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エリザベスの訪問
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しおりを挟むエリザベス王妃を率いる視察の一団は出発の準備に大忙しである。
テューリンゲン夫人は屋敷中に行き交う者達をかわし、急足でドレスの裾を掴みながら歩いていた。
その顔には誰もが見て取れる焦燥の色があった。
それもそのはず、夫人は先程からシムを探して彷徨っているものの目当ての人物が何処にも見当たらないのである。
シムが大体いつもいる庭やシムの部屋はもぬけの殻で、それ以外に思い当たる節がなく夫人もほとほと困り果てていた。
玄関を出て砂利道を踏みしめて改めて辺りを見渡す。
そこには馬を引いた赤髪の召使いの男がこちらに向かっているところであった。
「アベル!」
夫人は焦りと疲労の色で馬引きのアベルに駆け寄る。
アベルは夫人の何時もと違う雰囲気に只事ではない気を察して、馬を引きながら駆け寄る。
「どうかしました?奥様」
「シムを探しているの…。
何処にもいなくて、心当たりあるかしら」
アベルは眉を顰めた。何故シムをそんなに必死に捜すのだ、あいつは何かをしでかしたのか。
アベルは表情を緊張で引き締める。
「あいつなら馬小屋で仕事を手伝わせてますけど。
奥様が走り回っては示しがつきやせんし、俺が呼んで来ますよ。」
夫人はその申し出にすぐさま首を振る。
「私が直接言いたいことなの、馬小屋に行きます。」
夫人は軽くアベルに礼を言った後すぐに馬小屋へと急いでいく。
アベルは声をかけようと口を開きかけたものの、自分が引いてる馬を放っておくことも出来ないので、苛立たしげに馬を目的の場所まで急いでいく。
アベルはシムが心配で仕方がなかった。
馬小屋までの道のりには通常よりも多くの召使いが行き来をしており、夫人が馬小屋へと足を進める姿を一礼した後、皆一様に目を丸くしてお互いを見やった。
建て付けの悪く嫌な音を立てる馬小屋の扉を開け、体に吹き込んでくる猛烈な獣臭さに眉を潜めながらも辺りを見渡す。
「シム!シムはいるかしら?」
そう声を掛けると、作業をしていた者達がひょこひょこ頭を出して夫人の存在に驚いた。
「シムなら、外の藁のところにおります奥様…」
誰かが驚き戸惑った声で返答する。夫人はもはやそれに礼を言う余裕も無く外へと向かう。
召使い達は今のは何だったんだ、シムあいつは何をしたんだと小声で夫人を言った。
「シム!」
夫人が辿り付いた藁の山が置かれた大きな樽籠の前にシムはいた。
シムは藁の山に手を深く入れ込み、中の方を整理している動きをしていた。
シムは夫人を見ると不思議そうに顔を上げる。作業はそのまま継続する。
「シム、探したのよ。
貴方に大切な話があって」
見るからに余裕の無い表情の夫人にシムは、何故か先程のジェーンの姿を思い出し心臓がドキドキ音が鳴った。
「お、俺が、何か、しましたか」
上ずった声でシムは尋ねる。
夫人はその言葉をおかしそうに受け止め違うわ、と続ける。
「あのねシム、実は貴方の庭師としての腕が王妃様に見初められたの。
是非宮廷の庭師になって欲しいって、仰ってくださってるのよ。」
「…え?」
「今晩一緒に発たなくてもいいのよ、けれど私は光栄な事だと思ってね。
是非シムにはこのお願いを受けて欲しいのよ。
いいえ、受けるとお伝えしているわ。」
シムは後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を感じる。
一体何を言っているんだろうか。
自分が宮廷に行くというよりもここを離れる事が信じる事が出来ない。
残る選択肢はないのだろうが、今のシムにはそれを受け止め納得するまでの気持ちの空きが存在しなかった。
「お…奥様…」
空気の様に漏れた言葉に夫人は一瞬だけ顔を歪める。
その表情はシムへの罪悪感からくる物だ。
「準備もゆっくりでいい、庭師の後継者もこちらが見つけるわ。
信じられないとは思うけど、あなたには本当に才能があるから、ここで終わってはいけないのよ。
そして…」
夫人はさらに近寄り、辺りを見回してから何かに恐怖しているような眼差しで話を続ける。
「ジェーンも一緒に入廷することになったの。
お願い、あの子を見張っていて。
頼めるのは貴方だけなの、お願いするわよ。」
シムは至近距離で、お願いという名の命令を聞く。
そこで初めて自分の頭の中のピースが組み合わさった様な気持ちになった。
ああ、自分はジェーン様の入廷に対する貢物のようなものなのか。
しかし一緒に入廷することにジェーンは全くこれっぽっちも良く思っていないのであろう。だから先程あのように暴力を働いたのか。
自分の入廷よりも、ジェーンの先程の不可解な行動に合点が着き、安堵した。
ジェーンを誤解し恐怖してしまいそうだったところだった…良かった、と落ち着いたのだった。
しかし自分の入廷の話に関しては、それがいい事なのか悪い事なのか区別することがジムには出来ないでいた。
「混乱するわよね、もっと私が早く言えばよかったの、本当にごめんなさい。」
その言葉さえも受け止めきれず、肯定も否定も出来ず静かに視線を藁の山に戻す。
そういうことではなく、この悲しい感情はなんだろうと心が叫ぶ。
何故か胸がもやもやともどかしい気持ちが、夫人から言われる言葉が重なっていくごとに同じく重なっていく。
そんなシムの様子をショックを受けていると思った夫人はそっとしておいてやろうと考え、「荷物まとまったら、私に言いにきてね」と言い残し、静かな足取りで馬小屋を後にした。
シムは夫人が行ったのを見送ると、そっと藁の山から左手を抜く。
「…っ」
手の甲から未だ出続ける血に藁の屑がこびりついて汚れているその手を見て、余りのおぞましさに目をぎゅっと強く強く瞑った。
今日の出来事が全て夢だったのなら今日も平和な日であった筈なのに、シムは思わずにいられなかった。
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