青年に反抗する意思はないようかった……少なくとも、反抗心を表立って態度に出すだけの意思は。不承不承ふしょうぶしょうそうに、生返事を返している。

 あの青年に、ここは押しの一手でも構うまい! 頭領当人の快諾を追い風に、キルルはそちらへ激しくぶんぶか首を縦振りした。

「そうそう、そうよ! あたしも呼び捨てで構わないから。ね……えっと、エニー……」

「こっちがエニイージー」

 致命的な間違いを犯さないうちに、ザーニーイが気の利いた助け舟を出してくれた。

「うちの部隊長ぶたいちょう第五席の副座ふくざ……まあ、小隊長みてぇなのの一人だ。真面目まじめなのはいいんだが、思い込みが激しいとこがあって、すぐかっとなっちまう。楽しいのは分かるが、からかうのはひかえ目にな」

「そう、エニイージー。あなたもね! 普通に話しなさいよ!」

 当の相手―――エニイージーへと、背伸びをすることによって視点を幅寄はばよせする。彼は、急に俗じみた少女に気圧けおされたのか、地に立てたやりすがるようにしてって距離を保ってみせた。闊達かったつそうなどんぐり目が、今はそのこげ茶の色に多少の当惑を隠しきれず、せわしなく動いている。

「は、はあ……まあ、いい、けど。女を呼び捨てってのも何だし……キーちゃんキッティ、とかがいいのか?」

「キルっち❤ とかでもいいわよ」

「なんだそのロリコン」

 思わず本気でうめいたらしいエニイージーの肩を、相槌の意かからかいか、ザーニーイが隣から軽く小突こづいた。

「いーじゃねえか別に。いっそ、そっち呼びかたで決定したらどうだ? なんかネオな感じの扉を開けるかも」

「自分の好奇心を俺に代行させないでください!」

 どこまで上司が本気なのか測りかねているようで、エニイージーが間近のザーニーイに悲鳴を上げた。そこでふと、意外にもザーニーイよりエニイージーの方が、頭の位置が高いことに気づく……こうしてよく見ると、ザーニーイは中肉ちゅうにく中背ちゅうぜいで、それほど長身でもない。初見でそう見えたのは、単に頭身の具合によるものらしい。

 そのザーニーイがひょいとエニイージーの隣を離れ、斜め後ろにいたもうひとりの旗司誓を引き寄せた―――その容姿からいって、キルルらとは血統をたがえた人種であることはまず間違いない。そして他の旗司誓と違って、目に見える武装もしていなかった。特別背丈があるわけでもない自分の目線よりももっと下にある相手の黒瞳こくどうは、えらくまるまる愛らしく、赤っぽい色の服がひどく似合っている。ひとまとめの長い黒髪をほどけば、今以上に似合うだろう。そう思えた。

 思わずジト目になりながら、呟く。

「ええと。ネオな感じの扉?」

「だったらもれなく俺がドア通行済みだろーが! ほらゼラ! とけ! 誤解!」

 即座に否定し、ザーニーイがその旗司誓―――ゼラとやらを、ぐいっとキルルのほうに押し出した。当の本人はザーニーイの乱暴に逆らわず、こちらに二歩ほど踏み出して、えらく呑気な声を上げてくる。

「ゼラ・イェスカザです。はじめまして。男です」

「男なの!?」

「わりと中年です」

「うっそぉ!?」

 無駄にショックを受け、ザーニーイに振り返りながら決め付けるのだが、彼はやたらくたびれたように首肯してみせた。

「本当だ。この人はゼラ。部隊長第一席の任にある……まあ、医者とか、別の役まわりで立ち回ることの方が多いけどな。一応イェスカザっつう家名かめい持ちで、本来はこっちで呼ぶべきなんだろうが、舌が回らなくて名前で呼んでる。基本は優しいが、あんま調子に乗ってっとしっぺ返しが来るから、ちゃんとあんばいを見つけとくんだな」

「どうやって?」

「勘で」

「それって、あんばいを見つけるまでに何回かハズレを引くの前提じゃない?」

「当たり前だろが。そうやってハズレを引いて、当たるまでの間にハズレにうたれ慣れるのが真の目的なんだよ。ある意味」

 そこまでを見守ってから、ゼラがまなじりに苦笑をした。かしげた首につられて黒髪が肩でさざなみを打ったため、女性じみた印象が更に強まってしまう。

「なんだかわたしの紹介、意地悪くありません?」

「俺は正直なだけで、意地悪ぃのだってゼラのだろ」

「腹黒いだけなのに」

「そこは認めて、かつそっちがいいのか。あんた」

 軽口を返し、ザーニーイはそのまま、ついでのように続けた。

「なあゼラ。シゾーに連絡取って向こうから人員を補充できるまで、ここから動かねぇ方がいいと思うか?」

「いえ。必要ありません。帰りましょう」

 素っ気ない即答に対して、もう少し異なる内容を予想していたのだろう。ザーニーイは目角めかどをさまよわせたが、そこからの彼の判断もまた即決だった。ゼラを解放し、眼差まなざしをエニイージーへとひるがえす。

「お前はどう思う?」

「ゼラさんの保障があるなら、俺は構いやしねえっすよ」

「わかった。そうと決まりゃ、すぐに帰る準備だ。しょうがねぇからエニイージー、お前が騎獣きじゅうにキルルと一緒に乗れ。俺はゼラと、お前のき腕反対に並走する」

「あたし、騎獣なんて乗ったことないんだけど!」

 キルルは正直に悲鳴を上げた。ざっと目を走らせ、石碑の裏にたむろするそれらを振り返る。感じた恐怖そのままに怖気おぞけ立つ背中の皮の感触に、彼女はいやいやとかぶりを振った。

 騎獣。外部戦力として多用される、巨大な四足しそく剣歯けんし爬虫はちゅう類―――いわゆる、軍御用達ごようたしの、馬の三倍は大きな体躯たいくに、これまた巨大な二股ふたまたの牙を生やした、とんでもない化け蜥蜴とかげである。騎手は通常、素乗りでその頚椎根けいついこんに座り、首から歯牙しがの付け根にかけて脚をあてがうことで、脚の動き・重心移動・歯牙に掛けた手綱たづなを駆使し、騎獣を操舵そうだする。そうやって危害を加えさえしなければ、従順で力量にも恵まれた、優れた汎用獣はんようじゅうでしかない。が、戦闘ともなって、乗り手によって極限までむき出しにされる騎獣の凶暴性とは、たまったものではなかった―――騎手が歯牙をり離して、くらをくくりつけた騎獣の背まで滑降し、手綱を引きしぼると、騎獣は命脈である後ろ首への予期せぬ衝撃に瞬時に激昂げっこうし、後足二本で直立する。そしてその爪牙そうがは、硬い鱗皮りんぴに覆われた身体からだごと、敵の肉の最奥さいおうを追い求めて疾駆しっくする……

 王家に迎えられた際に見せ付けられたその司左翼の軍事演習シーンは、かなりの衝撃をもってキルルに刻まれていた。目の前の騎獣が二頭きりであっても、恐ろしい印象をぬぐいきれない。

 するとザーニーイは、ほんの少しだけ考える様子を見せた。あごに手をやって、にやりと笑いかけてくる。

「そりゃ好都合だ」

「え?」

「次期・一国のあるじのハプニング映像を楽しめる。せいぜい派手に落っこちてパンチラするこった」

「ちょっとー!!」

「冗談だ。まあ好都合だってのに嘘はねぇから許せ。中途半端に操舵そうだを知ってる奴が乗ると騎獣が混乱することがあるから、経験者同士の相乗りは逆に危ねぇんだよ。エニイージーは騎獣については専門だから、扱いはこいつに任せときゃ問題ねぇ。あんたはこいつの胸板の辺りに椅子の背もたれみてぇに座って、体を預けときゃいい」

「あ、預ける……って」

 反射的に反対しかけるが、ザーニーイはそんな思春期の敏感さに、いちいち丁寧に対応する気はないらしい。急に面倒くさそうにまゆを寄せると、ほおを赤らめるキルルをあしらう態度に出た。

「しゃーねぇだろ。もうみっつも行き違いが起きてんだぞ」

「み、みっつ?」

 思わずき返したキルルに、ザーニーイが右のひとさし指を突きつけてくる。

「まずひとつ。てっきり俺らは、王子の方がくると思ってた。うちは女人にょにん禁制きんせいだからな。まあこれは、そのルールをそちらさんがんで当然と思い込んで、今回うちにくる王家イコール王子と思い込んでた俺らにも非がある」

 と、その右手から中指を立てて、

「そんでふたつ目。西の碑姫では顔の引き合わせだけになって、あんたは輿こし引かせるまんま<彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>までお出ましになるっつう予想が外れた。俺ら三人だけ騎獣に乗って、それを先導するつもりだった。まあこれも、俺らの思い込みが強かったな……まさか姫を一人だけおっ放り出すなんざ、こっちが動転してぇっつの」

「全部、単なるあなたたちの勘違いじゃない!」

「そうかもな。ただし勘違いさせた全ての根幹が、みっつ目だ」

 言いながら、二本指に親指を足して―――

 唐突だった。こちらに示したそのてのひらを追い越すようにして、ザーニーイがずいっとキルルへ顔を寄せる。指呼しこかんまで。

「どうして今になって、こうまで強硬に【血肉の約定】を蒸し返した?」

「―――は―――?」

「まさか、自分たちが今もなおそうできるんだ・・・・・・・とでも思っていやしないだろう?」

 問ううちに、彼の顔色が変わったということはない……眸底ぼうていえた表情にすら変化はない。それでもどこかえ冴えと温度を下げた眼光に、キルルは息を押し殺した。その碧眼へきがんに映り込んだ自分の姿は、彼とは真逆に滑稽こっけいなほど穏やかさを失いつつある。

 ザーニーイがそれをどのように見定めたのか。それは察しがつかなかったが、彼はごくごく普遍的ふへんてきな追求をあきらめる態度として、苦笑して身を引いてみせた。

「とまあ、連発しすぎるテリブルじゃ楽しむこともできやしねぇってのが、今の俺らの状況だ。具体的には、騎獣の数と人間の数と本部までの距離と日没までの時間。つまり、足は足りねぇ護衛は足りねぇ予定をこなす時間も赤字。ここに、悍婦かんぷのご機嫌取りまで加算しろってか? そりゃまあ俺の計算は合わねえのが定番にせよ、計算するほど涙が出そうだぜ。ったく」

「でもあたしそんな、お、男の人にくっつくとか、……」

「うるせ。それ以上ピーチクパーチクぬかすようなら、パンチラどころじゃねえ弩級どきゅう卑猥ひわいしもネタかまして、密着なんざ屁でもねぇようにすっぞ。うらエニイージーにゼラ、動け動け!」

 あまりの脅迫に二の句を折られたすきに、ザーニーイは二人をたきつけて、騎獣の用意に取り掛かり出した。ぐるぐるとめぐる混乱を片付けている間に、大体の準備は終わってしまったらしい―――既に手綱を取るだけの状態とも見えた。もう逃げ場はないらしい。

 観念したキルルは、彼女の隣で仲間を監督しているザーニーイに、ふと胸中をよぎった質問をした。

「ところでザーニーイ、あなたさっき、あたしが『信じられない?』って聞いた時に、なんて言いかけてたの?」

「『いやキルル、そうじゃなくて理解できないだけだ』」

 あっさりと答え、しかし次の言葉までは、しばしの逡巡しゅんじゅんを挟む。そしてザーニーイは、頭帯とうたいからだらしなくこぼれた金髪の向こうから、双眸そうぼうに満ちる疑惑もそのままにこちらを見つめてきた。

「【血肉の約定】のうち、あいつらが遵守じゅんしゅすべきは【血肉の忠】―――王家身命の畢生ひっせいの安全だろが? 俺達の【血肉の義】をかさに、どうにもそれを放り出された気がしてならなくてよ」

 だとしたら許すことはできないとでも暗に告げるように、そのめずらしやかな碧眼へきがんは、熱の無い瑠璃るり色を一段と冷ややかにした。

 ほこり。先ほどまで騎士がひたすら口にしていた単語を、脳裏で繰り返す。とにかくそれを刺激しない文面をザーニーイに言いつくろおうとして、言い繕わなければならないほどの虚実きょじつも存在していないことに気づき、結局キルルは正直なせりふを口にした。

「ほんとのところ、あの人たちはあたしなんかどうでもいいのよ。だって、王冠城にはイヅェンがいるもの」

「彼は後継第三階梯。双子とはいえ、あんたより下位だ」

「表向きはそうなってるけど、それってほんとは、あとでこじ付けられただけらしいし」

「あん?」

 こちらにだけ意味の通る言い方に、ザーニーイの疑問は更にふくらんだようだったが、キルルは笑って誤魔化ごまかした……説明すると、あまりの長講になってしまうのが目に見える。組んだ手を振り上げて身体を伸ばしながら、彼女はザーニーイを見上げた。

「あいつは小難こむずかしい政務だの執務だの王責おうせきだの、ぜーんぶそつなくこなせるの。あたしなんかより、よっぽど王様にふさわしいのよ。だから、あいつが玉座のそばにいるなら、あたしが血肉付きでどこにいようが、誰も構いやしないの。今ならこの頭だから、例え殺されても、羽が流出することもないし」

「殺されるかよ。俺がいる」

 耳ざとく言い返してから、彼が言葉を続ける。

「大体にして、急に王家の王女と王子になったっつー意味では、あんたらは同じ立場だろうが」

「違うわ。あいつは生まれた時から王子だった」

 ザーニーイは直感的に、キルルのせりふにあるふくみをぎ取ったようだった。そして同時に、それが彼女の自嘲じちょうに直結していることも悟ったらしい―――彼はそれ以上、その話題を深めようとする意欲を手放したようだった。注目を、騎獣の方へ移す。直前、

「だが今は、あんただって王女だ」

 それで終えて、ザーニーイは仲間へとうなずきかけた。騎獣を連れた彼らが、それを受けてこちらへと歩み寄ってくるのを一瞥いちべつで確かめて、がりがりと耳の後ろをいてみせる。

「おし、残るは常套句じょうとうくか。さっさと済ませちまうぞ」

「え? なになに?」

「まあ、こっちのケジメの習慣みてぇなもんだ。旗司誓にゃ、いろいろと決まり文句があってな。俺がちょっとしゃべる間、あんたはそこにぼーっと突っ立っててくれりゃいい。笑うなよ」

 と。

 ザーニーイはキルルから数歩離れ、彼女の真正面へと向き直ってきた。その麗容れいようとした目鼻立ちにある真摯しんしな空気に、反射的に肌の裏側が引きつるのを感じる。そして彼は、怜悧れいり豹変ひょうへんした真剣な瞳を、その長い睫毛まつげの奥へ閉ざした。

 そして、礼を尽くしたすべらかな動作で、胸に手を当てる。

 開眼をて、くちびるも開く―――

「それではようこそ客人きゃくじんよ。ここから先は、外輪がいりんとはいえ悔踏かいとう区域くいき。あなたがここを立ち去る時、るならばいるだろうとの揶揄やゆを、現実としていないことをせつに願う」
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