テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

文字の大きさ
49 / 171
成長、彼の情

3-9

しおりを挟む









適当な酒場に入った小風とシムは、小風に促されるまま窓側の端の席に腰をかけた。
街の酒場は、昼はどうやら簡単な食堂として機能しているらしかった。

「注文は?」

奥から何やら無骨な男が愛想のかけらもない声でこちらに顔を向けてくる。
「日替わり2つ」

小風はここには常連らしく、特に動揺する事もなく返す。
男は返事を返す事もなく、やけに小さなメモに何かを書きながら厨房へと消えていった。

「ここはつまみも旨いし、定食も旨いんだよ。」

小風はどこか子供が誰かに自慢をする様な表情でシムに紹介をする。

「何でも、知っているんですね。街の事」

小風はその言葉に、少し自慢げに言ってしまったかと自覚をしたのか、若干ばつが悪そうに頭を掻いた。

「別に全然知っているとは言えない。
数少ない知っている事を君に教えているに過ぎないよ」

いきなり謙虚になる小風に、シムは少し可笑しそうにふふっと笑う。
小風は何かを思いついた様にシム、と声をかけた。

「ねえ、ここに来る前の君の事を教えてよ。
どこで産まれたとか、どこで育ったとか興味がある。」

小風の言葉にシムは珍妙な顔をする。
下位の庭師の生い立ちなど誰が聞いて楽しいような話ではない。
別段面白くも残酷な話でもないのだから。

「…あの、でも別に、面白い話じゃ、ないよ。」

そう言いながらも、以前小風がシムに話してくれた生い立ちの話を思い出す。
小風はシムに興味がある、と言ってくれた。

シムも小風の生い立ちには興味があるので、今同じ感情を小風がシムに対してもってくれているのであれば嬉しいことなのかもしれない。

「…生まれはテューリンゲンよりも、北にある、村だった、らしい。」












毎年大雪に見舞われる小さな村で、若干の未熟児でシムは深夜誕生した。
そこの村に子供はシムのみで、ほかは両親と年老いた住民数名のみの貧しい村だった。

シムが2歳になろうとしていたころ、その年の雪は異例の大雪の年となり、シムの両親が雪かき中、谷からの雪崩が発生し巻き込まれ帰らぬ人となった。
シムは近隣の老婆に引き取られる形となったが、老婆ももう足腰の弱った状態だったためまだまだ手のかかる2才児の育児は手に負えず、シムの年齢が丁度3才になった時その村から一番近いテューリンゲンの小さな教会に保護されることになったのだった。

その教会でシムは14まで過ごす事になったが、テューリンゲンで春に咲く色とりどりの花達を初めて見たシムは大変な衝撃を受け、教会でたった一人育てられていたシムは、以降修道女の老婆達と11年間ガーデニングを楽しみながら静かに穏やかに育ったのだった。

その後、教会に立ち寄ったテューリンゲン夫人によって屋敷へと引き抜かれた。
その屋敷で働いて初めて歳近い男や女、様々な人と突然触れ合うことになったせいでシムの緊張癖もそこで培っていったのだった。


「アベルという、先輩がいて、その人は、俺をいつも心配してくれて、いました。」

「うん。」

シムの辿々しく語る生い立ちに、小風はゆっくりと相づちを打ちながら真っすぐ見る。
まるで小風もシムと同じ光景を思い出す様に柔らかな眼差しであった。

「本当に、俺なんかに構ってくれる、唯一の、人で。
小風のような、人で。」

「僕の様な人か。」

もしも本当に僕に似てるとしたら、思ったよりも良い人間ではない可能性が高いぞ、と毒つくがそれは心の中にしまっておく。

「俺が屋敷を、出る日も、アベルさんだけが…
一人見送ってくれた、兄の様な、人だったんです。」

アベル以外に見送りがいなかった、という点で小風の眉がぴくりと動く。

王妃陛下に見初められて宮廷に召されるという、大変光栄な事がその屋敷に起こったというのに、庭師の出発に使用人の先輩であるアベル一人のみの見送りは少しあんまりではないか。

「屋敷の人とは、庭の話なんかをしていたのか?」

小風はあえて自然な成り行きを装い質問を挟む。
とその時、注文をしていた日替わり定食が二つ、先程と同じ無骨な男の手によって運ばれてきた。

シムはその男を見るなり緊張したが、前に置かれた日替わり定食を見て目を輝かせる。
今日の日替わり定食はオムライスのようだ。

「はい!
奥様とは、いつも花の話を、していましたよ。
花が好きなんですって。」

ぱっと明るい表情を浮かべながらオムライスにスプーンをひとつ指してシムは応える。

しかし口に運ぶ前に浮かない表情に変わってしまい、これから話す事があまりシムにとっていい思い出ではないのだろうと小風は察しあえて口を挟んだ。

「旨いぞ、オムライス。」


少し口角を上げて小風もスプーンを口に入れると、シムも思い出した様に慌ててスプーンを口に運んだ。
「…美味しい…。」

その言葉に小風は満足し、話の続きを促す様にそっと静かにオムライスを食べた。

「テューリンゲンの屋敷には、お嬢様が、いらっしゃって。
俺の9才下なので、今は14才…
お嬢様には、いつも嫌われていました。」

その言葉を発したシムはやはり暗い影を落としていたものの、悲しいという感情よりも申し訳なく思っている感情の方が強いのではないかと小風は感じた。
「…。」

小風は言葉を出さず、ただ静かに聞いてやる。
それがこの話に一番寄り添える気がしたからだった。

「どうしてかは、分かっています。
俺はこの歳、まで、花のことしか、考えていなかったんですから、お嬢様から見たら、苛つかれることも、分かる気がします。
ただ…」

宮廷に来て、下位の庭師であるシムでも感じ取っていた。
完全な縦社会と言う空気には歳というものは関係がなく、家柄や地位が全てなのだ。

そんな世界をついシムは最近感じ出したに過ぎない。
おそらくジェーンはずっと幼い頃からその歪な現実を目の当たりにしてきただろう。
宮廷のそのような一面を覗いてしまう度、シムはジェーンの気持ちを少しずつ追体験してういるようで、申し訳ない気持ちが募っていた。
こんな世界を見てきたジェーンにとって、自分などさぞ呑気に見えて苛つくのも当然だろう。

いつもより些かよく喋るシムは、自分自身でも内心動揺していたが、初めてジェーンのことを他人に話す緊張がありつつどこか気持ちが軽くなる不思議な気分で、話を中断する事が出来なかった。


「きっと、お嬢様は今まで、ずっと一人だったん、じゃないかと、心配に思ってる。
俺には、アベルさんも、小風も、…か、カスパルさんも。
大切な人が、沢山出来ました。
あの方は、いつも気を張っているから、それが心配で」

シムの入廷が決まった日、ジェーンに消えない傷跡を左手に付けられた。
しかしシムはそんなジェーンを心配していた。
自分の些細な心配など何の力にもならない事は重々承知だが、異様に攻撃的だったあの日のジェーンの顔を忘れられなかった。

「…出発の日も、奥様が、早く行ってくれと、仰っていたのに、俺が遅れたのが、いけないんです。だから、…。」

「……」
小風は眉をひそめながらずっと静かに聞いていた。
先程から聞いていれば、少しシムは自分を蔑ろにしすぎる所が多々見受けられる。

「シムは?」

「え?」

突然言葉を発した小風にシムは若干目を見開く。
何に対しての質問なのかも分からなかった。

「シムは宮廷に来いって言われて、どう思った?
お嬢様に嫌われ続けて、どう思っていた?」


小風の言葉にシムはハッと思わず言葉を詰まらせた。
そのような事は考えた事がなかった為、小風へと返す言葉が見つからなかった。
思い返せばいつもシムは自分のことは考えてこなかった。

今になって宮廷に行きなさい、とテューリンゲン夫人に言われた時、自分はどのような気持ちだったんだろうと思い返した。

”是非宮廷の庭師になってほしいって、仰ってくださっているのよ。”

”私は光栄な事だと思ってね。
是非シムにはこのお願いを受けてほしいのよ。”

”お願い、あの子を見張っていて。
頼めるのは貴方だけなの、お願いするわよ。”

テューリンゲン夫人に言われた言葉一つ一つを思い返すと、シムの心に一滴また一滴と黒い雫が滴り落ちる。
この感情はなんだろう。

「…お、俺は別に、宮廷に行きたい、訳では、なかっ…。」

顔を歪めながら静かに”自分の気持ち”を語りだしたシムに、小風は静かに耳を傾けた。

「あの地が好き、だったのに。
お嬢様の、見張りで、俺はおまけ、か…悲しかった。」

そう言った後シムも自分の言葉に驚く様に思わず小風を見上げた。

悲しかった。そうだ自分は悲しかったのだ。
勝手に決められる事にも、自分の育った地から追いやられる事にも悲しみを感じていたのだ。

しかしあの時自分の目の前にいた夫人はいつもの見知った夫人ではなく、自分の娘を心配するただの母親だった。

そう母親に心配されるジェーンにも羨ましい気持ちがない訳ではない。
シムが宮廷に行こうがどこへ行こうが心配する肉親などいない。
唯一その時アベルという人間がいたから悲しみを誤魔化してここまで来れたのかもしれない。

しかしジェーンはどうなるのだろうか。
どのような気持ちだったのか定かではないが、もしかしたらジェーンも家の都合で宮廷に行った境遇、立場は違えど状況は同じではないか。

「…、お嬢様も、もしかしたら、似たことを、思っていた、のかもしれない。」


唇を震わせながら、どこか自分の感情の結論に至った様に感じたシムはそっと窓の外を見た。
シムや小風の纏う静寂な雰囲気とは裏腹に、大通りは人々の元気な声が飛び交っていた。

不意に頭に何かがふわりと乗せられ、シムが振り向くとそれは小風の骨張った長い指だった。


「君が宮廷に来たから僕は君に会えた。
カスパルにだって会えている。」

その言葉に、シムは自分の持つ仄暗い過去から一気に自分を現在に引き戻した。

「僕は嬉しいよ。
きっとあいつも、僕以上に喜んでいるんじゃないかな。」

「し……小風」
とても稚拙な、初めて打ち明ける本音を小風は許容してくれた。そしてシムはそのままでいいとも言われている気もした。

「そのまま素直でいろ、シム。
僕もカスパルも君に寂しい思いなんてさせないんだから。」

シムは思わず顔を真っ赤に染める。
こんなに自身を丸ごと受け入れられるなんて今まで中々体験できることではない。

そして小風のその言葉に説得感があった。
現に今シムはちっとも寂しくないのだから。


しかしその有り難い言葉を貰いながらも、頭の隅にはジェーンの姿が残っていた。
今、彼女の周りにこんな風に心配し”自分の気持ち”を聞いてくれる様な人間がいてくれたらいいな、と願った。

「オムライスが冷めちゃったな。」
小風の何気ない言葉にシムはあっと声を上げ顔を青くさせた。

「せ、せっかく美味しい、のに…!」

まるで粗相をしてしまった子供のように焦る友人を眺めて、くくっと喉の奥で小風は笑う。

「冷めても美味しいのがここの良さなんだ。」

小風とのたわいない会話が嬉しいのか、シムは初めての友人との初めての遊びが嬉しいのか、とても幸福そうな表情で冷めたオムライスを一口頬張った。


「本当だ、美味しい。」










 


   
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...