テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
10 / 171
エリザベスの訪問

1-10

しおりを挟む



この声は、カスパル。


朝の恐怖がまたビリビリと足を伝って蘇りそうになるが、一度頭を整理出来たことはシムに取って大きかったのか、そうなる前に一つ呼吸をして落ち着くことが出来た。
自分とカスパルの間に薄いベールが挟まっているような夜の暗さが、幾らか怖さが薄れる助けになっているのかもしれなかった。

それでも勿論吃りは消えず冷や汗はかき身体も固まるのだが、これは神様からもう一度与えられたチャンスなのかもしれない、と恐怖と嬉しさが不思議と混じり合っているような気持ちでもいた。



「ラ…ラザフォード様、お帰り、なさいませ。」

そう言って最敬礼で頭を下げる。
カスパルはそれに「いや、」と低く小さく応えると頭をかき視線をそらした。


「先程の…今朝のことは言い過ぎたと反省している。その…」

小さく発せられるその言葉にシムは頭を上げ、へ?とみっともない声が漏れた。


「…申し訳ない。」


さらに小さく伝えられたカスパルからの謝罪に、目を見開き数秒感固まるシムだったが、我に返り物凄い勢いで「いえいえいえ」と頭を振った。

「違います!私が、説明が…悪くて、
もう一度、説明、させてほしいと、思っており、ました。
あの花、達の説明…」

半ば懺悔の様に吃りながらも早口で、もはや文法の崩れた言葉を必死にカスパルに繰り返した。
そんなシムに今度はカスパルが目を見開いたが、にひひっと少年のように口角を上げて「ああ」と快く返答する。

「明日ぜひ説明を聞かせてくれ。
今日はもう暗くて見えないからな。」

そう言ってシムのほやほやしたつやのない髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
シムは何故か良く分からないものの、カスパルから怖い雰囲気が感じられないことに安堵した。

次第に大広間の方が騒がしくなってきた。きっとエリザベスが下に戻ってきたのだろう。

「じゃあ、私は戻る。
また明日」

そう言ってカスパルは身体を回し扉へ向かう。
その大きな背中にシムは「ありが、とうございました」とぼさぼさの髪のまま頭を下げた。











カスパルは嬉しかった。

自分を見て話してくれたこと。
恐らくあの庭で自分の言ったことについて、一生懸命に考えてくれていたこと。
そして何より、庭仕事を怠らず誰も見ていなくとも自分の仕事をやり通す姿に。

今朝は確かにシムに対して苛立ちを感じていたが、あいつは筋の通った男だ。
本来カスパルは胸に熱いものを持つ人間は嫌いではない。いやかなり好きである。

やはり大人としてあそこまで話せない人は出会ったことが無いので、対人能力が著しく低いことは否定出来ない。

午前中のカスパルはエリザベスが気に入る庭師がどのような者なのか、見定める様にシムを見ていたことは否定出来ない。その視線で怖がらせてしまったんだろうと今思えば分かる。

しかし、いいのだ。
明日シムにまた花の説明をきちんとしてもらう予定が入ったのだから、これでいい。

カスパルは上機嫌に酒を傾けた。
そんな姿にエリザベスは息子を見る様な穏やかな目でカスパルを眺めていた。








その後ろでは、反対に難しい顔つきをしたテューリンゲン夫妻が色とりどりな料理を前にして全く食が進んでいないようだった。

「それは本当なの…」
夫人は頭痛でもするかのように頭を抑えてグリアムを見やる。

「ああ。まさかジェーンではなく、シムが欲しいとは…」

はあ…と重い溜息を吐く。
主人はこの視察は娘の婚儀につなげる為の場として頑張っていたのに、当のジェーンはからっきしやる気を見せていない上に、エリザベスはシムを宮廷に欲しいと言ってくる有様。グリアムは苦悩した。

夫人も頭を抑えながら、しかし…と考える。
有り得ない訳では決して無い。エリザベスはこの庭を拝見したいが為に我侭を言ってこちらに来たと言っていた。

シムと会話をし、庭の心を通わせてこの庭を持ち帰りたいと思うのならばむしろこの申し出は当然の結果なのである。
こちらが庭をあまりに推してしまったおかげでシムは大変な気苦労を背負っていることにも初めて気づく。

「まあ、仕方がないでしょう。
ジェーンはまだ14ですから、この機会を逃したとしても問題にはならないわ。」

夫人が主人を見て宥めようとしたところ「いや、大問題だ。」とグリアムは否定する。

「まだ望みはあるかもしれぬ…。」

少し考える顔で静かに告げた。
夫人が貴方、と声をかけるよりも先にグリアムはナイフをテーブルに起き、エリザベスの元へと歩み寄った。

「王妃陛下」

「ああ、テューリンゲンさん。
先程の件考えてくださったかしら」

華やかに振り返り笑みを見せるエリザベスにグリアムは固い表情で頷く。

「はい。ただ…こちらとしても自慢の庭師を手放すのは本当に惜しいのです。
ですのでせめて、私どもの願いもどうか聞いていただけないでしょうか…」

エリザベスは首を微かに傾げながら、ワイングラスを傾ける。
「政治の話以外と、私に出来ることであればだけれど。
聞きましょう?」

その言葉にグリアムはエリザベスの前で最敬礼で頭を下げる。その行動にエリザベスも只事ではないお願いであると察し姿勢を正す。


「どうぞ我が娘ジェーンを、貴方様の侍女として迎え、シムと一緒に入廷させては頂けますまいか」

その言葉にエリザベスは真剣な顔つきになりグラスを置く。
項垂れるグリアムの頭に静かに告げた。

「貴方の大切な一人娘なのですよ。
突飛な考えではないですか?」

「勿論で御座います。
手塩にかけて育ててきた我が娘の幸せを思っての願いで御座います、陛下」

エリザベスは考えた。
グリアムも頭を下げたまま顔を歪めてその沈黙に耐えていた。
「本当に、幸せを願っているのね」

「はい、もちろんで御座います。」

エリザベスは一つ息を吐いて、美しい微笑みで主人を見つめ「いいでしょう。」と頷いた。

「可愛らしい侍女をお預かりさせて頂きましょう。」

その言葉に礼を言ったのは今度は夫人である。
急いでかけ寄り頭を下げた。

「王妃陛下、御慈悲をありがとうございます」
「王妃陛下、このご恩は忘れません」

夫妻が礼を言うもおかしそうに手を振った。
「いいのよ。
シムには、貴方達から伝えておいて頂戴ね。
是非、宮廷の庭で仕事をしてほしいと。」

そう言い残してエリザベスはカスパルのもとへと向かった行った。

夫人は嬉しいと思う反面、グリアムの背中を見て不安を感じる。
ジェーンの幸せ…それを考えての、願い。

親ながら、全ての言葉に素直に頷けるのか自信が実は無かったのである。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...