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エリザベスの訪問
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しおりを挟む古めかしい扉がノックされる音が小さな部屋に響く。
「シム、奥様が呼んでいるわ」
昨日調理場で簡単な夕食を済ませたシムは、やはり部屋で放心状態のまま気づいたら眠りについていたらしかった。
ドアのノックとともに召使いの声で飛び起きたシムは、はい!と反射的に返事をする。
時計を見ると朝の7時。シムにとっては寝坊だった。
キレイに洗い上げた服は昨日着てしまったので、シムは仕方なくドアの横にかかっているいつものよれた見窄らしいシャツを身にまとい急いで大広間へ向かった。
「奥様!遅くなって、申し訳ござい、ません」
少々息が上がりながら大広間まで行くとそこには夫人以外に王妃陛下と、そして見知らぬ大きな男がこちらに目を向けていた。
「…っ」
シムは瞬時に足を立ち止まらせ、特に男と視線の合わない様不自然に視線をさまよわせる。
その大きな身体の男はシムにとって苦手な部類で、逞しい体に威圧感と自信が混じる雰囲気の力強い眼差しに、シムは思わず緊張が走り足がすくむ。
「おはようシム、昨日はどうもありがとうね。」
王妃陛下は眠さを感じさせない溌剌とした笑顔で挨拶をするも、シムは視線を床に落としたまま…お、おはようございます陛下、と呟き敬礼をする。
それを王妃陛下はシムの態度は全く気にしていないかの様に微笑み、男の背中を叩いてシムへ近づけた。
「実はね、このカスパルという男にあなたの自慢のお庭を見せたくって。
また案内してほしいのよ、ね?」
カスパルは未だ俯くシムの近くまで行くと、少し屈んで顔を覗き見ようとする。
「昨夜到着したカスパル・ラザフォードだ。
歳が近いと伺ったが、君の自慢の庭を案内してくれるか?」
怖い…
シムはその言葉にさらに冷や汗をかく。
言葉の一言一句が自身に満ちている様な低くよく通る声、自分との比較や自分を重圧してくる声が自分に向いていることの全てがシムの思考を停止させる。
「だ、大丈夫、です。…こち、らへ」
なんとか言葉を絞り出し、シムは床を見つめた庭へ続く扉まで急ぐ。
その一連の動作を見たカスパルは少し呆れたように息を吐き、王妃陛下の方へ小声で言う。
「何ですかあの態度は。みすぼらしい男です。」
「あら、貴方とは違うのよ。そんなこと言ってあげないでちょうだい」
ふん、とカスパルを見流して王妃エリザベスも庭へ続く扉へと急ぐ。
カスパルはシムを庇う姿を少しつまらなそうに見ながらその後に続いた。
「この花は昨日咲いていなかったのに今日は満開ね。
この花は確かグレアルと言うんだったわね?」
王妃陛下の質問にはい、と固く返答するシムを王妃陛下は優しく促す。
そんな2人の会話をまたもつまらなそうな顔でカスパルは聞いている。
「水やりはだいたいどの時間になさっているの?やはり朝かしら」
「そ、そうです、」
シムは王妃陛下への申し訳なさで消えてしまいたくなっていた。
昨日のように楽しいお話がしたいと心から思ってはいるが、カスパルが自分を見ていると思うだけでどうしても身体が言う事を利かないのだ。
おかげで王妃陛下に気を使わせてしまっている。自分は男として人として、なんて情けない人間なんだろう。
自分の対人能力の低さに自分自身一番嫌気が差しているのだった。
王妃陛下はシムの手を引いてあちらこちらへと移動して質問をしてくる。
「ではこの花の虫は…」
そう王妃陛下が言おうとシムへ振り向いた時シムと王妃陛下の間に突如カスパルが立ちはだかった。
その顔は眉間に皺を寄せてシムを見ている。
端正で美丈夫な顔は皺を寄せると途端に猛獣の様な風貌になる。
「先程から聞いていれば…、
王妃陛下のお気遣いを無下にし続けて、
無礼ではないかその態度。」
急に間に入ってきたカスパルを思わず見上げる。
その猛獣の様な表情と言葉を辛辣に受け止めたシムは目を見開いて固まった。
頭で考えていたことが外に漏れてしまったのかと思う程に、自分を貶す言葉そのままでもあった。
「も、も…申し訳」
喉が渇いて張り付いてしまいながら床に目を落として謝罪を口にする。
怒りの感情を向けられる恐怖と、その向ける男のびりびりとした威圧感に奥歯を噛み締める。
「そうやってすぐに視線をそらす、その癖も治すべきだ。
同じ男として…」
「おやめなさいカスパル!」
カスパルが苛立で言葉が続きそうになった瞬間、エリザベスが初めて見せる眉を寄せた怪訝そうな顔でカスパルを制した。
「貴方とは違うと先程も言ったでしょう?
その苛立つ癖も治すべきだわ、カスパル。」
そう言ったきりカスパルから視線を外す。
エリザベスは冷や汗で背中を濡らす真っ青なシムの肩に手をついて謝る。
「許してねシム。カスパルは少し血の気が多い軍人だからやたら煩いの。」
カスパルはエリザベスの言葉にハッと我に返るものの、やはりシムの情けない態度への苛立は消えない。
同じ男として恥ずかしくないのか、そう言ってやりたい気持ちはまだ消えていない。
20を過ぎて嫁ももらわずこんな所で花と遊んでいるだなんてなんて価値のない男だ。
しかしシムを見れば俯くその横顔が深く深く傷ついていることは一目見れば分かり、カスパルは深いため息をついたのち黙った。
「王妃陛下、視察のご準備が出来たのですが…」
侍女が扉を少し開け伝えにくる。それにエリザベスとカスパルは振り向く。
「分かりました。
シム、またお話しましょうね。近いうちに。」
王妃陛下は優しく言い残してからカスパルを連れて扉の方へと去っていった。
「……」
シムは口を固く結んだまま砂利の地面を瞬きもせず必死に見つめた。
そうしていなかれば今自分の大切な何かがぼろぼろと落っこちてしまいそうな、大変惨めな気持ちだったからである。
そんな小さくなったシムの背中をカスパルは一度見てから扉を閉めた。
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