テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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エリザベスの訪問

1-9

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「えー、本日は村の作物庫視察と、村の役人を交えた会食、それから…」
テューリンゲン主人グリアムの伝える今日のスケジュールをカスパルと夫人は馬車の中で静かに聞く。

「以上で御座いますが、何かご質問がありましたら…」

カスパルは主人の言葉に大丈夫だ、とだけ返す。
エリザベスは少し咳払いをし「今日はいつ城へ戻れるかしら?」と質問する。

「本日は午後18時を予定しております。到着したらすぐに晩餐会の準備がございますので」
エリザベスはありがとう、と伝えるがカスパルはどこか複雑な表情で黙っていた。

いつもと少し様子の違うカスパルの変化をエリザベスは見逃さずカスパルの脇を肘でつつく。

「城へ帰ったらシムに謝るのよ。」

その小声にカスパルはぎょっとする。
「何故ですか」

「当たり前でしょう。
貴方に無礼を働いている訳ではないのに、貴方があんなに怒ってシムを傷つけたのよ。」

カスパルはその言葉をバツが悪そうに受け止め、馬車の窓の外を眺める。

その小声に反応したのはテューリンゲン主人のグリアムであった。

「うちのシムに謝罪ですと、
何かありましたのかな?」

その言葉にエリザベスは微笑みながら、なんでもないの、と応える。

「本当に大したことは無いの、
カスパルが悪いだけよ。」

何か無礼を働いたのならばこの家の名前に傷が、と冷や汗をかきそうになったグリアムだったが、これ以上深く聞くことも憚られ、そうですか、と少し息を吐き気になる話題を持ちかけた。

「ところで、ラザフォード様
我が一人娘ジェーンですが、まだお話されておられなかったらぜひ、今夜にでもお話されてはどうでしょうか?
なんでしたら寝室にも寄越すことは出来ますぞ。
飽きない子です。」

グリアムの言葉にカスパルは軽く右手を降る。

「いや、昨日話はしました。
溌剌としていて子どもらしい、良いお子さんです。」

カスパルはその言葉に性的対象としては見ていないことを含む。主人もそれを感じ取ったのかそれはそれは…とつまらなそうに話を終わらせる。

エリザベスは「あら、モテるわね」と揶揄うがカスパルはその様な冗談に付き合う気持ちがないのか振り向かず窓の外を見やるだけだった。


「実はテューリンゲンさん、私からも少しお願いがあるのだけれど…」


その言葉に婚儀についてかと目を輝かせながらはい、と主人はエリザベスを見つめた。












「シム、昼飯置いといてやったのに食べて無いじゃないか~」

庭の遠くの方で馬引きの召使いが布に包まれたシムのパンをレンガの詰み上がった上に乗せる。
その言葉にシムは振り向きもせず庭仕事に没頭した。

「うーん、だめだこりゃ…」
全く聞こえていないシムに、馬引きの男は肩をすくめ自分の持ち場へ戻る。

シムはあの午前の一件から一度も屋内に入っておらず、言葉を発さず、無心に庭仕事をし続けていた。
もう時刻は夕方の18時、5月とは言え辺りはとてもひんやりしてきている。にも関わらずシムはよれたシャツ一枚で作業に没頭していた。

シムは今朝カスパルの怒りを一身に受け止め、狼狽したものの今は冷静に頭をゆっくり整理出来るようになってきていた。
先程は怖いとしか思えなかったが今思えば自分はそう言われてもおかしくない程、いや言われるべき程の挙動不審ぶりだっただろう。

何よりも花達の説明をこれっぽっちもあのカスパルという男にすることが出来なかった。
一番可哀相なのは花達だ。

自分で育てた自信のある綺麗な庭で、あんな嫌な空気を作ってしまったのは、全て自分の態度にあるのだ。

もう一度説明させてもらいたい。

カスパルの庭に関心があったということに、シムもきちんと花を用いて応えたい。

「せっかく、綺麗、なのに俺のせいで…」

切ない気持ちでそっと満開の薔薇に指を置く。
薔薇達の良い香りに背中を押されている気がした。

しかしまだ作業が終わった訳ではないので、どこかすっきりした表情で蔦の選定を開始させた。













エリザベス率いる御一行は予定通りに城へ戻り、そのまま大広間で晩餐会へと予定を移行させた。
だがエリザベスのみ最後の視察である収穫の書類に目を通すため、グリアムの書斎へと消えていきカスパルのみが先に大広間に通された。



一人になり暇を持て余したカスパルは大広間のソファで食前酒を少々嗜んでいたが、やはりシムが少し気がかりでそわそわと鐵持ち無沙汰にしてしまう。

このまま一言も声をかけないのもまた、人として如何なものかと考えたところで、唸り声のような音を口から出し乱暴にグラスを置き召使いを呼んだ。

「はい、如何致しましたでしょうか?」

「すまない、シムを部屋から呼んでくれないか…」

召使いは一瞬呆けた様に「シムですか…?」と驚いたものの、
頭を下げ「シムでしたら今日は朝から一日庭に出ておりますが…」と告げた。

その言葉に、ん?と窓の外を見やればすっかり外は暗い。
こんな夜まで作業をしているというのか、まさかあの朝からずっと。

カスパルは召使いに礼を言いながら、立ち上がり庭へと続く扉へ向かった。



扉を開ければ案の定泥だらけのシムが暗闇の中でも見つけられた。
何をしているかは暗すぎて判断がつかないがその動きは庭師の仕事内容を知らないカスパルが見ても丁寧な動きである。

カスパルは砂利の細い道へと足をつけ、ゆっくり庭作業をする青年へと近づく。


「…精が出るな。」

カスパルは恐る恐る話しかけてみる。
話しかけられたシムはもっと恐る恐ると振り向いた。




       
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