テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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エリザベスの訪問

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「ねえ聞いた?シムが宮廷に召されるらしいわよ」

「え?!あのシムが?」

「一体なんたって急にそんな…」

召使いの間でも早速シムのことが噂で持ちきりになった。
それもそのはず、夫人が直々に屋敷中を駆けずり回ってシムを探していたのだから、噂の流れる速さも当然のことだろう。

それは馬をやっと定位置に備えたアベルの耳にも届いた。

「アベル!大変だよ、シムが入廷するって!」

「え、あいつが……?」


アベルは手綱を引っ掛け固定させると苦しそうに下を向く。

夫人はそれを直接言いに探していたっていうのか。
今、シムのそばに行ってやらなければならないという反射的な感情でアベルは自然と足を早めながら歩いた。


「おいアベル!まだ終わってねーぞ!」


その言葉を背にアベルは走り出した。





アベルは走りながら先程の夫人のように心当たりのある場所を捜す。

ただ、夫人よりも同じ召使いの身分として兄弟のように友の様に生きてきたアベルの足は、夫人の何倍も効率よく様々な場所を潰して行く。

アベルはその間にも自分を悔いていた。
夫人が訪ねてきた時に馬を連れてでも後を追いかけるべきだった。
アベル自身がシムの兄のような存在でありたいといつも世話をしていたし、シムは最早保護対象の枠にいる。

きっと衝撃を受けているに決まっている。
そんな時に今いてやれていない自分自身に、アベルはとても腹が立っていた。





「はあ、はあ……」



アベルは走り続けた代償に息を上がらせ、2階にあるシムの部屋の扉の前で立ち止まった。

後は、ここだけだ。

ゆっくりドアの部に手を掛け、押し出すように開けるとそこにはやはりシムがいた。
シムはベッドに座り込みこちらに背を向けるような姿勢で丸まっていた。

「シム…聞いたぜ。
宮廷に行くって。」

アベルは滅多に見せない真剣な表情でそう重々しく言う。
本来真面目な話は息が詰まりそうで敬遠しがちなアベルにとって今この空間は窒息してしまいそうな程重々しい。

「おい……シム?」


返答をしないシムを不審に思い近寄り顔を覗こうと屈もうとする。
しかし本当に少しだけ、風と共に香った血の臭いに、アベルは思わず目線を下ろす。


「……、」


おい、シム…そりゃあなんだよ…

そう言うつもりで口を開けたものの、手の上で固まりかけている赤黒い血のおぞましさに、言葉はただの空気として消えていった。

「誰に、も、言わないで、
大丈夫だから。」

シムと初めて目がかち合った。
アベルは衝撃と緊張で顔が強張っているが、シムはこの明らかに軽い傷ではないものをこさえながら冷静な目の色をしていた。

「だ…誰にもっつったって…、
だって凄い血じゃねーか、何があったんだよ」


「これは、いいんだ。
痛いけど、もう大丈夫なんだよ。
だから、誰にも…」

アベルは傷に触らない程度にシムの肩を持ち自分に向かせる。

「言わないっつうのは分かったから、何があったのかだけ教えろ…な?」


シムは痛みと戦いながらも情けない程に焦るアベルを宥めるように目だけを細める。
その表情にシムは絶対にこの話をもうしないと決めているのだろう、シムは緩く首を振るだけでこれ以上言葉にしなかった。
元来のシムの頑固な性格を思い出しアベルはどうもできない事に言葉を失う。






「俺、宮廷に行く、みたい」

シムはまるで他人の事のようにさらっと言う。その横顔は諦めのようなものを感じた。

「シム……」

自分達の立場の者がどう思おうが、予定が覆されることは決してないことにもう無気力なのだろうか。
それとも実感がないだけなのか。

いずれにしてもアベル自身も、シムにしてやれることの少なさと無意味さを痛感する。

しかしアベルは何もしないためにここまで走ってきたつもりはなく、無気力とも言える目をしたシムの肩からそっと手を離しスッと立ち上がる。

「ちょっと待ってろ。」

そう低く言うと先程入ってきた味気ない扉を乱暴に開閉して早歩きで出て行く。

アベルは単に必死なだけだが、その何かの決意を固めた一言は少しだけ怒ってるようにも聞こえシムは目を丸くし頷くことしかできなかった。









数分経って再び乱暴に扉が開けられる。
振り向くと水の入った木桶を片手に、アベルはどかどかシムの方へ歩み寄る。

アベルは再びシムの正面に向かい、ポケットから古ぼけたガーゼを水に浸して絞った。

「手、貸せ」

シムが手を差し出す前に怪我をした方の手をぐいっとアベルの方へ引き寄せ、水に浸したガーゼで血を拭き取り始める。

その後はお互いに無言であった。

無言であったがシムはアベルの無骨な手で丁寧に拭き取られて行く自身の手を見つめながら、この人ともう二度と会えないのかもしれないのかと考える。

アベルはただひたすらに綺麗に傷口を拭き、綺麗になること以外を考えないようにした。

そうしないとシムを今すぐに自分の兄弟ということにして逃げてしまいたくなるからであった。
それほどまでシムを可愛がり家族のように感じていた。


アベルの葛藤をよそに、シムは恐らく最後になるであろう、アベルの優しい手を心に焼き付けるように眺め続けた。





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