テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
16 / 171
エリザベスの訪問

1-16

しおりを挟む





朝の食卓の準備を横目に、夫人は広間のソファに座り召使に本日の予定を聞いていた。
夫人は今日の視察や食事の内容の話を聞きながらもどこか心はそこにはない。

シムと今日ゆっくり話をする時間を設けなければならない。


それが可能な時間はとても限られている。
晩餐の時間は元々時間を分けているため会うことは出来ず、それが終わった後ではシムが眠りについてしまう。

しかし視察は行かなければならず、帰ってくればすぐに晩餐。とても時間がないことに夫人は一つため息を吐いた。



さらに言えば、昨日グリアムとの口論が原因なのか、朝からグリアムは書斎に篭り姿を現さない。
しかしその点に関しては、たまに驚くほどの頑固な気があるグリアムを知る夫人はそこまで気にしていなかった。


「テューリンゲン夫人」

低い声が遠くから響く。
その声にいち早く召使いは息を短く吸い、礼のまま待機する。

向こうから歩いてきたカスパルの表情は些か固い表情で、夫人は身なりを整えソファから立ち上がった。

「カスパル様、どうなさいました」

「朝から慌ただしく申し訳ない。
今朝入った情報で、山賊の捕縛に失敗したらしく我々の帰路に被害が及ぶかもしれないそうで。
宮廷へ早めに帰還することになったことを、ご報告に。」

こちらの都合で誠に申し訳ない、夫人に対して頭を下げる。

夫人はカスパルの言葉に驚きながらもカスパルの謝罪に、おやめくださいと制した。


そんな手強い山賊がこちらに近づいているとは、それはもちろん帰還を早めることは得策だ。

「いつご帰還なさるのですか」

「準備を今早急にさせていますが、可能であれば今夜又は明朝にでも」



とても早い、と思わず口から零れる。
夫人はハッとあることを思い出す。

「あの、うちのシムもその時に同行なさるのですか。」


カスパルも同様に、シムという名前を聞き思い出した顔をした。


「それは王妃陛下がお決めになるでしょう。
…まだ彼に話してはいないようですが、
早めの方がきっとよろしいと思います。」

「ええ….、昨日シムはもう眠りについてしまっていて」


忙しなくテーブルに朝食を置いて行っていた召使い達が一旦手を止め広間にはほんの少しの静寂が生まれた。
その静寂にぽつんと水が落ちるように凛とした声が響いた。


「おはよう、どうぞ続けてちょうだい」


エリザベスの登場に、カスパルは夫人に一礼をした後駆け寄る。
エリザベスもカスパルを見やり一度頷いた。

「たった今執事から状況は伺いました。
私の準備は今日中に終わるでしょう。
テューリンゲンさんも、本当に申し訳ないわね。
帰らなければならないようです。」

夫人はとんでもございません、と頭を下げながらエリザベスへ向き合う。
カスパルは他の召使いにあまり聞こえぬようエリザベスの耳に口を寄せた。


「シムは共に連れ帰りますか。」

「彼に委ねましょう。
いきなり言われて連れ帰ってしまったらきっと疲れてしまうのでしょうから。」

承知しました、カスパルは夫人に向き直りシムに決めさせてやっていただきたいことを伝えた。


シムに言ってやらねば。
夫人は深く頷き、エリザベスとカスパルを見やる。

「主人にこの事を伝えに行って参ります。
きっとまだ書斎で何かしていると思いますので。」

夫人はソファから立ち上がり一礼した後、一人の召使も引き連れずに書斎のある上階へと足を進めて行った。


カスパルは夫人の背中を見つめてから、エリザベスに向き直る。

「テューリンゲン夫人はまだシムに伝えていないようです。」

「それは尚更急がしてしまって申し訳ないわね。」

カスパルはエリザベスの言葉に全く同感だと言わんばかりに何度か頷いて見せる。
王妃はカスパルの横顔を見やり、先程の表情とはまた違った少女のような顔つきになる。

「今日、お庭は楽しかった?」

カスパルはぱっと笑顔になり元気良く返事をした。

「はい!
シムから、花言葉を教わりました。
私も好きになった花が出来ました、ロニーという花で…」

思わず声を出して笑うエリザベスに、カスパルは少し心外というように口を開く。


「花は強く逞しいと思いました。
一つ一つ意味があるのも、素敵だ。」


「付け焼き刃の貴方に花を語って欲しくないけど、そうね気持ちはとても分かるわ。
私が可笑しいのはねカスパル、そんな大きな身体で花を愛でる姿が可愛いからよ。」

カスパルはムキになり反論を続けようと思ったが、いつの間にか笑っていたエリザベスがこちらに向かって子供を見るような慈しみの表情に変わっていることに気づき、くっと言葉を止める。


「よかったわね、カスパル。
いい子よねシムは。」


頭をかきながら無性にせり上がってくる気恥ずかしさに、エリザベスから視線を外すカスパル。

「はい。
純粋で、いい奴です。
気に入りました。」




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...