テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
18 / 171
エリザベスの訪問

1-18

しおりを挟む





シムはカスパルと庭で過ごした後、急遽決まった今晩の出発に備えて、馬小屋で馬達の餌やりや手入れを手伝っていた。

馬引きの者達は予期せぬ早すぎる帰還に、誰もが大慌てで作業にあたる。

地方の屋敷は肩書きは形だけで皆が役割関係なく助け合う風習があるのだった。



シムは馬小屋に来てから、初めて王妃達が今晩に急遽ご帰還されるこのとを知ったのであった。

シムはカスパルのこともあって、余計物悲しさと寂しさで気分は沈んでいった。




シムはもう一度カスパルと少しで良いから話したかった。
もっともっと、と今までのシムでは考えられない程に誰かと触れ合うことに興味を抱いていた。

何を話したいかは明確に思いつかないものの、到底話し足りていない歯痒い気持ちでいっぱいなのだ。

もう会うことは恐らくない、無事に帰還してほしい、感謝したい。
自分のことを、知ってほしい。


どうしてこんなに何かに追い詰められるような気持ちになってしまうのかシムには分からなかった。
そのためシムはアベルを訪ね、目上の方にもう一度こちらから時間を作ってもらう事は可能かどうかを聞きたかったのだ。



しかし何故自分は今、馬たちと共にいるのだろうか。
零れそうなため息を抑えて、与えられた仕事をこなそうと尽くした。


「馬車用の馬4頭はもう洗ってやったぞー」
「こっちは今貨物用の馬洗ってるとこ!」

馬引き同士の確認の為の掛け声に、シムはハッと持っていた餌カゴを置く。

そうか、この小屋には当然カスパルの馬もいるではないか。

小屋内部を見やれば馬が一頭一頭入るスペースの柱にきちんと名前が紙で記されていた。
今まで気にしたこともなかったため見落としていたが、これは馬引き達が誰が馬を引いても目上の相手に違った馬をよこして無礼になってしまう事を防ぐ配慮の一つである。

この印のお陰で管理もしやすく、今誰が外出しているのかもすぐに見て取れる良い仕組みに、シムもたった今助けられたのだった。


シムは自分の持っていた餌カゴを持ち直し、藁の敷き詰められた小屋の中を歩く。

カスパル・ラザフォード様と殴ったように書かれた紙の貼られた奥には、美しい毛並みの黒馬が静かにこちらを見やっていた。

簡素な棒2本程で作られた扉を開け、シムはゆっくり歩み寄る。
黒馬はカスパルに似た聡明そうな目つきでシムを見ながら動じない。


シムは黒馬にゆっくり触れ、頬を撫でてやる。気持ちの良い毛並みを感じながら、秘密ごとのように黒馬に顔を寄せた。

「あなたは、ずっと、カスパル様と、一緒だったんですね」

小さい声で話す。
黒馬も擦り寄るように顔を寄せシムの匂いを嗅いだ。

黒馬はその強い足でカスパルをこれからも守り、送り、旅を共にするのだろう。
もう話すこともないシムは、黒馬が羨ましかった。

「話せない…。
もう……
…そうだ!」

最後に伝える手段はまだ残っている。今日の朝カスパルに花言葉を説明したのは自分だというのに、すっかり忘れていた。

花を渡せば良いのだ。
必ず会うこの馬に花を渡してもらえばいい。

男から花が渡されるのは気持ち悪いのではないかなどの不安は、その時のシムに考える余裕はなかった。

シムは急いで顔を上げたので黒馬はギョッと驚いてしまい、シムは急いで馬相手に謝る。
「驚かせちゃって、すみません…!すぐ、戻ります」

そう言って駆け出すシムの後ろ姿を黒馬は不思議そうに見つめる。

可笑しな人間だ、と言う様に。

















シムは自分の育んだ庭に座り込み小さなロニーの花を8本摘み、丁寧に輪になるように編み上げていった。

この知識はシムがこの地にやってきた時に居た修道女の老婆に教わったものだ。

既にもうかなりの長寿だったらしくシムが拾われてすぐにこの世を去ったが、シムの胸の中には彼女の残した知識が少なからず存在している。

やたらシムを煙たがるジェーンに、この花冠を渡そうと試みたこともかつてある。結果は言わずもがなであった。


どうかご無事で、私はここで貴方の健闘を心から祈っております。
その思いをカスパルへ込めて丁寧に編んで行く。

元々小さなロニーは編み上げ終えると、手首がギリギリ入る程の小さなものとなった。



シムは完成した手のひらの小さな黄色いロニーの冠を大地へ置いた。


一つ息を吐いてもう一度あの黒馬のところに戻ろうと振り向いた先には小さな少女がシムを見下ろしていた。
シムも側に人がいた事に気がつく事が出来ず狼狽える。

「ジェーン様…」


ジェーンはシムの育てた花達の上に足を下ろしていた。
踏み折れた花達はもう二度と再生しない。シムはジェーンがいながらも思わず悲痛そうに下を見やってしまう。

「あんたよりも私は幸せになるのよ。」

ジェーンはそう言い放つと未だ呆けた顔で座り込んでいるシムの足元まで、花を踏み潰しながら歩み寄る。


花に囲まれた自分よりもおよそ一回りも年齢の上の男の、見窄らしく力強さを感じないくすんだ見た目のシムを心の底から軽蔑する眼差しをシムに突き刺す。

こんな男がいていい世界ではない、こんな能天気で人として無価値な男はこんなところでお花と遊んでいる方がおかしいのだ。

ジェーンは憎々しげに自身の足を上げると、そのハイヒールを履いた片足で思い切りシムの降ろされた手の甲を踏みつける。


「…っつ!」

シムは刹那に襲いかかる激痛に体を強張らせ反射的に手を引こうと身動きするが、ジェーンの足はまだ手の甲から離れずに踵を中心につま先を左右に振ってにじる。


「…気持ち悪い、気持ち悪い…!」


「お、おやめ、くださ…っ!」


大嫌いな虫を見る目で、痛そうに目をきつく瞑るシムを見やるところで心の何処かで満足したのかジェーンは理性を取り戻す。

足を外してふぅと運動をした時のように軽く一息つき、シムを背にまた来た道を花を踏み倒しながら歩いていく。


シムには嫌味を言いに来たつもりが、呆けた面を見て思わず手を出してしまった。
シムの事は気にしていないと自分自身思っていたが、以外と意識し嫌悪していたのかもしれない。
まあいいか、シムだし。
ジェーンは軽い足取りで屋敷へと戻って行った。







「くっ……」

シムはどくどくと流れる血を必死で片手で塞ぎながら、嫌な脂汗を流してどんどん遠くなるジェーンを見つめる。

何故急にこんな事を…。

ジェーンからここまでの攻撃的な雰囲気を未だかつて感じたことなどなかった。
唯ならぬ雰囲気と行動に恐怖を感じつつも、同時にとても心配になる。

一体何があったんだろう。

ふと地面を見やる。
そこには先程シムが心を込めて編んだ黄色いロニーの小さな冠が綺麗なままで置かれていた。

壊れないでよかった、自分の手でよかった、痛みを堪えながらシムは体を丸めて安堵した。



「よかった……っ」








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...