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エリザベスの訪問
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しおりを挟むこの声は、カスパル。
朝の恐怖がまたビリビリと足を伝って蘇りそうになるが、一度頭を整理出来たことはシムに取って大きかったのか、そうなる前に一つ呼吸をして落ち着くことが出来た。
自分とカスパルの間に薄いベールが挟まっているような夜の暗さが、幾らか怖さが薄れる助けになっているのかもしれなかった。
それでも勿論吃りは消えず冷や汗はかき身体も固まるのだが、これは神様からもう一度与えられたチャンスなのかもしれない、と恐怖と嬉しさが不思議と混じり合っているような気持ちでもいた。
「ラ…ラザフォード様、お帰り、なさいませ。」
そう言って最敬礼で頭を下げる。
カスパルはそれに「いや、」と低く小さく応えると頭をかき視線をそらした。
「先程の…今朝のことは言い過ぎたと反省している。その…」
小さく発せられるその言葉にシムは頭を上げ、へ?とみっともない声が漏れた。
「…申し訳ない。」
さらに小さく伝えられたカスパルからの謝罪に、目を見開き数秒感固まるシムだったが、我に返り物凄い勢いで「いえいえいえ」と頭を振った。
「違います!私が、説明が…悪くて、
もう一度、説明、させてほしいと、思っており、ました。
あの花、達の説明…」
半ば懺悔の様に吃りながらも早口で、もはや文法の崩れた言葉を必死にカスパルに繰り返した。
そんなシムに今度はカスパルが目を見開いたが、にひひっと少年のように口角を上げて「ああ」と快く返答する。
「明日ぜひ説明を聞かせてくれ。
今日はもう暗くて見えないからな。」
そう言ってシムのほやほやしたつやのない髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
シムは何故か良く分からないものの、カスパルから怖い雰囲気が感じられないことに安堵した。
次第に大広間の方が騒がしくなってきた。きっとエリザベスが下に戻ってきたのだろう。
「じゃあ、私は戻る。
また明日」
そう言ってカスパルは身体を回し扉へ向かう。
その大きな背中にシムは「ありが、とうございました」とぼさぼさの髪のまま頭を下げた。
カスパルは嬉しかった。
自分を見て話してくれたこと。
恐らくあの庭で自分の言ったことについて、一生懸命に考えてくれていたこと。
そして何より、庭仕事を怠らず誰も見ていなくとも自分の仕事をやり通す姿に。
今朝は確かにシムに対して苛立ちを感じていたが、あいつは筋の通った男だ。
本来カスパルは胸に熱いものを持つ人間は嫌いではない。いやかなり好きである。
やはり大人としてあそこまで話せない人は出会ったことが無いので、対人能力が著しく低いことは否定出来ない。
午前中のカスパルはエリザベスが気に入る庭師がどのような者なのか、見定める様にシムを見ていたことは否定出来ない。その視線で怖がらせてしまったんだろうと今思えば分かる。
しかし、いいのだ。
明日シムにまた花の説明をきちんとしてもらう予定が入ったのだから、これでいい。
カスパルは上機嫌に酒を傾けた。
そんな姿にエリザベスは息子を見る様な穏やかな目でカスパルを眺めていた。
その後ろでは、反対に難しい顔つきをしたテューリンゲン夫妻が色とりどりな料理を前にして全く食が進んでいないようだった。
「それは本当なの…」
夫人は頭痛でもするかのように頭を抑えてグリアムを見やる。
「ああ。まさかジェーンではなく、シムが欲しいとは…」
はあ…と重い溜息を吐く。
主人はこの視察は娘の婚儀につなげる為の場として頑張っていたのに、当のジェーンはからっきしやる気を見せていない上に、エリザベスはシムを宮廷に欲しいと言ってくる有様。グリアムは苦悩した。
夫人も頭を抑えながら、しかし…と考える。
有り得ない訳では決して無い。エリザベスはこの庭を拝見したいが為に我侭を言ってこちらに来たと言っていた。
シムと会話をし、庭の心を通わせてこの庭を持ち帰りたいと思うのならばむしろこの申し出は当然の結果なのである。
こちらが庭をあまりに推してしまったおかげでシムは大変な気苦労を背負っていることにも初めて気づく。
「まあ、仕方がないでしょう。
ジェーンはまだ14ですから、この機会を逃したとしても問題にはならないわ。」
夫人が主人を見て宥めようとしたところ「いや、大問題だ。」とグリアムは否定する。
「まだ望みはあるかもしれぬ…。」
少し考える顔で静かに告げた。
夫人が貴方、と声をかけるよりも先にグリアムはナイフをテーブルに起き、エリザベスの元へと歩み寄った。
「王妃陛下」
「ああ、テューリンゲンさん。
先程の件考えてくださったかしら」
華やかに振り返り笑みを見せるエリザベスにグリアムは固い表情で頷く。
「はい。ただ…こちらとしても自慢の庭師を手放すのは本当に惜しいのです。
ですのでせめて、私どもの願いもどうか聞いていただけないでしょうか…」
エリザベスは首を微かに傾げながら、ワイングラスを傾ける。
「政治の話以外と、私に出来ることであればだけれど。
聞きましょう?」
その言葉にグリアムはエリザベスの前で最敬礼で頭を下げる。その行動にエリザベスも只事ではないお願いであると察し姿勢を正す。
「どうぞ我が娘ジェーンを、貴方様の侍女として迎え、シムと一緒に入廷させては頂けますまいか」
その言葉にエリザベスは真剣な顔つきになりグラスを置く。
項垂れるグリアムの頭に静かに告げた。
「貴方の大切な一人娘なのですよ。
突飛な考えではないですか?」
「勿論で御座います。
手塩にかけて育ててきた我が娘の幸せを思っての願いで御座います、陛下」
エリザベスは考えた。
グリアムも頭を下げたまま顔を歪めてその沈黙に耐えていた。
「本当に、幸せを願っているのね」
「はい、もちろんで御座います。」
エリザベスは一つ息を吐いて、美しい微笑みで主人を見つめ「いいでしょう。」と頷いた。
「可愛らしい侍女をお預かりさせて頂きましょう。」
その言葉に礼を言ったのは今度は夫人である。
急いでかけ寄り頭を下げた。
「王妃陛下、御慈悲をありがとうございます」
「王妃陛下、このご恩は忘れません」
夫妻が礼を言うもおかしそうに手を振った。
「いいのよ。
シムには、貴方達から伝えておいて頂戴ね。
是非、宮廷の庭で仕事をしてほしいと。」
そう言い残してエリザベスはカスパルのもとへと向かった行った。
夫人は嬉しいと思う反面、グリアムの背中を見て不安を感じる。
ジェーンの幸せ…それを考えての、願い。
親ながら、全ての言葉に素直に頷けるのか自信が実は無かったのである。
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